第16話・黒金の少女 その1
休日の間のどったんばったんとかわたしの任された用意とか、いろいろありましたが準備は整いました。明日からこの間失敗した穴塞ぎに向かいます。いわゆるリベンジです。リターンマッチです。
英気を養うために、今日一日はゆっくり体を休めることにします。ちなみにアプロは衛兵のひとに、「いいかげんにしてください」と連行されていきました。そりゃあ街にいる間ずーっとわたしの部屋に入り浸っていたのでは、いくら何でも、ってものですよね。
「アコちゃん、お疲れさま。領主さまは今日は一緒じゃないのかい?」
「仕事サボりすぎて強制的に連れてかれました。今頃泣きながら机に貼りついてるんじゃないですかねー」
「それは大変だねえ。後で差し入れでも持っていってあげようかね」
顔見知りになった八百屋のおばさんに声をかけられました。そんなしょっちゅう買い物してるわけじゃないんですけど、やっぱりアプロの顔は広いですね。おまけのわたしまで有名になってます。
あとこーして街のひとと直接話をしていると、アプロがなかなか慕われているのが分かって、わたしとしてもご満悦です。そりゃもう、いい子ですから当たり前ですけどね。ふふふ。
ところで。
旅の間の買い出しも兼ねて散歩していると、街の雰囲気というものがよく分かります。
アウロ・ペルニカ(後で教えてもらいましたが、アプロの名前はこの街から頂いているそうです)は、草原の真ん中の街なのでめちゃくちゃに人が多いというわけではありませんが、励精石の小規模な鉱山があったり、主要な交易路の交差する場所でもあったりして、人の出入りが少なくなく、アプロの施策で通行税なんかも抑えられていて賑わいを見せています。
そして街の構造としては大きくわけて三つ。
一つは商館などが構えられている、街の外に近い区画。ここは一番外部の人の出入りが多いところですね。酒場なんかもあって、この街でもっとも賑わっているところです。ちなみにマイネルのいる教会関係もこちらです。
それから鉱山関係の取引がされる区画。励精石関係のギルドとかはここに集中してます。加工する工場もありますね。
で、もう一つがわたしの部屋やアプロの屋敷がある、いわば住宅街。街の住人の大半はここに住んでて、賑やかな場所からはハッキリと区別されてる、静かなところです。
わたしはそんな住宅街をちょっと出て、商会の立ち並ぶ通りに少し足を踏み入れてみました。
今は大きな商隊は街に入ってないようで、普段からすると静かなものですね。足早に通り過ぎてくのは商館の小僧さんなのでしょうけど、それ以外はゆっくりのんびり、という風情で、目的もなくぶらつくわたしには、おあつらえむきというものです。
「……!」
…と、思ってたんですけどねー。歩く先の角から、何やら言い争う気配です。
まーこの辺は取引でもめる商人さんとか、ひとの賑わいに紛れて悪さするスリだとかがたまーにいるらしいので、そんな感じなのでしょう。
もちろんわたしは近寄りません。軍隊の教練の如き完璧な回れ右で、すぐさま引き返します。アプロの気質が影響してか、わりあい呑気な空気のこの街ですが、地球でいえば外国よりもアレなのです。
「お、ちょっとあんた!待ってくれ!」
…えー、何で向こうから厄介がやってくるんですか。こちらは仲良くしたくないってのにもー。
「待ってくれって!あんた確か領主様預かりの衛士だろ?!」
「違いますよ。アプロのお仕事手伝ってるだけの一般人ですってば」
無視したかったんですけど、アプロの名前を出されたのでは仕方ありませんです。こーいう時有名人は面倒とゆーか…アプロにクレームいくよーな真似するわけにもいきませんし。
「ああ、まあどっちでもいい。ちょっと話を代わって聞いてもらえないか?」
「えー…わたし今日は休みなんですけどねー…衛兵さんの詰め所行ってきてあげますから、勘弁してもらえません?」
人当たりは悪くないものの、押しの強そうなおじさんです。多分無理だろーなー、と思いつつ抵抗してみましたが。
「そんなこと言わずに頼むよ…さっきからこっちの話も通じなくてさ…」
案の定でした。演技でもなく哀れっぽくて、流石に気の毒にはなります。
「…もー、しょうがないですねえ…けどわたしに万一のことがあったらアプロが黙ってませんからね?いいですか?」
「え、あんたえらい強いって話だけど…違うのかい?」
どこから出た話なんですか、それは。身に覚えのないことで持ち上げられたって良いことなんか一つもないんですから、勘弁してくださいよ、もう。
ともかく話くらいは聞いてあげないと解放してもらえそうにないので、こっちだよ、と先に立って行くおじさんの後についていきます。もちろん、何かあったらすぐに逃げ出せるよう、後ろの様子をうかがいながら、だったりしますが。
で、わたしが引き返した角を曲がります。その先にあったのは、おじさんのお店と思われる露店でした。この辺りで荷運びしてる人足のひと向けの屋台みたいですね。お肉の焼ける匂いがします。
その屋台の前に立っていた女性と目が合います。女性、っていうかまあ、少女と言ってもいいくらいかもしれません。長い金髪の側面から、ちょっと長くのびた耳が覗いていて、なんともファンタジーな様相でした。
ただ、わたしを見て値踏みするよーな眼差しにはちょっと腰が引けます。左右の目の色が違うのも、余計に迫力を増してます。あんまり親しくお付き合いしたくないなぁ、と思わせるに十分なくらい、厳しい顔つきでした。
「あー、ほら。ちゃんと払ってくれるもの払ってもらわないと、こっちの人に連れてかれるよ?」
「ちょっ…あのもしかして、無銭飲食とかですか?」
「そうなんだよ…さんざんっぱら食ってくれたのはいいんだけどさ、そろそろ払いを、と思ったら『何だそれは?』とか言ってくれちゃってさ…困るんだよ本当に」
今この場で一番困ってるのはわたしだと思うんですが。そーゆーことこそ警察じゃなくて衛兵の人呼んできた方がいいんじゃないでしょうか。
とはいいましても、まるっきり役立たずと思われるのも面白くはないので、とりあえず意思疎通くらいは図ってみましょう。
「あのー、こちらのおじさんもこう仰ってますし。そもそも経済というのは対価とサービスの交換が基本なんです。おじさん、あなたにご飯を提供。あなた、おじさんに代価を支払う。これこそ美しい人類の知恵。労働力によって無から有を生み出す過程で生じた価値を回す。あなた、幸せ。おじさんも、幸せ。面倒から解放されてわたしも、幸せ。理解しました?」
「(もっきゅもっきゅ)」
…してませんね。ついでにおじさんの視線も冷たくなってきてます。
ケンタッキーのパーティバーレルが入ってるバケツみたいな容器を抱え、骨付き肉にかじり付いたまんまです。
「……説得は失敗しました」
「そんなの見りゃ分かるよ。あのさ、別に商売人の理屈なんか分かってもらわなくていいから、支払いだけしてくれればいいんだよ」
肩をすくめておじさんの方を見ると、疲れた顔でわたしを見て言いました。ぶっちゃけ睨んでるようにも思えます。
…まずいです。このままでは、できる女、というわたしの評価が地に落ちます。せめて役立たずではない、という評価くらいはキープしないと、この街で安心して過ごせません。
「…あのー、あなたどこから来ましたか?保護者とゆーか、お父さんやお母さんは一緒ではありませんか?」
こーなったら、本人を説得するのは諦めて、飼い主…もとい責任者を求めましょう。せめて会話の成立する相手がいないとにっちもさっちもいきません。
なんかこっちを見たまま
でも言葉が分からないのでは、責任者を呼んでもらうのも難しいかしら、と思っていたら、女の子は口いっぱいに頬張っていたお肉をごくんと飲み込み、ようやく意思表示らしきことをしてくれました。
「…父を呼ぶのは構わないが、
…はい?
思わずおじさんと顔を見合わせるわたしです。ていうか何言ってくれてるんでしょうかこの子。
「先程より大人しくしておれば…購うべく対価を引き渡せなど増長にも程があろう。いっそ召し上げてやったのを名誉と思うべきところを、全く…」
「………」
「………」
わたし、おじさん、見事なアイコンタクト。
『深く関わらないほーがいい』
こんなところでしょう。
いえわたしもですね。文通初めて「なんかヘンな子だなー」って思ってた頃のアプロへの印象を、マイナス方向にぶっちぎったよーものを覚えまして。
むしろアプロに引き合わせたら面白いことになるんじゃないかなー、とも思うんですが、そこに至るまでにわたしがしないといけない苦労を考えるとですね。
「……おじさん。いくら払えばいいですか?」
「あー、まけとくよ…あんたも大変だね…」
自腹切って解散したほうがいいかな、と思ったわけでして。幸い、穴塞ぎの報酬としてそれなりのお金はもらってますからね。アプロと教会の両方から。
「まいど。まあ、もらえるものをもらえたなら文句はないからさ。お嬢ちゃんも早くお家に帰んな」
わたしから代金を受け取ったおじさんは店じまいを始めます。さっさとこの場を離れたい気分もあるのでしょうけど、いーとこ稼いだから今日はもう十分だと思ったんでしょうねえ。
その分わたしのお財布も相応に軽くなったわけですけど…というかこの子一人でどれだけ食べたんですかっ?!
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