第121話・アウロ・ペルニカの攻防 その19

 「いまどうなってますっ?!」

 「どわぁっ?!っていきなり耳元で叫んで驚かすんじゃねえよ!!」


 意識が戻ったらグランデアに背負われていました。目覚め最悪。


 「ちょうど良かったよ、今また取り囲まれたところだから。アコ、立てるなら自分で歩いてくれるかな」


 後ろからマイネルの声もしました。幸い、まだ二人とも無事だったようで。

 わたしは、言われるまでもねーです、とひょいとグランデアの背中から降ります。先ほどに比べると足下もしっかりしてて、逃げようと思えば逃げ出せそうではありますけど。


 「…で、どうなったんです?」


 わたしを降ろして両手の空いたグランデアが、槍を素振りしてるの横目で見ながらマイネルにもう一回同じ事を聞きます。


 「見れば分かると思うけど」

 「…あー、まあそうですね」


 未世の間に入り込む前と同様、狼の群れに取り囲まれてることに違いはないのでした。


 「…気を失ったアコを背負いつつもよ、一度は囲みを破ったんだがな。小憎たらしいことにこっちは全力で走ってんのに、犬どもは小走りであっさり回り込まれちまいやがんのよ。ああクソッ、遊ばれてるみてえでかえって腹もたたねえわ」


 こちらは丁寧な説明ありがとーございます。

 とはいえわたし的に気になるのは、普通の魔獣じゃなくてファウンビィリットーマ…ああもう、無駄に長くて言いづらいったらありゃしない。ファーさんでいいでしょ、ファーさんで。


 「で、ファーさんどこです?」

 「ファ、ファーさん…?おい、おめえ友達でも連れてきたのか?」

 「多分さっきから姿の見えない第三魔獣のことだろうね。どうせアコのことだから、名前長くて覚えられないから縮めてしまえとかそんなとこでしょ」


 あー、流石付き合い長いだけあってマイネル分かってますねー。褒めてあげませんけど。

 それより姿が見えないって、どゆことです?


 「さあな。どっちにしてもオレたちゃ目の前の犬っころどもに手一杯で、それどころじゃねえし……なッ!」


 ぼやきながらも、飛びかかってきた一頭の狼の魔獣の攻撃を難なくいなすグランデアです。


 「ケッ、隙を突いたつもりなんだろうが、そうはいくかよ」

 「とはいえこのまま耐えきれるものでもないんだけどね…」

 「でももうすぐ朝です。街の方でわたしたちに気付いてくれたら、助けに来てくれるんじゃ…」

 「そう願いたいところなんだけど…っと!」


 マイネルはマイネルで、牽制のつもりかそれとも出端を挫く意図なのか、呪言の攻撃をする構えを時折見せます。

 ただ、アプロほどの威力はありませんが、その代わり弾切れの心配がそれほどないのがマイネルの呪言の特徴のはずなのに、それをケチるとなると…。


 「…あのー、マイネル?もしかして…」

 「言わないでおいてくれる?」

 「ついでに言えばこっちの体力も無尽蔵ってわけじゃねえしな」


 ……時間が経てばこちらが有利になる、ってわけでもないみたいです。

 というかそもそも、街のひとたちをこれ以上巻き込まないために黙って出てきたんですから本末転倒もいいとこです。

 となれば。


 「…そろそろ決着つけたいんですけどね。出てきてもらえませんか、ファーさーん!」

 「その呼び方続けるつもり?なんか気が抜けるんだけど…」

 「別にいいじゃないですか。向こうが油断してくれれば言うこと無しです」

 「要らねえ感情移入されても困るんだがよ、っと!」


 また飛びかかってきた魔獣を槍の柄の方で打ち払うグランデアでした。

 というかコレ向こうも本気じゃないですよね…狼の群れが本気出したら疲れ切った人間の三人くらいあっという間でしょうに、と思ったところで、狼女さんの、登場でした。

 

 「どのように呼ぼうがあなたの自由ではありますけれどね。さて、針の英雄どの。目が覚めたようで何より」

 「…今までどこにいたんです?」

 「少し落とし物の回収を、ですね。これに見覚えがありますか?」

 「え?」


 辺りを見ても影も形もないところから急に姿を現した狼女の手にあったのは…紛う方無きわたしの相棒、聖精石の針、です。ていうかわたしいつの間か落としてたぁっ?!…と慌てて腰のポーチの中を探ります、って手に持ってバタバタしてるうちに気を失ったんですから、持ってるわけがないのです。


 「…あ、あー、あー、あー。いえ助かりましたそれないとわたしただの役立たずなので。ありがとうございますね…って、おい」


 善意の拾得者に手を伸ばして返してもらおうとしたわたしを、呆れ顔で(狼の表情なんてなんで分かるんでしょうか?)見つめるファーさんです。

 ちょっとー、拾ったものは落とし主に返すのが世の習いでしょーが。


 「…ご冗談を。この針があればこそ存在に意義成す針の英雄なれば、失った今こそ私達にとっての好機。どうも折ろうとしても無駄でしたので、せめてあなたの手から奪っておくのが常道というもの」


 おい。折ろうとしたんかい。


 「…どうするよ。隙を突いてあれ奪った方がいいか?」


 唖然とするわたしの耳元でグランデアがそう提案します。どーでもいいですけど、あなた汗くさいですよ。


 「図太いな、おめえは。で、アイツの言う通りだとしたらこっちの打つ手全部奪われたってことなんだがな。とりあえず逃げるか降参するか、とっとと決めろや」

 「…降参したところでどうなるとも思えないんだけどね」


 そうですねー。

 ま、針が無いとどうしようもないのは事実ですけど…。


 「…いーでしょう。そっちがその気ならこっちにも考えがあります」

 「あら。この状況で強気になれるとは、驚きを通り越して呆れたものですね」


 …ファーさんは、群れの中でも一際小柄な狼を傍らに寄せてそう言います。

 その余裕綽々な態度にわたしは。


 「…ふふっ」

 「ん?おめえ何を…」


 俯いて含み笑いを洩らすわたしに、グランデアが怪訝な顔で聞いてきます。ていういか、気が触れたのではないかと焦った風にも見えます。甘いひとですねー、ちょっとは後ろのマイネルを見習ってください。わたしが何をやり出すか完全に予想して、ため息ついてますから…って、それはそれでムカつきますね。

 まあ、でも。


 「わたしの勝ちです」

 「なんですって?」


 聞こえないように言ったんですから当然ファーさんはそう言います。

 でもね。


 「…手元に無ければ使えないと思ったあなたの失敗なんですよっ!出番です、わたしの相棒!!」


 まだ囚われの身である針にそう叫ぶと同時に、わたしの繰り出した糸が針の先端からあふれ出します。

 何が起こったのか分からず、ただ手の内にある針を体から遠ざけるように腕を伸ばしたファーさんの指先から伸びたようにも見える糸…いえ、あれはもう光の奔流に近いですね。


 「穴はそこにあります!」


 指さしたわたしの指示に従うように、光る糸は束となってすぐ近くの小柄な狼に殺到します。


 「ア、そんなッ?!」

 「マイネル周り見ろ!」

 「君こそ目を離すなよっ!!」


 ふふん、頼もしい連れですよね。この状況できっちり危険の芽を摘もうと自分たちのすべきことをちゃんとやってくれます。


 そして動転したファーさんが取り落とした針は、地に落ちることなく宙に浮いたまま光る糸を次々に送り出します。わたしも懸命に送り出し続けますが…よし、体はなんともない!


 「ナ、ナンデッ、ナンデッ?!」

 「あなたがどんな魔獣なのか知ることも出来なかったのは残念ですけどねっ!もうお終いにするんですっ!!」


 針に運ばれることなく、糸は暴かれた穴を縫いとめるというより折り重なって埋めてしまうように塞いでいくのです。

 そしてそれがどれほどの大きさだったのか、わたしが理解するよりも先にすっかり塞がれてしまった穴が消えてしまうと同時に、「ウソ…」という後悔のような響きの声を残して、ファーさんは姿を消したのでした。


 「アコ次来るぞッ!」


 言われるまでもねーです。

 統率すべき第三魔獣が姿を消したことで、魔獣の本性に立ち戻った群れの狼がわたしたちに襲いかかります。


 「二人とも少し持ちこたえて!!」

 「長くは保たねえぞ!」

 「頼んだよアコっ!!」


 わたしは、石との対話を始めます。いくらわたしの体感時間と現実の時間の流れが異なるからといって、ぼやぼやとはしていられませんでした。






 『どうして?』


 まあ気持ちは分かりますよ。

 だって世界の開闢からずぅっとこのサイクル繰り返してきてたんですから。


 石は、世界に力を加えて、それが尽きたら休眠に入る。

 そして、力の反動とも言える、溜まった澱を世界に吐き出して、それからまた世界に戻る。力が尽きたら再び休眠し、また澱を吐く。


 ずっとやってきたことを、妨げられれば狼狽えもしますし疑問だって感じるんです。

 でも、そうして長く同じ事を続けてきたこと自体が、淀みを生んでいるんです。

 一つの流れとなって動きはないように見えても、より大きなところから見ればそれだって停滞です。

 わたしは、自分の個人的感情で今までの循環を乱しているのだと思ってましたけど、こうして中に入ってみると見えてくるものもあるんですよね。

 力と、澱。その行き交いが世界を回しているのは事実ですけれど、それだっていつまでも続くわけじゃない。

 ひとが、聖精石として石の循環を止めることは、流れを乱す行為です。こうなったことだって、いつまでも続くわけじゃない循環の破綻の、一つの顕れなんです。


 わたしは絶望したくない。ガルベルグの危惧したように、循環する石の力が失われることはあるけど、世界を回す力は、ひとの中にだってある。


 そう思って、こうしているんです。


 だから、あなたも、踏み出してみませんか?


 『かってなことをいわないで』


 …ごめんなさい、わたしたちのワガママだってことは分かります。

 魔獣という形で現れる澱に翻弄され、人間が傷つくのを見たくない。

 あなたたちからすれば、それだって循環の一部なのだから黙って受け入れるべきだって、そう思えるのでしょう。そして、抗う人間に肩入れするわたしを世界に仇なす裏切り者だと言いたいのかもしれません。


 でも、わたしは知ってしまった。

 世界に背を向けた身から始まり、ひとの「好き」を知り、恋を知って、忘れがたきものを、得た。

 それを無くしたくないって考えて、いっぱい経験して、答えが見えてきた。信じたいって思い始めた。

 そのことが、変わることを肯定していると思うんです。

 それを、あなたにも、あなたたちにも知ってもらいたい。循環の軛から逃れて、自分の力と意志で、世界に相対してもらいたい。


 どうか、共に手を携えて、世界を回す力となって、いただけませんか?


 『………いちどだけ』


 はい。


 『…ぼくがまた澱をはき出すまでのあいだに、ひとが、せかいがかわったとみとめられるようになったのなら、しんじてみても、いいよ』


 あはは…再試験はなしですか。厳しいですね。

 でも、なんとかやってみますよ。わたしが、わたしたちが、世界の流れを変える先鞭をつけて、みせます。


 『…うん。がんばって』


 はい。ありがとう、ございますね。






 「マイネルっ!グランデアっ?!」


 意識が戻った時、自分の体に何も異常が無かったのですから間に合ったとは思いたいのですけど、それでもわたしが連れ出した二人が無事だったかは一番最初に気になったのでした。


 「…おう、生きてるぞ」

 「…またなんとも危機一髪とはこのことだよね…」


 …よかったぁ。

 立ち尽くすわたしのすぐ右にグランデア。後ろからはマイネルの声。

 二人に交互に駆け寄って無事を確かめますが、疲れてはいるものの酷いケガもないようで何よりです。


 「…おめえはそう言うけどよ、オレはこれと大差ない場面に何度もぶち当たってんだぞ…?」

 「…ああ、分かったよ。また次もあると知ったら絶望的になるよね、これは…」


 そしてなんか妙な風に意気投合していたのでした。


 「立てますか?」


 最初にマイネル、続いてグランデア。

 二人に手を貸して立ち上がらせ、次が来ないかどうか……と……。


 「……あのー、二人とも?逃げる元気、あります?」

 「……あああ、考えたくねえなあ…」

 「……行っておくけど、もう鋲牙閃の一発撃つ元気もないからね?」


 残り、二つ。


 少し距離はありましたが、その残る二つの穴から現れた魔獣の群れが。


 「さぁて!あと一息ですよっ!」

 「こんな状況で元気なんか出るかアホッ!」

 「とにかく逃げるよっ?!」


 …駆け出したわたしたちを、追いかけてきたのでした。

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