第50話 船です!
衝撃だった一夜を過ぎ、今日はついに船で湖を渡る。
プリシラがシムキエルに対して、ちょっと挙動不審だった。怖かったよね、やっぱり。シムキエルは気にした様子もない。
依頼主のルーペンは夕べの出来事を見ていなかったから、不思議そうにしている。
さて私達は、ウルガス湖までやって来た。
本当に巨大な湖で、対岸が見えないほど! 朝から岸辺を散歩する人や、湖に面したお店で朝食を食べている人がいる。さすが観光地、お店がたくさん並んでいるよ。
お土産物屋さんはまだ営業していないけどね。
船着場には船が何艘も停泊している。あまり大きな船はないから、一度に乗れる人数は多くないようだ。乗船券の販売は開始されているのね、お客さんが販売所へ入って行った。
「じゃあ、券を買いに行こう~」
「うん!」
相変わらずオルランドの喋り方って、どこかとぼけてるよねえ。オルランドが契約している馬、イーンヴァルは元の世界へ帰してある。マルちゃんとシムキエルは飛べるけど、普通に船に乗るみたい。
それにしてもこれが湖……、すごいわ。こんな広いのね。プリシラも珍しそうに眺めている。
「二時間後に、三番から赤い船で」
「ありゃあ。次は満員なのね」
次の船に間に合わず、二時間後の出発となった。
船には二通りのルートがある。湖をぐるりと回って、主要な町に寄りながら一周するのと、真っ直ぐ対岸へと進むのと。
今回は対岸の町パルトローへ行くので、後者のルートになる。
ちょうど今出発した船に向かって、大きく手を振って見送った。
うーん、二時間どうしよう。ただ待つには長いんだよね。
沿岸のお店を見回す。何があるのかな。あ、黒い看板。魔導書店だ!
「あのね、時間もあるし魔導書店を見ていいかな」
「僕も見たいです」
「お~、僕も~」
ルーペンとオルランドが一緒に来る。
「じゃあここで待ち合わせましょう。私はこの辺りを散策してくるね」
プリシラは一人で歩き始めた。湖を囲むように伸びた道沿いにはたくさんお店があるから、時間を潰すにはもってこいだね。
魔導書店はあまり広くなくて、所狭しと詰め込むように魔導書が並べられている。
「ルーペン君は先生に習ってるからね、買う必要はない感じ?」
オルランドが尋ねると、彼は棚から視線を移した。
「先生と得意な属性が違いますので、お金に余裕ができたら買いたいと思います。今はどんなものがいくらで売られているのか、買う時の為に調べたいと思いまして」
「本当にしっかりしてるなあ……!」
夕べはお辞儀の仕方とかを習ったんだよね。マルちゃんと一緒になって、秒数を数えてくれたり。早く頭を上げ過ぎても意味がないって。
私は出来れば今までと違う属性が欲しい。攻撃だと、やっぱり火属性を持ってた方がいいな。
ファイアーボールを買うことにした。これなら魔力の消費が少なくて、攻撃力は強めだから。単体にしか当たらなくて、遠くまで飛ばすのは難しいのが難点かな。そのうち複数に攻撃できる魔法も欲しいけど、ものによっては値段が一桁も高くなる。
魔導書を買ってお店から出たら、ギルドが視界に入ったので行ってみることにした。みんなは時間調整に、湖を眺めながら近くの喫茶店でお茶を飲んでいる。
木の扉を開くと、依頼を探すグループが何組かいた。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが。二十年以上昔になると思うんですけど、
貴族の女性が平民の男性と駆け落ちしたって、聞いた事ありませんか?」
近くに居た人達はお互いに顔を見合わせて、首を振った。
「さあなあ」
「俺も知らないよ。依頼? もっと情報はないの?」
「それがないんですよ……」
やっぱりこれだけで探すのは難しいかな。
「厄介なのを受けたな。貴族が駆け落ちなんて、体面が保てないから洩らさないよ」
「そうですよねえ……」
ガッカリしていると、近くに居た別の女性が話しかけてくる。
「貴族の情報なら、高位の冒険者や貴族と取引のある商人と仲良くなれば、教えてもらえるかもよ。あとは紋章が解れば特定できるわね。ま、この辺じゃそんな話はなかったよ」
「ありがとうございます、参考になります!」
この辺じゃないと解っただけでも良かった。あとでマルちゃんと相談しよう。
さて、船に戻らなきゃ。笑顔で見送ってくれる女性は、Aランクの冒険者だった。
プリシラや皆と合流して、ついに船に乗るよ!
三十人乗りで、船尾梁は綺麗な曲線を描いている。太い帆柱に、二枚の白い大三角帆を縦に張ってあるバッガラ船。スマートな姿が観光客に人気。後方のお客のスペースのところが、朱色に塗られて模様が描かれていた。
チケットを渡して、桟橋から小さな波に揺れる船へ移る。陸にいるのと違って、ふよふよした不思議な感じ。
乗客が次々と乗り込んできて、出入り口が閉められた。
「ついに出発!」
「ソフィアさん、船は出航ですよ」
ルーペンに突っ込まれてしまった。マルちゃんも笑っている。
「ずっと一緒にいて欲しいくらいだな、ソフィアの教育係として」
「いやいや、もったいねーだろ。この小僧の方が将来有望じゃん」
確かにルーペンは立派になりそうだけど、シムキエルはやっぱりひどい!
碇があげられて、風を受けて帆が膨らむ。船がついに出るよ。
湖を進むから、どの方向にも障害物がない。景色がとても広く感じる。風は少し生ぬるい感じで、予想よりも爽やかじゃないな。
だんだんと岸が遠ざかり、ぽつんと水に浮かんでいるようになった。しばらく進むと、反対側から船が来て離れた場所をすれ違う。
船の脇で見送る私の横に、プリシラが立った。
「いいですね、船!」
「うん、楽しいね。プリシラはこのまま、ウルガスラルグに住むの?」
「どうしようかなあ……。しばらく目的の町、パルトローにいるのもアリかな。住む場所とか、金額と折り合いが付けば、ですよね」
こんなに広い湖を眺めて生活するのも、いいねえ。
「そうだよね、着いてから考えるしかないね。ところで、歌が聞こえてこない?」
どこで誰が歌っているんだろう。静かな波の間に女性の高い声で、抑揚の激しい歌を歌ってる。せっかく綺麗な声なんだし、どうせなら穏やかな調べの曲にすればいいのにな。
「おい、無事か!」
突然マルちゃんが後ろから私の肩を掴む。
「何かあったの?」
「のんきな奴だな。まあいい、お前は平気なんだな。プリシラ、耳を塞いでいろ!」
歌声がどこからなのか探していて気付かなかったけど、横にいたプリシラがしゃがんで頭を押さえていた。
「なに、これ……頭が痛い」
「セイレーンだ、こんな場所にいる魔物じゃないんだが」
「セイレーン!?」
この声は、魔物の歌なの!?
船員が乗客に海側から離れて、なるべく船の中央で耳を塞ぐよう叫んでいる。でも彼らも辛そうだ。
「歌で惑わせて、人を殺す魔物だぜ。一匹飛んでやがる」
言われてシムキエルと同じ方向を見上げた。いつの間に姿を見せたのか、上半身が人間で下が鳥の姿で、背から茶色い羽根を生やした魔物がこちらを目指して飛んでいる。
「アレはすばしっこいからな。正面から行ったら逃げられる」
歌が続いている中で、二人は平然と相談しているよ。人間とかにしか効果がないのかな。他の皆が苦しんでるんだけど、私は何で平気なんだろう?
「じゃあ俺は行くぜ!」
「おいシムキエル、被害を出さず確実に仕留めるよう、作戦を」
「ヒャッハー! 知るか、ンなもん!」
シムキエルはばさりと翼を広げて、セイレーンに向かて飛んで行った。仕事以外は楽しければどうでもいいのかも知れない……。
マルちゃんも諦めたようで、セイレーンの視界から少しでも逸れようと、円周を描くように慎重に近づく。
「お前も攻撃魔法の準備くらいしとけ。逃れたらこっちに来るぞ」
「うん、気合を入れるね!」
ここで今まともに戦えそうな人間は、私だけだもんね!
正面から攻めるシムキエルを避けたセイレーンに、横からマルちゃんが向かう。マルちゃんの剣をひょいと飛んで躱し、続いて放たれた炎を横にスッと逃げてやりすごした。本当にすごくすばしっこい。
「もらった!」
シムキエルが斬りつけるものの、羽根を傷つけながらも辛くもしのいだ。
そしてこちらに急降下して来る!
「火よ膨れ上がれ、丸く丸く、日輪の如く! 球体となりて跳ねて進め、ファイアーボール!」
私の杖の先に炎の玉が浮かび、飛び出して敵を狙う。これが新しく買った、ファイアーボール!
捉えたと思ったんだけど、うまく飛んで躱されてしまった。
私を狙って進んできて、口から牙の生えた魔物の顔が近づくたびに大きく映る。
「わ、間に合わない!」
思わず顔の前で腕を交差させて庇った。襲い掛かるセイレーンの体に、後ろから何かがバスンと当たり、赤くはじける。さっきの魔法をマルちゃんが受け止めて、セイレーンの背中にぶつけたんだ!
思いがけない衝撃で
やった、倒した!
セイレーンの歌は止み、人々が顔を上げる。
「もう大丈夫なのかな……」
「助かった……、ありがとうございます!」
船員が走って来て、討伐されたセイレーンを確認。被害がなくて本当に良かった!
「かまわねーぜ、こんな奴くらいよ」
「構う。お前はもっと慎重になれ」
マルちゃんも剣を仕舞って船に戻った。
「この程度の魔物だぜ、ンなメンドーなこと出来ねえ」
「あはは、豪快な方ですね。倒して頂いて、とても助かりました。ここには出た事はなかったんですが……。たまに無責任な人が、召喚したけれど手に負えないものを、湖の辺りに捨てたりするんです。今回もそうでしょう」
そんな酷い人がいるの? まあこの世界の魔物のほとんどが、そうやって野放しにされて野生化したのや、その子孫だって言われているんだよね。
船員は私達に何度もお礼を言いながら去って、他の船員と一緒に乗客を回って様子を確認する作業に入った。短時間で済んだし、船は滞りなく運航している。
「まだ具合の悪い方がいらっしゃいましたら、遠慮なく申し出て下さい」
「……とてもじゃねえけど、いい護符を持ってるようにも見えねえんだがなあ」
シムキエルが私をじろじろと見る。セイレーンの歌が効かなかった事が不思議なんだろう。私もなんだけど。護符の指輪は魔力の増強と制御だから、関係ないし。
「あ~、ソフィアはこれでバイロン様の子孫なんだ。人間の血がかなり濃いが、異常耐性は強かったんだな」
「はー、ぜんっぜん解んねえな。まあ良かったじゃん。セイレーンの歌で平気なら、精神系の攻撃なんざ簡単には受け付けねえな」
そっか、バイロンの血のお陰! 魔法では発揮されてないけど、そういういいところがあったのね。マルちゃんはさすがに、すぐに理解しちゃうね。
「毒なんかも耐性有りそうじゃねえ?」
「一度調べてみたいところだ」
話の流れが不穏になったよ! 毒の耐性を調べるって、飲めって事!? シムキエルの話に乗っからないでよ、マルちゃん!
「やだからね、毒なんて飲みたくないから」
「こいつバカそうだから、毒キノコとか触れるだけでアウトな奴を採取させたらいいだろ。飲まなきゃいいと思ってやがる」
「触ってもダメなのがあるくらい、知ってます!」
この二人が一緒だと、頼もしいけど本当に危険! 気を付けよう……。
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