第22話 召喚されしもの
「うわあああ!!」
奥の部屋の扉を開けた兵が、中に入らず廊下で後ずさった。
もう何かが召喚されたのね!
私は困惑してる兵達を押しのけて、部屋を覗いた。みんな廊下に固まっているけど、誰も入ろうとはしない。
隣と同じくらい広い部屋で、ローブを着た召喚術師がマジックサークルの中に入っている。そして座標には部屋を埋め尽くしてもまだ足りず、壁を壊して鎮座する大きな生き物。外の景色が見えちゃってる。
毒蛇の頭とライオンの上半身、鷲の下半身に蠍の尾を持っている。これは一体なんて言う魔物だろう? 体はゾウよりもよほど大きい。
「おお……! 強そうなのが喚べたぞ。おい、言葉が話せるなら名前を教えろ。金でも食い物でも財宝でも、なんでもやる! この奴らをみんな殺せ!」
その生き物は、ギロリと召喚師を睨んだ。
「……偉そうな男だ。貴様、誰を喚だか解ってんのか」
喋った! でもかなり不機嫌そう。これ、大丈夫なのかな……? 周りに視線を巡らせると、兵達が顔を強張らせて私を見ていた。私が召喚師だから、判断を聞きたいのね。
「これは、いったん退避すべきと思います。戦闘になるにしても、建物の中では危険すぎます。この建物ごと破壊される恐れがありますから」
人間は瓦礫の下敷きになっても死んじゃうけど、アレはきっとそのくらい平気だと思う。尻尾を振ると、ぶつかった壁がまた崩れた。
「そうだな、総員退避。残っている賊どもを捕らえ、速やかに外に出るんだ」
隊長の言葉で、みんながサアッと廊下を走った。
キングゥは周りから人が居なくなるのを待って、こちらに来るみたい。私もまだ残り、様子を確認する。交渉の行方を見守りたい。
「ええい、退却してしまうではないか! まあいい、簡単には逃げ切れないだろう。欲しいモノを言え、契約しよう。アイツらを追いかけて殺すんだ!」
「……欲しいものを、寄越すと言ったな」
「ああ、何でもくれてやる!」
交渉が成立してしまうの!? マルちゃんとキングゥが居るから平気だとは思うけど、私も逃げた方が良さそうだ。
いつの間にか横に来ていたキングゥが、部屋の中を覗きこんだ。
「まずはいったん離れろ」
クイッと腕を引かれ、扉から離れて小走りに進む。混雑していた廊下を避けて再び窓から外へ出て、隣の部屋に突入しようとしたマルちゃんも、ボスの部屋に戻っていたようだ。そこから出てきて廊下で合流できた。
「なら貰おうじゃねえか! お前の首を!!」
「なに……」
笑うような叫びに続いてブレスらしき衝撃が起こり、壁が膝より下だけになってしまっている。向かい側の部屋に至ってはすっかり壁が破壊され、床を少だけ残して何もなくなった。どちらのドアもない。瓦礫はほとんど吹き飛ばされて、そのまま外に落ちてしまったようだ。
「え、え……!?」
「おい、落ち着け」
余りの出来事に足が竦んで、動けなくなる。マルちゃんが私を支えてくれて、キングゥは区切りがなくなった部屋へ普通に歩いて向かった。
さすがの余裕……!?
「ムシュフシュ。ご機嫌だな」
「キングゥ。何してんだ、お前。こいつらの仲間じゃねえだろうな」
「そんなわけないだろう。人間の依頼で討伐に同行していた。非道な賊どもだ」
……お友達? 私はゆっくりとキングゥに近づいた。
部屋を覗くと、マジックサークルはすっかり
そしてキングゥと向かい合っているのは、彼よりも年上で背が高くてガッチリ筋肉のついた、荒々しい印象の男性だった。
「あれ? あのスゴイのは……」
「俺だ俺、さっきの娘か。おおうキングゥ、やっと恋人が出来て母親離れか?」
「おかしなことを。地獄の者の契約者だ」
マルちゃんが私の横に居て、お辞儀をしている。キングゥと対等に話しているし、彼と同じくらいの人なのかな。すごい人が沢山。あ、人じゃなくてキングゥは竜神族だったね。
「お前の好みのタイプは母上より強い女性だからなあ、いつまで経っても見つからねえだろうよ」
「放っとおけ! 母上が至上の女性なのは、間違いがないだろう!」
ティアマトより強い女性が好きなの……!? それは存在しないかも知れないよ。ティアマトは竜でも一番強いんじゃないかって言われているもの。
急に雑談になっちゃったんだけど、どうしたらいいんだろう。
「あの、これで捕り物は終わりですよね。どうしたらいいですか?」
「そうだったな、人間どもを待たせていた。ムシュフシュ、お前はどうする?」
「そっだな~。帰る前に、たまにはお前と飲むか!」
また面倒そうなことになったよ。断ったら危険だよね。昨日と同じお店で、隅っこの席にしてもらおう。ぶつかったり絡まれたり、しないように。
とりあえず皆と合流する。
討伐隊の人達は皆、建物の外に避難していて私達が出てくるのを待っていた。
「無事で良かった! で、その方は……?」
キングゥと一緒に出て来た男性を見て、隊長が訝し気に訪ねた。
「彼はあの召喚されたモノなんですけど、人の姿になれるみたいで。召喚術師は怒りに触れて殺されました」
「すでに怒りは収まっている。関係のない者に、危害を加える事はないだろう」
私の説明に、マルちゃんが付け加えた。
「まあ、俺の兄弟みたいなもんだな」
キングゥの言葉に、どよっとする。そりゃそうだよね、建物が壊れたのは解ったろうし、彼の人ならざる姿を目にしてたら、恐ろしい生き物に映っていただろうから。
「ええと……、とにかく脅威は去ったという認識でいいだろうか」
隊長のスッチェダに、キングゥが頷く。
「こっちは心配ない」
「では、まだ潜んでいる者がいないか、念の為に確認を。他の者たちは捕らえた賊をしっかり見張っておけ。子供が怪我をしていないかも調べて、必要なら回復や薬での治療をするように」
そして背の高いムシュフシュに顔を向ける。キングゥと同族ってことは竜なんだろうけど、彼は竜としては小さい方なのに、人の姿は大きい。
「貴方は、どうされますか?」
「おー、俺はキングゥと飲んでから帰るわ。この女、召喚師だろ。送れよな」
「はいっ」
討伐隊の皆があからさまにホッとしている。
すぐに建物内の捜索を再開し、戻って来た兵隊から二階の惨状について報告を受けると、畏怖するような視線をキングゥと歓談しているムシュフシュに向けた。まだまだ余力がありそうだったしね。
さて町に帰ろう。子供たちはいったん兵の宿舎で保護された。他にいい場所がないし、ここなら回復魔法や回復薬があるから、怪我をしている子も安心。殴られたりしていて、みんなあざが出来てる。でも家族が殺されちゃってるんだよね……。私の時みたいに、住み込み出来る所を探すのかな。いい人と巡り合えるといいな。
私たち参加した皆はしっかりと報酬を貰い、評価も良くなって万々歳。みんな予想以上に活躍してくれたと、討伐隊の人が口添えしてくれた。他の冒険者の人達も、一階で頑張っていたみたい。
で、現在。
「かんぱーい!」
「くあぁ、うめえ! ひと暴れの後の酒は最高だ!」
ムシュフシュは、一気にグラスのビールを飲み干した。
「おい、飲み過ぎるなよ。お前は飲み過ぎると暴れる」
キングゥに言われるようじゃダメだよねえ。ちゃんと止めてくれるよね……?
「なんだっけ、おい。……そーだった、マルちゃん。チビチビやってんなよ、グッと飲め!」
「は、頂戴いたします……」
上機嫌で瓶を傾けるムシュフシュにグラスを差し出しながら、マルちゃんは私を睨んだ。私がマルちゃんって呼んでいたのを覚えられてしまった。
この二人が相手だと、マルちゃんがとても小さく見える。
「あの時は母上が大いにお怒りでなあ!」
「そうそう、怖えのなんの! あっちから戦争ぶっかけたクセに、いざやめようにも和平の使者が御前にすら出られねえでよ、情けねえ」
「あの身の竦む怒りこそ、母上の恐ろしさと素晴らしさだ……」
「マジかよキングゥ、それはヤベエわ! 命懸け過ぎる」
何の話をしているのかはよく解らなかったんだけど、二人ともとても楽しそうに大笑いしている。ティアマトが規格外に危険なことだけは理解できた。マルちゃんはさっきからほとんど喋らずに、グラスを店員に片づけてもらったりお皿を重ねたり、注文したりとすごく気を使っている。私のやることがない。
そうだ、お酒を注ぐんだ!
でもタイミングが解らない。話が途切れないし、声をかけづらいな。それにしても長いから、眠くなってきた。けっこう遅い時間になっていると思う。
「……キングゥ様、ムシュフシュ様。人間の娘は床に就く時間です、ソフィアを先に帰しても良いでしょか?」
「そうだったな、今日は捕り物もあった。疲れたろう、先に宿へ戻っていろ」
「だな、話も解んなくてつまんねえだろ。付き合わせて悪かったなあ」
キングゥとムシュフシュが了解してくれたんで、マルちゃんに送ってもらって帰ることにした。真っ暗だし、念のために。マルちゃんは私を宿に送って、また居酒屋へ戻る。接待って大変なのね……。しかも私の事まで、全方位に気を使ってくれて。
ムシュフシュは飲み終わったら帰るって話だったけど、明日で良さそうだ。
マルちゃんの犠牲を無駄にせず、しっかり休もうと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます