第77話・王都の休日 その2
「ベルニーザ、それ取ってくれ」
「ん」
「ありがとな」
「…ん」
………えーと。
ここはアレニア・ポルトマの貴族さま専用浴場ですよね。
かたやこの国の王女にして世界を救う勇者さま。こなたその仇敵たる魔王の娘。
その二人がどーしてわたしの両隣で髪を洗ってるんでしょうか?しかもシャンプーの貸し渡ししたりとえらい余裕あるじゃないですか。
あーいえ、仲が良いのは悪いことじゃないです、はい。常日頃わたしが「仲良くしなさい」と言ってきたんですから、文句などあろーはずがありません。
…が。
「ん?アコどーしたー?」
「いえ、なんかベルがこの場にいたのが意外とゆーか、アプロがベルを見て暴れ出さないのが想定外とゆーか…」
「その言われ様は私としては心外なんだけど」
「別にいつもケンカしてるわけじゃない。こんなところで暴れるのは論外」
「そりゃそーなんですけど…」
最後にこの二人が顔を合わせたのって、ベクテくんの屋台が開店した時でしたっけ。
そういえばその時、何か言ってたような…?
造りとしては日本の銭湯とあんまり変わりのない浴場で、シャワーから出るお湯に頭をうたれながらわたしは左右を見回します。
右にばいんばいんのアプロ。左にたゆんたゆんのベル。
右見てー、左見てー、下見てー、すとーん。視線も、わたしの気分も。
…いえね、もう分かってるつもりでしたけど改めて突き付けられると刺さるんですよ、事実ってやつは。
そりゃまー別にわたしがないすばでぃー誇ってたって見せびらかす相手がいるわけじゃないですけどー。
「おわり、と。う~~~~~ん」
人知れず落ち込んでいるわたしをよそに、アプロは頭をぶるんぶるん振って洗い終えた髪を振り乱します。んなことしたって髪は乾きませんし、第一こっちに飛沫がとんできてるんですが。
「…アプロ、行儀悪い」
「うるせー。それよりアコ。背中流させて?」
「え。いえ別にいいですよ。お姫さまにそんなことさせたら悪いですから」
「そーいう言い方は無いんじゃないかなー。じゃあアコが代わりに私の背中を…」
「なら私がアコの背中を流すのは問題ない。はいアコ、こっちに背中向けて」
「え。いえ別に…きゃふっ?!」
断るより先にベルがわたしの後ろにまわり、背中を手でまさぐり始めます。あの、せめてタオル使ってもらえません…?
「アコの柔肌はわたしの手で優しく流してあげる。はぁはぁ」
「え、ちょっ?!あの、なんかベルの視線とゆーか手付きになんか不穏なものを感じ…ひゃぅっ!」
うう…なんかすんげー恥ずかしい…。
「おいこら。私の前で随分気分出してくれるじゃねーか。それ以上アコの肌に手を触れるってんなら…」
「問題ない。アプロはわたしの背中を流せばいい」
「ざけんな。なんで私がおめーの背中を流さなけりゃいけねーんだ」
「…それがアプロの生まれた理由だから?」
「言ってくれるな、おい。よーしそろそろ決着つけてもいい頃だ。表に出ろ」
「ここはアプロに地の利がありすぎる。でも構わない。それくらいハンデつけてようやく、アプロは私と互角」
「…こんのやろー、しばらく見ねーうちにえらく口が達者になったじゃねーか。吠え面かくなよ?今からわぷっ?!」
「ひゃっ?!」
「やーめーなーさーいー、ってば。結局いつものパターンになってるじゃないですか」
シャワーを冷水に切り替えて二人の頭からかけてやるわたしでした。これで頭も冷えることでしょう。
そして結局、二人を並べてわたしが背中を流すことで決着しました。
わたしの背中?どっちが「前」を流すかでケンカ始めた時点でいー加減キレましたので、自分でやりましたよ、もー。
「あー、いーきかーえるぅぅぅ…」
「…んー」
「…でーすねー」
我ながらおっさんくさいとは思いますが、湯船につかる心地よさは人類を等しくおっさんにするのです。何言ってんだか自分でも分かりませんが。
ご丁寧に手拭いを頭にのせてわたしたち三人は、貸し切りの湯船に並んで浸かっています。
「そーいえばですねー…ベルはどうやってここに入ったんですー?…アプロの貸し切りだったはずなんですけどー…」
「あーそーいやそーだなー…」
まあ今更気になることでもないんですが、このままぼけーっとして眠くなるのも勿体ないので、話のタネとして、なんとなく。
「アコの行くとこに私はいるー…それだけー…」
「あー、なるほどー…なっとくしましたー…」
「………いや待て待て待て。それはおかしい」
ざばー、と水音立ててアプロが立ち上がります。
どうでもいいですけど、前くらい隠してくださいよ…目のやり場に困るったら。
「別に隠してたわけじゃないけどさ、おいベルニーザ。ちょっと今後の問題になるから、どーやって入ったか教えろ」
そうしてわたしの前を通ってベルのところに迫ります。あ、アプロのおしりかわいー…。
「どうやってと言われても。中に入れて、と頼んだら入れてくれた。それだけ」
「それだけ。じゃねーっての!ちょっと待ってろ、表のやつ問い詰めて…」
「別にいいじゃないですか。ベルが悪さするとも思えませんし」
「そうは言ってもさー…。ベルニーザ、まさかとは思うけどお前以外の奴が同じ真似出来るのか?」
「お願いしたら誰でも入れてくれるなんて、おかしな話」
「おめーが言うな、おめーが」
追求を諦めたのか、アプロはまた湯船に浸かり、鼻のところまで潜ってぶくぶくしてました。そんな様子は何だか他にも聞きたいことがありそうでもあります。
…そうなんですよね。そろそろベルにはハッキリさせてもらわないといけない話がいくつもあります。
魔獣を操ったり指揮したりする、バギスカリのような存在。それにそろそろ魔王さんの本当の目的ってところも知りたいですし。
「…ベル?」
わたしは躊躇いつつ、そして恐る恐るという態で、隣でのほほんとしてるベルに話しかけます。
「ん?」
「…えと、そのー……」
「どしたー、アコー?」
…わたしが何か話し始めようとしたので、アプロも興味を持ったように距離を詰めてきます。
そう構えられると、なんか気後れというか…わたし、何を聞こうとしてるんでしょう。
「………あの…ベクテくんの屋台は、その後行きました?」
「アコが作ったお店のこと?二度ほど行った。美味しい」
うっすらと微笑みながら、ベルが言います。その様子からして、お世辞ではなく本気なのでしょう。よかった。
「あー、私も気にかけていたけど、結構繁盛してるみてーだぞ。そういや同じようなもの売る屋台の新規出店の申請が何件か来てたっけ」
パクられるよーなら有望でしょーねー…と、わたしも口元を水面下に沈めてぶくぶくぶく、と。
「で、まだ許可は出してないからしばらく時間稼げるけど。アコ、どうするー?」
たこ焼き器はまだベクテくんしか持ってないでしょーし、まあしばらく様子見て、元祖の地位が脅かされるようになってからの投入でもいいでしょうねー…あ、でも勢いのあるうちに差を付けてしまうのも悪くないですし…っていうかわたしの手を離れた事業のことまで考えてる暇ないはずなんですが。
もっとねー、もっと考えないといけないこといっぱいあって…あーうん、そういえばベルに聞かないといけないこと、あったんですよねー……ブクブクブクブク……。
「アコ?おーい、聞いてるかー?」
「アプロ、ちょっとどいて」
「あん?おいおめー何をする気…ぃっ?!」
「えい」
「ひゃっ?!」
未知の感触が、わたしを襲いました。
背中にあてられた二つの柔らかいナニカはモチロンのこと、その先っちょにあると思われる突起状のやっぱりナニカの存在まで、わたしにじこしゅちょーしてきます。
それだけでもなんかアレだとゆーのに、わたしの両腕の外側から二本の腕が前に回り込み、あろうことかその手は、手はっ、わ、わたしのそのー、ベルに比べると遙かに慎ましい、その、む、むねをですねっ、むねをー…。
「んっ?!あ、あのちょっとベル、そこわっ…」
「ん、アコは結構良い声出す。じゃあ…こっちは…?」
「ふゃっ…あの、あのベル…?そっち、は……や、ぁっ…?!」
しばらくの間、柔らかくわたしの胸を揉みしだき、優しく先端を弄んだベルの両手は、そのまま下に降りてきて、わたしの…っ!
「えーかげんにしろこのクソ猫がっ!!」
「ぎにゃっ?!」
………あ、あぶねー。
なんかわたし変なトコに行ってしまうとこでした…。
後頭部を押さえてなんか呻いてるベルから慌てて身を離したわたしは、湯船にまた顔を半分沈めて待避の体勢。
そんなわたしをほっといて、アプロはベルを何ごとかと糾弾します。
「アコの様子に魅入って黙ってりゃ、どこまでやる気だっ!つーか明らかにしゅくじょきょーてーいはんだろーがっ!!」
ちょっと待て。魅入ってないではよ助けんかい。
そんな意図を込めてアプロを見上げますが、立ち上がって真っ赤な顔をしており、わたしの視線になど気付く様子はありませんでした。
しかしこの二人、今聞き捨てならないことを言ったような。
「…二人とも?しゅくじょきょーてーいはん…淑女協定違反?、ってなんのことです?」
「「………」」
…おい。そうあからさまだと見過ごすわけにいかんでしょーが。
「…アープーロー?」
「ひきっ?!」
「…ベールー?」
「な、なに?」
にっこり笑ってわたしも立ち上がり、二人を笑顔で問い詰めます。
「…吐きなさい。先に白状した方とデートしてやります」
「アコがはっきりするまではアコの体には手を出さないこと、と二人で決めた。三人でお酒呑んだ夜に」
「あ、ずりーぞクソ猫!!ていうかてめーから約束破ってんじゃねーか!」
「私は過去に囚われない女。だからアコはわたしとデートする」
なるほど。つまり。
と、わたしは納得したので、ベルに指を突きつけ言うのです。
「ベル。デートの話は…無しです」
「どうして?アコは私との約束を破る気?」
そう告げられたベルの顔はとても寂しそうなのです。でも、ですね。
「そもそもあなたが先にアプロとの約束を破ったんでしょーが。だったらんなもんノーカンに決まってます。ノーカンです」
「そ、そんな…」
いや、そりゃそーでしょうが。ここでベルの言うこと聞いたらとんだマッチポンプですよ、と湯船に沈んでいくベルを見送りながらため息をつくと。
「へへーんだ、叱られてやんの」
一方のアプロは一人勝ち誇っていました。ていうかですね。
「あなたもでかい顔出来る立場じゃないでしょーが」
「え、なんで?ベルが負けたんだから、アコは私とデートす…」
「わたしの体について勝手な約束しないでください。これはわたしのものです」
ばいんばいんでもたゆんたゆんでもないですが、これでも一応わたしの体なんですから、と言うと流石にアプロも、最初は反駁の言葉を探して口をぱくぱくさせてはいましたが、申し開きのしようもないと観念してか、しゅんとするのでした。
しかしそれも一瞬のこと。すぐに口を尖らせ、異な事を言うのです。
「…だーって、アコがいつまで経ってもはっきりしねーんだもん」
「…はっきり、って何のことです?」
「だから…」
「…私とアプロのどちらを選ぶのか、ということ」
ざばー、と水飛沫を立てつつ、ベル復活。
「私もアプロも、アコにこんなに愛を捧げているのに、アコはずっとつれない態度のまま。ふふ、アコは悪い女」
人聞きの悪いこといわないでください。わたしは二人とも大事にしたいだけなんですから、と。
…ちゃんと口にしたとゆーのに、なんだか二人とも納得のいかない様子。
ってまあ、そりゃそうでしょうけどね。なんかこうしてはぐらかすのも限界迎えつつあるなあ、とは確かに思うんですよ。
でもですねー…と、もう何回やったか分からない逡巡をまた繰り返すのかー、と思ったら、アプロとベルが顔を見合わせ頷いてるじゃありませんか。
わたし、露骨にイヤな予感。
「アコ。このまんまじゃ埒があかねーんで」
「…いっそ、体の相性で決めてもらう」
…は?
えとあの、どゆこと?
「カマトトぶるのはよくないなー、アコ」
「私たちよりも年上なのだから、意味は分かるはず」
にじり。
湯船の中で立ち尽くす三人、という図に乱れが。
わたしとゆー獲物を前に、二匹の野獣が舌なめずり。
なんとなくそんな縁起でもねー構図が頭に浮かびます。
「えと…あ、あははー、わたしよくわかんな」
「つまり、私とベルと、どっちが気持ちよかったかで決めてもらおう、という意味だ、アコ」
「…ほら、これでもう誤魔化しは利かない。アコ、覚悟して」
「ちょっと待ちなさいってば女の子どーしで何をどーしよーってんですかっ?!ナニをどーするんですかっ?!」
「うふふふふ、だーいじょーぶー。いつかアコを…と思って勉強は欠かさなかったから…」
「私は指と舌使いにおいても並ぶ者のない女。安心してアコ。極楽を、見せてあげる…」
「ちょっ、まってまって二人ともわたしにもこころとからだのじゅんびとゆーものがっ?!……………あれ?」
今ごろになって前を隠しつつ、後退るわたしを追い詰めるかのよーにしてた二人は、急にあやしげにわきわき動かしてた両手をおろし、肩をすくめてこんなことを言うのです。
「な?だから言っただろ、あと一押しだって」
「アコは実はムッツリだった」
「大体さー、時々私の下着姿見てすんげーうらやましそーな顔してるもんな、アコは」
「それは言えてる。アコはもっと自分の魅力を自覚すべき。わたしは半端な大きさがお好み」
「そーそー。いや大きいのは大きいのでまた悩みがあるってのになー」
「うん。この点に関してはアプロに同意。だからアコはもっと自信を持っていいと…」
「言いたい放題もいーかげんにしなさいっ!!」
「あでっ?!」
「ひゃっ?!」
…両腕を肩の高さに掲げて二人の間を駆け抜けその首を狩り、双方を湯船の底に沈めると、わたしは虚しく呟くのです。
「…言っていいことと…悪いことが…ある」
でもそこまで深刻な問題でもない…とは思いたい。
・・・・・
「…二人の言い分は分かりました。けどわたしにだっていろいろ思い煩うことがあるんですから、そんなに急かされたって結論なんか出ませんよ、もー…」
散々騒いでしまったので追い出されるかと思いきや、流石にアプロ相手にそんなこともされるはずもなく、良い感じでゆだった頃を見計らって、脱衣所の戻ってきました。
来た時に着ていたものはどーいう仕組みなのかきっちり洗濯に乾燥、糊付けしてアイロンまでかけられて、ぴっしりとなってましたが、やっぱこれってまた聖精石の妙な使い方の一環なんでしょうね…。
「でも少なくとも二人には絞られたんだろー?」
「…どういう意味です?」
「だから、他の男とかにふらふらー、っとなる余地はないだろ、ってこと」
「それなんかいろいろ前提条件間違ってませんかね…?」
性別ってなに?…って気分にもなりますよ、もー。
けど、アプロもベルも、なんか最初っからそーいうつもりでしたし、そーいう好意を向けられてわたしも悪い気分じゃないしー…。
「…考えることは大事。けど、アコの悩みはそれだけを追求したって解決はしない。誰かの手助けがいる。私はそれを手伝える。だから、私が有利。ふっ」
「……おめー、何か知ってるのか?」
「…なんのこと?」
まだ自分の考え事に耽ってるわたしを余所に、まーたアプロとベルが何か言い争ってます。
ってもねー…。
「………うん、とりあえず問題は先送り!アプロ、ベル?これから行くところあるのでちょっと付き合って……なにしてるんですか?」
「「こいつが!」」
互いの頬をむにーっとつまみ、反対側の手で互いを指さしながら、そんなことを言ってます。
なんですかねー…この二人のこーいうところ見てると、悩んでいるのがばかばかしくなるってもんです。
わたしは深い、ふかぁいため息をひとつつくと、まだ下着姿でぎゃーぎゃーやってる二人を背にして、ひとり先にホールの方へ向かうのでした。
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