第40話・彼女を辿る旅 その1

 この辺りにおける雨期というのは、朝から晩まで雨が降り通しの日がずぅっと続く…的な最悪なものではありませんので、日によっては一日晴れてる日もあったりはします。

 そんな日に人間やることなんか決まっているものです。そして誰しも考えることは一緒です。

 つまり、街がごったがえしてます。どこ行っても人の姿が消えません。でも、人混みが得意とは言えないわたしでも、なんとなく懐かしさを覚える情景です。雨期に入ってから十日も経ってませんが。


 まあこの機会に、とわたしも他の住民と同じく、買い物に奔るわけです。ただ、聞かされてた通り買い物を楽しむよーな時期ではありませんね…。というのも、っておや?


 「………!」

 「………」


 お馴染みの角の先。またやってるんですか、あの子…。


 「ベルー?」


 もういつものことなので、わたしはためらいなく角を曲がります。で、いました。

 いましたけど…何だかいつもと様子が違います。


 「どうかしたんですか?屋台もないところで」

 「アコ、待ってた。こいつに言ってやって欲しい」

 「こいつって…ゴゥリンさん?!」


 まさかのひとでした。




 「…ええと、つまり。こないだの屋台祭りで食べたものがものすごーく美味しくて、また食べたいのにどうして店が無いのか、と」

 「うん」


 …ベル、祭りの趣旨を全く理解してませんでした。

 あれは普段やってる屋台だけでなく、いつもはそういうことに縁の無いひとたちがやってるからこそ、祭りとして成立するんですけどね。

 ただまあ、聞いた限りほとんどの屋台(話によると百軒近かったとかなんとか)を食らい尽くしたベルをして、ものすごく美味しかった、と言わしめるゴゥリンさんとこの出しもの、半端ないですね。


 「ベル、あれはあの一日だけのお店で、普段はやってないんですよ?というか、今は雨期で商人さんたちも外から来ないので、あんまり屋台のお店はやってないんです」


 それに加えて、新鮮な食べ物も乏しくなりますしね。いいものは値段も上がるので、いくらわたしが余裕のある生活だからって引き締めるところは引き締めねばならないのです、ってそーするとベルの買い食いの支援も出来なくなるんですが。


 「そうなのか…。店がないのか?」

 「そうなんです。だから、あまり無茶は言わないでおいてくださいね。また雨期が明ければいろいろ賑やかになりますし」

 「でも、それだとアコに会えない」

 「はい?」


 …あの、もしかしてベル。あなた、屋台の買い食いはわたしに会う口実だったとでも言うつもりです?


 「もちろん屋台は大事だ」

 「ですよねー」

 「…でも、アコに会うのはもっと大事だ」


 ………なんちゅーかわいいことを言う子ですか、もー。

 そこでゴゥリンさんが「ごちそうさま」とでも言わんばかりに笑ってます。ゴゥリンさんの笑ってるとこなんて珍しいんですよ?拝んでおきなさい、ってそれはともかく。


 「コホン。ええと、ベル?別に屋台にかこつけなくてもわたしに会いにくるのならいつでもいいんですからね。まああんまりしょっちゅうだとアプロがやきもち妬くので、程々にお願いしますけど」


 アプロだって毎日毎日わたしにくっついてるわけじゃないですからね…って、ここ数日余計にそーなんですが。困ったことに。


 「うん。あとアコ、おみやげ」

 「おみやげ?この辺に屋台はないはずですけど…」

 「ちがう。アコが使えそうなものを見つけた」


 と、提げ持っていた麻袋をわたしに差し出します。それほど大きくもないですが、それ以上に軽く、その上やけに柔らかいものが入っているようです。


 「開けていいですか?」

 「うん。アコに、あげる」

 「ありがとうございますね。どれどれ……あれ、これは…」


 中に詰まっていたのは白い綿…というか葉っぱのようなものが一緒についた、綿のかたまりです。それがいくつも袋の中に入っていました。

 わたしはその中身に見覚えが…直接手に取ったことがあるわけじゃないですけど、写真では何度も見たので分かりました。

 全く同じものかどーかは分かりませんけど、これ綿花の実ですよね…?


 「ベル、これどこから手に入れたんです?」

 「未世の間を通じて他の扉から出た先にいっぱいある。アコが欲しいならもっと取ってこようか?」

 「あ、いえ、とりあえずこれだけでいろいろ参考になります。ベル、ありがとうございます」

 「どういたしまして」


 思いもかけない贈り物をもらいました。この世界に綿花があるということは、繊維品の質的向上が図れそーですよね…あ、それ以前に綿花が既に知られたものなのかどうか調べないと、結構間の抜けたことになりそうな…?




 結局ベルは、わたしにこれをくれただけで満足したのか、すぐに帰っていってしまいました。

 残されたかたちのわたし…と、ゴゥリンさんも付き合いよく一緒にいてくれましたので、並んで見送る形なのでした。

 ベルの下着が出来てることを言いそびれましたけど、今ちょっとアプロとびみょーなので、また今度にしてもらいましょうか。


 …にしても、ベルはマイネルを苦手にしてるよーなのに、ゴゥリンさんは平気なんですね。ネコ科同士で気が合うんでしょうか。


 「…あのー、で、ゴゥリンさんはこの辺りでなにを?あんまり街の中で会うことないですけど」

 「………」

 「え?…あ、ああ教会に用事だったんですか」


 短い指で指し示されたのは、言わずと知れたマリスの棲み家でした。ゴゥリンさんが教会に用事、といってもあんまりピンときませんけど。

 で、あそこで何があったかを聞くほど不躾でもないのですが興味はあります。


 「…ええと、お暇でしたらご飯とか一緒しません?わたし、おごりますよ」


 話のついでに聞き出せればいーかなー、なんて思いつつ、自然な流れを装って誘ってみるのです。

 

 「………」


 ゴゥリンさん、しばし考える風。

 あまり街を出歩くのは好きじゃない、みたいなことを以前マイネルが言っていたので、ご迷惑かもしれませんがわたしもちょっと相談したいことありましたしねー。


 「………構わん」


 あら。まさかの快いオーケー。

 わたし、びっくりが顔に出ないよーにするのに少し難儀しましたけれど、まあゴゥリンさんがあんまりそーいうこと気にするタイプじゃないですしね。


 「ではお店は任せてもらってもいいですか?」

 「………(コクリ)」


 そういうことに、なりました。



   ・・・・・



 まあ外から物資が入ってこないので、飲食店もそうそう大盤振る舞いというか豪華で新鮮な食事が楽しめる、ってわけじゃなく、必然的に慎ましいお食事にななるのですけど。

 わたしが何かとお世話になってる近所の酒場も、あまり人の入りはなくて提供されるものも選り取り見取り、というわけにはいきません。

 それでもそこは常連の特権…ということで、乾物をもどしたものが中心ですけどお魚をメインにして何品か作ってもらいました。

 干し魚をもどしたもの…っていうと日本だと鱈なんかがメジャーですが、海が近くにないこの辺りは川魚になります。ただし、これが意外に品のある味でして、わたしとしても思わず「あら美味しい」などとおばちゃんみたいなことを言ってしまったものでした。


 「あっちこっち旅してまわったゴゥリンさんでも見たことないと…そーですかあ」


 そしてお腹もふくれたところで、早速綿花の件の情報収集に余念のないわたしでした。うーん、仕事熱心ないい女です。

 ただ、直接的に参考になる話にはなりませんでした。逆にこれをなんとかして木綿のよーなものを作る…という道は出来るんですが。わたし農業にまで手を出すつもりはないのでどうしたものか。


 木綿、といえば地球では昔からある質の良い繊維ではありますけど、結構この街で布だの糸だのを漁ったわたしでも同等のものはまだ触れたことないんですよね。

 絹…となると流石にわたしに手の入るものでもないでしょうけど、そういえば本当に高い服ってどーいうものなんでしょうか。


 「あんまりこの街だと出回らないのでよく分かりませんけど、王さまとかえらーい人ってどんな服着てるんです?アプロも高そうな服着てるとこ見ないので…」

 「………着るモノは分からん」

 「もーちょっとお洒落に興味持ちましょうよー。そりゃゴゥリンさん体おっきいからこだわり始めたらお金かかりそうですけど」


 今着てるものですら、旅の時に着てるような飾りっ気のないものですし。まあそーいう武骨なひとだというのは分かりますけど。


 「………」


 ライオンのお顔を、困ったな、という風に指で掻くゴゥリンさんでした。こういう仕草見ると、けっこーかわいいひとですよね。齢二百超えてますけど。

 そのまま静かに二人揃って食後のお茶的なものをいただきます。まあわたしから話題振らないと会話もなかなか成立しないわけなのですけど、それでも最初の頃を思うと随分お話するよーにはなりましたよね。


 「…うん」


 なので、この際普段聞けないよーな話でもしてしまいましょう。

 っていうか、この手の話を出来そうなひと他にいませんしね。


 「あのー、ちょっと相談があるんですけど」

 「………?」


 …流石に気軽にできる話でもないですねー。

 けど一応はゴゥリンさんも聞いてくれるようではあります。

 わたしは、お店の中の他のお客さんがこちらに聞き耳立ててないことを確認してから、声を潜めてこう聞きました。


 「…こないだアプロに押し倒されたんですけど、どうしたらいいと思います?」

 「……………」


 反応が変わんない…わけじゃなく、喋らないことに違いは無いですがゴゥリンさん、明らかに絶句してました。

 いやそりゃまーそうでしょうけど。


 「まーその、わたしとしてはそんなに悪い気はしないんですが、だからといってそのまんま懇ろになるのもいろいろ差し障りのある身ですし。あの子はまあそれほど機嫌悪くもなく帰っていきましたので、そんなに心配はしてませんけど、わたし次にどんな顔を合わせたら、いいんでしょう…?」

 「………」


 いやまーね、そりゃそれなりには情も移ってますし、アプロのことは好きですよ?

 でもですねー、あの子まだわたしに全部見せてないっていうか、なんでわたしなの?っていうか。そこのとこ納得せずにずるずる…っていうのイヤなんですよ。

 ゴゥリンさんご存じの通り、わたしこの世界で寄る辺ない身ですから、アプロにくっついて情婦にでもしてもらえれば割と安泰なんでしょうけど、そーいうのってなんか違くないですか?まー人生安楽に過ごせればそれに越したこたーないにしてもですよ?もーちょっとこお、なんていうかそのー…。


 「………」


 なんか勝手に喋ってるわたしを、ゴゥリンさんは手を上げて押し止めました。


 「………」

 「…あー、はい。なんか、スミマセン」


 そりゃそうですよね。いきなり一人語り聞かされて返事する間もなかったでしょーし、わたしやっぱり混乱してますね…。


 「………また、旅がある」

 「…え?」

 「………マリスから話があった。近く、出る。その時話せば、いい」

 「………」


 さっき、ゴゥリンさんが教会に行ってた用事というのはそのことのようですね。

 ただ、穴埋めの件であればわたしやアプロに行くのでしょうし、何か違う話なのでしょうか?


 なんとも消化不良の様相でしたけど、時間だけは、まだある。

 まー、そんな感じにまとめることしか出来ない、今のわたしなのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る