第171話・魔王と勇者と英雄と その4

 話をしたら、マリスには呆れられ、マイネルには心配されました。頭の具合を。

 まあ無理も無いとは思ったのでその場ではとやかくは言いませんでしたが、誰かが「上手くいったとしたらそれで救われた世界の方が気の毒になるよね…」と呟いていたことはずぇったいに忘れません。あとで覚えてやがれ、です。

 ともかく、積極的か消極的かは別として、一同の賛意は得られました。作戦名「わたしとアプロの愛で全部解決してやりましょう」、発動です。


 「……アコ、あのさ……やっぱいい…」


 アプロが何を言いたいのか分かりません。分かりませんってば。



   ・・・・・



 「権限せよ───ッ!!」


 …それ言ってみただけですよね?明らかにぶっ放してから言ってましたし。


 「なんか気分が違うだろー?」

 「言わんとすることは分かりますけど、危うく巻き込まれかけたあそこの二人が何て言うかは分かりませんよ」


 と、わたしは前方でずっこけてるマイネルとゴゥリンさんを指さして言いました。

 幸いにして雨は降らず、といって気持ちの良い天気とも言えない空の下、今日も今日とてわたしたちは王都周辺の魔獣退治に精を出してます。本日三件目です。

 今日は森の方ではなく、王都から少し離れた湖の方です。アレニア・ポルトマの水源の一つでもあるため、ここら辺で魔獣の跋扈を許してるとえらいことになるそうです。

 その割にわたしたちが派遣されたのはこれが初めてですが。マリスいわく、権奥の一部で縄張り争いみたいなことがあって、その結果重要地点にアプロを寄越したがらない人たちがいたとかなんとか。

 それがこの間の王城の議場での一件以降、なにかとやりやすくなったそうで。


 「ほらほら、布出てきたからアコの出番だぞー」

 「はいはい。でも思ったよりも大っきいですね。アプロが事も無げに片付けるからまた大したことないのかと思いましたよ」


 ふよふよと舞い降りてきた六畳間くらいのサイズの布を引っとらえて、地面に着く前に縫い始めます。

 なんかもー、お馴染みになりすぎてアレやコレやを省略してたため、魔獣退治と穴塞ぎの手順を忘れられそうになっていますが、本来これがわたしのお仕事です。

 起き上がってブツクサ言いながらこちらに戻って来るマイネルを無視して針を運び、流石にミシンには少し及ばない速度で縫い終えて、糸を歯で切りました。魔獣が再出現する気配もありません。これだけ余裕なら、今度は布に刺繍でもしてみましょうか?


 「………調子に乗るな、馬鹿者」


 ですよねー。

 ゴゥリンさんに小突かれながら、消えていく布を見送りました。


 「アプロー。終わりましたけど次どうします?」

 「あのさ、アコ。目的間違えてない?」


 間違えてませんて。ベルを見つけて嫉妬させるんでしょう?


 「間違えてるよね、それ。ベルニーザを掴まえて説教するんじゃなかったのかい」

 「それも微妙に違うような。でもマイネルにしては随分くだけた物言いですね。ベルのこと嫌ってるのかと思いました」


 ベルはベルで教会には近付きたがりませんでしたし、マイネルはわたしたちの中では一番ベルを危険視してましたから、相性的には最悪だと思ってたんですけど。


 「本気で警戒するのがばかばかしくなるようなことを誰かさんがやろうとしてるからね。毒されたんじゃないかな」


 ほー。腹黒マイネルにそこまで言わせるとは、誰かさんとやらもなかなかやるじゃないですか。


 「あのね。…でも軽口叩くのはいいけどさ、結果も出さないといけない立場なんだからね、アコは。こないだの件で集める注目の量が段違いになってるんだからさ」

 「お気づかいありがとーございますね。でもアプロと一緒のわたしに出来ないことなんかないんです。ベルをつかまえることくらい…」

 「………来たぞ」


 我ながら調子の良いこと言ってるなあ、と思いつつマイネルと言い合いをしてたわたしの耳に、にわかに緊張感を帯びたゴゥリンさんの声が入ります。

 待っていたものがやってきた、とあらばそんな実の無い会話も中止して、わたしはゴゥリンさんの指さした方角を見たのですけれど。

 ………あの、ベル?あなた時々空気読まないわるいクセありますけど、今回のはとびきりだと思うんですが。

 わたしは頭が痛くなりました。

 アプロも似たような感想なのか、あのアホ何考えてんだ、と呟き呆れかえっておりました。

 湖の水面上に映る色は畔にそびえ立つ「それ」の光を反射してるためか、虹色に輝いています。

 平時ならそれを見ても「わー、きれい」とかアホのような顔でわたしも喜んだでしょうけど。


 「…まさか、あれって」

 「………む」


 光の柱は次第に裂け目のように空間を割り。

 きっと並んでそれを見上げる二人も、思い出しているはず。わたしたち四人が揃った前で、初めてベルが姿を顕した時のこと。

 ベルはかつて言っていた。

 自分がここに現れた時の力の強さは、通って来た穴の大きさに依る、って。

 だとしたら、雲まで届くどころか、この世界にあるのかどうかは分かりませんけど、宇宙にまで突き抜けていってそうな「穴」から出てくるのがベルなのだとしたら、どんな強大な存在として、姿を見せるのか…。


 そして息を呑むわたしたちの前に、裂け目をくぐって表れたのは………。


 「ガルベルグっ?!」

 「あれがっ?!」


 アプロが叫び、彼の姿を初めて見ただろうマイネルが驚きを見せます。

 ですけどわたしが気になったのはそちらではなく、一瞬裂け目の向こうに見えた風景。

 わたし自身の記憶ではなく、素体になった神梛吾子の記憶にある、東京…?日本語の看板が見えたような…?


 「アプ、アプロっ?!どうするつもりなんだよいきなりガルベルグが出てくるとか予想外もいいとこ…」

 「だーっ!うっせえぞ、来たモンはしょうがねえだろっ!…くそ、それなら好都合だこの場でケリつけてやる!」


 息巻くアプロと役立たずなマイネルをほっといて、わたしはゴゥリンさんに声をかけます。


 「………アコ」

 「はい。見ました?」


 というか、向こうから先に言ってきました。流石ですね。


 「………なんだ、あれは?」

 「多分、ジョージさんのいた世界…とは時代も場所も全然違うと思いますけど、そういうことです。ガルベルグは、あそこからきっと、異界の、地球の軍隊とか文化とか持ち込んでしまおう、って腹づもりなんでしょうね」

 「………厄介な話だ」


 まったくです。

 でもそれを止めるためにも、今は確かにアプロに同調しないといけません。

 にしても、ベルを捕まえに来てとんでもねーことになりました。いきなりラスボスとご対面とか洒落になんない…。


 「くたばれ─────ッッッ!!」

 「ちょっ、アプロっ?!」


 突然ご対面したラスボスにいきなりぶっ放すアプロでした。

 そういえば風光明媚な湖畔の岸辺。雨期のこととて気温も低く、地を抉るよーな怪光線はそのまま湖に達して水飛沫を上げましたが、涼しげな様子にはなりません。残念です。


 「アコっ、現実逃避してる場合じゃないってば!早く逃げるかガルベルグを滅ぼすかどっちかしてくれないかなっ?!」

 「無茶苦茶言いますねこの役立たずっ!大体アプロ止めるのあなたの仕事でしょーがっ!わたしに押しつけるの失敗したからって二回戦があるわけじゃないんですからねっ!」

 「アプロのお守りまで引き受けた覚えないんだけどねっ?!大体役立たずって何だよ常識外れっ!アプロだけならまだしもアコのやり方だって僕らから見たらまともじゃないんだっていい加減分かれってば!」

 「言ってくれるじゃないですかこのロリコン!知ってるんですからねっ?!最近マリスのこと見て照れたり身悶えしてたりするのを!えーもー初めてマリスを見たときからずぅっと思ってましたけどっ!ほんっっっと可愛い女の子に目がないんですからこのスケベっ!」

 「知らない言葉で罵倒されたって別に悔しかないけどマリスのことまで悪く言わないで欲しいね!」

 「だぁれがいつマリスのことを悪くいいましたかこの唐変木!言っときますけどね!わたしはあなたなんかよりもずっとマリスのこと大切に思ってマスからねっ!あの子の一番の親友はわたしだとすら思ってるんですからねッ!!」

 「やかましい!」


 ゴゥリンさんに一喝されてしまいました。

 いやまー、そろそろ止めてくれないかな、と思ってたタイミングなのでちょうどいいのではありますけど。

 さて、ガルベルグはどうしたのか、と。


 「…アプロ?」

 「…予想はしてたけどな。石の力は徹らねーらしい。アイツ」


 地球の光景、というか東京タワーが一瞬見えた隙間はとうに閉ざされ、相も変わらず無駄にデカく屹立する虹色の柱の前で、黒装束の壮年男性の姿が何ごともなかったように佇んでしました。

 アプロの最大出力とは言いませんけれど、復活した剣の結構な一発をかまされて平然としているのでしたら、確かにアプロが額に汗の粒を見せるのも無理はありません。


 「アコ。わりーけど全力出してくれる?ここで止められるなら止めてしまいたい」

 「それが出来るならこんなところに顔出したりしないでしょうけどね…まあいいです。ちゃんと背負ってくれるっていうんなら、ケチケチしないで征きますよ」

 「ああ。余計なことしでかさないように、抑えとく」

 「お願いします」


 わたしが言い終えるより先に、アプロは吶喊しました。

 マイネルとゴゥリンさんもそれに続きますが、こんなところに姿を見せたガルベルグに何が出来るのか分からない以上、あまり無茶はしないで欲しいものです。


 「…さぁて、第三魔獣と等しい存在なら面倒はないんですけどね…ガルベルグをこの世界に繋ぎ止めている穴。それを見つけるとこからとなると…あーもう、めんどくさいですね」


 言いながらわたしは、未世の間にいるわたしの根源の力を借り、わたしの相棒たる聖精石の針から糸を繰り出します。

 穴の位置、この世界に澱を下ろす存在の気配を探り、縫いとめることでガルベルグをこの世界から討滅する。第三魔獣と同じであるならば、それでお終い……ではあるんですけど。


 「こんなろーッ!!」


 いつか見たように、アプロがガルベルグにつっかかっていきます。ベソを掻きながら、だったその時とは違って、今度は巧みに体躯を繰り技を忘れず、そして鬼気迫る形相で。

 シロウトのわたしが見て形勢がどーとか分かるわけもないですけど、聖精石の力で肉体強化をしたらしいアプロは、肉薄しているように思えます。

 マイネルはまだしもゴゥリンさんまで、その二人には付いていけないようです。

 接しては撃ち、放っては離れ、そして距離を保っていたかと思うと追いすがり迎え撃ち、そんなことを何度も何度も繰り返している二つの影を目で追い、胸の前にかざした針で感じ、揺れる糸が何かを見極めようとするのを見守ります。いえ、わたしが見極めないといけないんです。

 そして。


 「ち、」


 と、舌打ちをするアプロ。

 いえ、その声が聞こえたわけじゃないです。その背中に焦りが見えて、わたしは急がないと、と思ったその瞬間。


 「アコ」

 「え?」


 何が起きたのか分かりませんでした。

 分かったらきっと目の前のことはあとの三人に任せて、警告くらいはしたでしょうけど、まさかそんな、とどこか油断していたのは否めません。


 腕と首を絡め取られて振り返ることもままならないわたしでしたが、わたしを捕らえたのが誰かは分かります。


 「ベ…ッ?!」


 けれどそれを知らせることも出来ず、わたしを拘束したままで彼女は猛烈なスピードで飛び跳ねました。

 今し方、ガルベルグが出てきた、虹色の柱に向かって。


 「アコッ!!」


 ゴゥリンさんの怒鳴り声がして、ようやくアプロもマイネルも何かが起きたことを悟りました。

 アプロは迂闊にも対峙していたガルベルグから目を逸らしてわたしを救おうと身を翻しましたが、その手が届く前にわたしとベルの体は。


 「アコぉっ?!」


 ヒトが通るだけの隙間を開けて待ち構えていた穴に、呑み込まれるように潜ってしまいます。

 わたしは、自分が姿を消した後に何が起こるのか想像して身を震わせることすら、出来ませんでした。

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