第88話 フォルネウス君と一緒!

「ねえ、まだやるの? もうすっかり夜だよ」

 何度もチェス勝負をするうちに、真夜中になっていた。私達は家主の男性にご飯を出してもらって、昼と夜の二食を食べちゃったよ。

 二人はちょっとした軽食と飲み物を取っただけで、ずっとチェスを続けている。

「俺も飽きた……」

「くうううぅ、君は本当に嫌なヤツだよ。勝っても優越感が湧かない……つまらない……。勝負はこんなものじゃいけない……」

 マルちゃんは、あくびなんかしている。どうでもいいみたい。

 フォルネウスもさすがに諦めて、ようやく勝負は終わった。でも彼は帰らない。


 もう夜だし、私達も今日はこの町に泊まることにした。

「マルショシアス様、お別れ会をいたしましょう」

「疲れた。寝る」

 ヘルカが必死で誘うけど、マルちゃんは宿の部屋にこもってしまった。

「ああ……でもそんなところもステキ」

「嬢ちゃんは強えなあ……」

 もうイーロも呆れるのを通り越して、感心している。

 私達は荷物を置いて、食事をしに行く。なぜかフォルネウスも一緒に。食べ物はどうでもいいから、お酒が飲みたいとの希望だった。

 食事メニューもあるようなオシャレなお店を探して、薄暗い店内の、奥にあるテーブル席へ案内してもらう。


 メニューを開いて後悔した。

 オシャレな料理は、よく分からないよ……。ハンバーガーで、いつもの夕食の倍の値段がするんだけど……。ヘルカは普通に料理を選んでいる。やっぱりこういうお店も慣れているのかな。

「マルショシアス君を好きな娘ねえ。彼は天に戻りたいなんて愚かなことを口にしているからね、諦めた方が早いよ」

 フォルネウスが頼んだのは、グラスの縁にカットされたライムが刺さっている、透明感のあるキレイな青いカクテル。

 キレイ過ぎて、飲み物じゃないみたい。


「天に……、そうしたら会えなくなってしまいます。ここにいてほしいですわ……」

 ヘルカは赤から黄色にグラデーションするカクテル。こっちには赤っぽいオレンジが飾られている。

 天も地獄も異界にあるから、マルちゃんがどっちに住んでも距離は変わらないよ。

「……あ、そうか。そうだね。君に恋したら、きっと天へ戻るのを諦めるよ。ぜひともマルショシアス君を、誘惑してくれたまえ」

「まあ、お優しい方でしたのね! 頑張りますわっ」

 ヘルカ、騙されてる!

 人間と契ると天へは帰れなくなるから、それを狙っているよ。フォルネウスは楽しそうに、ヘルカをたきつけていた。

 とはいえ、ヘルカはマルちゃんの好みじゃないみたいだからなぁ。ご飯食べよ。ローストビーフやウィンナーがあるから、マルちゃんが来ても食べられるね。

 小さな平たい丸型のパンに、刻んだアボカドとトマトが載ったブルスケッタとか、ジャガイモとベーコンの炒め物とか、ちょっとずつ色んな料理がテーブルに並ぶ。


 お酒は分からないけど、キレイだから私も飲んでみようかな。緑色のカクテル、と適当にお願いしたら、ミントが浮いている爽やかな香りのカクテルが届けられた。

 たまにはアリかも。

 もちろん、お支払いの時になって我に返る。またマルちゃんに、経済観念がないとか叱られそう。今夜の食事のお値段については、知られてはならない。

 フォルネウスも、私達と同じ宿に泊まる。もっと高級な宿がいいとボヤいていたけど、この町に彼が満足しそうな宿はなかった。

 ヘルカとイーロも一緒だけど、階が違うから良かったよ。ヘルカが部屋まで押しかけて来そうだもの。この宿は三階建てで、私達は一階、他のみんなは三階に泊まる。

 どうやら、一階だけが召喚した獣系と一緒に泊まる為のエリアのようだ。

 マルちゃんは宿では狼姿だよ。


 次の日の朝。宿の簡素な朝食を頂いて出発する。

「マルショシアス様、もう旅立ってしまわれますの……」

 ヘルカがマルちゃんに、切ない視線を向けている。

「行く」

「あ、まずはギルドに寄ろうよ。仕事を受けたいな。あと、シャレーにも報告に行った方がいいかな?」

「シャレーが先だな」

「シャレーね。行ったことがないから、楽しみだよ」

 マルちゃんと話していると、フォルネウスが愉快そうに頷く。まだ私達について来るの?

 問題になった悪魔が、隣にいるのが気になるところだよね。マルちゃんとは、仲がいいのか悪いのか。

「シャレーはご一緒しますわ!」

「可愛いお嬢さんじゃないか。モテるねえ、マルショシアス君。こんな子を悲しませたら、大罪だよ」

「帰れよお前も!」

 本当にヘルカを応援している。と、いうていでマルちゃんをからかってるよ。


 シャレーに入ると、中で歓談していた五人がみんな、こちらに注目した。

「おはよーございま……す?」

「おはよう! 昨日は助かったよ、何事もなくて本当に良かった……!」

「すごいね、悪魔の貴族でしょ!? 国が動くレベルだよ!」

 おおっと、どうやらフォルネウスの話題で持ちきりだったのね。みんな昨日の騒ぎを知っていて、私とマルちゃんを称賛してくれる。

 一緒に家まで行った召喚師の人が広めたのかな、照れくさいな。

「マルショシアス様の素晴らしさが、認められていますわ! ステキ!」

 ヘルカまで一緒に喜んでいるよ。

「ま、まあ話し合いで解決しただけですから」

「それがスゴイんだよ! 戦うことになったら、とんでもない被害になるだろ」

 そうか。揉めずに終わらせられたから、興奮しているんだ。マルちゃんが勝負に付き合わされただけで、平和だったもんね。

 これはマルちゃん、徳を積めたね。


「ありがとうございます。マルちゃんのお陰です」

 マルちゃんに視線を移すと、興味なさそうに床に寝ていた。

「貴女も素晴らしい悪魔と契約したのねえ。それでね、今回のことは領主様に報告してあるの。最悪、国が動く事態になるかと思って。貴方と話す前に、ここから連絡を飛ばしちゃったのよ」

 受付にいる女性が、光る鳥の聖獣を腕に留まらせている。通信係の鳥かな。


「でね、事態を収めてくださった方をねぎらいたいと、仰ってるの。馬車も出してくださるそうだけど、どうする?」

「領主様ですか……」

 そんな偉い人にまで、話が伝わっていたとは。私はマナーとか苦手だしなあ……。床でだらんとしているマルちゃんに、目を向けた。こちらをチラリと見ただけで、そっぽを向いてしまった。自分で決めろってことだろう。

 うーん……。せっかくの申し出だけど、面倒だなあ。

「召喚師の冒険者でしょ? 便宜を図ってもらえるかもよ~。護衛を貸してもらうとか、護符にする、品質のいい水晶を貰えるかも。水晶が名産だしね」

 やたらと勧められる。やっぱり行った方がいいのかな?

 水晶かぁ、興味あるな。時間もあるわ。リアナの件は、すぐには片付かないよね。

「……そうですね、依頼を受けたりしたいんで、馬車はいらないです。せっかくなので、こちらから挨拶に行きます。場所を教えてもらえますか?」


「良かった、是非にって念を押されててね。シャレーの活動に多くの援助をして頂いているから、断りにくかったの」

 安堵の表情で、地図を出した。

 ここから少し北の大きな町に、領主に代わって事務や租税の徴収をする、代官の館があるらしい。領主は首都に行っているので、代官がお礼なんかを用意してくれているそうだ。貴族じゃないらしい。良かった。

 町までは、徒歩でも今日中に着くくらいの距離。依頼を受けて出発すればいいね。遅くなりそうだったら、マルちゃんに乗ればひとっ飛びだよ。

 

 私達の来訪は、聖獣で先に知らせてもらえる。夜になると悪いから、明日の予定にしてもらった。次はギルドへ寄ろう。  

「せめて挨拶に伺います、と言うべきだな」

「馬車を断るのなら、心遣いに感謝する一言も添えてほしいものだね」

 マルちゃんとフォルネウスに、ダメだしされてしまった。

「まあ、ソフィアさんにしてはしっかりしていましたわ」

 ヘルカは一応、フォローしてくれてるのかな……?

「それにしても面白そうだ。接待を受けるのも貴族の義務だね」

「お前のせいだ、お前の」

 フォルネウスが元凶なのに、全然気にしないんだなあ。

 私達は、すぐ近くにあるギルドへ入った。北へ行くような依頼があるといいな。


「配達は遠回り、これはランク外……」

 依頼は色々ある。でも別方向へ行くものや、この町での仕事、鉱山関係が多い。ちょうどいいと思うとランク外だったり。

「あら、これがよろしいんじゃなくて?」


『ベンヌ鳥討伐 Bランク以上 北西の森から谷に、複数いる模様』


 ヘルカが取った札は、Bからの討伐依頼だった。

「無理だよ、私はまだDランクだよ」

「全文を読んでいないですわね。ここですわ、その下。もしくは、巣を発見すること。こちらはDランク以上でしょう。交戦しないよう注意とありますけど、マルショシアス様と一緒なら問題なんて皆無ですわ!」

 へえ、巣の発見。ランクで弾かれていたから、もう読んでなかった。

「嬢ちゃんよ。巣の発見なんて相手の性質を知らなきゃ、難しいぜ……」

 イーロの言う通りだった。見つからないとペナルティがあるのかな。とりあえず、受付で質問してみる。


「その依頼ね。巣の発見だけなら、受注しなくていいよ。見つけて知らせてくれれば、依頼完了になるんだ。ただし、討伐を受けてくれるパーティーがいたら、そっちが優先だから。ついでに探す、くらいでいいよ。発見だけの報酬は安いから、期待しないで」

 それなら気楽だね。ベンヌ鳥に注意しながら行こう。

 もし倒したらそれも報告。まずは北西の森へ向かうよ!

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