第165話・野望の徴 その2
招き入れられたお屋敷の中は、こーいうバタバタしたご時世の中、えらく浮き世離れした雰囲気でした。
なにせ、せかせか歩くひとがいない。聖王堂教会は、まあ戦闘単位の一つであるわたしたちが滞在してるせいもあってか報告だとか指示が行き交う忙しい空気でしたので、余計にそんなことが気になります。
かといって「こんな状況だというのにたるんどる!」とか言い出す気にはなりませんけど。
「そりゃアコが呑気過ぎるんだってば」
「アウロ・ペルニカが辺境の割にのんびりした街でしたからね。アプロのおかげでもあるんですよ」
「かといって上に立つ者が一緒にのんびりしてるわけにもいかねーだろ」
「分かってますって。アプロのせいで街がのんびりしてるんじゃなくって、アプロのおかげで皆がそーいう風に暮らせてたってことですよ。言っておきますが褒めてるんですよ?」
「むー…アコだって上に立つ者のひとりだと思うんだけどな」
「そーいう忙しいのはアプロに任せます。わたしはアプロがゆっくり時間を過ごせる場を作ってるつもりなんですから。いけませんか?」
「……いけなくはないけど」
むしろ嬉しいかも、と頬を染めて顔を逸らしたアプロでした。うんうん、良妻として完璧な仕事のわたしです。
わたしとアプロは、ヴィヴットルーシア家のお屋敷の、割と奥にある客間に通されて主がやってくるのを待ってます。
途中応対に出てきた執事さんとかいった感じのひとは、当たり前のことですがアプロが来たことにえらい恐縮して、聞いた話ではヴィヴットルーシア家とゆーのは中興の貴族の一つであって、もともと陛下や王家とは折り合いがよくないということなのですが、アプロ個人に対してそーいうのは無いみたいです。まことに結構なことです…が、わたしの顔を見て「なんだあんたもいるのか」という表情に一瞬なったのは見逃しませんよ?というか、わたしとこの家の問題じゃないですか、もともとは。
「お待たせしました。当主のミルクァルテにございます」
…などと、すこーし機嫌が斜めった辺りで主の登場です。
扉をノックする音がして少し身を固くしたわたしは、アプロから一拍遅れて立ち上がり、入ってきた当主さんと面会します……け…ど……。
「おお、姫殿下にもお代わりの無いようで…いえ、アウロ・ペルニカへ御出立の折にご挨拶させて頂いた頃を思い出すとまた更にご立派になられた」
「世辞は結構ですよ、ヴィヴットルーシア卿。それから直接会われるのは初めてと思いますが…アコ、挨拶を」
「は、はい。ええと、アウロ・ペルニカでアプロニア様の庇護を受けております、アコ・カナギです。お目通りかなって嬉しゅうございますわ、ヴィヴットルーシア卿」
「いえ、我が子の伴侶として迎えたいと幾度も願い出た無礼にも関わらず、こうしてお越し頂いたことに深く感謝を申し上げる。さあ、お座りになって。豪華な、というわけにはまいりませんが、心ばかりのもてなしをさせて頂きましょう」
当主さんは、後ろに付き従っていた先ほどの執事さんに何やら声をかけ、かしこまって退出していく壮年の男のひとには目もくれず、上機嫌でわたしたちの向かいの席に腰掛けました。
しかし、改めてこーしてみると…最初顔を見た時にも思ったのですけど、わたしの義理の父親になろーって割には、えらい若いひとですね。わたしの兄でも通用しそーです。三十にはなってないのでは?
「いえ、これでも国と民草を守るために奔走する身ですので、長居をするつもりはございません。本題を済ませてすぐにお暇します」
「はて、姫殿下におかれましては宝剣を失ったと聞き及んでおりますが。御身のご活躍と無事も剣あればこそ、でしょうから今はご自身を大事にする時期なのでは」
「まあ…既に卿のお耳にも入っておりましたか。お恥ずかしいことですが、修行の足りぬことで皆にご心配をおかけします…」
「ままま、そう恐縮なされますな。大陸全土に名の響く勇者アプロニアでも簡単に敵う相手ではなかっただけのこと。そこな針の聖女の扶けもあれば、いずれ魔王なる不遜の輩も討伐されることでしょう。我らも力添えをしますゆえ、ご心配めさるな」
「ありがとうございます。テラリア・アムソニアと何よりも大陸全土の民のため、期待させて頂きますわ、ヴィヴットルーシア卿」
はっはっは、と若い割にはごーかいに笑う当主さんと、わたしには分かりますけど愛想を満面にまぶして笑うアプロ。なんとも狸と狐の化かし合いみたいな対面に、わたしはなんだか胸焼けがします。ちょっとこういう空気、苦手…。
「…では、以前既に断りを入れたお話を、今この国難の中蒸し返した理由、というものをお教え願えますか?なんでも新たな神託が、それもヴィヴットルーシア家を名指しで降されたということのようですが」
そしてわたしのそんな辟易した様子を察してくれたのか、アプロは単刀直入に切り出しました。
香り高い、どう見ても高級品のお茶とたっぷりの砂糖を使った焼き菓子は、おおきな貴族さまにしては簡素なものでしたが、成金を誇示するようなところもなくてむしろわたし好みの饗応でした。
で、そんなおもてなしを受けながら聞いた話といいますと。
実のところ、掻い摘まんでしまうと話そのものは大したものではなかったのでした。
魔王退滅のために聖精石の針を持つわたしを、選ばれた貴人(ここで吹き出しそーになってアプロに足を踏んづけられました…)の家系であるヴィヴットルーシア家が保護せよ、そのために次代の当主の伴侶として迎えよ…ってことのようで、特にここに来るまでの間に聞いた話と違いはありません。
ですが、わたしとアプロが揃って不審に眉をひそめた事実、というのがありまして。
本来、神託というものは教会の権威の維持のためもあって外に広められることはないのですが、このことに限れば神託の内容自体に、「ことを広く披露目よ」というものがあったとかなんとか。それでヴィヴットルーシア家だけでなく、派閥を同じくする貴族家のみならず、なんかこのお屋敷に出入りするひとたちの間にまで大急ぎで話を広めてるとかなんとか。
わたしにとってはえらい迷惑な話です。
それと、ガルベルグの意図をこの件からどうやって汲み取ろうか、と話の一切を聞き漏らさずにいようとしてたわたしが、特におかしいと思ったのが、ですね。
「魔王ガルベルグ退滅のため、と仰いましたか?」
「ええ。それは間違い無く。権奥にも伝手がございましてな。そこから直接伝えられた話ですから確かですが。それがなにか?」
「卿。失礼ですが、その神託が降った正確な日時は、ご存じでしょうか」
「はて、姫殿下も妙なことを気になさる。昨日の…ちょうど今頃にございますな。いえそう呆れた顔をなさらずとも。何せ当家にとっても危機に瀕したテラリア・アムソニアにとっても善き話でしたからな、何もかも急いでしまうのも無理はないと思って頂きたいものですが」
「…そう、ですね」
困惑顔の固まったアプロ。きっとわたしも似たような顔をしていることでしょう。
だって、昨日の今頃、っていったらベルが出現して魔王を名乗ったのと大して時間違わないじゃないですか。というか、おなか具合からしてベルが魔王として名乗り上げた直後くらいですよ。お昼ごはん随分早い時間でしたし。
それが、「魔王ガルベルグ」ですって?ベルが魔王としてわざわざ目立つように表れたあとに?おかしくないですか?
「…どうかされましたかな」
黙ってしまったわたしとアプロを見て流石に当主さんも戸惑いを隠せないようで、怪訝な顔つきでこちらを見ていました。
「いえ、ところで…卿は先日、私たちの前に魔王が姿を顕したという話はご存じでしょうか?」
「無論のこと。その魔王がために宝剣が失われた、という話でしょう」
どーしてそうイヤミっぽく言うんですかね、このヒト…と思ったのですけど、普通に心配そうな顔はしてましたから、素なのかもしれません。
なので、アプロも特に気にした風もなく続けます。
「ええ。そして魔王の名やその姿については聞き及んでおいでですか?」
「当家からも出兵しておりましたからな。報告は受けております。見目は悪くない、少女のようだったと聞いております。確か名も……ベル、ニーザとか申しましたな……ふむ?」
当主さん、流石に何かおかしいと気付いたようです。
神託で降った魔王の名は「ガルベルグ」。一方、魔王本人は「ベルニーザ」と名乗った。誰だって変だと思いますよね。
「…お二人には何かお心当たりでもありそうなご様子ですが」
「心当たり、というほどのものはありません。実のところ、こちらのアコ・カナギに対する卿のご執心をいささか窘めるつもりで、まずはどのような経緯で斯様な話になりましたのかを確認するつもりだけでしたから。ただ、思っていたよりも興味深いお話にはなりましたね。少なくとも…」
と、アプロはわたしを見てニヤリとします。武張ったことにも興味のあるお姫さま、という仮面をかなぐり捨てて、猛禽の如き笑みです。わたしは思わずきゅんとしました。なんでやねん、とか言うない。
「神託、とかいう怪しげなモノをこねくり回して自分たちの利に供せしめよう、などという馬鹿げた企みに乗せられることだけは、無くなりそうだしな。アコ帰るぞ。面白い話を聞けただけで十分だ」
「…ま、そーですね。わたしに興味持ったひとの顔を見ることも出来ましたし、来て損をしたとは思いませんよね」
何よりもアプロのかっこいーとこ見られましたしね、とは言わずにおき、立ち上がったアプロに続き、わたしも客間を出て行こうとしました。
「お待ちを」
のでしたが、こーいう場面であっさり出て行かせてくれるわけもないんですよねー。当然ながら。
「…主がお引き留めせよと申しております。お席にお戻りください。間も無く食事の用意も調います故」
客間の出口で、執事さんが通せんぼしてました。いえま、別に両手広げて通しませーん、とかやってるわけじゃないですけど、扉の外で金属の重なる音。いわゆる一つの、鞘走るなんとやら、です。このひとたち、わたしとアプロを監禁でもするつもりなんですかね。
「…どうします?」
「どーしますもこーしますもなぁ…ヴィヴットルーシア卿。どのようなおつもりか聞いても構いませんか?」
「ふ、どのようなもこのようなもありますまい」
アプロの物言いを剽窃して、当主さんはゆらりと立ち上がり、言います。
「席にお戻り下さい、アプロニア様。それから、当家に嫁ぐことなる『針の英雄』殿」
口振りは丁寧ですし、恫喝するような雰囲気もありません。
ありません、けども…なんでそこまで必死なんですか?って聞きたくなるくらいの顔色ではあります。
ヴィヴットルーシア家の御当主、ミルクァルテさん。いえ、世が世なら、というかわたしの立場的にはですね、普通にさん付けでお名前を呼ぶのもどうなの、という身分なはずですけれど。
…で、神託がどーのこーの以前に、かつてわたしを嫁に迎えたいって話だったんですよね。
なんで?
「あの、アプロ?そもそも、そもそもですけど、どーしてこのお家がわたしを嫁にもらい受けたいとか言い出したんでしたっけ?」
「さあ?言い出した本人が目の前にいるんだから、本人に聞けばどーかな」
それもそうですね。どうしてです?
「いえその、どうしてと問われましても。答えねばならぬ問題なのでしょうか?」
「そりゃわたしとしては聞いてみたいとこですよ。あのご存じだとは思いますけど、わたしアプロの愛人ですよ?生涯の伴侶、とかいうのとは若干違うにしても添い遂げたいとは思ってますし、ってどーして驚いているんですか。噂とかで聞いたりするものじゃないんですか」
貴族ってそーいう下世話な話が好きなんじゃないですか、ってこれはわたしの思いっきり偏見ですけど。
けど、ヴルルスカ殿下も、地位とか身分のあるひとが同性の愛人囲ってるのも別に珍しいことじゃない、とか言ってましたし、驚くようなこっちゃないでしょうに。
「…いえ、失礼。その、まさかアプロニア姫殿下の想われ人に縁談を持ち込んでいた、とは想像だにしなかったもので…今さらながらえらいことをしていたものだ、と…」
いえその、それほんとーに今さらですからね。
けどまあ、なんだかこうしてわたしとアプロの関係を初対面のひととあーだこーだ話すというのは……気恥ずかしいながらもどこか誇らしくも思えるわたしではありました。
・・・・・
で、ヴィヴットルーシアのお屋敷からの帰り道。
「…まさかあんなしょーもない理由だったとはなー」
「まあまあ。けど最後は諦めて祝福して?くれてたんだからいーじゃないですか」
「つーてもなー…散々掻き乱された方としちゃあ、もー少し文句言っても心が痛まない理由であって欲しかった」
実のところ、異界から訪れたという設定?のわたしを嫁に欲しい、とか言い出してたのは、当主さんの息子さんの方でした。ちなみにその子、十歳でした。わたしとじゅう……じゃなくて、九歳違いですよ。年の差婚なんてもんじゃないですよ。わたしロリコンの趣味…えーと、ショタコンって言うんでしたっけ?いやそーいうのはどうでもよくて、とにかく十歳のお子さんのおとーさんなら若く見えたって当然だったんですよね。
「大体だなー、いくら子供が可愛いからって異界からきた人と結婚したーい、とかいう子供の寝言を真に受ける親がいるかぁ?」
「親ばか、って言うとちょっとアレですけどね。でもわたしはそんなに悪い印象はないですよ、もう。フィナンツェくんでしたっけ?いー子でしたし」
またませたことを言うこだなー、と興味を持ったので、話の最後に会わせてもらっていたのでした。
おとーさんとよくにた、赤毛寄りの茶色い髪がキレイな子で、背丈だけはいっちょまえでしたけど表情や声はやっぱり子供のもので、わたしに憧憬の視線を向け、お話できて嬉しいです、なんて言ってるとこなんか、けっこー…まあ、ね?
「…じー」
「な、なんです?やぶにらみして」
「……アコ、浮気したら…ぐすっ」
「ちょっとちょっと、自分の想像で泣き出すのやめてくださいって。そんなことあるわけないじゃないですか。わたし、アプロがいなかったら……」
「…アコだって泣くじゃんか」
うっさいですね。最近けっこー涙もろくなったって自覚はあるんですからほっといてくださいっ。
「……えーとところで、これからどうします?」
「ん?あー、そういえば陛下からアコを連れて来い、って言われてたんだ」
ちょっ、そーいう大事なことはもっと早く言いなさいってば!
思わず文句なんか言ってしまったわたしですが、アプロとわたしの関係がこーなってからお目通りするのも初めてですし、と気後れして腰が引けてるわたしを、アプロはなんだか面白そうにケタケタ笑いながら引っ張っていってくれやがります。
その、わたしの腰が引けてる理由というのはですね。マウリッツァ陛下はアプロにもわたしにもお優しく接してくださいますけど、その、なんかイヤな予感といいますかー。
で、結果としては、陛下もわたしを歓迎はしてくださりましたが、聖精石の剣のことで、アプロと並べて叱られもしたのです。
まあ叱られた、といってもおじいさんが大事にしてたお皿を割ってしまったー、くらいの感じではありましたけど。
しゃーない。あっちもなんとかしませんとねー、と、シュンとなってしまったアプロを見ながら、わたしはそう思いました。
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