第83話 雨です
「グゥーはバイロンに任せて大丈夫だよ。町へ戻ろう」
「あ……ああ、ありがとう。鳥……じゃなかった、あの龍はグゥーというのか」
バイロン達が去った空を眺めていたリーダーの男性が、こちらに向き直った。
弓使いの女性は、倒れた時に足を擦りむいたらしい。何度かさすってから立って、歩けるか確かめている。
「うん。すぐに追いつきそうだったし、バイロンと町で合流しよう」
「あの物凄い速度で飛んだのが、バイロンって人か。高名な魔導師様なんだろうな」
龍神族とは気付かないようだ。ぼやかしておいた方がいいのかも。曖昧に頷いて、来た道を引き返した。
地面に落ちている枯れた葉を踏みながら、みんなで町を目指す。
途中で小さな鳥型の魔物を見掛けたけど、矢で簡単に倒していた。狙いが正確だし、木が多い場所も慣れているみたい。慣れていないと、枝や幹が邪魔して戦いにくいんだ。
特に問題もないまま、町に到着。冒険者達の帰りを、友達の冒険者らしき人達が笑顔で迎えてくれる。
「おい、龍だったって話じゃないか。怪我してないか?」
「危なかったが、こちらの方々が助けてくれた」
私に視線が集まる。マルちゃんは狼姿のまま、のそのそと歩いている。
「私達は伝えに行っただけみたいでした。きちんと対処されてましたよ」
実のところ、何もしてないんだよね、私。
「で、そのグゥーってヤツはどうした」
「空を飛んで逃げたんで、バイロンが……私の連れが、追い掛けています。もうじきここへ来ると思います」
「下位らしいけど、龍を一人で!?」
ざわざわと顔を見合わせている。やっぱりちょっと、無責任だっただろうか。
「仕方ない、飛べなければ役に立たない。しかもとても速いんだ、並のヤツじゃ追い付けないよ」
リーダーの男性の言葉に、周りにいる人達も納得して頷き合う。
「それもそうか……、この子もDランクのランク章だもんな」
私は普通なら、ドラゴン系と関わるようなランクではないのだ。
とにかくバイロンを待つしかない。
冒険者パーティーと一緒にギルドまで行き、説明をしていると、外が騒々しくなった。
とても大きな白い龍が、半分の太さしかない赤い龍を銜えて上空に現れたのだ。
バイロンだ、倒したんだね。龍は町の広場に赤い龍を落とし、去った。倒したらどうするか、相談していなかったよ。証拠に持ってきたわけか。
ネズミを銜えた猫の最大級、みたいな感じだ。
赤い龍の周りにはたちまち人だかりが出来て、息がないことを確認している。
少ししてから、歩いて人間姿のバイロンが合流した。気を使ってくれたのね。
「お疲れ様」
私が出迎えると、笑顔で頷く。
「これでいいかな」
「いやあ、すごいですね。あの白い龍は貴方が契約されているので!?」
「契約はしていない」
召喚術師と勘違いされている。しかしあの白い龍と同一人物……人物? まあいいか。とは、結びつかなかったようだ。
みんなの見解は、バイロンが契約した白い龍がグゥーを討伐した、ということに落ち着いた。
バイロンは名前を残したくないからと、ギルドには私の名前で記録して欲しいと訴える。しかし私は低ランク冒険者。
「ええ……、どうなるのかな」
「Dランク冒険者が単独で討伐したって、ちょっと疑われそうだね……」
討伐に向かったパーティーは、発見はしたけれど討伐自体には寄与してないんだよね。受付の人が困っている。一緒にやっつけましたで、いいんだけどな。
「……召喚術師として、契約者の記録も付ければいい」
マルちゃんが黒騎士の姿になった。マルちゃんなら確かに倒せる。
「貴方は悪魔でしたか!」
「俺はマルショシアス、地獄の侯爵。これで十分だろう。名は伏せておけ」
ギルド内が再び騒々しくなる。
「侯爵? 高位貴族じゃんか! そこまでの悪魔って、国に仕えたりするような魔導師が契約してるんじゃ!?」
「それがDランクってどういうこと!?」
余計に不審がられてしまった。私も高位貴族の悪魔と契約できるとは思っていなかったから、その反応も仕方ないよね。
「冒険者の活動を本格的に始めたのが、最近なんで……」
「ソフィアは可愛い上に優秀なんだ。私の自慢だよ」
後ろから私の両肩に手を置くバイロン。バイロンの中で私の評価が、時間とともに上昇している気がする。妄想癖でもあるのだろうか。
みんなは私がバイロンの弟子で、彼の力もあって高位悪魔と契約できたんだなと、勝手に納得してくれた。まあいっか。
「さすがですね! 死者が出なくて本当に良かった。次は雨を降らせなければ!」
「それならまだ、レインボーサーペントと契約しているのが、近くの村に滞在しているよ。すぐ晴れちまうけど、せめて飲み水くらいは確保させてやりたいって」
偉いなあ、ちょっとでも雨が降るように活動していたんだ。
バイロンは私の出番がなくなって不満みたいだけど、解決すればやるのは誰でもいいんだよ。元凶を討ったから、これでしっかり雨を降らせてくれるだろう。
リーダーの冒険者の男性と、弓使いの女性と一緒に、私もその村へ行くことにした。
「ダメなら君達が召喚してくれると思うと、心強いな!」
「範囲も広そうだしね。私で協力できることがあったら、するから」
水の心配をしながら旅をするの、かなり辛いね。喉が渇いてもあまり飲めなかったよ。買うと高いし、そもそも売ってなかったりするし。
「赤い龍の素材はどうしたの?」
私の隣を歩く、弓使いの女性が尋ねた。
「へへ、ヒゲを一本貰ったよ。……魔法薬を作る人へ、お土産にするんだ」
「龍の素材はそんなに劣化しないし、お土産にはちょうどいいわね」
先生にって言いそうになったけど、バイロンが先生だと思われているんだった。このまま勘違いしていてもらおう。
やがて着いた小さな村は、ほんのり地面の色が沈んでいた。濡れるくらいの雨が降ったんだろう。それももう乾いちゃう。
「はあ……、すぐ晴れちまう」
「でも二つの桶の水を合わせれば、半分近くまで水が汲めてるよ」
「合わせてやっと半分か……」
項垂れる男性の横に、ぬかるみで体を汚した虹色に光る長い蛇がとぐろを巻いていた。これがレインボー・サーペントね。
バイロンの姿に驚いて、男性の後ろにニョロッと隠れる。隠れる面積の方がよほど少ないんだけど。
「朗報だ! 干ばつの原因になる魔物を討伐した!!」
「本当か!? 待ってたぜ、それならしっかりした雨を降らせられる!」
二人の会話を聞いて、周りで桶を持っていた人も手を上げて喜ぶ。
「ついにまとまった雨が……!? 飲み水が確保できる!」
「体を洗えるし、種が蒔けるよ!」
期待されているよ。がんばれ、
「あ、コイツの魔力が回復してないから……、今日は少し降らせて、明日から本格的にやろう
「ピイィ」
これまでも雨を降らせようとしていたから、疲れているみたい。大きな顔で契約者の腕に頬ずりしている。ぬかるみの泥が跳ねた。
湖に棲む蛇だから、水がないと良くないのだろう。
「ならば私も協力しよう」
明日が待ち遠しいとみんなが安堵しているところに、バイロンが申し出てくれた。
「可能なのかなあ?」
疑問を浮かべる契約者の男性に、バイロンがそっと耳打ちする。龍だと告げているんだろう。きっと魔力の相性がいいと思う。
「マジで!? すげえ……、お願いします!」
興奮して勢いよくお辞儀をした。レインボーサーペントも、真似して頭をペコリと下げる。こう見ると可愛い。虹色の光沢が太陽に反射していた。
「じゃ、みんなもう少し離れて!」
レインボーサーペントが空に向かって魔力を放出して、そこにバイロンが魔力を供給する。目に見えるくらい濃く立ち上って、魔力で風が起きるほどだ。
「す、すごい量だな……」
「キピイイ」
やがて雲が集まって空が暗くなり、ポツポツと地面に雨が点を作った。すぐに本格的に降り始め、地面が煙るほどの勢いになる。
「雨だ、雨だ~!」
桶は水で満たされて、畑にもしっかりと染みていった。外にいた人の服も髪もびしょ濡れになったのに、みんな大喜び。
水不足は解消だ。枯れた泉も、また水を湛えることだろう。
それから。
雨は三日三晩降り続き、さすがに止んでくれと皆が不安になっていた。
もちろん私達も足止め。水の底に棲むレインボーサーペントだけは、やたらと元気だった。
バイロン、やりすぎ!!!
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