第3話・天幕開けたら五秒でごはん
「アコ、朝メシできたぞ」
顔を洗って天幕に戻って来ると、アプロが出迎えてくれました。
出迎えて、っていうか何度食べても慣れないアレを手にやってくると、幼稚園の頃、牛乳を無理矢理飲まされた記憶がよみがえります。アレは子供が飲んだらヤバいシロモノだったと、幼心に思ったものです。
今ですか?
ええと、お菓子作りには欠かせない時もありますよね、牛乳。
「なんだよ、ヘンな顔して。そんなにお腹減ってても二つもやらないからな」
「ちがいますって。わたし、どれだけ腹ペコキャラ扱いなんですか、もう」
食事の事情が日本と違うのはもう諦めてます。それでもちゃんとご飯食べさせてくれるのは分かってますし、こーんな状況で出されたものに不満を言うよーな教育は受けていませんてば。
「ならいいけど。マイネルとゴゥリンは?…って、先には食べるのかー。やっぱりアコは行儀が悪いなあ」
ほっといてください。半ばやけ食いみたいなものです。
マイネルとゴゥリンさんを待たずに天幕の中に座ると、用意されていた温かいお皿を手に取ります。
中に入っているのは、なんといいますか…ドロドロにとけた野菜くずみたいなものが入ってまして、香りは悪くないのですけれどビジュアル的には最悪の一言というんですか、これは。
そういえばさっき、アプロは肉じゃなくてなんとか豆の気分って言ってましたね。ならお味はそれほど悪くは…うん、悪くないです。
これは旅向けに作られた携帯食だそうで、日本で似たようなものを探せば…ええと、フリーズドライのスープみたいなものでしょうか。
ただ、氷結乾燥…でしたっけ?そっちの技術が日本に比べるとあんまりなので、調理される食材の匂いが結構モロに感じられてしまうんですよね、悪い方に。
なので、お肉を使ったものよりは、アプロの言ってたなんとか豆みたいなのの方が、食べられます。
「…おまたせ。アコも本当にお腹すいてたんだね。僕らを待てないくらいだとは思わなかった」
「マイネルのお祈りが長すぎるんです。朝起きて、朝日を拝んだら即ご飯。これ人類普遍の一日を平和に過ごす術ですよ。覚えておくといいです」
「アコ、その立派な習慣はさ、その食事を仕度してくれる誰かの犠牲の上に成り立っているって知っておくべきだと思うぞ?」
うるさいですね。折角の若くて偉いおぼーさんに説教するとかいう、滅多にない機会を奪わないでください、アプロ。
「…………」
ゴゥリンさんが何か言ったよーに見えますが、幸いにしてわたしの理解の範疇は超えてます。
だから皮肉っぽく笑ったとか、そんなことは無い筈です。無いんですってば。
「ごちそーさまでした」
まあまあでした。
基本的にお湯に入れるだけで出来上がる簡単なもので、味に期待するようなものでもないのですけれど、ご飯はご飯ですからね。ちゃんと感謝しつつ頂くのが、おばあちゃんに叩き込まれたわたしのポリシーというものです。
「文句言うわりにちゃんと全部食べるんだもんなあ、アコは。ま、作る方としては張り合いがあっていいけどさ」
「張り合いを言うほど手間かかってないんじゃないのかな。お湯だって僕が沸かしたものだし」
「細かいことを言うなよ、私の顔で集めた食料じゃないか」
「それこそ細かいことだと思うのだけれどね。確かに僕とゴゥリンはきみを支えるために、それぞれに遣わされた身だ。だからこそ、僕たちを充分に働かせるための義務が、きみにはあると思うのだけれど」
「なんだよ、理屈をこねれば私が言うこと聞くと思ったら大間違いだぞ。最近はな、アコに『へりくつ』というものを学んでいるんだ。私がいつまでも言われっぱなしでいると思うなよ?」
「アプロ…悪いことは言わないからアコの言うことを鵜呑みにしない方がいい。彼女、悪気でやってるとは思わないけど、きみをからかって遊んでいるところがあるように、時々見えるよ」
「ははっ、私の味方についたアコを引き離そうったってそうはいかないぞ。アコの言うことを聞いているとな、マイネルの説教を聞かされるよりもずっと納得がいくんだ」
「それは行ったら拙い道のような気がするんだけどなあ…」
言い争っている二人を他所に、わたしとゴゥリンさんは使った食器を洗いにいきます。いえ、こちらに矛先が向きそうだったから逃げたとか、そんなことはないですよ?アプロの言ってることは全て、紛れもなく、一点の曇りも無い事実なのですし。わたしに後ろめたいところなど一つもないのです。
「…………(ふっ」
だーかーらー、ゴゥリンさんのお顔で何を考えているとかなんて、わたしには分からないんですってば。
さて、と、です。
アプロとマイネルの口喧嘩が収まるまで…もとい、洗い物が乾くまでの間、ちょっとこの旅の目的というものを、ちょっと振り返ってみるわたしなのです。
だって単に巻き込まれてしまった身としましてはー、時々我が身の置き場所を確認しておかないと、いざ元いた場所に帰れる機会が訪れた時に、ぽーっと見逃してしまいかねないじゃないですか。
…いえ、わたしが鈍くさいとか、そーいうことはいいです。
ともあれ、わたしが巻き込まれたこのアプロの旅というのは…文字通り、魔王を倒す勇者の旅だったのでした。
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