第78話・王都の休日 その3

 誰が何と言おうと、わたしは休暇の真っ最中です。


 「アコー、何言ってんの?」

 「…いえ、なんだか確認しておかないとまた仕事押しつけられそうで…」

 「アコは被害妄想」


 そう言われましても心当たりが幾つもある身ですし。




 いつまで経っても出てこなかった二人を引っ張ってきた後の、声にならない「二度と来るんじゃねえ!」なお見送りの視線は生涯忘れられそうにありませんが、ともかく貸し切ってた浴場を出た後は当然お腹が空いてます。

 ベルはどうするんだろ、と思って聞いたところ、泊まっていってもいいか?とのこと。

 まあ城だったら流石に遠慮してもらわないといけないところですが、今回はアプロがお忍びなので、割と下町に近い方に宿舎をとってもらってあったのでした。


 「…で、一つ気になったんですけどね」


 学生の街、ということで実はアレニア・ポルトマは夜遅くまでやってる飲食店があまり無く、わたしたちは食べるものを買って持ち込んでいました。

 ちなみに宿舎といいましても、他国からの使節の随員だとかを泊める施設のよーで、実はわたしの住み処よりもずっと立派な部屋だったりして…。

 そして流石にお酒を持ち込むわけにもいかず(それ以前にわたしが却下しました)、自分たちの部屋で食事だけ済ませて、ただいま食後のお茶の最中です。


 「この間三人でお酒呑んだ時に言ってた、『わたしの約束』って何でしたっけ?次の日の朝にベルが、忘れるなー、って言ってたやつですけど」

 「えー…それ覚えてないって、アコ結構やべーぞー?」

 「アコの方から言い出したのに」


 呆れ顔の二人に焦るわたしです。

 だって何か約束はしたらしーのですけど、酔ってて覚えてないので知りません、じゃ済まされないような気がするじゃないですか。さっきのお風呂場での様子からして。


 「ヤバいって…ええと、お酒に酔ってたから、ってことで教えてもらえません?そんなに大事なことならほっとくわけにもいきませんし」

 「いや、教えるのは別にいーけど…」


 なんだか難しい顔のアプロ。ふざけてるわけでもないみたいですし、そんな顔されると実は深刻な話だったのでは?と身構えざるを得ないじゃないですか。

 そして、


 「………じゃあ、」


 と言い出した時に、それを遮ったのは、ベルの方でした。


 「…待って。やっぱり言わない方がいい」

 「なんでさ。アコのことなんだし、アコが聞きたいってんなら…」

 「そうじゃない。多分、アコが今覚えていないのなら、きっとそのことには意味がある。アコが自分で思い出すのを待った方がいい」

 「…そんなもんかねー。ま、おめーの言うことを聞くのは面白くねーけど、言いたいことも分かるから同意しとく。アコ、そーいうわけだからさ、自分で思い出して」

 「えええ……なんかそんなこと言われると余計に不安になるんですけど…」


 わたしのそんな愚痴にも二人は動じず、温かいお茶の入ったマグカップを傾けていました。無視かい。こんちくしょー。


 泊めてもらうお部屋はそこそこ広く、五人くらいは寝泊まり出来そーなスペースがあります。ただしベッドは三人分。スペースを贅沢に使っているのか、それとも宿泊人数に合わせてベッドの数を変えているのか。まあどっちかは分かりませんけど、天蓋付きのベッドで寝るお城の部屋よりはー、気楽に過ごせてかつ清潔でもありますから、ほんといいとこに泊めてもらえました。


 「明日はどーする?」

 「あ、それなんですけどわたしいくつか行きたいところありまして。他に用事が無ければ付き合ってもらえると嬉しいんですけど」

 「ん、いーよ。どうせ私も暇だし」

 「わたしも。アコの行くところ私あり。アプロもついてきて構わない」

 「はいすとっぷ。ベルも煽らないの!」


 早速腕まくりをしてベルに飛びかかろうとしてたアプロを、流石に立ち上がる前に止めます。ここ追い出されたら寝るところ無くなるんですから勘弁してくださいよ、もー。

 ただ、もうこの二人のやりとりはレクリエーションみたいなものなのか、アプロもさっさと椅子に座り直して何ごとも無かったようにお茶を口にしてます。それはベルも同様ですので、なんだかすっかりお馴染みのやりとりになってしまった感。


 「で、アコはどこに行きたいの?」

 「ええと、こないだ行った布屋さんですね。ペンネットさんから連絡来てたんですけど、頼んでおいたものが出来たって。あと買い物もしたいところですけど…今回はお金それほど持ってきてませんので、ほどほどにしよーかと」

 「無いなら貸そうか?」

 「アプロにお金借りるといろいろ洒落にならなそーなので遠慮しておきます」

 「…借金の形にアプロに迫られるアコ。悪くない」

 「…どーいう意味です」

 「そこに私が駆けつけて助け出せば、アコの心は私のもの」

 「ひとを勝手に悪徳借金取りみてーに設定してんじゃねー。ま、それはアコの好きにすればいーよ。ていうか、今回の穴塞ぎに報酬出さない教会がケチ過ぎる。土産買う金くら出せってんだ」


 そうですねー…別にそれほどがめつくなろーとは思いませんけども、なんだかんだ言ってご苦労様でした、の一言も無かったのは面白くないです。

 教会一般にわたしがどんな印象持ってるかってーと、基本的にはマリスやマイネルを通じてしか知らないので特に悪印象は無かったのですけど、あの二人が特別なだけで実は…って気がしなくも無く。

 …あんまりこの世界に悪い印象持つ出来事、起きて欲しくないんですけどねー。


 「あとは、ベルにもらったものの調査を大学にお願いしてあったので、そちらに話聞きに行きたいですね。それくらいですから、あとは三人で遊びにでもいきますか?」

 「私のあげたもの?」


 自分の名前が出てきたためか、ベルが反応してました。


 「ええ。確か未世の間を出た先にあった…って、ほら繊維の実をくれたじゃないですか」

 「ああ、あれのこと。役に立った?」

 「それはまだ何とも。でも楽しませてもらってますからね。ありがとうございます」

 「どういたしまして」

 「…和やかにやってるとこ悪いんだけどさー」


 とまあ、ここには口を挟むアプロでした。まあ当然ですね。


 「その、『ミヨノマ』ってなんなのさ?話からすると、アコが二度ほど連れ込まれて私が助けにいった場所っぽいけど」

 「その理解で合ってる」


 …む、面白くないからと構ってちゃんな話かと思ったら、実は真面目な話。

 というか私も気にはなってたので、少し身を乗り出してアプロに便乗の構え、です。


 「そこで魔王と対面したとかさー、何気に重要な場所っぽいじゃん。どーせ今のおめーに聞いたって正直に答えたりはしねーだろうけど、何なんだ?」


 答えは期待してません、てなことを言ってますが結構真剣ではあります。

 そんな視線を受けてベルはしれっとしていますが、それでもしばし考える風であった後、


 「…まだ早いと思う。いろいろと」


 そんなことを、言いました。


 「アコの記憶もそうだけど、物事にはそこに顕れる折とか機会というものがあると思う。いずれアコにもアプロにも関わりは出てくると思うから、それまで待った方がいい」

 「勿体ぶるのも大概にしろよー、って思うけど、どーせおめーのこったから無理に吐かそうと思っても無駄だろーしな」

 「そうでもない。アコと二人きりで夜を過ごせば…うっかり話してしまうかもしれない」

 「あなた最近どんどん明け透けになってません?」


 昼間の、お風呂場でのベルの指使いを思い出して少し赤面しつつ、わたしは話を締めました。そろそろ脱線し始めてましたしね。


 まあお酒もない夜でしたから、その晩は特に騒いだりもせず、静かに夜も更けていったのでした。



   ・・・・・



 朝起きるとベルの姿が消えてました。

 寝具は丁寧に畳まれ、管理の人に話を聞いたら、朝早くに丁寧に礼を言いつつ去って行った、って話でしたから心配するよーなこっちゃないんでしょうけど、わたしに付き合ってくれる、と言ってた割には、愛想ないー。


 「どします?探します?」

 「子供じゃねーんだしほっといてもいーだろ?それより今日は思いもかけずアコとふたりきり…うふ、うふふふふ…」


 まーアプロがそんな可愛いことを言ってたので、わたし的にはまあいっか、って感じです。ベルのことですから、何か心変わりがあったのか、それにまたひょっこり顔を出すでしょうし。


 他に宿舎を利用しているひともいませんでしたので、朝食はてきとーに外に出て済ませます。

 わたしの作ったものがそろそろ食べたいー、とかアプロが言ってましたが、料理に関してはそこまで威張れるものでもないんですけどね、わたし。


 「よし、じゃあ行こうか!アコ、手つなご?」

 「まあ別にいいんですけど、あなた誰かに見られたらマズいとかそーいうのないんですか?」

 「どーせ私の顔なんかそれほど知られてないって。それにまさかこんな格好で街中ぶらついてるとか思われないだろー」

 「まあそれはそうかもしれませんけど…」


 これから行く場所の主、こないだアプロのこと知ってたっぽいんですよねー。




 というわけで、やってきました。

 よく道を覚えていたな、って話ですが、もともと来るつもりでしたので、昨日のうちに調べておいただけです。


 「こんにちはー。以前お邪魔したアウロ・ペルニカの神梛吾子ですけどー」


 まだ朝も早いめな時間です。お店が開いているのかどーか分からず訪れてみましたが、前回と変わらず人気の無いことも同じよーに、その場にお店はありました。


 「はいよ、ってなんだい来るのがえらい遅かったじゃないか。またどっかでくたばってるのかと思ったよ」


 そして顔を見せたおばあさんの口の悪さも相変わらずのよーです。まあ確かにヘタするとそうなってもおかしくない生活してましたので、おかげさまでなんとか生きてますよー、と皮肉でもなく率直に返すわたしなのでした。


 「ふん、その様子じゃあペンネットの坊やから首尾は聞いているようだね。今持ってくるから、待ってな」


 にっこにこしてるわたしを見て、おばあさんは一端奥に引っ込みます。わたし、わっくわくしながら戻って来るのを待ちます。


 「…なー、アコ?何頼んだんだ?」

 「前回来た時話したじゃないですか。ベルにもらった草の実から糸と布を作れる職人さんを紹介して欲しい、って。実際作ってみたのが出来たから見に来い、ってペンネットさんに言われてたんですよ」

 「わざわざ王都に来る必要あったのか?」

 「まあ送ってもらってもよかったんですけどね。どーせ他の調べものもありますし、アプロにくっついてればまた王都に来ることもあったでしょうし」

 「ま、実際そーなったしな」


 と、店内に並ぶ布の山、天井からぶら下がった糸の見本などをアプロは眺めてます。


 「アプロ的には何か面白いものあります?」

 「んー、布の良し悪しなんか私には分かんないけどさー、アウロ・ペルニカに無いものなら持ち込んでみてもいいかもな、って思ってたところ」

 「まああの街って、こーいう細やかな繊維品とはあんまり縁ありませんしねえ…」


 気候に烈しさがあるせいか、麻のような布目は粗いけど頑丈な布と皮革製品が幅利かせてますからね、アウロ・ペルニカは。わたしのように裁縫が趣味だと楽しみが減って困ります。

 あまりにも弄り甲斐のある材料が少ないもので、最近革もいじってみよーかなー、とすら考えてますからね。


 「……はいよ、お待たせ。もともとの量が少ないから大したものは用意出来なかったけどね」


 などととりとめもないやりとりしてたら、奥からおばあさんがもどってきて、小さな糸巻きをひとつとハンカチの半分くらいのサイズの布を一枚渡してくれました。

 糸は漂白したり染めたりもしてないので、ちょっと黄みがかった白という感じで、太さは少し不揃いですが初めてにしては悪い出来じゃ無いと思います。

 布の方は…あれ?


 「…あのー、布の方ってお渡しした材料だけじゃないですよね?何か他のもの混ぜました?」

 「ほほう、なかなかいい目をしてるじゃないか。察しの通り、職人がいたずら心出して混ぜ物をしてあるのさ。糸は間違いなく嬢ちゃんからもらった材料だけで作ってあるが、布の方は、ま、職人からの提案、ってやつさ」

 「…ふぅん」


 布を手に、掲げてみたり透かしてみたりします。

 何を混ぜてるのかは分かりませんが、四分の一くらい、でしょうか。木綿の特徴は残しつつ、少し丈夫な仕上がりです。実用としてはむしろこれくらいの方がいいんじゃないでしょうか。


 「……悪くはないですね。こっちの糸だけで布を作るとまた違うと思いますけど」

 「今回頼んだ職人が、庶民向けの仕事ばかり請け負う男でねぇ…『こんなヤワな糸じゃあすぐ擦り切れちまわあ』って勝手に混ぜてしまったんだよ。もっと材料もらえれば混ざり物なしで作らせてみるさ」

 「いえ、試作段階でここまでしてもらえれば充分です。むしろわたしの触ったことがない布になったので興味深いですね。追加の製作はまたお願いしても?」

 「材料があればね。ただ、糸の職人も布の職人も、もっとやらせろって勢いだったから、やるんならうちに任せて欲しいね」

 「量産出来るかどうかは材料の調査次第ですね。あ、費用の方とかはどうでした?」

 「ま、面白い仕事させてもらったから、まけとくよ。ペンネットの坊やにもよろしくいっときな。そん代わり…」

 「あはは、分かってますって。ちゃんと仕事を発注する時はこちらを通しますから」


 その後は、こないだ買っていった布や糸についての話をしました。

 まー、流石にあれは言い過ぎだっただろうと文句は言いましたけど、「大半はその場での出任せさ。どうせ自分の判断だけで買うも買わないも決めてんだから、何言ったって構やしないだろ」とお世辞なんだかおちょくりなんだか分からないことを言われて誤魔化されたりも、しました。

 アプロも、布の品物については興味なさそうでしたけれど、話が仕入れだとか流通だとかに及ぶとここぞとばかりに食いついてきて、それほど退屈してなかったみたいですね。

 もっともお陰で、アプロの正体について確信持たれてしまったみたいですが、アプロが気にするわけないですし。




 「で、次はどこだっけ?」

 「大学です」


 王城に隣接する大学では、ベルにもらった綿花がこの世界のどこに自生しているか調べてもらってたんですが。


 「………どこにも、ない?」


 ヴルルスカさんに紹介してもらっただけに、ちゃんとした先生のはずなんですが、この世界でみつかっている植物の中に同じものはないそうです。

 似たものならある、と言われて見せられたのがいくつかありましたけれど、どれもわたしの知る綿花とはかけ離れて、というか果物に細かい毛がいっぱい生えたものから糸や布作ろうとは思いませんて。


 「ええと、大陸のどこにも?この国の中だけじゃなくても?」

 「間違いなく、のう。完全なる新種の植物であるから、むしろこちらが生えてる場所を教えて欲しいくらいだわい」


 ベルは、「未世の間を出た先にある」としか言ってませんでしたからね…もしかしてまだこの世界の人が行ったことがない場所にあるのかも。


 気落ちすんなー、とアプロに言われたりもしましたけど、別に落ち込んではいませんて。もう一つアテはあるんですから、てことで博物学系から生物学系の教室へ。栽培できそーかどうか試験をお願いしてたんですが。


 「…おー、ちゃんと芽は生えるんですね」


 日の当たる花壇、日陰のプランター、湿気の多い物陰等々何カ所かで種をまいて実験してもらったものですが、その中でも風通しがよく、ちゃんと水を与えられて涼しい場所のものが、一番芽がおっきそうでした。


 「きちんと育って同じものが生えてくるかはまだ分かりませんがね。そちらではどうですか」


 わたしも部屋の鉢植えで種育ててはいましたが、残念ながらこっちは失敗していたのです。


 「…用途を聞いたところ、かなり慎重にしないといけないようですね。分かりました、これからもお任せください」

 「お願いします」


 この世界でまだ発見されてない植物、となるとなんかいろいろ面倒なことになりそうですからね…。けどわたしの楽しみは増えたので、上機嫌で大学を後にしました。



   ・・・・・



 「アコー、用事は全部終わった?」

 「え?あ、そうですね、大分付き合わせてごめんなさい。もう大丈夫ですよ。どこか行きますか?」


 気がついたらもう日が傾いてます。

 大学に行く前にお昼にしましたけれど、それにしたって今日一日でわたしどれだけ喋ったんだか。

 普段会話をすることがそう多くない生活なので、なんだかあごが疲れる勢いでした。


 「…あー、なんかほんとゴメンナサイ。一日中わたしの楽しみに引き回してしまったみたいな感じで。あ、お詫びにお酒でも呑みにいきます?居酒屋…ってお店もあんまりないみたいですし、何かいい場所調べてもらっても…」

 「いや、アコが楽しそうでよかったなー、って。そう思うからそれは気にしないでいいよ」

 「………は、はあ。どうも、ありがとー…ございます、ね…」


 にぱー、と微笑むアプロについ見とれてしまうわたしでした。


 「でも付き合わせたお詫びはしたいですよ。わたしのおごりでどこか行きます?」

 「ん?んー……じゃあさ、一箇所だけ付き合ってもらおーか。いいか?」

 「ふふ、アプロにお願いされては断れませんからね。どこにでも行きますよ」

 「よっしゃ。じゃー行こうか」


 何処へ、何しに、とかそーいうのをすっ飛ばして行く辺り、わたしも随分慣れたものです。

 というか、アプロと一緒ならどこへ行ったって、愉快なことになるでしょうからね。


 …わたしはその時は、けっこー呑気にそんなことを、考えていたものでした。

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