第180話・反撃開始!! その2
いやいくらなんでも話が出来すぎってもんじゃないですか。
大体今こんな何もないトコで一人で出歩ける場合でも立場でもないでしょーに、殿下。
……っていう文句を呑み込んで、わたしたち三人はヴルルスカ殿下の前で正座させられてました。
勇者と自称魔王がしゅんと項垂れてお説教されてるとか、また随分シュールな光景なのです。
「何を他人事のような顔をしている、アコ・カナギ」
え、これもしかしてわたしも叱られるパターンなんですか?
あのー、今回の件に限って言えばわたし完全に被害者というか巻き込まれただけなんですが。
「「………じー」」
…隣のアプロとその向こうのベルに睨まれてました。
コレわたしの弁解にもの申すというより、一人だけ逃がしたりしないからな、って視線ですよね。そもそもあなたたちがこーして殿下に怒られる原因作ってるんでしょーが。一蓮托生も結構ですけど、せめて同じ扱いだけは勘弁して欲しいところ。
「…とにかく事情は分かった。魔王を称していたベルニーザを説き伏せたことについては見事だ。ガルベルグについてもその者の口から詳らかにされよう。それから異世界の存在をその目で見てきたということも俄には信じがたいが、羨ましくも思うぞ。その上でよく生還してくれた。アコ・カナギも巻き込まれたとはいえ、ご苦労だった」
あれ、見聞きしてきたことについてはちゃんと評価してくださってるんですね。
理不尽な怒り方する方じゃないと思ってましたけど、わたしの信頼に応えてくださってありがとーございます。だからそろそろ解放してください。足の感覚が消え失せてもうけっこー経つんですけど…。
「…だがな、俺がお前達を叱る理由はそれとは関係はない」
え。
そろそろシビれが膝から腿に移行してきて「ぐぬぬ」となってた顔をぽかんとさせて、思わず殿下を見上げてしまいます。
アプロとベルも同じような顔にでもなっていたのでしょう、殿下がなんだか気圧されたように軽く仰け反ってました。
見ると額にうっすらと汗。暑いどころか寒いくらいだというのに、どうしたんですかね。
ちなみに寒い、というのはこの小屋の窓という窓が開け放たれているからです。
というのも、毛布に身をくるんだアプロ、それから殿下の姿を見て慌てて布団に潜り込んだわたしとベルを見て最初驚いていた風の殿下だったのですが、やおら顔をしかめてこう言ったからです。曰く、「…女くさくてたまらん」とか。
そこまでひどいにおいさせてたんですかね。男の人にしか気付かないものでもあるんでしょうけど、ともかく木窓を全部開いて換気して、その間わたしたちは「体を洗ってこい」という殿下の指示に従い、小屋の奥にある水場できゃーきゃー騒ぎながら身を清め(考えたら体を洗ったのが三日ぶりくらい…それは臭うわけですってば。乙女として不甲斐ない)、着替えもなかったので昨夜脱ぎ散らかした旅装やら下着やらを身にまとい(これも乙女的にどーなんですか…)、そしてイライラしながら待ってた殿下が足下を指さし「そこに直れ」と言われ…はしませんでしたが、明らかにそーいう空気を醸し出されながら、お話が始まったのがつい今し方、という現状なのです。以上、説明終わりっ!
「ゴホン…行方不明となり、確かにお前達のことを、国を挙げて探し回ってはいた。もう五日ほどになるか」
あ、それくらいで済みましたか。よかった、もう二、三年経ってたらどーしようかと思いました。
「兄上、その間事態に変化は?」
「良くはなっていないが、特に被害が目立って酷くなっているわけでもない。だが、他国から入る情報によれば、明らかに魔獣の出現範囲は広がっている。我が国を中心としていたものが次第に周辺国に、また大陸全体で見ても明らかに出現する魔獣の数は増えているな。数だけでなく、強力にもなっている」
アプロの真剣な顔に、殿下もしばし政の責任を負う顔にもどり、決して良くもない現状を包み隠さず語ってくれました。
つまるところ、魔王の肩書きをおっていたベルの存在とは関係無く魔獣の出現は続いており、それはベルが今の状況に影響を及ぼしているわけじゃない、ということの証明にもなるわけです。
…って、じゃあ「魔王」ってなんなんでしょう?ベルがその名を背負ってなくとも、あるいはガルベルグがまだ実質魔王として君臨しているのであれば分からないでもないですけど。
「ベル」
「…なに?」
わたしは、間に挟んだアプロの向こうにいるベルに声をかけます。
殿下とアプロもわたしの顔を見て、何を言い出すのか気にしているようです。
「そろそろ聞かせてもらえますよね。ガルベルグの狙い、本当の目的ってものを」
「………」
ベルは目を逸らさずにいます。
そのいつもの無表情の奥にあるものを探ろうとしますが、逡巡というよりはどう伝えたらいいのか迷っている風にも見えて、わたしは答えが返ってくるのを大人しく待ちました。
「……あの」
そして意を決したのか、わたしにではなく殿下を見上げ、訴えかけるように真摯な眼差しを向け言いました。
「……あしいたい。座っても、いい?」
「………」
「………」
…いえその、気持ちは分かりますけどもう少し空気読みましょうよ。
「お茶がありましたから使わせてもらいましたけど」
「いーんじゃない?もうこの際書き置きでもして使わせてもらった分請求してもらおーか?」
アプロはお気楽なことを言いますけどね。この茶葉そこそこお高いものですよ?
保管も専用の密閉出来る銅の容器でしたし、小屋の持ち主のひとはなかなかの風流人とみえます。
まあお茶なんか人間が飲んでナンボのもの。わたしは人数分用意した器をそれぞれの前に置き、自分も席に着きました。
自分で見て回ると、とても小屋とは言えない広さです。立派な一軒家です。
ベッドの置いてあった寝室の他、台所とそこそこ広さのある居間の他、備え付けのベッドのついてる小部屋に鍵のかかったお部屋がひとつ。
貴族の別荘なんじゃないか、っていう当初の予想が当たっていそーですね。
で、わたしたちはそんな居間のテーブルに四人で腰掛けてます。
「…それで、魔王の娘。聞かせてもらおうか。ガルベルグの真意とやらを」
一口お茶を口に含み、一瞬意外そうな満足そうな顔になったあと、殿下は早速切り出します。…割とせっかちですね、殿下も。なんかこぉ、雑談でもしてお茶が空になってからでもいいでしょうに。
「アコがのんびりし過ぎてるんだよ。兄上の言う通り、時間がないんだから」
「でも王城で出されててもおかしくないくらいのいいお茶ですよ?もー少し味合わせてもらいたいとこなんですけど」
「あのなー」
あー、はいはい。アプロも流石にイラッとした顔を隠そうともしなかったのでわたしも自重することにします。
「…はい。まず、ヴルルスカ殿下。私の名はベルニーザと申します。仰る通り、魔王ガルベルグの娘、といっていい存在です」
そして姿勢を改めて話を聞く体勢になった隣のわたしをチラと見て、ベルが話を始めました。
「殿下がご存じかは分かりませんが、ガルベルグが拵えた、という意味で私とアコは…」
「心配には及ばない。アコ・カナギの来歴は全て聞き及んでいる。言わば姉妹、といってもいいのだろう?」
「はい。そして作られた目的は、私とアコでは全く異なるものなのです」
「目的?」
「私は、『魔王』というガルベルグが人類に負わされた役割を肩代わりするもの。アコは…この世界を救う導き手を、ひとに認めさせるために遣わされた者です」
ベルの言葉にわたしたちは一様に疑問を抱きました。
わたしに関しては分かります。自覚もしており、周知も進めました。ですが、ベルに課された肩代わりする、人類に負わされた役割というのは…?
「その意味を説くためには、父が何者であるのかを理解して頂かなくてはなりません」
そして戸惑いを隠せない三人を余所に、ベルは淡々と語り始めました。
・・・・・
世界の成り立ちと共に在らざるを得ない魔獣の存在は、ひとの生活を脅かし、教会を始めとしてその対抗手段をひとは生みました。もちろん、聖精石もその一つだったのです。
ただ、聖精石の成り立ち、そもそもの起こりについては不明なことも多かった、とは話の途中で殿下が語ったことでしたが、教会に降された神託に依るものであることだけは確実だったそうです。
そして、わたしたちはもう知っています。神託なるものは、ガルベルグがひとにもたたしたものだということを。
「…つまり、魔獣への最大の対抗手段である聖精石も、ガルベルグが人にもたらしたもの、ということなのか?」
「はい。父は、間違い無く魔獣に苦しめられる人々に救いの手を差しのべるつもりでいた。それは確かなことです」
「それがなんで『魔王』なんてものになったんだ?」
殿下がまとめ、ベルが肯定し、それで生じた当然の疑問をアプロが口にする。
そしてわたしはただの役立たず。うう、不本意極まり無い…。
「アコはおかしいと思ったことを言ってくれればいーよ。で、どういうことなんだ?」
「…ひとは長く魔獣との戦いを続け、いつしかその抗いの歴史に倦んだ。この苦しみを与える何かがある、それを打ち倒せばこの苦しみから逃れられる。そう考え、魔獣を人の世に遣わす強大な敵がいると思い込んだ」
「そしてひとの意識に…」
「魔王、という存在が上った、というのだな」
ちょっと殿下ー、わたしの台詞盗らないでくださいませんかっ。
恨めしげなわたしの視線に気付きもせず、ベルのした話を噛みしめるように思案顔。
うぬぬ…この隙にわたしの出番を見つけねばっ!
大概な動機でわたしは必死に考えます。
魔獣がこの世界にいることは必然。ですがひとびとはそれに余りにも苦しめられた。あるいは地球で言えば地震とか台風とかの災害みたいなものなんでしょうけど、あ、そういえばこの世界って自然災害の話あんまり聞きませんね。代わりに魔獣がいるってことなら分からないでもないですけど。
…じゃなくて。
とにかく、魔獣に苦しめられてきた。ガルベルグは…まー、なんか神さまみたいなものだとして、神託とか予言で人類をサポートしてきた。最終的には魔獣を簡単にやっつけてしまえる科学の世界からすんげー力を連れてこよう、とか物騒なことまでやろうとしてる。
手段はさておき、動機に「ひとびとを魔獣からの苦しみから解放するため」ってのがあるのはまあ、納得出来なくもないです。
聖精石もその一つだったのなら、確かに役には立ちましたよね。直接的な力を魔獣に対して振るったり、あるいは生活を便利にするためってことなら……あれ?
と、わたしは疑問にぶち当たりました。
だって、ガルベルグが聖精石を、魔獣に対抗するための力として与えた、ってことならまあ分かりますよ。
でもですね、力を使いはたした聖精石が、また世界を回す力を生み出す石に回帰するのを防ぐのって何でなんです?
聖精石を収集して一つところにまとめて封印のようなことをするのって、神託だか予言だかにあったことなんですよね?そことんとこどーなんですか、ベル。
「…聖精石は最初のうち、アコの言う通りまた世界を回す力を生み出す石に戻っていっていた。だけど、二つの問題があった。一つ目は…」
と、ベルは手を掲げて握り、人差し指を立てて続けます。
「魔獣に抗するための聖精石だったけど、それ以外にも便利に使えると気付いた人類が、様々な用途に使い始めたこと。明らかに、石が力を取り戻すための循環よりもずっと早く、石自体の消費が進んでしまった」
「つまり、世界を回すために必要な量が減ってしまったってことですか?力を取り戻すより早く、便利遣いされた石が増えてしまって、本来の役割を石が果たせなくなってしまった、と…」
「正確に言えば、アコの言う本来の役割のために石が循環する時間を短くすることは出来る。でも覚えてる?石が力を取り戻す過程で生じるものを」
ええと、石が力を取り戻すためには、澱を吐いてしまわなければいけない…つまり、魔獣が生まれる。
ひとびとの生活を便利にするために消費された石は、世界を回す力をまた生み出すために、より多くの魔獣を生み出さないといけなくなる…って。
「それじゃ意味ないじゃないですか」
「そう。ガルベルグの予想もしなかった問題がそこに発生した。だから、聖精石としての利用に制限をかけた。それが、力を失った聖精石を収集して、魔獣が余計に生まれることを防ごうとしたことの理由」
「それは話としては分かるが、であるのならガルベルグも神託で利用を抑えさせればいいのではないか?」
「殿下はひとの欲望というものを甘く見過ぎています。一度便利に使えると分かったものを、ひとが簡単に手放すわけがありません。増して、聖精石の利用に関しては教会の利権も絡んでしまった。権威のある神託を独占する教会が、それを詳らかにするとでも?」
マリスが聞いたら顔をしかめそうな話ですね…。
わたしはずいぶん長いこと会っていない気がする友人の顔を思い浮かべて、今あの子なにしてるんでしょうかね、とほっこりしていたのですけど。
「それともう一つの問題。それは、ガルベルグが魔王たる資質を得てしまったこと。父は、そのために決定的にその欲望を剥き出しにすることになった」
ベルが二本目の指を立てながら言った内容に、我知らず息を呑んだのです。
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