第14話・獅子身族の掟 その3
…だってですね。
高さで言えば、十数メートルはある左右の壁の、上の方に、なんかもういかにも
「女豹!」
…って感じのネコ科の頭をした人影がいくつもあって。
しかもなんですか。人間基準でいえばさっぱり色気はないのですけど、なんだか科を作るよーに、おいでおいでー、みたいな仕草してるんです。
「色仕掛け?」
「…のつもりなんだろうなあ。獅子身族にしてみれば効果があるのかもしんないけどさ。で、ゴゥリンどーす………」
わたしのうしろでぼやいてたアプロが、ゴゥリンさんの背中を見ながら絶句してます。
「え、アプロ?どうかし…」
「………(フー、フー)」
「え?」
振り返っていたわたしの耳に、荒い息づかいの音が聞こえました。それは、方角からすると間違い無く、ゴゥリンさんの方角からのもので。
「……えっと、アプロ」
「ああ」
そちらから目を離せないでいるわたしたち二人は、確信的ではあっても認めたくはないことを確認するように、声を交わすと。
「ゴゥリンさんて、旅の間中…」
「ああ…人間相手にもよおすわけないから…」
「禁欲生活してた、ってことに…」
「なるんだろうなあ…」
脱兎の如く駆け出したゴゥリンさんの背中を、ぼーぜんと見送るしか出来ないのでした。
ていうか色仕掛けめっちゃ効いてるじゃないですかっ!グラセバさんすこぶる策士です!!
「おっ、おいゴゥリン戻ってこいってば!罠だよそれっ?!」
いや多分ゴゥリンさんも理性では分かってると思うんですけどきっと本能には逆らえないとかそんな具合なんですきっとっ!……ってわたしの擁護も怪しくなるよーな勢いで、ゴゥリンさんは崖を這い上っていきます。ああ、あんな姿のゴゥリンさん見たくなかった…頭を抱えるわたしでした。
「言ってる場合じゃないよアコ!とにかくあいつを止めないと…」
「っていってもどーするんです。アプロはともかくわたしこんな状況で役に立つ能力なんか持ってませんよっ?!」
「ああ、ああ…どうする、どうする……そうだアコ、一つだけあった!」
「え、なんです?この際なんだって協力しますよ!」
「色仕掛けには色仕掛けで対抗だっ!アコ…脱いでく痛ぁっ?!」
「とんでもないこと言わないでください!効果あるわけないですし逆に効果あったら明日からわたしゴゥリンさんと一緒に旅出来ませんよっ?!」
大体、色気ならわたしよりアプロの方があるでしょーが!…とはプライドにかけて言えないのでした。我ながら安いプライド…。
「ああもう、だったらどうすれば…」
「ことこーなったらもう力尽くで止めるしかありません!アプロ………飛べ!」
「…ううう、仕方ないなあ、もう」
あれ?冗談というか勢いで「飛べ」とか言ったのに、まさか飛べるんですか…?いくらファンタジーで何でもありって言ったっていくらなんでもそれは…。
って、思う間も無く、アプロは自分の剣を鞘から抜きます。そしていつものごとく、呪言を開始しました。
それを聞いてしまうと、まさかとは思いつつも止めざるを得ません。ですが…
「あの、アプロ…?いくら腹が立ったからってゴゥリンさん叩っ斬るのはちょっと待った方が…」
というわたしの忠告は、いつもよりだいぶ短く終わった呪言の締めで中断されるのでした。
「顕現せよ!…で、アコ。ついてこい」
「え?」
おかしいな、と思う間も無くわたしの胴に腕を回したアプロは、弾丸の勢いの如く崖の上に向けて発射されます。当然…わたしも一緒に。
…あの、この世界に来てもう大概のことには驚かない自信はついてたのですけど。
まさか、生身で空を飛ぶことになるとは思いもよりませんでしたよっ?!
「着地するぞ!アコ、舌噛まないように歯を食いしばれ!」
言われるまでもありません。ていうか実はこの時わたし、気絶してました。崖の上に飛び出た瞬間気を失って、着地の衝撃で目が覚めたのですから、時間としてはごく短かったはずですけど。
ともかく、気付いた時には崖の上の少し広さのある台場で、ゴゥリンさんに剣を突き付けているアプロの足下が目に入ったのでした。
「よし!おいゴゥリン、バカやってないで帰るぞ!お前は二十年ぶりに目にした女くらいで正体を失うような男だったのか?!」
あのー、人間の男性だったら結構きっつい状況だと思うのですけどね。男盛りが四、五年も女性に接することが出来ないとかって。
…なんて、アプロに言っても仕方無いことを思いつつ、きっと先に崖を登ってきていただろうゴゥリンさんの姿を探し求めます。
いました。
ヤってました。
…え?
わたしは自分の目を疑いましたが、間違いはありませんでした。
ええ、もう、盛大に。
わたしの目が点になるくらいの勢いで、ゴゥリンさん、腰振ってました。
四つん這いのお相手に、後ろからもんのすごい勢いで、腰振ってました。
あの、いつも穏やかで物静かで、落ち着いたゴゥリンさんが。
一心不乱に、腰を振ってました。
わたし、この光景を、生涯忘れることは、ないのでしょう…残念なことに。
「ゴゥリン!!」
一方、ショックを受けて動けないでいるわたしを他所に、アプロは苛立たしげにゴゥリンさんの揺れる背中に怒鳴りつけます。もしかして何をしてるのか意味分かってないのでは。
「あのあの、アプロ?ちょーっと、そっとしておいた方が、いいのでは…?」
今にもゴゥリンさんのもとに駆け寄ろうとしていたアプロの袖を引き、止めるわたしです。なんてゆーか、教育に悪いし。
「え?何言ってんだよアコ。あいつ私たちのことほったらかしにして女にうつつ抜かしているんだぞ?文句くらい言ったってバチ当たったりしないだろ?」
いえその、いまリアルタイムにうつつ抜かしている場面をお邪魔したらバチは当たらなくても馬に蹴られそーで。わたし達馬に乗ってきてるのに不吉極まり無いじゃないですか。
「いえ、文句はことが済んでからでいーですから、とにかく今はその、ゆっくり休ませてあげましょう?ゴゥリンさんも疲れてるようですから」
「いや疲れてるっていっても、あいつあんなに元気いっぱいじゃないか」
そりゃそーなんですけどねっ!…と、絶好調のゴゥリンさんに向かい剣を指して言うアプロに、内心でツッコみます。ああもう、わたしホント、どーすればいーんでしょうか…。
途方に暮れるわたしでしたが、幸いにしてコトはすぐに終わりました。
なんだかぐったりしてしまった女豹のお方を置いて、ゴゥリンさんは立ち上がっています。あー…どうかこちらに体を向けませんよーに…。
わたしの精神安定とアプロの健全なきょーいくのために祈るわたしです。
そしてその祈りが通じたのか、ゴゥリンさんは立ち上がった姿勢のまま、呼吸を整えるだけでした。ああ、これが何かをやり遂げた男の背中…。
そんな風に感心するわたしです。アプロの方はどーだか分かりませんが…。
ともあれ、そーして男を
ゴゥリンさんは。
「…………(せっせ、せっせ)」
二回戦をおっぱじめやがったのでした。
「いい加減にしろぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
…ですよねー。
・・・・・
「はあ、種を残さないといけない、と……」
教えてもらえれば至極真っ当というか納得のいく話ではありますが。
あの後、アプロの跳び蹴りで我に返ったゴゥリンさんでしたが、後日確かめたところご自身では何をしていたかよく覚えていないようでした。それだけはげしー衝動だったのかもしれませんけど、アプロ曰く「発情期だったんじゃねーの?」とかなんとか。
まあ今はアプロの渾身のツッコミで気を失ったままでいて、その虚実を確かめるわけにもいかないので(いかないので!)、真実はきっと闇に葬られることでしょう。
「ゴゥリンは長の血筋として必要な、もっとも獅子身族の始原に近いものを持っているのでな。長であることを降りるのであれば、血筋は残してもらわなければならなかったわけだ。始原に近き血筋を残すこと、それが掟だ」
「掟はいいんだけどなー、なんか試練とかなんとか勿体ぶったこと言ってたのは、何だったんだ」
「ああ、そのことか。試練を解く必要があるのはゴゥリンの方ではない。女の方だ。ゴゥリンの種を受けて、子を宿さなければならない。それが試練だ」
しょ、しょーもない…倒さなければいけない敵がいて友情とかそーいうもので乗り越えて勝利の凱歌を上げる!…みたいな王道的展開が待ってると思ってたんですけど…。
脱力するわたしと同様、アプロも「やってらんね」みたいに両手両足を投げ出しています。ちなみに今の場所は、最初にお邪魔した岩屋の応接間でした。
「で、あと二つほど聞いておきたいんですが」
「ん?なんだ。遠慮せずとももう隠し事などないぞ」
そんな中、慎重に切り出すわたしです。
グラセバさんは妙に上機嫌で、まあきっとゴゥリンさんの…そのー、アレを頂戴するとかいう目的が達せられて満足してるのかもしれませんけど。
でもその隙をついて、聞きたいことはきっちり聞き出しておくのです。
「長の血筋として必要なナントカって、一体何なんです?えらく手の込んだ割にバカな真似してくれてましたけど、そこまでしないといけないことって、よっぽどなんでしょうね?」
すんごく胡散臭いものを見るよーなわたしの視線を、グラセバさんは苦笑しながら受け流します。大人の余裕です。人間基準だとわたしとそんなに歳違わないはずなんですけどね。
「フフ、外の者から見れば馬鹿馬鹿しいかもしれないがな。ゴゥリンの顔の周りにあり、我らには無いもののことだ。あれがあることが、長を継ぐことに必要な条件なのだ」
ゴゥリンさんの顔の周りに…?って、もしかしてたてがみのことでしょうかね。
両手で首のまわりの空間を掻き掻きするわたしの仕草で理解したのか、グラセバさんは多少困り顔で頷いてます。なるほど…。
ただわたしは、グラセバさんが自嘲したよーに馬鹿馬鹿しいこととも思いませんでした。
立場とか培った歴史とか、普段はあまり意識しないことで大事なことが違ってくるなんて、誰にだって起こりうることだと思ったからです。
それから、わたし自身もゴゥリンさんのあのふさふさしたたてがみは嫌いじゃないですからね。確かに今回、わたしとアプロの中では大分株を落とした感はありますけども…。
「いいんじゃないですか。カッコイイですもの、あのたてがみのあるゴゥリンさん」
だからまあ、割と無難な判定をしておくのです。この後励精石を頂いていかないといけないことも忘れない、抜け目のないわたしなのです。
「さぁて、ゴゥリンもそろそろ目を覚ます頃かな。アコ、迎えに行くか?」
自分で蹴り飛ばした関係で、目覚めるまでの時間の見当がつくのでしょうか、アプロがそんなことを言い出しました。
そーですね、なんだかいろいろありましたけど、とても疲れたのでわたしも早く帰って寝たいところです…あー、あと二日ほどまた馬に揺られないといけないのかー…。
「なんだ、もう帰るのか?励精石の方はどうするつもりだ」
「ここに欲しい量が書かれてる。払いは商会の連中に対してより多少色をつけてもいい。ただ、今回限りの取引ということで、頼む」
「ふむ……まあよかろう。運搬はどうする?」
「うちの衛兵をよこすさ」
「承知した」
…なんかえらくあっさり商談終わりましたね。ここまでの間に散々っぱら揉めたのは一体何だったんでしょう。
羊皮紙の取引書だかなんだかが二人の間で取り交わされると、もう用は無いとばかりに出て行くアプロの後にわたしも続きます。まー愛想の無いこと甚だしいんですけど、こればっかりは同感ですしねー…。
「……とっと、忘れてました、グラセバさん、もう一つ」
「………ん?」
わたし、聞きたいこと二つあったのでした。岩屋を出かけた踵を返し、顔だけ向けて尋ねます…って、なんかグラセバさん焦ってるみたいですけど。まーいっか。
「…なんだ?帰るのではなかったか?」
「あーいえ、一番聞きたかったことを。アプロ、先言ってていーよ」
「ん。ゴゥリンのところに言ってる」
「はぁい……こほん」
マイペースなアプロを先に送り出し、グラセバさんに向き直って訊きます。
「…結局、ゴゥリンさんがこの集落を出ようとした理由って何なんです?」
「………」
いかにも答えづらそうな様子のグラセバさん。
何ですかねー、ここでとってもおバカな答えでも戻ってくれば、わたしもゴゥリンさんも救われたのかもしれないんですが、こうもあからさまに口ごもられると…いろいろ勘ぐっちゃうんですよ。わたし、陰険なので。
「…答えられないよーなら、そう言ってください。わたし結構想像力あるほーなんで、勝手に考えますから」
「いや、ちょっと待て…それは……それで困る」
「でしょーねえ…」
妄想なのか正しい推測になるのかは分かりませんけど、わたしがあーだこーだ思ったことをゴゥリンさんと話したりしたら、いろいろ差し障りはあるんでしょう。
まあ、でも。
「ただ、今そうすべきでないというのであれば、やっぱりそう言って下さい。口は堅い方だと思うので、ゴゥリンさんにもあまりヘンなこと言ったり聞いたりしないように、しますから」
わたしは空気読めない方なんじゃないか、ってな感じのことをアプロに言われる今日この頃なので正直自信はありませんけど、そーした方がいいんじゃないかな、って。
で、グラセバさんのホッとしたようなお顔が、多分正解だと証明してるのだろうって、そう思いました。
・・・・・
「さぁて、帰ったらしばらくゴロ寝を決め込みますよー」
「あのさ、アコ。今回の旅の目的忘れてないか?」
「忘れてませんってば。どうせ励精石手に入れたって、精製したり聖精石に仕立てたりと時間かかるじゃないですか」
実験で使った針一本作るのにあれだけ手間がかかるんです。何十本と作るとなると、どれだけ時間がかかることでしょうか。
うふふ、降ってわいたような休暇になりますが、最近出来てなかった個人的なお裁縫でもやりましょうかねー。いろいろいじりがいのある布に目をつけてましてねー。
「そう、時間がかかる。だからアコにも手伝ってもらうからな」
「………え?いえあのアプロ、わたしが出来ることなんか」
「あるぞ?特に聖精石から針に加工するとき、呪言の鋳込みをするのはやっぱり使い手が手掛けた方がいいもの出来るんだ。だから、アコが、やる」
……ちょっ、あの…そんな話全然聞いてないんですけどっ?!
助けを求めるよーにゴゥリンさんの方を見ます。
わたしとアプロの乗っている馬の後ろに、やっぱり騎乗しているゴゥリンさんなのですが、来る時に見たよーな穏やかな雰囲気は変わっておらず、あの時見た光景は一体何だったのかなー、と今でも思うのですけど、それはそれとして助けを求めたわたしには…。
「………ま、アプロの言う通りだ。頑張れ」
と、いくぶん芝居がかった声色と表情で、なんとも無体なことを言ってくれるのでした。
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