第109話 一触即発…ではなく、爆発!?

 問題の天使の正体が判明した。しかも既に動き始めている。

 リアナはどうなるんだろう。召喚して契約しているんだし、彼女に危害を及ぼすことはないハズ。

 でもそんな天使なら、攻撃しないとかの条件を入れておかないと危ないかな。普通は天使ならわざわざそんな確認をしなくても、無暗に人間を攻撃したりしない。だから天使をメインに召喚する人は、危機感が薄くなりがち。

 どういう契約をしたんだろう?

 召喚した相手から危険を感じたら、早めに元の世界に送還すればいい。でも力の差があればあるほど、難しくなってしまう。相手が元第一位天使ともなると、同意がなくて向こうが状態が万全なら、不可能に近いと思う。


「ソフィア達はどこへ行く予定だい? 国に帰るなら、一緒に戻るか?」

 ヴィクトルはいったん戻るみたいね。本当にオルランドの為だけに来たんだ、いい人だなあ。

 まだ午前中とはいえ、冒険者はもう依頼を受けて出発したような時間だ。お昼に開店する飲食店が、慌ただしく準備している。

「それが、決まらないんですよ。天使と契約しているリアナは、私をライバル視してたんです。刺激しないように、帰って来ないでって先生からも言われちゃってまして」

「な~るほど。じゃあじゃあ~、僕の先生に手紙を届けてくれない? シムキーに届けてもらおうと思ってたんだ~。先生のところの方が情報も入るし、安心だよ」


 治ったとはいえ、私を助けて腕を失くしたオルランドの頼みだ。もちろん受けるよ。『森の隠者の会』に所属する他の先生に会うのは初めてだから、緊張するね。

「引き受けます! どこに住んでいるんですか?」

「あのね~、いったん戻る感じ。ウリエルって天使がいる国でね」

「……ウリエル様が……」

 マルちゃん、会いたくないって言ってたね。これは会う運命なのかも。

「おいオルランド、マルショシアス殿は悪魔じゃないか」

 ヴィクトルが気を遣ってくれる。

「……極力、会わないようにする。いきなり攻撃されることもないだろう」

 ウリエルの契約者がいきなり襲ってきた時は、キングゥと一緒でマルちゃんはいなかったんだっけ。謝ってくれたけど、空中に投げ出されたんだよ……。

 もしもの時は、またバイロンを呼ぼう!

 忙しそうだけど、危険に晒されてからじゃ遅いもんね。またマルちゃんがイジメられちゃう。バイロンのあの性格、どうにかならないかな……。


「ウリエル様が無暗に暴れはしねーだろ。ま、なんなら俺の配下の天使にしてやっから!」

「それだけは御免ごめんこうむる」

「シムキーの配下になりたい人、いないでしょ~」

 笑いにくい冗談だ。オルランドは本当に元気になったね。

 ヴィクトルはここに一泊して、オルランドとこれからの方針を決める。二人で行動するみたい。


 手紙を受け取ったし、目的地も決まった。私達は旅の再開だ!

 マルちゃんと町の門を出た。来た道を徒歩で辿る。国境を越えてから、北へ進むのだ。マルちゃんがいるから、道を間違えることはないだろう。安心だね。

「ソフィア、ここはまだ強い魔物や盗賊が出るような地帯だからな」

「他にも冒険者とか歩いてるし、日中だから大丈夫だよ」

「……その油断が命取りだと、言ってるんだ」

「は~い」

 早くもお説教された。お金を持っていそうには見えないだろうから、魔物はともかく、強盗とかに襲われることはないのでは。この道は見通しもいいし。

 よく晴れて平和だ。気分良く歩いていたら、突然マルちゃんが空の彼方に目を凝らし、騎士姿になった。

「どうしたの、マルちゃん」

「……来た」

 一言で黙っちゃったよ。私も同じ方向を眺めた。空には鳥が飛ぶだけ。


 ……違う、すごい速度でこちらに接近するものが!

 気付いた時にはもう近くまで迫っていて、ズドンという大きな音とともに地面に衝撃が走る。目の前には一つに束ねた緑色の髪を揺らし、銀の装飾品をつけた男性が立っていた。

 地獄の王、バアル! 強盗より怖くて危険な悪魔の登場だ!

「よおマルショシアス。案内状だ。ちいと先だがな」

 バアルは真っ白い封筒をマルちゃんに渡した。

 なんてこと。また断れない、真面目なマルちゃんが絡まれちゃう!

「ありがとうございます。バアル閣下が自ら手渡しをされていらっしゃるんでしょうか?」

「そうでもねえ。ついでがあるからな、主要なヤツらだけだ」

「光栄です」

 深々とお辞儀をするマルちゃん。私も一緒に頭を下げた。

「契約者の女も連れて参加しろよ。アスモデウスやベリアルも招待する予定だからな。近隣の悪魔を集めて、サバトより盛り上がる宴にするぜ!」 

 地獄の王や貴族がつどう宴会、すごいものになりそう。

 契約者になった王様に造らせている、宴会用の城の完成を祝う竣工しゅんこう式らしい。大掛かりになるね。配下の悪魔も召喚させ、建設を手伝わせているとのこと。


「……来るよな?」

 急に低い声になり、目を細くした。怖い。

「ぜひ参加させて頂きます。なあソフィア!?」

「へ? は、はい、楽しみです。ベリアルってどんな悪魔ですか?」

「バカ! ベリアル様も王であらせられる、呼び捨てにするんじゃない! どうなっても知らんぞ!!」

 つい尋ねてしまったら、マルちゃんにすごい剣幕で叱られた。だって知らなかったんだもん。

「はっはっは! 構うかよ、聞いてるわけじゃねえし。いいか、あんな男に引っ掛かんなよ。所作こそ見事だが、慇懃無礼で嫌なヤツでな。何を企んでやがるか、俺でも読み切れねえ」

 バアルは何故か楽しそうに笑っている。嫌いだというより、からかう対象にしているような感じもあるよ。あまり深く突っ込まないようにしよう。

「世間知らずで申し訳ありません、教育不足でして」


「堅苦しい方が苦手だ、そのくらいで問題ない。で、天使の件はどこまで把握してる?」

 どうやらこっちの用事が本題だね。急に真面目な表情に変わった。

「は、目的や所在はともかく、存在については存じております。ソフィアが所属しているカヴンの関係者も、名前を知っておりました。動き出したことなど、情報を共有して注視しているようです」

「ほう、人間側の情報も手に入るってのは助かるな。そうか、独自に動く勢力があるか……」

 バアルは返答に満足したように、腕を組んで頷いた。

「各国がどの程度の認識を持っているかは、計りかねます」


「いや、十分だ。我々の方針を伝える。静観しろ。せいぜい天の連中同士で、争えばいい」

「ははっ。……しかしその、契約者であるソフィアが、イブリースの契約者に恨まれているようでして……」

 バアルのマラカイトに似た緑の瞳が、私を映した。

「……ずいぶん巻き込まれやすい女だな。龍人族の関係者が地獄こっちの侯爵と契約中に死なれちまったら、厄介じゃねえか。しっかり守れ、マルショシアス。場合によっては、迷わず協力を求めろ」

「心得てございます!」

 膝をついて礼を執るマルちゃん。騎士っぽい。

 これで話は終わりだね。ホッとしていると、遠くから声が聞こえた。


「お姉様、地獄の王ですわ」

 鈴を転がすような澄んだ声の持ち主は、淡い金髪が光に輝く可愛い女性。以前会った、九尾の狐だ。名前はミクズ。今はそう名乗ってるのかってマルちゃんが呟いていたから、気分で変えるのかも。

「……そのようね」

 後ろに立つ背の高い女性は、黒竜ティアマト。踵まで届くほど長い髪は、ゆるくウェーブしてる。前回も感じたけど、威厳があってちょっと……、やっぱりすごく怖い。

「ティアマトじゃねえか。やっぱまだこの世界にいたのか」

「バアル……王権の簒奪さんだつ者」

 面識があるのね。どうも険悪なような?

 ミクズも困惑してティアマトを見上げる。

「お姉様、どうされましたの?」


「お前のような男は、大嫌いよ!!!」

 魔力があふれて、髪が風もないのに大きく揺れている!

「ハッ、強ければ勝ち残り、弱い者が去る! それだけのことよ!」

 バリバリと手から雷の音がして、黄色い光が走った。

 空は突然暗くなり、黒い雲が集まっている。突風が野原を駆け抜け、ごく小さな氷がパチンと頬に当たった。ヒョウ……?

「マルちゃん、強い種族とは争わないんじゃないの? どういうこと!?」

「……バアル様とティアマト様は昔から犬猿の仲なんだよ。ティアマト様も、個人の怨恨を政治に持ち込む方じゃないからな、その場のケンカで終わるんだが」

「ケンカ……」

 王クラスのケンカって、人間からしたら戦争じゃないの?


「辺り一面は景色が激変するだろうな……」

 遠い目のマルちゃん。それ、私は生き残れるの……!??

 バアルは私をしっかり守れって、言ってくれたばかりなのに~!!

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