第126話 解決!
イブリースが最後に放った魔力が、私を目掛けて飛んでくる。
かなりの威力で、人間がぶつかったら即死なのでは……!? バイロンの龍体が風を追い越すほど早くこちらに向かうけど、これは間に合わない……!
「
もう言葉を考えている余裕も、思い出す暇もない。精いっぱい禁令を唱えた。これで防げなかったら、命がない。
焦るな、焦ったら失敗する。気持ちを強く持って、専念しないと。
金に輝く魔力の球が、禁令を終えた直後に私まで到達した。
目の前で見えない壁にぶつかり、魔力が弾けて四方八方へと飛び散る。
押し付けられる圧力に耐えながら、集中を途切れさせないようにしつつ、魔力を送り続けた。不意にパキンと音がして、オルランドの先生からもらったブラックスピネルが割れた。途端に圧力が大きくなり、ガクンと膝が崩れる。
うわあ、すごい力のある護符だったんだ……!
壁が消え去る。
地面に座り込み、目を閉じた。イブリースが放った魔力はほとんど霧散していて、消し切れなかった一部が流れてきた。もう無理、でもこれなら怪我くらいで済む……。
「よく耐えたね、ソフィア」
この声は……。まぶたを開いて見上げると、バイロンの龍体が白い壁となって塞いでくれていた。
「バイロン~!!! 助かった……!」
嬉しくて泣きそうだよ、今回は本当に怖かった。
イブリースの姿はもうどこにもなく、しっかりと送還されていた。かなりの重傷だったし、すぐに回復はしないだろう。
ウリエルと契約者のフィデルも、こちらへやって来る。
「良かった、ソフィアさん」
「さすがに間に合わんと
「必死でした……」
笑った私は、情けない表情をしているんじゃないかな。足に力が入らない、すぐには立ち上がれないよ。
「あちらも、もう終わりかな」
バイロンの視線の先には、マルちゃんと敵意の天使マステマがいた。双方鎧がボロボロ。そういえば戦ってたんだ、途中からすっぽ抜けてたよ。
味方を失ったマステマは、剣を下ろしてすっかり意気消沈している。敵意の天使が、失意の天使になっちゃった。
「残念だったな、マステマ。イブリースは送還された。お前も大人しく捕まったらどうだ」
「……友達だろ、見逃してくれ」
「友達だったことは一度もない」
逃げる気みたい。このメンバーの相手はできないだろう、とはいえさすがに逃走させないよ。
「冷たい野郎だぜ!」
顔の前に手をかざし、水をパラッと巻いた。濡れるのも構わずマルちゃんが前に進むと、真っ白いもやがサアッと広がる。次第に濃くなり、二人が霧に包まれた。姿はうっすらとしか見えない。
声は聞こえてるよ。何か言い合った後、マルちゃんが霧から出てきた。
マステマは反対側に抜けて、チラッと振り返って脱出を図る。
「幻影か、騙された!!!」
「あばよ!」
霧に紛れて勘違いさせて、別の方に逃げたわけか。前を向いて飛び去ろうとすると、マステマを白い龍が追い抜いた。そして目の前に、人の姿になって立つ。
「……やあ友人。楽しいお喋りに、私も招いてもらおうかな」
バイロンの笑顔が怖い。
「そろそろお開きの時間じゃないですかね……」
「マステマ。このまま逃げられるわけないだろう」
背後は白い翼を広げた天使に
「帰りが遅いと
両手を上げて、マステマは降伏の意を示す。言い訳もネタ切れかな。
「リアナという娘はどうした」
「国境付近で怪我してるさ。泣いたり面倒だったんで、放ってきた。ただイブリースの契約者だから、殺すわけにはいかなかったな」
置いてけぼりにされただけか。良かった、怪我はしても無事なんだ。国境付近は警備兵がいるし、爆発があったから更に兵の派遣もあるだろう。きっと保護されているはずだね。
念の為に、通る時は注意して見ておこうかな。掴まると思って、隠れてる可能性もあるよね。イブリースを召喚したのは、リアナだし……。
「……ウリエル様。ソフィアをお助けくださり、ありがとうございます。こんなに早く駆け付けて頂けるとは」
マルちゃんが丁寧にお礼を言っている。私も頭を下げた。
「礼には及ばん。国境でのことは陽動で、この国内で何かをすると踏んでいたからな。あちらは他の者に向かわせた」
おおお、さすが。分かってたんだ。お陰でイブリースも予想していなかったくらい、早くここに来てくれたんだね。
「護符が壊れてしまったね」
ブラックスピネルがなくなった私のブレスレットを、バイロンが覗き込んだ。
「あれはシュルヴェステル先生っていう、オルランドさんの先生がくれた護符なんだ。すごく効果があったね、お礼に行かないと」
「インロンの契約者のご老人だね。私も同行しよう、大事なソフィアがお世話になったようだし」
一緒に訪ねたら、インロンも喜ぶかな。オルランドの先生に挨拶してから、先生の塾へ戻ろう。よし、次の目的地が決まったよ。
「後始末や送還完了の連絡は、我々にお任せください」
フィデルは任せろとばかりに、堂々と胸に手を当てた。
「助かります。マステマはどうなるんですか?」
自分の話題になり、ビクッと肩を震わせるマステマ。ウリエルがいるから、普通の天使では太刀打ちできない。なんせ四大天使の一人なんだから。
「どの世界に送ってくれてもいいぜ」
「都合良くいくわけがないだろう」
マルちゃんが横目で睨む。
「彼からは、じっくり話を聞きたいですね」
マステマに関しては、送還して終わりにはならないみたい。仕方ないよね、イブリースとの出会いや関係、行動など、これから尋問が待っている。
「そうだな、じっくり絞ってやってくれ」
「俺を売る気か、親友!!!」
「友人ですらないのに、親友扱いをされるのは遺憾だ」
楽しいやり取りをしている二人を
あんな遠いうちから気付いたなんて、さすがにバイロン。
だんだん近くなり、ようやく姿が見て取れた。人間が二人だ。
「森の地肌が見えるねえ。かなりの破壊の跡だ……」
「もう終了しているようです」
「一足遅かったのう。どちらのお方が、第一位の天使であるイブリース様を送還できたのか……」
やって来たのはお婆ちゃん魔導師と、その付き人ね。天使はどちらかの契約者かな。二人はまっすぐこちらへ飛んできた。地面に降り、ゆっくりとお辞儀をする。
「これは立派な天使様で。お初にお目に掛かります」
「初めまして。こちらは『白き翼の会』の、会長様です」
会のトップがお出ましだ。『白き翼の会』は、天使を愛する人達の集まりで、勉強会を開いたりする熱心なカヴンだよ。
「皆様、お疲れ様でした」
ボロボロの私達に、上品な笑顔で
「俺の名はウリエル。何の要件だ?」
「ウリエル様……! 長生きはするものですねえ、お会いできて光栄です。天使を研究する者として、事態の収集の手助けに参りました。出遅れてしまい、お恥ずかしい限りでございます」
イブリース対策に出向いてくれたんだ! でも会わなくて正解だよ、予想以上の怖さだったもん……。
「心遣い感謝する」
お礼を言うマルちゃんに、会長さんが顔を向ける。四大天使と地獄の侯爵が一緒にいるって、きっとかなり珍しいだろうな。
「こちらは……」
「イブリースに狙われていた女性の、契約者の方です」
「おやまあ、じゃあ国境付近で泣いていた子の知り合いかい?」
「はい。リアナに会ったんですか!?」
リアナはこの人達に保護されたんだ。これなら安心だね。
「会ったとも。『森の隠者の会』の先生のお弟子さんと聞いて、送り届けるよう私の天使にお願いしたのさ。立派な天使と契約できたはずだったのにと、ひどく後悔していたよ」
「そうでしょうねえ……、反逆の天使ですもんね。ほとんど悪魔ですね」
「人間からしたら、そうだろうな」
とにかくリアナは、先生の塾へ帰れたようだ。鉢合わせるのは気が重いけど、私もいったん先生のところへ戻らなきゃね。
「この辺にいるのなら、猛省させてソフィアに対して丁寧に謝罪させたのに……、私もその塾まで行こうかな」
「バイロンは来ないで」
これは絶対に会わせない方がいいや。オルランドの先生に報告を終えたら、バイロンとはお別れしよう。あまり事情を知らない会長達も苦笑いしている。
「これからこのマステマさんに話を聞くんですが、同席されますか?」
「そうさね、ありがたい。見識を深める為に、是非ともお願いしたいねえ。戦闘の様子も教えてもらいたい」
「もちろんですよ」
フィデルと会長は気が合いそうだね。あちらは軍の関係者なども交えて、今回の経過の検証などをするみたい。
私達は他の人が来る前に去った方がいいと、助言された。
ついに出発するよ、狼マルちゃんに乗るのが久しぶりの気分!
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