第15話・雨垂れる、休日の

 雨期、というほどのものでもないものの、今日は朝からずっと雨が降ってます。

 というかこちらに来てから朝から昼まで雨、ってそんなになかったような気もするんですけど、そこの辺どーなんでしょうね、地元のひと。


 「アプロー、この雨夕方には止みそう?」

 「んー?んー……」


 わたしのベッドを占領して何やら読みふけってるアプロです。なんともまあ、優雅なことで。着ているのが下着の上のスリップだけ、ってことを除けばですが。いくら女の子しかいない部屋といっても、あなたお姫さまで領主さまでしょーが。もう少し威厳とか立場とか考えません?


 「んー」


 …言っても無駄みたいですね。さっきから何を真剣に読んでいるのやら。

 わたしは放置を決め込んで、手元の作業に戻ります。今日は落ち着いた空気の中、趣味と実益を兼ねた針仕事です。いつもの生産性皆無な作業ではありません。えへん。




 わたしたちは、なんだかなー、な状態のゴゥリンさんとの旅を終え、励精石は手に入れました。今は石の精製をギルドにお願いしているところです。それが終わったら今度は聖精石としての形にして、呪言を鋳込む、とかいう作業になるのですけど、わたしの出番まではもー少しあるようなので、ここ数日はこうして部屋で過ごしているのでした。


 ちなみに毎日アプロが転がり込んできてるんですけど。仕事どーしたんですか、あなた。


 『やることないし、コレでも読んでろって言われたからさー』


 …なんてこと言ってましたけどね。まあ平和なのはいいことです。


 雨のしたたる音をいー感じのBGMにしていると、指の動きも捗ります。

 そういえば音楽ってこの世界にあるんでしょうかね?地球ならどんな地域にも音楽はあったものですし、普通に考えれば何かしらあって当然だと思うんですけどね。

 特にこの世界には聖精石なんてー便利なものがあるんです。アレ使って音楽を奏でるとか、いろいろやりようがあると思いますよ。

 え、自分でやらないのかって?

 やるわけないでしょーが、あんな面倒なこと。音楽は聴くに限ります。でも別に音痴なんてことはありませんので、念のため!



 などと取り留めも無いこと考えながらやってましたら…うん、終わりです。型紙作りから三日もかかりましたけど、仕方ないですね。慣れない布でしたし。

 でも初挑戦にしてはいい出来栄えなんじゃないでしょうか。


 「ん?アコ、なんだそれ」


 自分の仕事に満足していたら、アプロが体を起こしてこちらを見てました。


 「あら目が覚めましたか、アプロ」

 「寝てないよ。ちょうど一区切りついたところ。で、それなんだ?」


 今出来上がったばかりのものを、アプロは興味を隠せない風にまじまじと見つめます。ふふふ、神の針子、神梛吾子の最新作を真っ先に手に取れるとは、光栄に思うがいいです。


 「ご託はいいから。で、何作ったんだ?毎日熱心にやってたけど」

 「ようやく出来たんですからもう少し感動にひたらせてもらえません?まあいいですけど。はい」

 「ん。…なんだこれ?」


 アプロに手渡した縫い物は二つ。そのうち形の単純な方をアプロは広げて、顔の前に掲げます。三角形の、その布を。


 「パンティとブラジャーです。ドロワーズじゃあ味気ないので、作ってみました」


 そうなんですよね…上着とかズボン、スカートなんかは別にこの世界のでも不満無いんですけど、下着だけはどーにも我慢がならなかったのです。

 パンツなんか、カボチャパンツなんて可愛いものじゃなくて、もー歴史の教科書にしか載ってないよーなズロースですよ。ドロワーズとも言いますけど。

 ブラジャーに至ってはそれっぽいものもなくて、下着用の上等な布をチューブ状にしてさらしのよーに巻いてましたもの。それで充分用が足りてしまうわたしのひんそーな体つきについてはともかく。


 なので、この世界に来てからずっと研究してたんですよね。布だけは如何ともし難いものの、せめて形だけでも同じものを作れないかー、って。

 まあ最初はどーにもならなかったんですが、先日とーとー踏ん切りをつけて、この世界に来た時に着用してた自前のを、バラしました。バラして、型紙作りました。失敗したら泣くに泣けなかったでしょーねえ…わたしの日本での思い出が、また一つ消えてしまったわけですし。

 ていうか、下着に込められた思い出ってなんなんでしょう?


 それはともかく、パンティは大体同じものが出来ましたけど、ブラジャーは流石にきびしーですね。ゴムは似たようなものを見つけられたものの、ブラの留め具や針金の類が手に入りませんでしたし。あー、そういえば地球の昔は鯨のヒゲとか使ってたんでしたっけ。代用品、探してみようなかあ……って、


 「あ、アプローっ!何やってんですかあなた?!」

 「え、なにって。形からして下着だと思ったから、着てみようかなって」

 「だからといっていきなり裸にならないでくださいっ!!…あとサイズが合いませんってば。これ、わたし用のですし」

 「えー…」


 スリップを脱いで下のパンツだけになってたアプロがつまらなそうにしてます。ていうかなんなのこのないすばでぃー…。

 顔を覆った手の、指の間からのぞくアプロの体は、なんとも眩しいものでした。わたしには手に入れられないもの、とゆー意味で…ちくせう。


 「仕方ないなー…アコ、そのうちでいいから私の分も作ってくれないか?」

 「んー、まあいいですけど採寸して丁度いいサイズのものを作れるようになるまで、まだ何度か作らないと無理ですね。下着作るのは初めてでしたし」


 というか身につけるものを作ること自体、この世界に着てから本格的に始めたわけですし。わたし、裁縫って言ったってパッチワークが主な作品でしたから。

 型紙作りだっておばーちゃんの見よう見まねでしたものね。人間、必要になればなんでも出来るよーになるものです。


 「…で、アプロ?自分の下着をそうじろじろ見られるのって、あんまり愉快じゃないので程々にしてもらえません?」


 出来上がったばかりのものを、引っ張ったりたたんだり、ランプの光に透かしてみたりと、いろいろやってるアプロでした。


 「うーん…アコ、これさあ、商売に出来ないかな」

 「商売…って言われましてもね。わたしこんなもの大量生産するよーな技術ありませんよ?」

 「別にいっぱい作る必要無いだろ。欲しいひとだけを相手にして、山ほど金取って。いいものなんだろ?」

 「まあ、多分。この世界の下着に比べれば。けど着てみもしないでいいとか悪いとか、分かるものなんですか?」


 使ってる布の量を考えたら下着としては頼りないもの、って思われても仕方ないと思うんですけどねー。


 「分かる分かる。だってさ、アコがこの下着着てた姿、すごくキレイだったもんな」


 固まるわたし。そしてどーにか頬が紅潮するのを抑えられたのは、我ながら見事でした。


 「…えと、お褒めに預かってこーえーですけど、アプロには負けますって。もうね、アプロの分もそのうち作ってあげますから、ちゃんと着てみてくださいね。はい、片付けますから返してください」

 「あー、だから私は後でいいって。アコが着てて。で、キレイなところ私にいっぱい見せて」


 なにいってんでしょうかねこのこはもーわたしにそんなおせじいったっていっせんにもならないですよもうそんなにとしうえをからかうもんじゃなりませんってばていうかおんなのこにほめられたってうれしくないこともないですけどおきもちはいただいておきますねおほほほあとそこまでいうならまあこれはしさくひんなのでちゃんとつくったものをいずれひろうしてあげますからたのしみにしててくださいね、っと。


 「うん。楽しみにしてる」


 …アプロの、にっこり。ずるい。



   ・・・・・



 「ところでアプロは何読んでたんです?なんだかえらく熱心でしたけど」

 「あー、大したものじゃないけど。はい」

 「…読めません」


 差し出されたのはゴワっとした紙の束。植物繊維を加工したものとしてはまだ発展途上で、あまり上等なものじゃありませんが、にじんだインク跡ではあっても文字が書かれていることは分かります。

 ただ、わたしには読めないだけでして。


 「それだけ流暢に会話が出来てまだ字が読めないってのも不思議な話なんだよなあ」

 「会話が出来ることと読み書き出来ることは別ですよ。そもそもわたし、どーしてアプロと会話出来るのか、まだ分かってないんですから」

 「だよなあ。それで文通は出来てたんだから、どういうことなんだろ」

 「ですねえ」


 そうなんです。

 やりとりしていた手紙では、アプロからのものは日本語で書かれていましたし、アプロに聞いたところわたしからの手紙はこちらの文字で書かれてたらしくて。

 一体誰の差し金なのかは分かりませんし、ただの偶然みたいなものかもしれません。けれどそれがわたしとアプロの縁を繋いだのだとしたら、今のところは…日本に帰れない現状と合わせてプラスマイナスゼロ、ってところでしょう。わたし、大甘ですね。


 「ごちそーさま。街での食事はアコの方が上手いなー」

 「はい、お粗末さまでした」

 「粗末なんかじゃないぞ?実際美味しいと思うし」


 …謙遜が通用しなくてかみ合わないことがあるんですよね、時々。でもその度にアプロは、ちゃんとわたしのことを褒めてくれるので、得をした気分になります。


 下着についての騒ぎはともかく、お昼の時間も大分過ぎてましたので、この部屋で食事にしました。外も雨が降ってましたしね。ちょうど前回使わなかった干し肉が余っていたので、わたしの勝手でスープとかにしてしまったのでした。アプロの反応を見た限りでは、初めてにしては上手くいったんだと思います。


 「で、結局その紙の束は何なんです」

 「あ、そうか。説明してなかったっけ。えっとな、この街の産物とか物流とか税金の資料」

 「……なんて?」

 「だから、領主として知っておかないといけない情報」


 うそだッッッ!!…じゃなくて、まさかあのアプロが真面目に仕事してたとわ…。

 思わずあんぐりと口を開けて古びた紙束を見てるわたしに、アプロはニヤーっとした笑みをよこします。


 「ふふん。いつもこの部屋で遊んでいるばかりじゃないぞ、私は。これでも領主の身として多忙であるのだ」

 「…もー少し粘れればよかったんですけどね。あっさり化けの皮がはがれる辺り、アプロも詰めが甘いです」


 たぼーな領主さまが、しょっちゅう酒瓶抱えて遊びに来たりするもんですか、もう。

 ちなみにこないだこの部屋でクダ巻いたことで、ここでは飲酒禁止にしました。アプロがお酒飲む度にあんなこわい目にあってたまりますかって。


 「まあでも、ちゃんとお仕事してるみたいで安心しました」

 「…なあアコー。仕事してるご褒美にここでお酒飲んでもいいだろー?」

 「ダメですってば。大体アプロまだ子供じゃないですか。本来ならお酒なんか飲んだらいけない年齢なんですよ?」

 「アコの世界の常識を持ち込まれてもなー」

 「何と言おうがダメなものはダメです」


 ま、本当は一つだけ条件をクリアすれば、認めてあげてもいいんですけどね。


 「お酒飲んで日頃の面倒をしばし忘れるくらいいいじゃないかー……」


 あの時、酔った勢いでわたしに何をして何を言ったか。ちゃんと思い出さない限り、許してあげませんから。


 結局いつもの通り、甘えているみたいなアプロの愚痴に夕方近くまで付き合う休日なのでした。

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