第6話 突然ですが、ドラゴンです
次の町は少し離れた場所にあった。前回寄ったのよりも、小さめだ。木で作られた、二階建ての家が並んでいる。
冒険者ギルドに、シャレーも一緒にある。すいているから入ってみた。
「こんにちは~!」
「おう、こんにちは。旅の途中か? その魔物と契約してる?」
「はい。シャレーがあったんで寄ってみました!」
シャレーには男性が二人いて、受け付けの人と楽しそうに話をしていた。
常連さんなのかな?
「これからどっちに行く?」
「南東です」
「南東か。ここより魔物が強くなるから、誰かと一緒の方がいいぞ」
誰かと。冒険者ならパーティーを組んだりするものね。マルちゃんと一緒だけど、他にも人間の仲間を作った方がいいのかな。でも簡単に見つからないか……。
「ありがとうございます。考えてみます」
「俺たちは『召喚協力会』に所属してるんだけどさ、良くない噂を聞いたろ。昔はもっとマトモな会だったのになあ。カヴンを変えるか考えてるんだ」
聞いちゃってる、良くない噂。お金を払えば登録できるってヤツ。知らないフリをした方がいいのかしら。
「……そうなんですか、私は修行していた森の庵から出てきたところで、詳しくなくて。『若き探求者の会』の所属です」
「え、マジで!? いいなあ、かっこいい……!」
「知ってんの? どんな会?」
「あの『森の隠者の会』の、弟子たちが興した会だよ。隠者の会の先生に一人前になったと判断されないと、所属できないカヴンだ」
詳しい人がいた! マイナーだと思ってけど、知ってる人もいるのね。
「すげえ! 隠者の会の、先生の弟子なのか! じゃあこの魔物、かなり強いんだろうな。メンバー要らないじゃん」
興味なさそうにしていたマルちゃんだけど、褒められてニヤリと笑ってる。
「じゃあ私、仕事を探してますので」
二人と別れてギルドの受付に行った。同じ建物の中にあるから、隣の部屋に移動したくらいなんだけど。
依頼ボードにはレベル制限がある強い魔物の討伐や、北に行く仕事、家の修繕などがあったけど、受けられそうな依頼は見当たらない。護衛の依頼は依頼主からのランク制限があるしなあ。Cランク以上だって。まだ全然届かないわ。
順番に見ていくと、一つおかしな依頼を見つけた。
「局地的に雪が積もった原因の調査? なにこれ」
「ああ、それね」
不思議に思っていると、受け付けにいる女性が声を掛けてくれた。
「ここらの街道とか森のあちこちに、何故か雪が積もったりしてるの。暖かい季節だし溶けちゃうからいいんだけど、魔物の仕業かも知れないし、原因を探ってほしいワケ。この依頼に関しては受注しなくていいよ、原因が解ったら近くのギルドに伝えて。一番最初の人にだけ、お金を払うから」
なるほど、失敗のない依頼ね。移動中に気にしてみよう。
「ありがとうございます、何か解りましたら連絡します」
「遠目だけどドラゴンらしき目撃報告があったから、注意してね。もしドラゴンを見かけても、報告ヨロシクね」
結局特に依頼も受けず、ここを後にした。まだ午前中だし、買い物をちょっとして軽く何か食べて、出発しよう。
歩いていると、黒い看板を掲げたお店を発見。これは、
私は風属性の棚で、攻撃魔法を探してみた。あんまり種類はない。
「エアリエルショットは、弱いよね。ストームカッターなら私が知ってるウィンドカッターの強化版で、詠唱が似てるのに威力はけっこう上がるって聞いたわ。扱い良さそうだし、これがいいかな」
「そうさねえ、無難な選択だね。風属性の魔法使いに人気があるよ」
全部声に出して言ってた! お店のカウンターに座っている灰色のショールをしたお婆さんが、ニコニコ笑っている。これは買わなきゃと思って値段を見たら、あらビックリ。
「すみません。せっかく教えてもらったのにあまりお金がないんで、宿代とかを考えると買えそうにないです……」
恥ずかしいわ。独り言に親切に答えてもらった挙句、買えないなんて。
「まあ、仕方ないさね。この街道沿いのそれなりの町なら、どこでも魔導書を扱う店の一軒くらいあるものさ。依頼でもこなして、お金を貯めな。私も昔は、そうして冒険したもんさ」
「お婆さん、冒険者だったんですか!?」
私が聞き返すと、お婆さんは自慢げに大きく頷いた。
「魔法使いとして三人で組んで、いろんな国へ行ったもんよ。アンタはまだこれから、しっかり頑張んな」
「はい!」
魔導書を探しに行って何も買わず、励まされて店を出た。私が出て行くと入れ違いにお客が入って行って、婆ちゃん来たよ、と声をかけている。いい雰囲気のお店だったな。
「で、収穫ゼロか」
うっ。マルちゃんが私を見上げる。
受けられる依頼はない、魔導書も買えない、買ったサンドウィッチは具が少なくてイマイチだった。仕方ないから、もう出発することにした。雪が積もった原因が解れば、報酬がもらえるんだけど。
町を出て、街道を東へ進む。今回は調査も兼ねて歩いて移動。しばらく行くと、確かに不自然に雪が溶けかけて残っている。どういうこと? 気温は薄手の長袖がちょうどいいくらいで、雪なんて降るような寒さじゃない。他にも調査している冒険者が居て、森の中の細い道に消えて行った。
私は広い道をそのまま進んでいて、白い雪の塊は歩きながら何度も見掛けた。更に進んだら、地面全体にうっすら広く溶け残ってる場所がある。
積もってすぐなのかな? でも原因って、どうやって調査したらいいのかしら。考えていると、バキバキと木が折れる音が幾つも重なって聞こえた。
「原因はアレだ、スノードラゴン! 雪のブレスを吐く竜だ。気を付けろよ、まともに喰らえば一発で動けなくなって凍え死ぬ!」
「ドラゴン!??」
ドラゴンは初級でも強いって言われていて、ブレスを吐くのは中級クラス。私なんて一溜りもないの。ブレスには専用の防御魔法があるんだけど、そんなのを知ってるのは国に仕える魔法使いか、ドラゴン退治を視野に入れた一部の高ランク冒険者だけ!
一番背の高い木よりも大きな紺色のドラゴンが、街道に姿を現す。息を大きく吸い込んで顔を上に向け、おもむろに牙の生えた口を開いた。
そこから白い、雪のブレスと暴風が発せられる。
死んじゃう!
と、思わず目を閉じたんだけど、すぐ近くでゴウゴウと燃える音がした。恐る恐る見てみると私の前に四本の脚で立ったマルちゃんが、口からスゴイ量の炎のブレスを吐いている。
こんなことが出来たの!? しかもスノードラゴンのブレスとぶつかって、相殺されている。雪も寒さも、こっちまではこない。風だけがヒュウっと私を撫でて通り過ぎた。私の金茶の髪が、さらさらと揺れる。
ドラゴンのブレスが終わると、マルちゃんも火を噴くのをやめて、人間の騎士の姿になった。腰に佩いた剣をスラリと抜いて、すぐさまドラゴンに斬りかかる。
「ソフィア、身を守ることだけを考えろ! ドラゴンの攻撃範囲外に離れて、ブレスが届きそうなら禁令を使え!」
「わ、解ったわ!」
禁令とは、先生が最後に教えてくれた防御の呪文。少し練習したけど、まだうまくできる自信はない。でも、防ぐ為にはこれしかないのね。
まずはとにかく離れようと、街道の反対側に走った。私は完全に足手まといだし。
マルちゃんは攻撃してくるドラゴンの手を斬りつけながら避けて、腹に向けてヒュッと横に剣を振った。
「グギャアア!!」
ドラゴンはダンと足で痛みを逃がすように地面を蹴り、体を横に向けて尻尾を鞭のようにしならせる。飛んで躱したマルちゃんが、斬り上げてそのまま空中でスノードラゴンと向き合った。
あれ、人間の姿でも飛べるの!? そういえばマルちゃん、自分の事は全然話してくれてない! それに、中級のドラゴンと一人で戦えるなんて……!!
マルちゃんを叩き落そうとスノードラゴンが腕を振り回すと、スッと後ろに下がる。そして頭を飛び越えて落ちるように降下し、左右に揺れる尻尾を斬り落とした。
勝てる、勝てちゃう!!
けど次の瞬間ドラゴンは、斬られながらも大きく息を吸い込み、私の方にブレスを放った。距離はとったけど、ブレスはこれでも危険。
落ち着いて、意味をしっかり意識しながら壁を作るイメージで。
「マミト、マミト、ウツルト! 雪よ、寒さよ、我に届く事なかれ!」
この古代の言葉を使った短い呪文、禁令。魔法もブレスも、上達すると物理攻撃も防げるという。後半の文言を変えていくことによって、多彩な防御が展開できる。
吹雪は禁令の壁で止まり、何とか防げている。ドラゴンのブレスを一人で防げるなんて、すごい呪文だわ! だけど安心したのも束の間、防御に亀裂が入ったのを感じた。やっぱりまだ、使いこなせていないのね!
「チイッ、未熟な奴め! アレは強力な呪文だぞ! 集中も何も足りてない!!」
マルちゃんが急いでこっちに来ようとしてくれてるのが見えけど、壁は崩れてもう吹雪が迫って来てる。
手が震える。もう一度唱えるのも無理そう、逃げなきゃ。でもどこへ!?
混乱する頭に、どこからともなく魔法の詠唱が聞こえてきていた。
「襲い来る砂塵の熱より、連れ去る氷河の冷たきより、あらゆる災禍より、我らを守り給え。大気よ、柔らかき膜、不可視の壁を与えたまえ。スーフル・ディフェンス!」
間一髪で私の前に薄い光の膜ができ、吹雪が左右に別れて流れていく。
これがドラゴンのブレス専用の防御魔法!? 寒さも風も、何も感じない。でも誰が唱えてくれたの?
辺りを見回しても誰の姿もなく、影がスッと通り過ぎた。上だ!
私がオタオタしてる間にマルちゃんはドラゴンに剣を刺して、手の平を当てて炎を発生させ、ドラゴンを焼いた。スノードラゴンは背中の一部を焦がして、ドオンと地面に倒れる。
「そちらは問題なかったようだね」
音もなく空から人が降りて来た。剣士なのかな。でも飛べるの?
「あ、えと、ありがとうございます」
「ドラゴンというのは、少し離れたくらいでは危険は変わらないよ。逃げるなら逃げられるだけ遠くへ行った方が、戦いやすい」
「全くだ。身を守ることだけを考えるよう、言っただろうが」
「ごめんなさい、このくらい離れたら、少しは平気かと思ったの」
吹雪のブレス、思ったより遠くまで効果のある、怖いものだった。
「次からはもっと気をつけなさい。勉強になっただろう。怪我はない?」
「大丈夫です、私はソフィアといいます。貴方は?」
「私はヴィクトル、『若き探求者の会』のカヴンに所属してる」
「え、私もです! 最近新しく加入しました」
助けてくれた人が、同じカヴンの先輩なんて!
でも召喚師というより、魔法剣士みたいに見えるんだけど。契約した相手を連れているわけじゃないし。腰にはAランク冒険者のランク章を提げている。すごい、立派な冒険者だわ。
「せっかくだし、町で少し話でもしないか? 君の師匠の事とかを、聞きたいな」
「はい!」
嬉しいな、同じカヴンの人と話せる! 彼の荷物が置いてあるって事で、来た町に引き帰す事になったけど、とってもワクワクしてる。
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