第66話 ソフィアの実家(マルちゃん視点)

「ここですよ、マルショシアス様!」

 盗賊と鳥の魔物退治の時に居合わせた、お調子者小悪魔に案内されたお陰で、ソフィアの母方の実家へ執事達よりも先に着いた。ファーナー伯爵家の住居を、コイツが知っていたからだ。騒がしい小悪魔だが、早速役に立ってくれた。

 ちなみに明日また強盗探しの仕事らしい。とりあえず今晩だけ手助けしてもらう。


「よし、当主になった息子とその親を探ってくれ」

「ワクワクしますね。イエッサー!」

 すぐに大きなコウモリに変身して、飛んで屋敷へ向かう。俺は念の為に少しずつ近付くようにする。魔力を感知されると厄介だ。有能な魔導師が警戒していれば、さすがに察知されてしまうだろう。

 小悪魔ってのは魔力が小さいからな、こういう時に便利だ。ただし人間ならともかく、同族の悪魔がいると勘付かれやすい。

 横に長い大きな屋敷で、庭には花が咲き乱れている。暗くてよく解らないが、大きな花が多いな。閉ざされた門を飛び越えたが、警備などはいなかった。


 屋敷の周りを一周して様子を見ていると、しばらくして小悪魔が戻って来た。

「マルショシアス様、継母は息子と一緒にいますよ。息子には妻と二人の娘がいて、その娘が跡を継ぐみたいです。現当主の息子は、娘が成人するまでのつなぎみたいですねえ」

 報告を受けてから、そいつらがいる部屋の窓へ向かう。特に悪魔はいないようだし問題ないと思うが、うっかり魔導師でもいてバレたら、逃げよう。

 それでいいだろう。

 狼の姿で窓の脇まで近付き、部屋から漏れる明かりを眺める。なかなか明るい、しっかりした魔石を使っているな。金に困ってはいないだろう。部屋の中からは、年配の女の声が漏れていた。


「ほほほ……、バカな娘ね。あの宝石の価値も知らないんだわ。龍の魔力だもの、どんなものより値打ちがある。代わりなんていくらでもくれてやるわ!」

「……母上、何も形見を奪わなくても……」

「おだまり! お前はいくつになっても気弱なことを。あんなつまらない男の後妻になったのに、何も得ないで終われないわ。お前が女に生まれていれば、文句なしに当主になれたというのに!」

 宥めたのは、この女の息子か。意志が弱そうだが、悪い人間ではないようだ。

「……申し訳ありません……」

 ……暗いな。この親だ、反論すら許されずにいたんだろう。自分の意志を表現出来ないってのも、辛いもんだ。

 この後妻は、最初から自分の子供を当主にする為に結婚したのか。だから前妻の子が女一人のこの家に、乗り込んできた。

 しかし女が継ぐことになっていたので、ソフィアの母親が邪魔だった。駆け落ちされたというよりは、故意に追い出したんだな。


「でも嫁は悪くなかったわね、二人も女の子を産んだ。まあ少し生意気だけど、そこには目を瞑るしかないわねえ」

 先ほどからどうにも偉そうな女だな。もう当主は息子だろうが。

 後妻の笑い声が響いているが、それだけだ。数人が部屋にいる筈なのに、ほとんどこの女の声しかしない。窮屈そうな家だな、使用人が続かない理由も理解出来る。

 しばらく息子に苦言を呈してから、女はこの部屋から出て行った。息子は言われっぱなしだ。謝罪と肯定しかしない。母子というより、理不尽な上司とイエスマンの部下じゃないか。


「あなた、大丈夫ですか……」

「すまない……、君には嫌な思いをさせてしまう」

「私よりもあなたが心配です」

 一緒にいるのは妻か。こっそり覗くと、労わるように肩を抱いている。

「……ふう。大奥様も、幾つになっても変わられないですな。何か飲み物でも用意させましょうか」

 それから執事。こいつは仕えて長そうだな。

「いや……いい。母も娘達がいてくれて、満足なようだ。私はいくつになっても、母にとってはいらない存在なんだ……」

 ……この男、ちょっと不安定だな。ヤバくないか、この家。

 うーん。やはりあのペンダントを渡した奴らが戻るのを待つか。何か動きがあるかも知れん。強欲そうな女だったな、あの母親。


「噂通りですね~」

 小悪魔が小声で呟く。外に見張りがいなかったから、コイツは元の姿に戻っている。いったん離れて、噂というヤツを聞いておくか。

「よし、今日はここまでだ。この家について知っていることを話してもらおう。未確認の噂程度でもいい」

「イエッサー!」

「静かに移動しろ!」

 襟首を咥えて引っ張った。近すぎて、翼が当たる。


 屋敷から離れて、適当な草むらに降りた。小悪魔もすぐ隣に座る。お前、俺が貴族だって忘れてないか。

「ええと、あの家の話ですね。亡くなった大旦那さんは真面目な仕事人間で、あの後妻に入った女が旦那が留守なのをいいことに、家を牛耳っていたらしいです」

「……まあ、それは解るな」

「現当主である息子は真面目だけど気が弱く、母の言いなり。結婚も全部あの後妻が仕切ったらしいです。とはいえ夫婦は仲良くやってます」

 今までのおさらいみたいな内容だな……。こちらから質問するべきか。


「で、お前は龍のことは知っているか?」

「りゅう……? 確か、大昔に龍と結ばれた人がいて、龍の血が混ざっているって話ですよね。龍が呼べるなんてただの憶測ですよ、龍なんて欠片も見ないですよ」

 宝石のことは、家の外までは知られていない。龍も周囲は本気で捉えていないな。

 ならば他の貴族からソフィアが狙われる心配はない。

「今のところ、特に貴族間での問題はないんだな」

「疎遠になったりはあるみたいですけど、聞かないですねえ。ただ、どうもあの継母は良くない交友関係があるみたいで。怪しげな商人が入って行ったりするって、軍でも軽くマークしてます」

 怪しげな商人、か。金のある貴族には集まりやすいものだ、誘蛾灯みたいな女なんだろう。社交界では、息子夫婦はわりと上手くやっているようだ。

 しばらく話をして、帰らせた。


 宝石を持った男達が戻って来たのは、二日後だった。意外と時間が掛かったな。

 早速報告をしているようだ。ソフィアの家へ執事と一緒に来た、あの魔導師に気付かれないようにしないとな。すぐに俺だとバレる。

「これね! この宝石が……!」

「はい、大奥様。しかし人気のない場所で試してみましたが、やはり龍は呼べませんでした。名前も解らないとなると、難しいでしょう」

 執事は申し訳なさそうに宝石を手渡す。継母の額はピクリと動いた。

「宝石はこれで、本当に間違いないんでしょうね? 想像していたよりも、ずいぶんと小さいわよ」

「ロケットにつける宝石なんて、こんなものですよ。魔力もしっかり宿っています。感じたこともないような魔力です」

 疑われては困ると、魔導師がすぐさま証言する。散々怒鳴られているんだろう、申し開きが早いもんだ。

「ふん……っ」

 乱暴にロケットを開く継母。中には何もないんだよな。だったらロケットじゃなくていいじゃないか、と思っていたのだが。


「これが原因かしらね……。元々はここに、その龍の肖像画があったらしい。龍の肖像画というのも、おかしな話だけどねえ」

「イメージが強い方が、繋がりやすいのは確かです」

 魔導師が答える。バイロン様の絵があったのか、あそこ。

 失われて良かった、もしお姿を見られたら一発でバレるところだった。

「これが龍のわけがない騙されていると、何代か前の当主が呼べなかったことに腹を立てて、捨てたらしいわ」

 継母がロケットを放りそうになるところを、執事は慌てて両手で受け取る。そして丁寧に箱へ仕舞った。


「これはお嬢様にお渡ししましょう。次期当主でいらっしゃいますし」

「……その前に、あの子の娘とやらを連れていらっしゃい。直系なら呼べるかも知れないじゃない。試す価値はあるわね」

「……やめた方が宜しいかと。危険です、彼女……、ソフィアは召喚術師として立派な貴族悪魔と契約しています。無理を通せはしないでしょう」

 俺と直接会った魔導師は、とてもじゃないがやりたくないといった風だ。

 当然だろうな。人間なんて人数を集めて入念に準備して、伯爵と戦えるかどうかくらいが関の山だろ。


 その発言を耳にした継母は、むしろ嬉しそうにしやがった。

「召喚術師‼ ちょうどいいわ、その娘になら反応するかもねえ! 力尽くで動かせないなら、金でも宝石でも渡せばいい。絶対に、私の前に引っ立てなさい!」

「……はい」

 渋々と返事をする執事。マトモな人間なら魔導師が危険だと忠告すれば、それに従うだろう。命が幾つあっても足りそうにない職場だ。辞めた奴は正解だな。

 これからまた、ソフィアを連れに行くのか。あいつら、行ったり来たりだな。

 何往復するんだよ。


 先に戻って、対策を練ろう。

 あまり関わらせたくなかったが、一度この家に来た方がいいのかも知れん。そして完全に関係を断つべきだろ。特にこの継母。

 息子夫婦はどう出るのかも含めて、顔を合わせるというのもアリだな。

 ……ソフィアのヤツ、俺が真面目に働いているのに、遊んでるんじゃないだろうな。どうもフワフワしているからなあ。

 これだけ出生の秘密だのがあって、なんであんな危機感がないままでいられるんだ。

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