第86話 イノシシ型の魔物、カフレ
大きく曲がる道がもどかしい。まっすぐなら、すぐに襲われている現場に辿り着くのに! マルちゃんは翼を動かし、木を飛び越えて先に向かった。
「こっちからも新手の魔物だ!」
マルちゃんも敵だと思われているよ!
「違う違う、ああ面倒くさい!!」
「空を飛び言葉を喋る魔物だわ……、
「食人種はそのイノシシ型の魔物、カフレだ!」
ようやくカーブを過ぎて、戦う人達の姿が目に入った。
扉の開いた馬車が道の真ん中にあり、御者が馬を宥めている。外には女性が二人と、男性三人。この男性達が護衛なのかな。女性の一人はメイドさん。
護衛と戦っているのが、イノシシ型の魔物カフレだろう。二体いて、黒くて大柄で、口からは大きな牙が覗いていた。
一体が護衛の男性達をすり抜けて突進する。
「早いわっ……!」
「お嬢様!」
お嬢様と呼ばれたその女性は、魔法の詠唱をしている最中だった。これでは避けられない!
「我を脅かす悪意より、災いより……」
詠唱はもう少しで終わるところ。
カフレは矢のように早く、突き進む。
護衛の一人が走るけれど、とてもじゃないけど間に合わない。後の二人は、もう一体のカフレと対峙している。
土煙を上げる魔物は馬のような速度で、通常のイノシシよりもかなり速い。
「揃いも揃って邪魔ばかりしやがって、俺を怠けさせろっ!!」
情けない叫びとともに、マルちゃんが空からカフレに体当たりした。
マルちゃんよりも大きなカフレの体が、ゴロンと転がりながら森に弾かれる。
「マルショシアス様の雄姿……、温泉に来て本当に良かったですわ!」
隣で目を輝かせているヘルカ。まだ敵を倒してないよ!
「……我を守り給え。プロテクション!」
お嬢様は、ようやくプロテクションの詠唱を終えた。守ったのは馬車だ。
森から姿を現した小さめのカフレが、止まっている馬車に襲い掛かる。
御者が慌てていたが、プロテクションの壁で攻撃は防がれ、ひとまず無事に済んだ。
小さなカフレは憤慨して、二本足で立ち上がって壁を叩いている。二足歩行もする魔物なの、コレ?
その間にもマルちゃんが体当たりしたカフレは、再び起き上がった。
「仕方ない」
その巨体に向かってマルちゃんが炎を吐き、タタッと駆ける。
走りながら騎士姿に変わり、剣を抜いて鞘を投げ捨てた。
「人の姿になったわ!」
驚いたお嬢様が叫び終わる前に、マルちゃんの剣が飛びかかろうとしていたカフレを切り裂いた。
「お転婆も大概にしろ。貴人は守られるのも仕事だ」
狙われていたお嬢様に、マルちゃんが半分だけ顔を向けた。カフレの息の根を止めたか、確認していないからだろう。大丈夫みたいかな?
まずは一体め!
残るは護衛達が戦っている大きなカフレと、馬車で暴れている小さなカフレ。
大きい方は離れているし、小さい方から片付けるべきかな。
でも小さいカフレは魔法を唱えようにも、馬車に近すぎる。どうしようとヘルカに相談した。
「こちらは私に任せてちょうだい! 護衛の方が怪我をされていますわ、回復魔法は使えましたわね?」
「うん」
頷いて、護衛達の方へ向かった。お嬢様はメイドの女性に促されて、カフレから遠ざかる。私とすれ違い様に、声を掛けてきた。
「あの、貴女は……」
「私達は冒険者です。マルちゃ……、あの黒い騎士も仲間ですから、安心してください!」
よし。ここなら文句なしに範囲内だね。
腕を怪我した男性に、回復魔法を使う。お母さんの形見にあった、風属性の中級回復魔法。きちんと練習しておいたよ!
「薫風巡りて野を謳歌する。籠に摘みたる春に、恵みよ溢れよ。華めけ、満たされしもの。痛みも辛苦も、汝に留まる事はなし。ブリエ・ウィンドヒール!」
ふわりと暖かい風が対象を包み、花の甘くて爽やかな香りがする。傷はたちまち完治した。
護衛はカフレの体当たりを躱して、横から剣で斬りつける。もう一人の男性も、勢いが落ちたところで後ろ足を切り裂いた。
「シュー……、シュー! カッカカッ!」
この鳴き声は、怒っているのかな?
後ろ足が痛みで体の重みに耐え切れず、斜めに傾いている。それでも目はギラギラと護衛達を睨んでいた。
念の為にストームカッターの詠唱を始める。
「よし……、もうあんなに速く走れない筈だ」
「しっかり討ち取るぞ!」
左右から、護衛が剣で斬り掛かった。
カフレはそのタイミングを待っていたようにグッと立ち上がり、一方の剣を浴びながら別の一人に狙いを定め、口を開いて大きな牙をギラつかせる。
「うわああっ……」
「どいてっ!」
私が叫ぶと、攻撃されていない方の護衛は、とっさに後ろに身を引いた。カフレの牙が迫る男性は、とっさに身を伏せる。
「ストームカッター!」
魔法による風の刃が、カフレを切りつけて消えていった。一瞬怯んだ隙に、身を引いて後ろに避けた護衛の男性が体勢を立て直し、掛け声を出して剣を振り下ろした。
「うおおおぉ!」
剣がカフレを直撃し、巨体が勢いよく地面へ叩き付けられる。そこに襲われそうになって伏せた男性が、低い姿勢のまま剣を突き刺した。
カフレはそのまま、力なく横たわった。
これでもう大丈夫。あとは小さいのが一体だよ。ヘルカを振り返る。
「小石の粒よ、
小石が暴風雨みたいに斜めに降って、カフレにバチバチとぶつかる。馬車に掛けられたプロテクションにも当たっているけど、強い魔法じゃないので壊したりはしていない。
馬車から引き離す作戦かな。
「プシュー! シューッ!!」
小石の粒が途切れると、カフレは前足で地面を
そしてヘルカに向かい、突進する!
踵を返し、必死で走るヘルカ。すぐに追いつかれちゃうよ!
「よーっし、バッチリだ!」
追い付いたイーロの脇を、ヘルカが駆け抜ける。まっすぐ彼女を追い掛けるカフレに、イーロは木槌を思いっきり振り下ろした。一撃で地面にめり込むほどの威力だ。
さすがドワーフ、筋力があるんだな。小さいとはいえ、カフレの体が二つに折れ曲がる。これでもうカフレが動くことはなかった。
三体とも倒したよ! やったね。
「危ないところを、ありがとうございました」
お嬢様が丁寧に頭を下げている。
「いえ、通り掛かりですから! ご無事で良かったです」
「回復魔法までかけて頂いて、とても助かりました!」
護衛の怪我は、もう大丈夫みたいだ。でもまだ他に打ち身がある。残念、治しきれなかった。薬を持っているからと、メイドが馬車に戻って治療の用意を始めた。
みんなでカフレの牙を取って、遺体を山に埋める。
けっこう強かったけど、魔核は小さいのが一つしかなかった。町で売って、ヘルカと半額ずつ分けることにした。
アレは魔力が強いとか、長生きしている魔物にあるものらしい。イノシシ型の魔物は魔力が少ないだろうし、まだ核が成長するほど生きていなかったのかな。
「宜しければ、
「え、でもそんなにたくさん乗れないのでは?」
六人乗りの馬車だ。護衛の人達の席がなくなるよ。
「俺達は歩きます。どうぞお気になさらず」
護衛の三人は、遠慮せずにと申し出てくれる。せっかくのご好意だよね。
「どうする、ヘルカ?」
「歩きますわ。マルショシアス様と、ゆっくりのんびり歩きます」
「マルショシアス様と仰るんですね……」
……ん? お嬢様がマルちゃんに熱い眼差しを送っている。
「……行きましょう、マルショシアス様」
「なんだ? ゆっくりと言ったのに、ずいぶん急ぐんだな」
ヘルカがマルちゃんを後ろから押して、早く出発しようと急かした。
「命を助けて頂いたのです。お礼をさせてください、ぜひわが家にいらしてくださいませ」
「い・り・ま・せ・ん・わ!」
これはこれは、これは。
マルちゃんモテ期だね! ヘルカとお嬢様が、バチバチと火花を飛ばす!
どっちもダメだろうに、無駄な争いだなあ。
面白いけど。
結局馬車に乗らず歩くことになった。ちぇ、残念。
「まあ仕方ないこった。馬車の中で険悪でも困っからな」
イーロも呆れてるね。
私達が先に行ったあと、馬を落ち着かせてようやく馬車が動き出した。護衛も全員馬車に乗り、軽快な蹄の音が道を進む。
「マルショシアス様~、ぜひ我が屋敷へお寄りくださいね」
お嬢様が馬車から手を振っていた。
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