第188話・そしてわたしの旅路の果てに その7

 「なんだよあれっ!」

 「ドラゴンですよ見たこと無いんですかファンタジー世界の原住民のくせに!」

 「言ってる意味が全っ然分からないんだけどっっ!!」


 取り乱したマイネルを怒鳴るわたしも大概です。生まれで言えばマイネルよりよっぽどファンタジー寄りのハズななのに。魔王に作られたとか。

 …じゃなくて!


 「それよりドラゴン知らないんですかドラゴン!あのでっけぇトカゲのことですよ!」

 「だからその『どらごん』てのが何なのか分からないんだよ!大きなトカゲって言われたって見たままじゃないか!」

 「…いいから逃げるぞ!」

 「がってんです!」

 「あちょっ二人ともっ?!」


 気を失ったベルを右の肩に担ぎ、左の腕でわたしを抱えると、ゴゥリンさんは現れたドラゴンに背を向けて有無を言わさず駆け出します。マイネルが置いてけぼりを食らわされぬよう必死に追いかけてくる声も分かります。

 そしてアプロは…。


 「アプローっ!無理しないで適当に一、二発カマしたら逃げてきてくださいねーっ!」


 首だけで振り返ってそう声をかけたら、


 「無茶言うなーっ!!」


 って。

 まあそりゃそうでしょうけど。

 ともかく、どれだけ逃げればいいのか見当もつきません。まずは物陰にでも隠れれば、というつもりなのかゴゥリンさんはやや大きめの岩陰を選んでもぐりこみ、ベルをそっと下ろしてわたしをポイッと放り投げます。その、文句はありませんけどもー少し丁寧に扱ってもらえればー。


 「はあっ、はあっ……何が起こるってんだい、もう!」


 一方のマイネルは息せき切って、という有様。少しは片眉も動かさないゴゥリンさんを見習ってください、と言いかけて、わたし自重。考えてみればわたしが気をうしなっげる間に大概な目に遭ってたんですから無理もありません。

 いえ今はそれよりもアプロの方を、と陰から頭を出してそちらの様子をうかがった時でした。


 「────ッッッ!!」


 声にならない叫びを上げて、アプロがちょうど剣を振るったところでした。わたしは慌てて首を引っ込め、続くだろう衝撃に備えます。

 だってそれは呪言を伴わない、完全に剣と一体化した時に振るわれる力。

 そこらの魔獣などものとはしない、アプロ最強の力。きっとこの辺りの地形を変えてしまうくらいの、それでもアプロにとっては当然でしかない力。

 それが放たれたのですから、いくらガルベルグの力として現出しただろうドラゴンだってタダで済むはずがないのです。

 世界が真白に染まったと思えるほどの、光の咆吼。地鳴りのような轟音。続くのはもちろん、わたしたちが身を潜めた岩までも根刮ぎはぎ取ってしまうような勢いの爆風。

 そんなものに必死に抗って、ようやく音も絶えたと思い、わたしはどうにか原型を留めていた岩から顔をのぞかせます。場の緊迫感を完全に無視して、ひょい、って感じに。

 だって、あのアプロが本気の本気出したんですから、ドラゴンくらいぽぽいって倒してしまったって当たり前じゃないですか。

 だというのに。


 「…………うそ…」


 そこに見えたのは、悪のドラゴンと、それを討ち果たさんとする勇者の対峙。

 そんな立ち位置の一人と一体が、力が放出される前と全く変わらずそこに在りました。

 地形がまた変わったので光景は見違えてしまいましたが、それでも、アプロとドラゴンは変わらず立ち会う姿のままでした。


 「何があったんだよ!」


 少し遅れてマイネルも、わたしの隣で首を伸ばしアプロの様子をうかがいます。

 

 「だって、あれ……」

 「あれって……」


 わたしの反応に焦れでもしたか、苛立たしげな声色のマイネルも隣で首を伸ばし尋ねてきました。

 わたしは震える指をアプロの背中に指し向けて、やっぱり震えた声でこう言います。


 「なんで…なんでアプロがめいっぱい撃ち込んだのに平気なんですかあのドラゴンはっ!!」


 じっくり見たわけじゃありませんから、本当にそうなのかは分かりません。

 ですが、少なくとも、これまでの魔獣のようにアプロによって薙ぎ払われたり打ち倒されたりということは全くなくって、遠目に見ても傷一つ負ったようにも見えないのです。


 「………もしや幻想種というやつではないか」

 「幻想…種?なんですそれ」


 ベルを担いだままのゴゥリンさんもわたしの隣に来て、聞き慣れない単語を口にします。


 「…そういえば聞いたことがある。魔獣は基本的に、自然に生きてる動物を模したものがほとんどなのに、希にどの動物にも似てない種類が現れることがあって、教義にも記述があるんだ。それを一部で幻想種って呼んでいるんだけど…もしかしてあれがそうなのかい?」

 「………わからん。だが見たことのない生物なのは確かだ」


 …アプロはあれをガルベルグに見立てて、いえガルベルグそのもののように言ってました。

 この世界にない生き物、ドラゴンは実在こそしませんが地球世界では想像されていたもの。ガルベルグがそれを知っていてもおかしくはありません。

 なのだとしたら…幻想種、というものはガルベルグが地球の生物や、想像上の生き物を象って、この世界に降ろしたもの…?


 「考え込んでる場合じゃ無いよアコ!」


 あ。そ、そうでした。とにかくアプロの一撃でダメージを与えられない存在を相手にして、今のわたしたちがどーにか出来るはずもありません。

 ……いえ、それより。

 わたしはイヤな予感がして、飛び出しかけたマイネルの腕を掴んで言います。


 「なにするんだよアコ!僕らじゃ助けにならないかもしれないけど、せめてアプロも逃げる時間を稼ぐくらい…」

 「マイネル…あれがガルベルグの生み出したものだとして、攻撃手段ってどうなってると思います…?」

 「え?」


 聖精石を用いた常識外れの攻撃は、これまでわたしたちが一方的に使ってきました。

 魔獣たちは単純な力は人間とは比べものになりませんし、また数に物言わせてきましたからそれでもこちらは簡単に戦ってこられたわけじゃありません。ですが、魔獣の側が聖精石…というか、石の力をもっと攻撃に集約してわたしたちを攻めてきたこともないんです。

 でも、ガルベルグの意志と力が強く反映された、この世界の生物とは無関係な「幻想種」とやらが振るう力に石を用いたものがあったとして、それがアプロやわたしたちの上に降されたとしたら…どうなるんです?

 あの体躯から放たれる力が、その巨体に相応しい圧倒的な力だけであるのかもしれない。けど、アプロの力を防ぎきったドラゴンが、そのアプロの力と同等のものを持っていることだって、あり得るんじゃないですか…?


 「………拙い!」


 ベルを背負ったまま、ゴゥリンさんは岩陰を飛び出します。

 そうです、あのドラゴンが、今までアプロや人間の側が用いてきた強力な力を備えているのだとしたら、それを防ぐ手立てはわたしたちにはありません。


 「アプロ逃げてーっ!!」


 たまらずわたしもゴゥリンさんを追います。その背中に負われたベルは、まだ気を失って…。


 「………う」


 いえ、気がついたようでした。ゴゥリンさんに負われながら霞む頭をハッキリとさせいようとするかのように首を振っています。

 でもそれどころじゃないんです。ドラゴンの攻撃が、これまで人類だけのものであった聖精石の力に等しいものである可能性に思い至っては、ここでわたしたちが全滅させられることだって…っ!


 「…こんんんの、クソトカゲがぁぁぁぁぁっっっ!!」


 呆けたように身動きしなかったアプロが、完全に頭に血が上ったかのような絶叫と共に剣を高く掲げました。

 あるいは先ほどの一撃以上のものを放とうとするのか。その背中に手を伸ばそうとしてるわたしたちに気付かずにそうしてしまったら、今度は巻き込まれるだけじゃ済まない。


 「アプロ待ってーっ!!」


 必死にあげたわたしの声に、アプロが振り返ります。その顔は「引っ込んでろバカ!」と言いたげでした。けれど、それが隙になった、と言わんばかりにアプロの対面していたドラゴンは長い首を高々と持ち上げ、そして喉の辺りには不吉な光が帯びています。

 きっと、その裂けたように大きな口がこちらに向けられ開かれたら、わたしたち全員をこの世界から消失させてしまう何かが撃ち出される。

 確信は何の助けにもなりません。もう、どうしようもない…でも、アプロの側にだけは…っ!


 「アコこっちに来るな……なにぃっ?!」


 伸ばした腕の先にあったアプロが、気配を感じてかドラゴンの方に顔を向けました。

 きっとわたしの覚えた絶望と同じものを、その先に見たのかもしれません。


 ドラゴンは、首を降ろして顔をこちらに向け、顎を大きく開いて、もう終わるところです。

 喉の奥にある、赤黒い光が目に入りました。それは瞬の毎に明るさと大きさを増し、それに気付くと同時に口から放たれました。


 「アコぉ──────っ!!」


 それから一瞬たりとも目を離さぬアプロの、絶望的な絶叫そのものが響きました。


 ドラゴンの殺意は、わたしたちとの間の距離を詰めてきます。そんなことが見えて、理解出来るほどにわたしの頭ははっきりと働いているというのに。

 数多くの第三魔獣を手玉にとってきたわたしの力はこんなとき何の訳にも立たずに。


 「………!!」

 「…くそっ!」


 隣を、後ろを駆けるゴゥリンさんとマイネルの後悔の声だけを共にして、わたしたちは消し炭にされるのだと「納得」してしまった瞬間。


 「…させないっ!!」


 どこからか聞こえてきた涼やかな、けれど強い意志を感じさせる静かで熱い響きが耳に届いたと思うと。


 「─────」


 「ひぅっ?!」

 「…ぐっ」

 「うわぁっ!」


 例えようのない、ただ圧だけを感じる音のような、光のようなものに一瞬包まれると。


 「…あ、ああ……」


 ドラゴンの吐いた絶望の光弾がアプロに届くほんの寸前で、塊だったものが霧とでもなったかのように、散じてゆくのをわたしはこの目で見ました。


 「……っ、た、助かった…の、かい……?」


 目を逸らすことの出来なかったわたしと違い、マイネルは頭を庇っていたのでしょうか、顔の前にかざしていた両腕を解いてそんなことを言います。


 「助かったと言えるのはこれからの行動次第ですよ!ベル、今のまだ防げるなら頼みます!マイネルは後ろ向いて!」

 「え?え…?っていうかベルニーザが何をやっ」

 「ボケッとしてないで!振り返ったら走る!」

 「うっ、うん!」


 とにかく逃げないといけないんです。

 この中では一番身軽そうなマイネルを先導させ、わたしはドラゴンをまだ憎々しげに見上げているアプロのところへ行くと、


 「あなたも早く逃げるんですよっ!」

 「でもっ!!」

 「デモももーろくもねーんです!次が来る前に…わひぃやぁっ?!」

 「アコ!」


 巨体のドラゴンは、その体を軽く動かすだけでもわたしたちには単純な脅威になります。わたしを狙ったのかは分かりませんが、振るわれた尻尾からは、辛うじてアプロが腕を引いてくれたことで逃れられます。


 「これで分かったでしょう!剣の力が通用しないんじゃやれることなんか無いんですから一時撤退して策を練るなりなんなりしないと!」

 「でもっ!!」


 もうそれはいーっちゅーねん、と無理矢理アプロの腕を取って引きずってきます。普段ならそれくらい振り切ってまた無茶に奔るアプロなのでしょうけど、ずぇったい離すもんかと強引に引っ張ってわたしの本気を見せつけたおかげか、もう一度だけ躊躇したアプロも「くそっ!」と悔しそうに一言罵ってから素直についてきました。

 …それで安心してしまったわたしもなんだかな、と思います。


 「…でも最後にもう一発だけ!顕現しやがれこん畜生!!」

 「え、あ、ちょっ?!」


 わたしの腕を振り解いてヤケクソ気味に横薙ぎに一閃するアプロ。

 その一撃は光弾を生んで、やっぱり無駄な一撃に…。


 「っしゃ!一発喰らわしてやったからもういいぞアコ!」


 …ならなかったのです。

 ドラゴンの足下に着弾した呪言の一撃は大きく地面を抉り、それによって跳ね飛ばされたのは小石どころではなくちょっとした岩のサイズ。

 それらがいくつも爆発の勢いを保ったままドラゴンに当たり、ためにその巨体はぐらりと揺れて逃げだそうとしていたわたしたちを見失ったかのようでした。


 「逃げるぞ!」


 その隙を逃がすアプロじゃありません。

 今度はわたしの腕を掴んで先頭切って走り出します。もちろん本気を出したアプロの足に敵うわけも無く、わたしは転んだらそのまんま引きずっていかれそーな勢いで先刻と全く逆に、引っ張られていきます。


 「アプロ!アコ!」


 逃げ出すわたしたちの先頭にいたマイネルが呼びかけています。とにかく今は距離をとるしかないのです。

 必死には、後ろも見ずに走るわたしの背後でドラゴンがどうしていたのか…それは分かりませんでしたが、どれくらい駆けたのかも分からずようやくひと息ついた頃には、ドラゴンの姿は見えなくなっていたのでした。

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