第187話・そしてわたしの旅路の果てに その6

 「わあっ?!」

 「きゃあっ!」


 帰還は唐突なのでした。

 未世の間でガルベルグに迫られて、もうあかん、と思った次の瞬間、わたしはアプロの上に落っこちてきた、という状況です。というかそれしか分かりません。


 「あたたた…ア、アコぉ、重いからどいて…」

 「乙女に向かって重いとか失礼でしょうがあなた。言ったのがマイネルだったらアプロの剣の錆になってもらうとこですよ!」

 「私の剣は錆びないぞ、アコ」

 「…アプロ、文句言うところ間違っていない?」


 すぐに側に寄ってきてくれたベルの手を借り、わたしは起き上がって、下敷きになっていたアプロを解放してあげました。

 あれ?でもわたし、精神の方だけ未世の間に行ってたはずなのに、どーして意識が戻ったらアプロの上にのしかかってたのでしょうか。


 「あ、それな。あれ見て、あれ」

 「あれ?」


 わたしは「多少」重いといっても、鎧を着込んでるアプロを押し潰すにはほど遠いので、二人して立ち上がると並んでアプロの指さした方角を、見ました。

 死屍累々でした。魔獣たちの。

 正確には、今し方キッツいの食らわされた死屍累々がただの荒野に変わってく途中、ってところです。滅ぼされた魔獣はすぐに姿を消していくので。

 ただ問題は、ですね。


 「……たいりょーぎゃくさつ……」


 その、魔獣の数がとんでもねー量だったこと、なのです……なんぞこれ。

 大はあまりにもグロいやっつけ方でアプロに文句をつけた、地球産比で二倍サイズの象さん。あとわたしから正気を奪いまくってた電柱サイズのミミズ。

 小は…うん、まあもうほとんど消えかかっていたので細かいのはよく分かんないですけど、少なくとも未世の間に入り込む前に、わたしを気絶に追い込んだトカゲの群れも含まれてるよーです。あっはっは、いー気味です…少しはしたないですね、ごめんなさい。


 「…すげーのは分かりますけど、それがなんでアプロがわたしの下敷きになることに?」

 「いや、さ……いたたた…」

 「あらマイネル。無事でなによりです」


 どこに行ってたのやら、腰をさすりながらマイネルが姿を見せました。

 痛みに顔をしかめながらなのですが、口が利けるならマイネルがマイネルでいる証しになるので、問題はありません。


 「…それって、僕が口しか価値のない男だ、って意味だよね?」

 「解釈はお任せしますよ。それより何があったんです?」

 「何って言ってもね…見た通りだよ」


 見た通り、って…わたしたちが立ってるこの場所、直径五メートルほどが切り取られたよーになってるだけですよね?それが何か………って。


 「………あの、もしかしてここらが盛り上がってるのって」

 「……察しの通り、この場所以外が全部、削り取られたんだよ。そこの二人の無茶苦茶で、さ」

 「……なにやったんですか」


 わたしは、自分の想像通りでないことを切に祈りつつ、気絶してたんだかなんなのか、横になってたゴゥリンさんを助け起こそうとしてた二人を振り返って、問いました。


 「なにって。なあ?」

 「うん。アプロが、空に向けて撃った」

 「で、ベルがこお、空の高いとこで撃ったのをパーン、ってやって…」

 「いっぱいに増えたのが、全部地面に降ってきて、こうなった」


 全然分からないのですが。


 「どゆこと?」

 「……二人とも説明が雑過ぎるよ…。あのさ、アコが気絶したあとのことなんだけど…」


 まだ足腰立たなそうなゴゥリンさんに帰還のあいさつをしつつ、わたしはマイネルの説明に耳を傾けます。

 まあその内容と来たら、「聞くんじゃなかった…」と絶句する他なかったわけでして。




 「というわけ」

 「…え、要するに、わたしが意識失ったあと、その…トカゲのような第三魔獣に襲われて、撃退したと思ったら…」

 「四方八方に急に魔獣の穴が開いてさ。そこからもう、山のように出てきたんだよ。第二魔獣の群れが」

 「他に第三魔獣は?」

 「さあね。いたかもしれないし、いたとしてもあの状況じゃあどうだか分かんないよ」


 で、こーなった、と。

 細かいことなんかマイネルの描写によるのでざっくりとしか理解出来ませんでしたけど、アプロが空に向けて、今まで見たこともないよーな威力の、それこそぶっっっとい光の柱みたいな呪言をぶっ放し、ベルが打ち上げたなにかが空でそれを反射したら、アプロの呪言が雨あられのように降り注いだ、と。

 で、その一発一発がとんでもねー威力だったので、みんなのいた辺りを除き、着弾?した場所は魔獣と地面をまるごと抉って、こーなった、と。

 その際にわたしを背負ってたゴゥリンさんが、爆風で吹っ飛ばされて担がれてたわたしの体はぽーんと飛んで、アプロがどーにか受け止め…きれずに、目が覚めた時の状況だった。

 なるほど、わからん。

 というかですね。

 わたしは振り返って、なんだか褒めてほしそーに、わたしとマイネルの会話を見守ってた二人に言いました。


 「…無茶しますねえ」

 「すげーだろ!」

 「いえーい」


 呆れかえってるわたしを前に、めちゃくちゃ自慢げにハイタッチしてる二人です。

 出会った時のアプロの突っ掛かりようとか、わたしの部屋でメンチのきりあいしてたこととか、なんかいつの間にか仲良くなったものです。…そう願っていたこころの姉としては、少し寂しくもありますけどっ。


 「…だいじょうぶ。私の一番はアコだから」

 「おいコラ、抜け駆けすんじゃねーよ。アコの一番は私なんだからな」

 「アプロ、どさくさに紛れておかしな主張をしないで。アコの一番だったら昔も今も私に決まってる」

 「ふん、いーだろ。そろそろ決着をつける時だと思ってたんだ」

 「やーめーなーさーい、ってば。まったくもう、仲良くなったかと思ったら結局こうなるんですから…」

 「?アコは何か勘違いしてる。私とアプロが決着をつけるのは布団のなか」


 おい。


 「そーそー。つまりだな、どっちの方がアコを気持ち良くさせたか…」

 「そのオチはもーえーっちゅーねん!」


 そこで聞き耳立ててるムッツリスケベにエサ与えないでください。


 「僕はもうマリス以外に興味はないよ。それよりアコ、何があったか教えてくれるかい?」


 臆面もなく惚気るとはマイネルも成長したもんですねー。

 まあ別にいいですけど、ちょっと落ち着いたところでお茶でもしながらにしません?

 アプロとベルがおーあばれした跡、とか聞いてしまうとちょっと落ち着かないですよ。


 「………賛成だな」


 ようやく起き上がったゴゥリンさんが、珍しく苦々しい顔で言いました。あ、そういえば守ってくださってありがとうございますね。


 「………」

 「コイツ照れてやんの…いでっ?!」


 要らんこと言って感じなくてもいい痛みを覚えるアプロなのでした。



   ・・・・・



 アプロとベルがじゅーりんし無残な有様となった破壊跡から場所を移し、そのて、お茶…とは流石にいきませんが、ようやく落ち着いて話が出来るようになりました。

 わたしは未世の間で見たことしたことを一通り話し終えると、みんなの反応を待つのでしたけど。


 「あはははは……ははっ、ははは、アコもやるじゃん!ガルベルグを怒らせて逃げてくるとか、すげー」


 なぜかアプロにはむちゃくちゃウケました。


 「逃げてきた、というのはちょっと情けないですけど…まあ、これから先遠慮しなくてもいーかな、とは思いますよ。ただ、あの後ガルベルグがどーしたのかちょっと心配で…なにせ、わたしの根源が一緒に向こうにいるんですし」

 「今のところアコに何もないなら問題はないと思う。ただ、また引きこもった父をどうするつもり?」


 …それなんですよねえ。

 ぶっちゃけ、ガルベルグを引きずり出してこちらで討伐する!…なんて目論見は潰えたわけですし。さっきの状況からしてアプロとベルが一緒ならなんとかなるんじゃないかなあ、とは思いますが、それだって直接ガルベルグと相見えてよーやくなんとかなる、ってことですし。


 「やっぱりこっちから乗り込む算段立てたほーがよくないですか?繋がってそうな穴みつけてアプロにこじ開けてもらうとか」

 「それが出来れば苦労しないんだってば、アコ。まあマリスに訊いてみてもいいかもね。教義に何か記述があったかもしれないし」

 「………見てみたくはあるがな。未世の間とやらを」


 一仕事を終えた男の顔、の二人も足を投げ出してくつろぎモードです。よっぽど疲れたんですかね。まあこっち基準でずっと気を失ってたわたしが文句を言える筋合いじゃないんですが。


 「ま、考えてもしゃーないよ。今回はアコが一発かましたことで満足しとくしかないんじゃないかな。あとのことはまた帰ってから考えよーぜー」

 「…ですね」


 アプロに促され、話はそーいう感じにまとまります。まとまったというか、どーせ考えたって無駄無駄、みたいな空気ですけど。ちょっと不甲斐ない。

 ただ、空気といえば。そんな中にわたしは…何だかイヤな空気?悪い予感?なんかこう、この場を早く立ち去りたいよーなそんな気分がするのでした。


 「どした?アコ」

 「うん…ゴゥリンさん、魔獣の出現しそうな気配とかしません?」

 「………?…………いや」


 わたしの声に応じてゴゥリンさん、いつものように鼻を高くしてヒクヒクさせてくれましたけど、嗅ぎ取れるものはないようで、すぐにわたしに向かって首を横に振りました。


 「……そうですか。気のせいならいいんですけど」

 「思わせぶるなー、アコも。まさかガルベルグが追いかけてでもきたか?それなら臨むところだってんだ。この場で全部決着つけてやる」

 「ほんとにそうなればいいんですけどね…」


 なんだよアコ、ノリがわりーな、とぶぅたれるアプロでしたけど、気になったのは静かになっていたベルのことです。


 「…ベル?とうかしました?」


 そうして、わたしのせいで少し不穏な雰囲気になりつつも、皆が立ち上がって帰り支度でもしようか、という体勢になったときでした。

 ベルがただひとり、一緒に立ち上がりもせず座って俯いたままでいます。


 「おい、ベル。いっぺん帰るぞ?疲れたんならゴゥリンに背負わせるけど…どーした?」

 「…う、うう…」


 流石に心配そうに声をかけるアプロの声にも応えず、ベルは下を向いてどこか苦しげに呻いていました。

 普段何ごとにも飄々としてるベルのことです。こんなときにわざわざ苦しむような演技で遊ぶわけがありません。


 「…?!ベル!どうしました、ちょっと顔見せて……あ…」

 「……アコ」


 ベルの顔をもってこちらを向かせたわたしに、いつか見た覚えのある、その表情が向けられます。

 双眸は真っ赤に染まり、どこか獰猛な印象を抱かせるその顔は、わたしを掠ってアプロの前から逃げ出したときに見たもの……いえ、ベルのものではありませんが、ついこないだ同じものを見たじゃないですか…わたしとアプロが、アウロ・ペルニカを旅立ったときに、襲いかかってきたシャキュヤの……。


 「…ア、アコ……だめ、父が…ガルベルグが……みてる…」

 「みてる?ガルベルグが?どういうことで…きゃぁっ?!」

 「アコ!」


 ことのほか強い力でわたしを突き飛ばしたベルは、気分が悪くて立ち上がることも出来なかったとは思えない勢いで立ち上がると、その真っ赤な両の瞳を隠すこともせず、そして唇を噛みしめてから、こう言いました。


 「……ごめん、アプロ、アコ。それと……マイネル、ゴゥリン」

 「ちょっ…おい待て!どういうことだよ!」

 「私は…やっぱり、ガルベルグの道具…に過ぎなかった……」

 「ベル!」

 「ベルニーザ!!」


 アプロとマイネルが名を叫び、その身を押し止めようと手を伸ばしましたが。


 「だめ、私のこの目を通して、今見てる、来る…あ、ぐっ…」


 それを避けて後ずさったベルの背中の空間が、裂けていきます。縦に、長く、高く。

 ピシリピシリと音すら聞こえてきそうな、まるで空がヒビ割れるように裂け目は広がってゆきます。


 「下がれ!」


 ゴゥリンさんの太い腕につかまれ、その背中に追いやられたわたしはそれでもベルの変貌から目を離せず、そして胸を掻きむしるように苦しみ続けるベルを見て必死に名前を叫ぶしか出来ません。


 「ベル!どうしたのしっかりして!!」

 「みんな離れて!アプロも…」

 「うるせえっ!アコを近づけるんじゃねえぞゴゥリン!」

 「アプロっ!!…無茶しないであなたまで…」

 「いいからっ!」


 え?とわたしを戸惑わせた怒鳴り声と共に見えたアプロの横顔は、確かに笑っていました。

 マイネルもゴゥリンさんも気付いていたと思います。じりじりと後ろに下がりながらも、胸から肩を両手で抱いて、体を半分に折って苦しみ続けてるベルを見下ろすアプロが、コイツは私の友だちだから、任せとけ、自信たっぷりに笑っていたのを。


 「…おい、ベル。そのザマはどーいうことだよ」

 「……くっ、こない、で……」

 「そうは行くか。これから何が起こるのかわかんねーけど…おめーがいなくなるとアコが悲しむんだよ」

 「う、うう……グブッ?!」


 ひときわ大きな苦悶の声。

 ですがアプロは全く動じた様子もなく、そして跪いて震えているベルの傍らに膝を立てると、その肩に手を乗せて続けました。


 「私だってイヤだぞ。魔王の娘だかなんだか知らねーけど、こうして一つのものを取り合って何度もケンカしたじゃねーか。ようやく…ようやく、取り合うこともせずに、一緒に愛せるようになったんだ。アコを、おめーを。私は同じくらいに…いんや、それだとアコが嫉妬するから…アコの方をちょっとだけ余計にだけど、愛しているぞ」

 「……なに、それ…」


 ふふっ、とベルが笑ったように見えました。いまだ赤く染まったままの瞳はきっと、細められていることでしょう。


 「だからまあ、今おめーを失うくらいなら…その、私たちを守るために必死に留めてるモン、出しちまえ。出して一緒にやっつけようぜ?」

 「……アプ、ロは…私の、決めたことを……いつも、いつも……台無しに……する…」

 「それでおめーまで壊れたら、それを見過ごしたら一生後悔してしまうよ。私もアコも。だから、いいよ」

 「アプ……ロ……ごめん…」


 そしてベルは、気を失ったように震えることを止めました。

 わたしたち三人の視線は当然、そこに注がれていましたけれど、くるぞ、とだけ呟いたアプロは立ち上がり、今しも天の一番高いところに届くかとも思われたヒビを睨み見上げているのです。

 …そこから何が現れるのか、知っているかのように。


 「……あ、あれ………なんです…」

 「………」

 「……なんだよ、それ…」


 呆然と、ソレが姿を見せるのを、見るだけしか、見上げるしか出来ませんでした。



 「────────ッッッ」



 声なき咆吼と共に姿をあらわした、のは。


 「……それがてめーの、この世界に対するときの姿ってワケかよ、ガルベルグ」


 この臆病モノめ、と吐き捨てたアプロの声も耳に入らず、ただただ、見上げるのみです。…山のような大きさの、ドラゴンそのものを。

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