第42話・彼女を辿る旅 その3

 アプロニア・メイルン・グァバンティン。


 アプロのフルネームですけども。

 マクロットさんが呼んでいた、真ん中の「メイルン」というのが、もともとのアプロの名前なのだそうです。


 アプロ…いえ、メイルンは、この王都からずぅっと南の街の貧民街で生まれました。

 その生い立ちから想像されるとおりの幼少期を終える頃、マクロットさんに出会い、それから聖精石の剣を扱えることが分かると、王家の養子として迎え入れられました。

 魔獣が現れる穴を埋める役割を担い、それからいずれ訪れるだろう魔王との決戦に備え、戦いの士気向上のために王族がその先頭に立つ義務があるのだと。


 そしてアプロニアと名付けられた少女は今も剣を握って、いろいろなものを背負わされて在るのです。



   ・・・・・



 「どした、アコー?部屋が気に入らなかったかー?」

 「別にそーいうわけでは。でもアプロこそ良かったんですか?わたしと同じ部屋で」

 「いーよ。なーんか城に来ても落ち着かなくてさ。アコと同じ部屋ならどこでも同じに過ごせるし…って、なんだよその顔はー」

 「…いえ、またアプロに変なことされないかと心配で」

 「なんだよ、されたいのかー?」

 「あのですね」


 …ま、冗談に出来るくらいなら、わたしもアプロもそこそこ気にしてはいないんでしょうけど…そーいう気分でもないんですかね、やっぱり。


 マクロットさんはわたし達を迎えてくれるために姿を見せていたので、わたしとアプロはそのままお城に入り、なんか教会のえらいひととかそーいう感じのひとに引き合わされました。

 わたしは素直にウンザリしてましたけど、アプロがここで意外に如才なく対応してくれてたので、なんとか面目は保ったようです。彼ら彼女らの言う、「針の英雄」としての、面目です。


 なんですかねー…アウロ・ペルニカで「針の…」と呼ばれるともー、「うるさいわー」って気分になるんですが、今日一日は同じよーに呼ばれるとその度に、「…うっぜぇ」って気分になってました。我ながらガラの悪いことです。


 「…だよなー。アコが何言い出すか私ハラハラしっぱなしだったもんな。よくガマンしてたもんだ」

 「それはアプロの方だったのではないかとー。大体あの猫かぶり何なんですか。あなた犬属性だと思ってたのに認識を新たにしましたよ、わたしはー」

 「犬?私が?なんで?…って、アコ…今ベルニーザと比べなかったか?」

 「いえ、微塵も」


 というか、今の話の流れでベルを連想するとか大分アプロも毒されてきてますねー、じゃなくて。


 「ええと、話がズレまくりです。そうじゃなくって、なんだかこの場でのアプロの立場とかいろいろ考えて、少し認識を改める必要とかあるのかなー、って思ってたんです」


 そりゃーもう、アプロが指示しただけでわたしまでこぉーんな豪華なお部屋に通されましたからね。


 最初、お城と言われてやってきたのは、石造りなのは確かなんですが、お金のかける方向を縦じゃなくて横にした結果、アホほど広い迷路みたいな建物だったのです。

 もちろん外からそうと分かるわけないので、中に通されてあっちゃこっちゃ引き回されるうちにわたし、ひろーこんぱい。歩くのは慣れたと思ってたんですけどねー…。


 まあそんな状況ですれ違うひとの、アプロへの態度見て大体アプロがこの場所でどんな扱いされてるか察してしまって、ともかく腹が立っていた、という次第で。


 「…アプロはそういうの、ガマンできなかったりしないんですか?」


 ただ、アプロ自身はともかく飄々として気にする風でもなく、といって気付いてないわけでもなかったのですから、あからさまな言葉にはとぼけたフリして皮肉を言ったりと、なんとも普段のアプロからすると想像もしなかった一面を見た思いではありましたが…。


 「やっぱりわたしから見ても、なんかおかしいですよ、このお城。アプロの立場とかは分かりましたけれど、それならなおのこと、アプロに皆感謝すべきでしょうに…。本当にガマンしてないんですか?」

 「…んー、正直に言えばガマンは、してる」


 ですよね。受け答えする時、たまーに口の端ぴくぴくさせてましたし。


 「でも、ガマンやめてなくすもののこと考えたら、こんなの大したことない」

 「アプロ……」


 その同じ口から、吐き捨てるように告げられた言葉には、きっと真実が山ほど詰め込まれているんでしょう。

 そんなあれやこれやを呑み込んで、それでもアウロ・ペルニカでのアプロはわたしがけっこー好きな女の子です。


 まあ。

 なら。

 ねえ?


 「拒否を承知で聞きますけど、アプロ。わたし、あなたのことを元々の名前の『メイルン』って呼んだ方が、いいですか?」

 「それは、やだ。ってーか、なんで私が断るの承知でそんなことを聞くのさ」

 「…うーん。そこはまあ、わたしがアプロのことを好きでいる理由に関わるっていいますか」


 下手したらテニスくらいできそーなバカ広い部屋の中で、わたしとアプロは中央のちっちゃなテーブルで向かい合わせに座ってます。

 間にあるのはティーセット。

 持ってきたひとがいれてくれてますけど、わたしもアプロも手を伸ばす気には…まあ、なれませんでした。


 そんな邪魔なものを間に挟み、アプロは真剣な顔でわたしのことを、見ています。


 「あ、言っておきますけど、わたしがアプロを好きとか言ってもそーいう意味じゃないですからね。友だちとしては大好きですけど」

 「…分かってる。私がアコを好きっていうのと、アコが私を好きっていうのがなんか違ってるのはこないだ理解した」

 「すみませんね。でも、そう言われて悪い気はしませんからね。そこは誤解の無いように、です」


 うん、とどこか心細そうにアプロは頷くのです。

 そしてそれを見て、なんだか胸の奥がざわざわするのも、最近のわたしなのでした。




 まあそんな感じで、納得いったりいかなかったりはありましたが、冷めたお茶を許せるくらいには落ち着きましたので、でもお茶にうるさいアプロが散々こき下ろすのを笑いながら聞いて時間を過ごしておりました。


 コンコン。


 …うーん、こーいう雑なノックを聞くと、フェネルさんの技がいかに優れたものかを改めて思い知りますね。


 「…開いてるよー」

 「あのアプロ…こーいう場合はわたしが取り次ぎに出るものなのでは?」

 「別にアコは私のお付きじゃねーもん。だから、いい。開いてるから入ってきていーよー」


 立ち上がりかけたわたしを制して、アプロは扉の方に声をかけます。その向こうでは…困惑してる、ってとこでしょうか?いくぶんためらいがち、という空気を漂わせながら、ゆっくりと扉が開くのでした。


 「……相変わらず応対が雑なのだな、愚妹よ」


 ぐま…い?

 自分で扉を開けて入ってきたその人影をわたしは睨みます。

 かわいーアプロになんというひどいことを言うですか、この………この……。


 「あのー、どちらさまで?」


 …いえ、わたしがヘタれたのには理由があります。

 何かと動じないわたしをして気後れさせるにじゅーぶんな、この威圧感。

 それでも年の頃は二十かそこら…わたしとそんな大差無いはずだとゆーのに、この貫禄の差は何なんでしょう。


 「…兄師けいし……」


 そしてアプロもまた、畏れを含んだ声でつぶやくように、入ってきた人物をそう呼んだのです。

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