第39話・マイ・バージンズ・クライシス

 雨期が始まったそうです。

 梅雨前線のよーに気象台が梅雨入り宣言でもしてくれればもーちょっと実感が沸くのでしょうけど、そんな都合のいいものはこの世界にはないのでした。がっでむ!


 「…アコ、一応教区長であるわたくしの前で神を罵るのは止めてほしいのですが」

 「一応だなんてとんでもありません。マリスさまは誰に後ろ指指されることもない、立派な教区長ですよ?聖女ですよ?この街一番の伊達男、マイネルの素敵な許婚ですよ?」

 「あ、あらそんな…でもお兄さまが一番の伊達男だなんて、本当のことを言われましても…」

 「この間アコに、唐変木だの野暮天だの能天気だのと散々罵られた覚えがあるんだけどね、僕は…」


 過ぎたことをいちいちうるさい男ですね、まったく。今はそーいうことはどうでもいいんです。


 「こほん。ええとそれで、報告以外に相談があるということなんですけど、わたくしでお役に立てることなんですか?」

 「ああそうそう。穴埋めなんかどーでもいいんです、こちらが本題です」

 「なるほど。ではどーでもいいのなら今回の報酬は無しということで…」

 「それとこれは話が別です。働いたんですからちゃんと頂けるものはもらいます。それでですね…」

 「アコ…」

 「計画名、『みんなでしあわせになりましょう』です!」


 マイネルの呆れかえった声を無視して話を進めるわたしでした。




 「雨具を作って、大々的に売り出したい、と…」

 「ずっと考えてたんですけど、この雨期でわたしも決心しました。この街にはずぇったいに、要ります。お役に立ちます。わたし、儲かります」


 まくしたてるわたしの迫力に、マリスは若干ひいてました。なんで?


 「針の英雄どのもえらくがめつくなりましたな」

 「ですわね…最初の頃のしおらしいアコとは別人の…別人……べつ……あまり変わってないのでは?」


 失礼な。こーして街の役に立とうと積極的になってるじゃないですか。

 さらっとけなしてくれた、マリスの秘書みたいなことをしているグレンスさんを睨みつつ、マリスの反応を待ちます。


 「…それは悪いお話ではないと思うのですけど、なぜわたくしたちのところに?商売の話でしたらどこかの商館に持ち込めばよろしいでしょうに」

 「いえ、それはもっと話が進んでからで。ぶっちゃけた話、お金貸してください」

 「…はい?」


 いつも布やら糸やらを小売りしてもらっている仲買人さんのところで、レインコートとか傘のよーなものに使えそうな材料を見つけたというのが、発端です。

 いえもちろん、この世界にも雨具のようなものはあるんですが、雨期に入って最初の穴埋めの旅で使ったものがもう、使えないこと使えないこと。

 例えて言えば雨合羽状…のものでしょうか。一応は下半身までカバーしてくれる裾の長いものですが、材質が、最悪。も、雨を防ぐなんてとんでもない。街の門が視界から消える前にわたし引き返そうって主張したものですよ、もう。


 「あれは流石に無いと思ったよ」


 うるさいですよ、マイネル。あなた少しはわたしの立場ってものを考えてください。

 それでですね、要は水を防ぐ材質を見繕って、ちゃんとした形にすればいいんです。ええ、材料はもう見つけましたとも。普段の誠実なお付き合いって大事ですね。仲買人さん、それに適した布の見本、持っていたんですから。わたしの世界で言うところの、帆布に近いものです。

 で、縫い目にも水を防ぐ工夫をします。

 タール…って知ってます?木炭を加工して作る、ネバネバした材料なんですが、これとか木の脂で水がしみこむのを防ぐんです。けっこーいけると思うんですよね。


 「はあ。それで実際に作ってみたのですか?」

 「いえ、これから試作します。そこで相談なんです。お金貸してください」

 「そこで相談、じゃないですよアコ…どうして教会がお金を貸す話になるんですか。アコだって結構ため込んでるんじゃないですか?無駄遣いしてなければ」

 「足りないんですよ、早い話…。この辺りで流通してない材料なので試作する分だけでも取り寄せてもらわないといけないんですが、雨期で商隊の往き来も途絶えてて、特別に商隊を立ててもらうとわたしの貯金ではとてもとても…。雨期が明けるの待ってたら意味ないですし」

 「それこそ商館に出資してもらえばいいじゃないですか。儲かりそうだと思えるならいくらでも出してくれますよ、彼らなら」

 「あのですね、マリス。わたしに商人さんと交渉するとかそんな真似出来ると思います?」

 「…無理ですわね。では領主さまに相談して…」

 「しましたが、鼻で笑われました。何考えてんの、アコ、ってあからさまにバカにされました」

 「ああ、アプロならそういうだろうね」


 …予想してて相談せずにいられないわたしのコネの貧しさときたら。


 「まあお話は分かりました。ただ、お金の話となりますとわたくしの一存ではなんとも。グレンス?どう思いますか?」

 「話になりません。まず庶民でも手に入れられる価格に抑えるのが難しいでしょう。この街での需要を考えるとそう高値もつけられないでしょうし。針の英雄どのも技術は素晴らしいものをお持ちですが、商売の感覚は持ち合わせはおられないようで。商館の連中もにこやかにこう言うでしょうな。『この度はご縁がありませんで』と」

 「…だそうです。アコ、諦めてください」

 「せめて!せめてわたしの試作分だけでも!」


 無駄でした。どっちにしろ小規模でも商隊を仕立てないといけない以上、大量生産用の仕入だろーが試作品の分量だけだろーが、同じ事のようです。



   ・・・・・



 「で、結局試作はするわけなのか。材料あったのか?」

 「ないです。だから形にして、これがこの材料だとこーなりますよー、ってプレゼンのネタだけでも作らないと、出資者を募れませんから」

 「ぷれぜん?」


 アプロに説明するのも面倒なので、そこはスルーで。


 最初考えたのは、フード一体型の雨合羽みたいなものなんですが、あれってビニールとかそういうのが無いと無理なんですよね…。

 なのでトレンチコートのようなものを、まず作ってみます。実際に着たことはないですけど、形は大体覚えてます、っていうかお父さんが着てたのでなんとなく、記憶には。

 それにトレンチコートってもともと兵隊さんが着用するものなので、用途には合ってると思うんです。


 「型紙完成!アプロ、ちょっとこれ体に当ててみてください」

 「はやいな…なんかアコの腕もどんどん上がってく気がする」

 「アプロの剣ほどじゃないですよ。はい、お願いします」


 わたしの部屋ですので、アプロも気軽に着衣をぽぽいっと脱いで下着姿になります。わたしの作ってあげたブラとパンティ姿のアプロに、型紙としてカットした布きれをあてて仮縫いして…いき……ま……。


 「…アコ、なんか胸がキツイ」

 「分かってましたよどちくしょーっ!!」


 …わたしの体に合わせたらアプロの体に合わなかったのでした。なんで知っててわたしは同じ間違いを繰り返すのか…。


 「んー、じゃあまず私の体に合わせて作ってみたら?」

 「いやですよ、アプロ最初あんなにバカにしてたじゃないですか」

 「バカにしてたのはこれで大もうけしよう、とか考えてたことに対して。普通にいいものを作ろうって姿勢のアコならいくらでも手伝うよ」

 「…ホントですか?」

 「ホントホント」


 …なんか上手いことのせられてる気がしますが、まあいいです。

 トレンチコートって体に合わせないと機能性に問題きたしますしね。


 「じゃあアプロとわたしの分作るための材料買うお金、出してください」

 「…アコってさ、王さまとか貴族にはならない方がいいと思うよ。趣味につぎ込むお金と仕事で必要なお金の区別つかなそうだし」


 金銭感覚でアプロにダメ出しされるわたしでした。




 「………えっと、ここがこお…で、こうなるから…あ、これじゃ身頃が足りないのか……」


 結局大人しく、手持ちの材料で形を作ることに専念することにしたわたしです。

 まあ野望を諦めたわけじゃないんですけど、無い物ねだりしても仕方が無いですからね、結局。


 「………」


 アプロはわたしの作業を横目で見ながら、ベッドの上で読書中です。いつぞやの領主のお仕事に必要な資料…なのかどうかは分かりませんが、それほど集中してる風でもないので、重要なものってわけでもないのでしょうね。


 「…アコー、そろそろ字を覚える気はないかー?」

 「んー…必要なのは認めますけど、そんな時間あったら裁縫していたいですし…」

 「いや、最近王都の貴族の子弟に向けた教科書手に入れたからさ。なんなら私が教えてもいいし」

 「アプロこそそんな時間無いでしょーに。まあいざとなったらマイネル辺りに教えてもらいま……よしよし、これで計算通り、と」

 「その熱心さを満遍なく使えばアコって何でも出来そうな気がするんだけどなー」

 「それは買いかぶりすぎってものですよ。わたし、一つのことに集中すると他のこと出来なくなるので」


 わたしは昔からそーいう子供で、その上興味の対象がほいほい変わるので、何やっても大成しないんですよね…。

 この世界に来てからは針仕事は必要もあって長続きしてますけど、応用の利かない身でこの道を究めるべきか、ちょっとした岐路に立ってるよーな気がします。商売っ気が過ぎて皆にドン引きされたのも、ちょっと本気を出しすぎて暴走したようなものですし。


 「でもさ、アコ。何で急に儲けに走ろうとしたのさ?あんまりアコらしくないっていうか、今まで縫い物で商売しようとか言ってなかっただろー?」


 おかげでアプロにも不思議がられる有様です。

 ただですねー、それもわたしなりに理由のあることですし。


 「うーん…これアプロに言うのはちょっとどうかな、って思うんですけど…」


 これからカットを始める型紙を手に言いよどむわたしでしたが、アプロの方は体を起こしてわたしを見ています。


 「なんだよー、いまさら私に隠しごととかアコらしくもねー」

 「うるさいですね。内容によっては照れとかいろいろあるんですよ、乙女には」


 オトメ?アコが?…とか言われるかと思ったら、逆に興味が増したみたいで、ベッドから降りてきて、わたしの向かいに腰掛けます。うう、なんかやりづらい…。


 「…こないだアプロが街のためにいろいろやってるってことを思い知らされたんですよ。で、わたしにも思うことがありましてー、この街のためになることをやるのは、アプロのためでもあるのかなー、って。ほらー、わたし常識においてはこの世界の人とは別物じゃないですか。で、そーいうところのあれやこれやを使って、この街の人たちでもそーいうのを上手に商売とかに結びつけられるように出来れば…まあちょっとはわたしの知識とかも役に立つかなー、と。でもちょっとその前段階で欲の皮が突っ張りすぎましたけどね。そこは反省してます」


 うわー、これ思ったよりも恥ずかしいですね。

 とはいえ、本音のところであるのは間違いないのでごまかすよーなこともせず、ただし照れ隠しにアプロの視線から顔を逸らして、作業に戻ります。

 そして茶化したいならお好きにどーぞ、って気分ではあったんですが、いつまで経ってもアプロの笑い声が聞こえてきません。


 「…アプロ?どーかしましたか?」


 おかしいなー、と思って手を止め、アプロの顔を見ます。


 「…………」


 アプロ、顔を真っ赤にしてわたしを見てました。そりゃもう、睨まれてるのかと思ってぎょっとしましたよ。

 けどアプロの紅潮した顔はそんなことでなったのではなくてですね。


 「アコ…愛しても、いいかぁ…?」

 「……はい?」


 …またなんとも唐突なじょーだんを言うものです。

 あなたTPOってご存じですか?時と場所と場合を考えて発言しないと、結構とんでもないことになる時が人生にはあるものなんです…よ?

 …あ、あのアプロ?その紅く染まった頬とうるうるした瞳と濡れた唇は……じょうだん…ですよ…ね?


 ガタッ。


 その迫力に押され、椅子を鳴らして立ち上がります。ええ、なんだか根拠も無く身の危険を覚えましたよ。そういえば前にもこんなことあったよなー、とかわたしの頭の中でかろうじて冷静だった一部分がそうささやいたので思い出してしまいましたが。

 これって……わたしの危機っ?!


 「…アコー……いいかあ?キスしてもぉ…」

 「いいわけないでしょっ?!待ちなさい待ちなさいってばいいから落ち着いてくださいってば!あなた女の子でわたしも女の…子?なんですからやっていーこととわるいことというのがわひゃぁっ?!」


 …なんということでしょう。迫るアプロから逃れようとするうちに「何故か」わたしはベッドにあしをひっかけそのまま倒れてしまったのです。

 そして当然わたしの上に覆い被さってくるアプロ。なんてこったいっ!


 「…アコー……抱いても…いいかぁ…?」

 「だからいいわけあるかぁっ!大体キスもしてないのに抱くとか抱かないとか何考えて…あ、いやこれは別にキスしてほしーってわけじゃむふぅっ?!」


 塞がれました。

 奪われました。

 捧げてしまいました。


 …いえ、ベルに一回されてますからその時に比べればびみょーに冷静ではありますし、そーいや前にアプロに迫られた時ってアプロは酔っ払って………呑んでませんよね、今日は。お口、酒くさくないですし。

 ………てことはこのあとに続くのは…。


 わたしにのしかかったアプロの右手が。

 わたしの、その…慎ましい胸部をまさぐるのが視界に入りました。しょーじきびっくりし通しなのでどーとも感じませんでしたけども。


 「ん、ぷぅ……ふう、ン……」


 でも、わたしの口をふさいだままのアプロの口からもれる、悩ましげに喘ぐ声が、わたしの頭をしびれさせていきます。気がついたらアプロの舌が、わたしの唇の内側に侵入してきました。

 どーしよう…と思ううちに、わたしの胸に重ねられてたアプロの右手が、今度は下半身を目指しお腹の上を這っていきます。や、そろそろピンチもたけなわなんじゃないですか、わたし。

 いえもちろんその意味くらいは分かってますし、相手がアプロなら別にいっかぁ、と諦観のよーな心境であることも否定はしません。


 ですけどね…。


 「いーかげんに、しなさいっ!」

 

 両腕は自由なので、アプロを引き剥がすのはわけないのでして。

 わたしは勢いつけて起き上がった体勢のまま、びっくりした様子のアプロに説教かまします。


 「…わたしの意志を無視してこんなことされたって、嬉しくなんかないですよっ!そりゃあわたしだってアプロのことは好きですけどね!こーいうことはもっとちゃんとふたりで考えて!もっと近くなってから!一緒にこーなりたいなぁ、って思ってやらなくちゃ、気持ち良くなんかなれないですよっ!!」


 …言いたかないですけど、こんなの無理矢理と一緒ですよ。アプロがわたしを求めてくれるのは絶対にイヤなんかじゃないです。それは確かです。でも、まだわたしはアプロと同じとこまで行ってないんですから。


 「お願いですから、それは分かってください」

 「アコ………ごめん……」

 「…いーですよ、別に。怒ってはいませんし。それとですね、アプロ」

 「…うん」

 「……ベルも、わたしのことを好きって言ってくれてるんです。彼女のいないとこでなし崩し的に関係しちゃったら、わたしあの子の顔見られなくなってしまいます。それだけはわたし、イヤですからね」

 「っ……うん、ごめん………ごめんなさい…ごめんな……ざい……」


 アプロ、とうとう泣き出してしまいます。罪悪感がないでもないですけど、泣かれたらどーしようもないですもんね…。


 「…まあ、今は泣いてもいいですから。でも落ち着いたら、今日は帰ってください。心細いならフェネルさんに迎えに来てもらいましょう?」

 「…うん…うんっ……ごめん、アコ………」


 こればかりはしょーがないか、とわたしはアプロの肩を抱き寄せて、頭を撫でてやるのでした。

 ほんと、世話の焼ける子です。




 その後、アプロはいつものよーに元気になって、約束通り自分の屋敷に帰っていきました。


 ただですね、一つだけあの子は問題を残していきまして。


 …この悶々とした気分抱えてひとりで夜を過ごせとか、わたしにどーしろっていうんですか、もー。

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