第41話・彼女を辿る旅 その2

 「別に雨期だからって毎日降るわけじゃない、ってのは言ったよなー、アコ?」

 「そーですけど、せっかくガッツリ装備整えて前回の失敗を繰り返さないようにしたっていうのに、その甲斐がないじゃないですか」


 あとアプロの分も作ってきたのに、出番が無いのも面白くない、というのも本音であったりしますけど、と、形になった試作品のコートを着た格好でわたしはぼやくのです。


 「でも今回はそれなりに長旅だからさ、どうせそのうち降られるよ。無駄にはならないだろうね」

 「………(コクコク)」


 そう言われるとまるで新しい傘を買ってもらって雨を心待ちにする子供みたいですね、わたし。否定はしませんけど。


 「ま、どーせ寄り道もしなけりゃならないんだし、のんびり行こーぜ」


 そんな感じで、始まりました。


 いつもならアプロ、時々わたしも交えてマリスから伝えられる旅の目的地でしたが、こないだゴゥリンさんに真っ先に伝えられたように、今回のはちょっと行き先が異なります。

 いえ、穴埋めはやらないといけないんですけど、それはあくまでも、ついで。

 最終的には…王城へと向かいます。

 このテラリア・アムソニアの首都です。王さまがいてアプロみたいなお姫さまや王子さまがいて、お金持ちの貴族とか大商人とかがたむろするお城とかいうやつです。ちょーたのしみー。


 「…って、アコが喜ぶよーなとこでもないと思うけどな」


 と、アプロは言ってましたけど、人の集まる場所ってアウロ・ペルニカしか知らないわたしに楽しみにするな、というのも無理な話なのでして。

 まあアプロが微妙な顔をするんですから、いろいろとあるところなんでしょう。


 「それはさておきお土産くらいは欲しいもの買ってもいいんですよね?」

 「もう好きにすればいいと思うよ。どーせアコの買うものなんて布とか糸なんだろー?」

 「そりゃそうです。あと調べ物もありますしね」

 「調べ物?」


 ベルのくれた綿花の実です。あれがこの世界で流通しているものなのか、してないとすればなんとかして形に出来ないものか。やることはいっぱいありますよー。


 「…なんか今回はアコが随分張り切ってるんだね。雨でも降らなければいいんだけど」

 「降るに決まってるじゃないですか。雨期なんですから」

 「そういうことを言いたいわけじゃないんだけどね」


 いつも旅の始まりはこんな感じで、軽口も飛び交う中で足取りも軽いものです。主に言い合いをするのはわたしとアプロで、マイネルはたまにツッコミ、ゴゥリンさんはいつも通り静かなものなのですが、どーも今回に関しては…。


 「アプロ?お腹でも痛いんですか?」


 …割とアプロが大人しいんですよね。自分で訊いておいてなんですが、足取りもしっかりしてるし話を振ればちゃんと返事もしてくれますので、体調が悪いようにも見えないんですけど。


 「ん。別に」

 「…そうですか。ならいいんですけど」


 隣を歩くわたしを見上げる顔に、どこか落ち着きがありません。心当たりといえば、まあそのー。


 「…こないだのことなら気にしなくていいですからね?」

 「!………あー、いや…アコが何言ってるのかわかんない」


 …いえ、そんないきなり顔を赤くして慌ててるんでは、それが原因だって白状してるよーなものなんですが。

 そんなアプロはとても可愛く見えますけど、今回のちょっと長めの旅路で引きずられても困りますし、とりあえず棚上げにしておくのが吉というものでしょうね。


 「ならいいですけど。大丈夫です、わたしも気にしてはいませんからね?」

 「……………」


 一転してふくれっ面でむくれるアプロです。何で?わたし何か気に障ること言ったんでしょうか?


 「………(ハァ)」


 わたしたちの少し後ろを歩くゴゥリンさんの、わざとらしくも聞こえるため息に、ほんの少しイラッとするわたしなのでした。



   ・・・・・



 そしてもう、途中のあれやこれやは省略いたします。

 前回はなんとか免れてましたけど、雨の降る中の裁縫があんなにイライラするものだとは思いませんでした。

 これで大体分かるでしょーね、もー。


 さて、目指すテラリア・アムソニアの首都、アレニア・ポルトマに到着したのは出発してから十五日目。

 穴埋めを終えて次に立ち寄った街からは仕立ての立派な馬車でしたので、十五日歩き通しよりはよっぽど遠いのですけど、石畳で整備された街道とか、もーわたしの知ってたのは本当に田舎なのだなあ、と痛感したものです。なんかローマ帝国の街道みたいです。


 そして、アレニア・ポルトマを前にしてわたしの感想、こんなもんです。


 「…なんか思ってたのとだいぶ違いますね」


 立派な石造りの城門こそありますが、城郭都市的なごつい門塀などはなく、まあ大体ここから街ですよー、みたいな適当な石造りの柵みたいなのがあっちからこっちまでー、みたく立ってるだけです。いえ、流石に広さは大したものだと思いますけど。

 あと、人の出入りもそれほどではないですね。

 アウロ・ペルニカは商売の街ですから、雨期でなければ大小の商隊が出入りしていることが多いのですけど、首都という割にはそーいう賑々しさとは縁が無さそうなのです。


 「アコが何を想像してたのかは知らないけど、アウロ・ペルニカが変わってるだけで、本国の多くはこんなんだぞ」


 わたしが言いたいのはそーいうことと違うんですけどね。

 多分アプロとしては、石と木をぜーたくに使った建物が多いことを言ってるのでしょうけど、それはそれとして、お城といえば…ランド的なアレとか大阪や姫路のあれとか想像するものじゃないですか、日本人としては。

 それがまー、聞いた限りではテラリア・アムソニアってそれなりに裕福な国ということなのに、高い建物なんかはさっぱりなのでした。


 「…むしろお前さんのねぐらの方が賑やかでよかろう。気取った頭でっかちばかりのクソつまらん街だて」


 身も蓋もない表現ですけど、そーですね、なんか学生ばかりの、人の多い割に騒がしくするのもはばかれる退屈な街、って感じです、って今話したの誰です?

 まだ正面の城門をくぐってもいないわたし達に声をかけるようなしわがれた声に、何故かわたしは聞き覚えがありました。


 「じじいじゃねぇか!まだ生きてやがったかコノヤロー!」


 一方アプロ、その声の主とは旧知のようで、喜色も露わに飛びかかりそうな勢いでした。ていうかめちゃくそ口悪いです。


 「わはははっ、おまえさんより先にくたばってたまるかい!」

 「何言ってやがる!私がこのクソうぜー街に来たときからずっとじじいのくせして、いつまでじじいをやってるつもりだよ!」


 けれどお相手の方はなんとも上機嫌のようです、って…。


 「ふん、元気そうで何よりだ、メイルン。この間遊びに行った時はお前さん、引きこもっておったそうだしな。そこの嬢ちゃんに代わりに相手してもらったわい」

 「あん?そんな話聞いて…って、アコどーした?」

 「あ、あ、あ、あ………あの時のっ?!」


 御髪おぐしと髭は真っ白。それなりに老齢なのでしょうに、ゴゥリンさんにすら届きそうなおっきな体躯には、鍛え上げた肉体の存在を思わせる、盛り上がった胸板。

 確かに見覚えのあるそのひとは。


 「アプロの生活に細かくちゅーもん付けてたお祭りの時の面倒くさい面会客じゃないですかっ!!」

 「……じじい、何しに来てたんだよ…ったく」


 やっぱりアプロの口は悪いまま。

 ですが照れた風に鼻をかいてる仕草は、どこかわたしの琴線に触れるところなのでした。




 「マクロット・クローネルだ。改めてよろしくだな、針の嬢ちゃんや」


 とーとー「嬢ちゃん」も賜りましたか。わたしのあだ名も大概豊富になってきてますね。なんでもいいですけど。


 「じじい、アコはその『針の』なんとかと聞くと変な顔をする。もう少し捻りの利いた名前で呼んでやれないか?」

 「無理に利かさなくていーです。神梛吾子です。アコ、と呼んでくださってかまいません、ええと、マクロットさん?」

 「うむ。わしはこのメイルンの師筋の者でな」


 えー、見るからにそーいう感じですよね。

 歴戦の強者といいますか、豪放磊落ごーほーらいらくを絵に描いたよーなといいますか。アプロとはお祖父ちゃんと生意気な孫、という風にしか見えませんけど。



 到着した後、このマクロットさんの姿を見るとゴゥリンさんとマイネルはアイサツもそこそこにそそくさと退散していき、わたしとアプロはマクロットさんに案内されてお城へ向かう途中です。

 いえ、一応それぞれに用事がある、という態ではありましたけど、あれはどー見ても苦手な相手が姿を現したから逃げ出した、ようにしか見えません。ゴゥリンさんも、というのが意外ですけど。


 …今思えばお祭りの時に、マイネルとフェネルさんがこのマクロットさんを前にしてとっていた態度もそれと知って困り果てていた、というところなのでしょう。もしくはわたしの反応を見て楽しんでいたか。

 まーどちらにしても、あの時わたしに知らせてくれなかった恨みは忘れません。戻ってきたら覚えてやがれです。

 でもフェネルさんは勘弁してあげます。わたしはえこひいきにも定評が…それ定評というより悪評と言うような?


 「…つーわけだ。分かったか?」

 「分かりません。というか聞いてませんでしたので、もーいっかい」

 「あのなあ、アコ…」

 「おい、面白い嬢ちゃんだな、メイルン」


 まあ本当はアプロについてわたしの中で整理をつけにく話でしたので、聞いてないフリをした、のが正直なところですけど。


 …アプロ、お姫さま的な立場なのは間違い無いんですけど、出自は孤児で、お城に拾われた頃に面倒をみていたのがマクロットさん、というお話なのでした。そりゃーわたしだって考える時間くらい、欲しくなるってものでしょう。

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