第82話 グゥーを退治せよ!

 シャレーを出た私達は、食べ物を買ってムノン共和国を目指した。

 鳥だと思っていたものが龍種だと判明して、シャレーやギルドは大騒ぎ。龍と巨人は、恐れられている種族だから。Cランク以下は見掛けても戦わずに、速やかに報告するようにと変更された。

 

「ところで同じ龍だけど、バイロンは戦っても大丈夫なの?」

「心配してくれるなんて、ソフィアは優しいね。グゥーは問題や干ばつを起こすから、我々も駆除することにしているよ。それに神としての姿はないから、竜神族ではないんだ」

 人間みたいな姿を持っているのが「神族」だっけ。人間に似ているというより、神としての姿って説明だったものね。

「キングゥ様もドラゴンと戦っていたろ」

「そうだった」

 旅に出てから、色々な種族に会うなあ。マルちゃんがいてくれて良かった、私じゃ対処しきれないよ。


 冒険者が依頼がてらに探しているのか、上空や木の枝に時折目を凝らしている。

 しかしグゥーの姿はなかった。依頼ついでに発見して報酬が増えたら、ありがたいよね。私も注意しているけれど、ワイバーンが横切るように飛んでいくだけ。


 ついに国境だ。

 ここは警備隊の詰め所も建てられていて、国境警備がしっかりとされている。

 ムノン共和国は渇水のせいで水に困った人が移動し、人の心が荒れて治安が悪くなっているのだ。悪人が入って来ないように、国境警備の兵がしっかりと目を光らせていた。

「行くのか、冒険者だな。どうぞ」

 ただし出るのは簡単。ムノン共和国側は見張りが少しいるだけで、怠そうに立っている。やる気が全然違うね。


 途中で買っておいたご飯を食べて、目に付いた小さな町へ寄った。

 ギルドがあるので、情報を得られるといいな。木戸をくぐると、数人が椅子に力なく座っている。

「東部じゃ井戸も枯れ始めてるらしい」

「今回はヒドイな……水が無くて地面が割れてるよ」

「どこもかしこも土埃だ」

 悲痛だ……。東部がヒドイということは、グゥーはそっちにいるのかも。帰るには遠回りになるけれど、グゥーを倒さないと。

 ギルドの依頼は川からの水くみや、討伐などが中心。ここはまだウルガスラルグ側に森や川があるから、水は手に入れられる。

 こっちで流行り病が発生していたら、あっという間に蔓延しただろうな。


「東へ行くんだろう、ソフィア」

 問題を解決したら、徳を積むことになるよね。マルちゃんとの契約は徳を積むことだし、異論はないようだ。

「うん、マルちゃん。バイロンがいてくれれば、きっと全部解決できるよ」 

「! ソフィアが私を頼ってくれている……。期待に応えなければ……! 今すぐ龍になって飛んで行きたい気分だ」

「怖がられるから、やめてね」

 魔物による干ばつの最中に白い龍が天に線を描いたら、ものすごく混乱しそう。吉兆か不吉なのか、意見が割れそうだ。


 とにかくグゥーを探しながら、東を目指すことにした。

 途中の町で一泊した時に水を買おうと思ったら、他の場所の何倍もの値段がした。商人が荷馬車に積んでいるのは、水を入れた樽だ。

 疲れた様子の冒険者が、痩せた馬に乗る人を護衛しながら通り過ぎる。赤茶けた土には模様のようなひびが入っていた。道に沿って植えられた木は元気がなく、葉に隙間が多い。向こうに見える村では、井戸で子供が一生懸命水を出していた。

 この辺りの井戸は、まだ枯れていないみたい。でももう時間の問題だろう。人々は僅かな水たまりの汚れた水も、汲んでいる。広い範囲がくぼんでいるから、元は泉だったのかも。

 生えている草すら黄色く変色していて、畑の作物は実を付ける前に項垂れていた。このままでは収穫にも至らない。


「深刻だね……、早く原因のグゥーをやっつけないと!」

 鳥はほとんどいない。ここを飛んでいたら、目立つのに。

 目撃情報でもないかと、大きめの町でいったんギルドへ立ち寄る。レンガで作られたギルドは、外にまで声が漏れる程の盛況ぶりだ。

「騒がしいな。これは何かあったな」

 マルちゃんが一番にギルドの木戸を開けた。人数が多いわけじゃなくて、職員が騒ぎながらバタバタと動き回っている。

「鳥じゃなくて龍!? 今さら通達されても、もう討伐に出てしまったぞ……!」

「Bランクも一人くらいいたか? ブレスさえ吐かなければ、死者までは出さないんでは……」

「本当に龍種なのか? そんな特徴は見受けられない」


 どうやらグゥーが龍だという情報が届いて、混乱しているみたいだ。討伐ってことは、居場所を突き止めたのね!

「その鳥……、グゥーはどこにいる」

「こりゃ、騎士様。ここから北東へ向かった雑木林です。討伐隊が出たんですが、龍だと後から知らせが入りまして。万が一があったらいけないので、早馬を出す手筈を整えてるところですよ」

 黒騎士姿のマルちゃんに、ギルドの職員が頭を下げる。

「なら、我々が知らせる。行くぞ、ソフィア」

「はいはい!」

 話を聞き終えると、マルちゃんは踵を返した。

 すぐに出て行く私達を、職員が追い掛けてくる。


「出発したのは一時間も前ですよ! 馬か騎乗はありますか……」

 職員の目から黒騎士が消え、代わりに私の前を歩くのは、翼の生えた黒い狼。

「大丈夫です、行ってきます!」

「はあ……?」

 マルちゃんに乗った私が飛び上がると、バイロンも後からフワリと浮かんで付いて来る。状況を掴めずポカンとした職員が、遠く小さくなっていった。


 空から見渡すと、ひび割れた大地がずっと遠くまで続く景色が広がっていた。

 錆びた色をした土と枯れた草の黄色が続き、その先に雑木林ある。あそこに行ったんだろう。人影がないので、もう雑木林に入っているんだ。

 適当なところで地面に降りる。

 乾いた土に幾つもの足跡があり、ここから進んだことは明白だ。形跡を辿って、慎重に雑木林に分け入った。途中に倒された魔物が転がっているから、ここを通ったのは間違いがないだろう。細い枝が伸びる藪を掻き分けながら、辺りを警戒する。

 しばらく進んだところで、鳥の鳴き声と人が騒いでいるのが耳に入った。

 きっと討伐に向かったパーティーだ! 近くにいるよ!

「こっちだな」

 マルちゃんが四本の足で、さっそうと駆け出す。私も必死に付いて走る。


「外したか、矢を放て!」

 男性の指示で、枝に止まる赤茶色の鳥を矢が狙う。

 魔法使いも杖を持って準備していた。魔法使い一人、弓使いが二人、あとは槍と剣。それから回復魔法を使うのかな、控えている人が一人。見た目は鳥なので、まずは打ち落とす作戦だろう。

 鳥は羽ばたいて枝から離れ、空中で大き吼える。

「ヤバいな。おい! 油断するな、それは龍だ!」

 マルちゃんが声を張り上げる。冒険者達が気を取られて、こちらを振り返った。

「龍……? この鳥が?」

「こいつらも素人か!? 攻撃態勢に入った敵から目を離すな!!」


 ほとんど葉の落ちた木々の間に浮かんだ鳥の姿が、大きくなる。

 鳥はたちまち赤い体をした龍へと姿を変えた。

 バイロンの半分の太さしかないけれど、長さだけはそれなりにある。目が赤く怪しく光り、女性の弓使いを目掛けてすごい速さで降下する。

「きゃああ!」

 悲鳴が響いた。マルちゃんも間に合わない!

 女性は逃げようとして上手く体が動かなかったようで、とっさに木の陰に隠れるのが精いっぱいだった。

「うおおっ、間に合え……っ!」

 号令を掛けていた男性が地面に散らばる葉をまき散らして走り、飛び込んで立ちすくむ女性を抱え、一緒に地面を転がった。

 

 その脇を龍が通る。まさに女性が隠れようとした木に激突して難なく倒し、勢いのまま地面をえぐる。

 龍は進路に当たる木を避けもせずに圧し折って、強引に再び上空へと戻った。

「た、助かったあ……」

「バカ野郎! だから戦闘中に油断するなと、注意してるだろうが!!」

 力が抜けた女性を叱りながら、男性はすぐに起き上がって龍へ注意を注ぐ。

 もう一度向かって来ると思われた龍は、少し逡巡してから頭を東へ向けた。

 逃げられちゃう!

 倒さないと。ここで逃したら、また探さないとならない。別の場所に移られてもそっちが干ばつになるから、厄介だし。

「マルちゃん、捕まえるよ!」

「当然だ」


 飛ぼうとしたマルちゃんを、バイロンがサアッと追い抜いた。

「ここ私に任せて」

「でもグゥーも早いよ、大丈夫!?」

「私から逃げ切れる龍はいない」

 言葉が終わるとともに、バイロンは一瞬で雑木林の向こうまで飛んでいた。すっごく早い! グゥーを捕らえるのに、何秒も掛からないよ。

「バイロン様は、龍神族で一番の俊足だ。任せておいて町へ戻るぞ」

 こっちは撤退ね。冒険者の人達と一緒に、ギルドへ報告に帰ろう。

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