第170話・魔王と勇者と英雄と その3
明日のために、出来ることー。
「─────っ!」
歯を食いしばって振るった剣の軌道に沿って、何か飛んでったー、と思ったら全部終わってました。
アプロの「顕現せよ」が無いと物足りないわたしです。いかがお過ごしでしょうか皆さん。
「…こればかりはアコに同意するよね。アプロの溜めっていうか呪言の締めが無いと、いつ逃げたらいいのか分からないよ」
わたしが物足りない、って言ったのはそーいう意味と違うんですけどね。
アプロの剣が元の姿を取り戻し、わたしたちは戦線復帰しました。
わたし、アプロ、マイネルにゴゥリンさんのいつもの面子です。基本的にはやるこたー前と一緒なのですが、二つ違うことがありまして。
「………どうだ」
「どうだも何も…見た通りだろー。勝手が違うし思ってるよりもずっと威力あるし…おいコラ、他に味方いねーからいいけど、もう少し加減しろっての」
わたしたちの元に戻ってきたアプロは、剣を鞘に戻しつつ愚痴ってます。剣に向かって。聞こえてるかどうかは分かりません。
で、これがまず違うことのひとつめ。
アプロの剣は、復活したあの日から呪言無しで起動出来るようになりました。
どーいうことかと聞いたら、「…なんか私のやりてーことを勝手に察してやってくれる」だそうで、便利過ぎません?と言ったらなんか難しい顔してました。
で、実際見たら納得。
例えて言えば、思ってたよりも切れ味が良すぎた時の包丁みたいなものですね。軽く刃を当てて引いただけなのに、切れなくてもいいとこまで切れてしまう、みたいな。
とにかくアホみたいに威力が上がってました。
今まで「こんくらい」と思ってやってた時と同じ感覚でいたら、えらいことになりそーです。
「とにかく、ベルが見つかるまでになんとか制御出来るよーになんねーとな」
「ですね。見つけて最初の一撃で話も出来なくなったらえらいことですし」
曲がりなりにも魔王を名乗ってるベルに対して、大した自信です、というよりわたしもアプロも、真剣に心配しないといけないくらいなのです。
で、これが違うことのふたつめ。
「………いたぞ」
「よっしゃぁっ!おいこらベルっ!ンなとこに隠れてねーで出てきやがれっ!!」
「……っ?!」
ゴゥリンさんの目と鼻は確かで、短い指の指し示した先にいました。ベルが、というか今は魔王ベルニーザが。
アプロの斬撃を免れ倒壊せずに済んだ木々の間からこちらの様子をうかがっているのが、わたしにも見えます。
「おらベルっ!こっちはおめーのたたき折ってくれた剣も復活したぞ!聖精石は力を取り戻して石にまた戻ることが出来るって分かってんだよ!」
「ベル!ガルベルグがやれることなんかもう無いんですっ!いーからこっち戻ってきてお茶にでもしましょー!」
「あのね、アコ。当面の敵を前にしてお茶しましょう、は無いんじゃないかな…」
うるせーですね、この男は。ベルは教会が苦手なんですから黙っときなさい。
まあ確かに、魔王を前にしてそれはねーのかもしれませんが、それを言うならガルベルグに拉致られた時にはお茶とお茶菓子出されてましたよ、わたし。
「………逃げたぞ」
「くぉら待てベルっ!」
…などとしょーもないことを考えていたら、ベルは逃げ出してました。
アプロは逃がすか!…とばかりに追いかけ始めます。例の、肉体強化の呪言の効果を使ってるみたいで、いつか見たよりも遥かに早い速度で駆けたのですけど…。
「あぎゃっ?!」
「アプロっ!」
…なんとゆーか、目測を誤ったのか、ついさっきまでベルが隠れてた木にぶち当たって転がり悶絶してました。そしてその隙に当然逃げるベル。
わたしが追いつけるはずもなく、仕方なしにその背中を見送り、まだなんかうーうー唸って地面をばんばん叩いてるアプロに駆け寄ります。
「大丈夫ですか?」
「あだだだ…くそー、体の強化も前よりつえーから力入れすぎてこのザマだよ、もー…」
涙目でわたしを見上げるアプロです。鼻が赤いところを見ると顔でもうったんですかね。ケガが無くてなによりでした。
「もうこなると、呪言で細かく力の制御した方が良いんじゃないかい?」
「そうしたいのはやまやまなんだけどさー、コイツ私の呪言なんかもう聞く耳もたねーでやんの。なーんか妙に張り切っちゃって…力があるのは助かるけどさ、ちっとは考えろよなー、もう」
パワーアップしたのはいいですけど、使う方も成長しないといけないんでしょうね。
「………増えた力なら扱う方にも修練は必要だろう。お前が自身を鍛えればいい話だ」
いかにも体育会系なことを言うゴゥリンさんですが、これに関してはわたしも同感なのでした。
こんな感じでわたしたちは、まずベルを魔王の座から引きずり下ろすために、王都周辺の魔獣退治をしています。
・・・・・
「こんなことしてる場合じゃないと思うんですが…」
「アコー、終わってから言うことじゃないと思うー」
言うても久しぶり…いえもう、ほんと。ゴゥリンさんと深く語り合ったあの夜は結局やんぴでしたからね。こーしてアプロとヤる…じゃなくてあいしあうのも久しぶりなので、堪能してしまいました。下品とかうっさいわ。
「さて、他にひともいねーことだし…」
「ですね。っていうか、他のひといたらえらいことになってますってば」
「アコにはそういう趣味あるの?見られながらの方がいいとか、ちょっとそれはさすがにー…あいて」
なんでやねん、とツッコんでおきますが、そのタイミングでなかったせいか、アプロはむくれて布団を巻き込み向こうを向いてしまいます。あのー、あなたもわたしも素っ裸なので、これじゃ寒いんですが。
「だってアコがー」
「あーはいはい。わたしが悪かったですから、ちゃんと話しましょう…と、灯り点けますね」
もぞもぞとベッドから這い出て部屋のテーブルの上の照明を灯します。夜闇の冷気が火照った肌に心地よい、と思いきや一眠りしたあとなので、普通に寒いです。とっととベッドに戻り、布団を開けて待ってたアプロの隣に潜り込みました。
「…と。寒いですね」
「んー、外、雨降ってるな」
雨期も真っ只中ですからねえ…アウロ・ペルニカに比べればいくらか雨は少ないとはいえ、こればかりはしょうがないですよ。
「何か飲み物でも作ります?」
「ん、いい。で、話っていうけどさ」
「はい」
灯りも灯ったので、間近のアプロの顔がよく見えます。最近とみに凜々しさが増してますね。かわいい上に凜々しいとかどんな完璧ですかっ。
「真面目にやろ?」
「ごめんなさい。ベルのことですよね?このままじゃ埒があかないとは思うんですけど…何かいい手ないですか?」
「頭使うのはアコに任せたいんだけどー…」
そんなこと言われましても。
普通に追いかけてとっ捕まえるとかじゃダメなんですか?
「今日それやって失敗したじゃん。小回りきかないってのが分かったから、追いかけっこには向いてないと思う」
「罠でもしかけてみます?屋台料理好きですし。外で屋台の二つ三つ置いとけば匂いで引っかかったりして」
「いくらなんでもそんなんにあいつが引っかかるわけないと思う」
アプロにダメ出しされるとか、どんだけですか。
「…そもそも、今のベルがどれだけ力持ってるとかって分からないんですよね。本気でやりあってどーにかなると思います?」
「さあなー。っていうか、最初から今まで本気でぶつかり合ったことなんかねーもん」
うーん。
結局、ベルがどういうつもりでいるのかが分からないのが一番問題なんです。それを理解しようとして頭悩ましてるのに、それが一番引っかかってる、っていうのが問題を更にややこしくしてるわけで。
ただそれでも、ベルはわたしたちを見てます。遠巻きにして様子をうかがってます。魔王、なんて肩書き背負って何をやるわけでもなく、でもわたしとアプロのことが気になってしかたがない、ってことだけは分かります。
…だったら。
「もうこうなったら、思いっきりベルに見せつけてやるのはどーですかね」
「…どゆこと?」
「つまりですね、ベルの前でアプロとわたしが本気でイチャついてみせるんですよ。ベルが嫉妬にかられて理性なくすくらいに」
「……アコがアホになった…」
めちゃくちゃ失礼ですね。
「だってそーだろ?どこの世界に魔王の前で恋人とイチャイチャして魔王を惑わす勇者とかいるんだよ。アコが時々アホなのは今に始まったことじゃないけど、今回のはとびきり過ぎて理解が出来ないって」
「でもですね、魔王が勇者とその恋人の関係に嫉妬してるなら割とアリ寄りのアリだと思うんですよ」
「ナシ寄りのナシだと思うよ」
けちょんけちょんでした。まあでもお聞きなさい。
「ベルが今までのベルのまんまなら、わたしとアプロが人目も憚らずイチャこいてたら、どうすると思います?」
「アホを見る目になると思う」
「わたしは真面目な話をしてるんですってば。きっとこう言うんじゃないかな、って。『わたしも混ぜて』と」
「………」
考え込むアプロでした。
わたしだって思い込みと願望だけで話してるわけじゃなくて、過去の実績に鑑みてこーなるんじゃないかと言ってるんです。ベルが以前のベルのままなら、って前提ですけど。
「…なくもないこともないかもしれない可能性はないこともない気がする」
「どっちなんですか」
「…あるかもだけど、面白くない」
うつ伏せでこちらを向いていたアプロが顔を背けてました。面白くないのは間違いないのでしょうけど、でもそれって。
「…アコとくっついてるとこにベルを混ぜるのは、面白くない」
「別に本当に混ぜる必要はないでしょーが。そうして文句言ってきたら、それを取っかかりにして話をすればいーんです。それもダメですか?」
「……ダメじゃない」
「ならいーじゃないですか」
「アコ」
「はい?」
拗ねた声のアプロが、もぞもぞと体を寄せてきてわたしを抱き寄せます。
そして、きゅっと、気持ちいいくらいの力加減で抱きしめたわたしの耳元で、言いました。
「浮気はダメだからな」
「浮気の定義にもよるでしょーけど…少なくともアプロをほっといてベルについてく、なんて真似はしませんよ。でもベルを一人にしておきたくもないでしょう?」
「…まあ、うん、それは……うん」
「じゃあ、やってみましょ?ベルがまだわたしたち二人をまとめて愛しんでくれていることを願って、やってみましょう?」
「なんか上手いことごまかされたような気がする…」
「大っぴらにべたべた出来るいー機会くらいに考えておきなさいって。どうせベルが難しいこと考えたって、わたしたちのこれくらいで全部吹っ飛ばせるんですから……あの、アプロ?」
気がつくと、アプロは体を離してわたしの顔をじーと見つめてます。
それから、ちょっと困ったようにため息をつくのです。
別に失礼だとは思いませんが、なんか不安になる仕草です。
「ベルもなんか報われないなー、って初めて同情した。けど、アコが考えたことならいーだろ。あいつも怒ったりしないだろうし」
…はて?何かアプロの気に障るようなことでも言いましたかね、わたし。
「だいじょうぶ。別に私も怒ったわけじゃないから。けど、もしアコの思った通りになったならさ…ベルに感謝してやってくんねーかな。それだけ」
「…わたしのいないところでベルと通じ合ってるよーな顔をするアプロはちょっと許せませんけど、言い出したのはわたしですからね。明日、早速やってみます?」
「ベルに会えたらな。あとマイネルとゴゥリンにも言っておかないと。バカやってんじゃねー、って叱られたら台無しだ」
「あはは…」
ゴゥリンさんはともかく、マイネルはマリスのことを思い出してダメダメになりそーな気もしますけど。
さて、周りから見てどんなにアホみたいに見える手立てであっても、わたしたちとベルの間でなら通用するだろうことは決められました。
明日はなるべく晴れるといいな、とここだけはアプロとハッキリ合意して、わたしたちはまた眠りにつきました。
おやすみなさい、アプロ。
それから、この空の下の何処かで眠っているかもしれない、ベル。
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