第76話・王都の休日 その1

 「休日じゃなかったんですか?!もおぉぉぉぉっ!」

 「アコ、うるさい!」

 「その、なんだ。済まんとしか言いようがない。詫びと言ってはなんだが、アレニア・ポルトマに戻ったら美味いものでも馳走しよう」


 ええい、殿下にそこまで言われてしまっては本気出さないわけにはいきませんねっ!

 アプロ、やぁっておしまいっ!


 「言われなくてもなーっ!」

 「フ、地を這い回るしか能の無い愚昧な輩よ。我が名は燕人ビス……」

 「前略、中略、以下省略!顕現せよ!」

 「はぎゃぁっ?!」

 「よし、撃墜!ゴゥリンさん、殿下お願いしますっ!」

 「………(やれやれ)」

 「アコ・カナギ、面白くないのは分かるが俺も一応はこの国の太子なのだがな…」

 「ほら、アプロも!」

 「あーもー、よくもアコと一緒にお風呂入るのを邪魔しやがったなーっ!!」


 なんだか適当な呪言から発動した、いー感じの何かによって撃ち落とされた人型の魔獣によってかかって襲いかかる面々と衛兵の皆さんでした。

 そしてわたしのやることといったら。


 「よしアコ、出たぞ!」

 「お任せ!往生せいやぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 「ちょまっ、我にも名乗ら……」


 うるせーばかやろーっ!よくも休暇の邪魔しやがってーっ!!


 …わたしは鬼の形相で、取り押さえられた鳥みたいな羽毛のびっしり生えた魔獣の胸元にある、ちっさな穴を縫いとめたのでした。成敗!



   ・・・・・



 「…とまあ、そんなことがありまして」

 「あー、うん。お疲れ。悪いね、僕も行ければよかったんだけど」

 「しょーがないですよ。まだマイネル貧血が治まってないんですから」


 王城の病院…っていうんですかね?まあ毎度お馴染み聖精石による様々な医療行為が施される(実際は、新しい治療用の呪言をじっけ…もとい、臨床試験する場所でもあると聞きました)施設がありまして、王都に着いたらマイネルや、ケガした衛兵さんたちはそちらに収容されていきました。

 そしてマイネルを除くわたしたち三人は、荷物を下ろす間も無く次の穴塞ぎに動員されてしまいまして。

 いえまあ、これがマウリッツァ陛下直々の頼みとかでしたら否も応も無かったんですが、教会筋からの依頼でしてねー…そっち方面の折衝役のマイネルもおらず、殿下も何か含むところがあったとゆーか弱みでも握られていたのか、すっぱりと断ることも出来ず、マリスとの関係を少し揶揄されたこともあって、わたしたちはムカつきながら往復四日の旅に出たのでした。


 幸いと言ってはなんですが、道中十人ばかりの衛兵の皆さんやヴルルスカさんも一緒だったので退屈はしませんでしたけども、だからといってわたしたちの機嫌(特にアプロの)がよくなるはずもなく、ムカついたまんま、バギスカリに似た、なんだか鳥を模した人型の魔獣を退治してきた、というわけで。


 「まあ皆に何も無くて良かったよ。そんなに相手弱かったのかい?」

 「さーなー。そんな判断する前に速攻で斃してしまったし」

 「倒し方が分かってるんならこんなもんですよ。あ、でもアプロ?あの手抜きみたいな呪言、何だったんです?」

 「あーあれ?兄上が編み出したものなんだけどさ、教えてもらったんで早速使ってみた。予め聖精石に組み込んだ効果を簡単な呪言で引き出すやり方あるだろ?アコがいつも水集めしてる時のよーなやつ」

 「ええ」

 「あれはさ、普通は聖精石を作る時に鋳込んでしまうんだけど、後付けっつーか、私の剣に任意の効果を仕舞い込んでおいて、決められた呪言を唱えることで即座に効果を引き出す、ってことをしてみたわけ」


 してみた、って簡単に言いますねえ…。

 まあプログラムしていろんな状況で機能を利用するみたいなもんですか。


 「…それにしたって、『前略中略以下省略』は無いと思うんですけど」

 「別に用意しておいた効果を引き出すための呪言なんか何でもいーし。だったら簡単で、うっかり唱えてしまわないふざけたヤツのほーがいいかなー、と」

 「そんな呪言で退治される方にしてみりゃたまったもんじゃないでしょうねえ…」


 難しい理屈なんか分かりませんけど、結局名前も分からなかった魔獣に、心の中で合掌。


 「言う程簡単でもないから。大体、威力の割に、石に溜めておける時間も短いし、溜めておくと本来の呪言も威力落ちるから、使いどころ難しいんだぞ。今回はどんなヤツが相手か分かってたから、不意を突けただけ。いつもこんなことが出来るとは限らないんだから、アテにしすぎるのもよくねーって」

 「なるほど。わたしがあれこれ考えても無駄なことだけは理解できました」

 「まーたアコはそーやって私の説明を面倒くさがるー」


 ぷー、とふくれた顔のアプロです。

 と言いましてもね、アプロの剣のことまで考える余裕がないんですってば。わたしの、複数のことを考えられない頭では。


 「………」

 「あー、はい。そうですね。病院であんまり騒ぐのもよくないですし、マイネル?わたしたちはこれで。また来ますから」

 「おー。マリスにはちょっと帰るの遅れるとだけ先触れしとくからなー」

 「うん、それでいいよ。三人もゆっくりしていなよ」

 「いわれるまでもねーって」


 ほんとかなあ、みたいな顔でマイネルはわたしたちを見送ってくれました。

 まーだベッドから起き上がれないんですから、自分だって結構疲れているんでしょうにね。

 ただ、アプロの場合は王都にいると忙しいのも確かでしょうし、そこら辺はわたしが適宜サポートしてやらねば、ですね。




 「あ、大丈夫大丈夫。今回は私来てないことになってるから。アウロ・ペルニカにいるときよりむしろ暇だと思う」

 「え、そーいうものなんです?」


 病院を出て(といってもまだ王城の中ですが)すぐに、アプロはそんなことを言います。お忍びみたいなもの…なんですかね。


 「ま、そんなとこ。いちおー陛下への挨拶だけ済ませればあとは好きに動けるから。じゃあアコ、お風呂いこっか?」

 「…こっちの用事も済まさせてくださいよ。せっかく王都に来たんですからいろいろやりたいことありますし」

 「えー…またこないだみたいな買い物だろー?どうせ」

 「もちろん。今度は荷物持ちとして逃がしませんからね、ゴゥリンさん……って、もういないし」


 振り返ると、うしろについてきてたはずのおっきな姿は掻き消えておりました。


 「…ま、しゃーないよ。あいつ城の中だと目立つし」

 「…そーですねえ」


 わたしもアプロもはっきりと口にはしませんが、獅子身族の身としてはあまり居心地のいい場所ではないのです。ゴゥリンさんが気兼ねなく歩けるようになればいいな、とは思いますが、今それを望むのも…。


 「姫殿下。ご無沙汰をしております」

 「ん?」


 …などとしんみりしておりましたら、空気を読まない不粋な声。誰ですか、と思えば…誰?


 「なんだ、クィンリスじゃんか。いるとは聞いてたけど、まさか城にいるとは思わなかった」


 アプロを挟んで反対側から、恭しく頭を下げていたのはわたしよりも少しばかり年上と見える女性です。

 少しクセのある赤毛で、美人…ってわけじゃないですが、品の良さならアプロやわたしよりも上行ってます…って、アプロもそれなりの場面ではちゃんとお姫さましてるんですけど、普段が普段ですからねー。


 「アコ、こいつはマリスの…ええと乳母の娘。クィンリス・ヤルス」

 「はい。我が母がマリス様のご幼少のみぎり、お世話させて頂きました。針の英雄殿のお話も伺っておりますね。どうぞ、よしなに」

 「は、はあ…こちらこそマリス…さまには懇意にして頂きまして。ども」


 乳母?なんかマリスもややこしそうな生まれ…なんでしょう。

 少し面食らったわたしでしたが、クィンリスさんの方は特に気にもとめず、アプロに向け親しげな笑みを浮かべてました。結構よく知った仲…なんですかね。


 「で、どしたー?教会の方に顔出す予定はないけど」

 「いえ、本日は殿下からの用向きを。お二人を食事に招待されたいとのことで、お迎えにあがりました」

 「…あー、そういやそんなこと言ってたっけ。別に兄上も気にしなくていーのにな」


 ですねー。済んだことですし。

 けど、ちょうどお腹も空いてましたので、わたしとしては反対する理由はないですよ?


 「アコの腹具合なんかこの際どーでもいいんだってば。場所は?いつもの別宅だったらこっちから行くけど」

 「わたくしも給仕を仰せつかっておりますので、ご案内致します。こちらへ」

 「はいよー」


 と、クィンリスさんに先導されて歩いていくわたしたちでした。

 しかしまあ、マリスの乳母の娘さん、なんて関係だと教会のひとかと思ったんですが、なんだかいろいろありそうですね。

 …って、アプロとマリスって、いつ頃からの知り合いなんでしょう?




 「なんだ、そんな話もしてなかったのか」


 と、ヴルルスカさんに聞いたら、呆れた顔で言われてしまいました。

 だってアプロって、昔のことあんまり話してくれないんですよ。


 「アプロニア様…当時はメイルン様でいらっしゃいましたね。当時も歳が近いから、とマリス様とはよく遊戯に興じられておりましたよ」

 「…ちょっと想像つかないですね。アプロってその…もともと町娘だったんでしょう?マリスと気が合うとも思えないんですが…」


 ちょっと濁した言い方に、ヴルルスカさんとアプロは少し苦笑しています。まあ二人の苦笑の理由は微妙に違うのだろうと思いますが。


 「そりゃあ最初は…ああ、うん、気が合わなかったけどさ。歳が近いって言ったって子供の三歳差は大人と意味違うし、マリスはマリスで勉強ばかりの頭でっかち、たまには外に出て体動かせー、って引っ張り回してただけだしな」

 「それでケガをさせて大分叱られていたものだな、アプロニアも」

 「ですがその件で私を一番叱っていたのは兄上であったと記憶していますが」

 「妹分に対する扱いにしても雑すぎたのだ。とは言え、マリス殿もそれで大分明るくなったものだ。結果的にはアプロニアのやり方で正解だったと言えるな」


 アプロの言い分は開き直りの部類でしょうけど、ヴルルスカさんの方も、楽しい思い出を語る口調でしたし、今となっては…って話なんでしょうね。

 そしてそんな場にいなかったわたしとしては…ちょっとばかり、ジェラシってしまうわけでして。

 給仕の手を止めて、一緒にしんみりしてるクィンリスさんを、少し羨ましく思ってしまうわたしなのでした。


 ヴルルスカさんがアプロとわたしを招待してくれたのは、純粋に急に発生した魔獣退治に対しての労いだったようで、難しい話なんかは全くなく、そんな風に昔話に興じるだけで終始しました。

 アプロと少し縁のあるクィンリスさんを給仕にしてたのも、そんな心遣いだったのかもしれません。まあその分、わたしはすこーしモヤモヤしたのですけど、楽しい話なのは間違いなかったので、文句などあろうはずもありませんでした。

 ただ、メインの肉料理が鶏肉だったのには、ちょーっと引いてしまったんですけどね…だって、鳥人間の魔獣を退治した後に現れたのが、まんま鶏だったんですから。

 まさか目の前の料理って、その時の…と思って一瞬焦ったものです。その上、ヴルルスカさんが、牛の時のことを思い出して、わたしをからかってくれやがりましたからね。後で覚えておいてください、まったくもう。


 ま、そんな感じで「比較的」和やかな会食の時間を過ごさせていただきました。

 料理は美味しかったですし、アプロの昔の話なんかもちょっと聞かせてもらいました。

 その後、ヴルルスカさんに連れられて陛下へちょこっとご挨拶などしてから、またアプロとは二人きり。まー、そこそこ時間が経ったせいもあって、アプロへ面会を求めたり…まあそのー、以前わたしに声をかけてくれた方からのお誘いなんかもあったりはしたのですけど、ことごとくアプロがバッサバッサと断りまくり(わたし宛の誘いも含めて!)、さてどーしたかといいますと。


 「………このでかい浴場を貸し切りとか、あなた実はアホですか」

 「そんな言い方ないだろー。アコを独占出来るまたとない機会なんだし」


 とは言いましてもねー。

 ちょっとした体育館くらいの大きさありますよ、コレ。公衆浴場っていうんでしたら他の皆さんだって利用するんでしょうし、それを貸し切りとかもう、何考えてんですかこの子。他のひとの迷惑とか考えたらどうなんですか。


 「いや、ここ貴族向けの施設だから別に問題無い。持ってる伝手を総動員して、他の貴族は黙らせた」


 そう呆れてあんぐりと口を開けてたわたしの隣で、なんとも鼻息荒くアプロはそう言います。


 「貴族専用て…そーいうもの、分かれてるものなんですか?」

 「まーなー。こう言ったらなんだけど、場所が場所だけに暗殺の心配とかあるし」

 「そこまでしてお風呂に入りたがるってのもどーなんですかねー…」


 と言いつつ、実はわたし結構うずうずしてます。ちゃんとした湯船につかるのなんて、すごく久しぶりですし。


 「じゃあさ、アコ。早くはいろ、早く。一緒に風呂入るのとか初めてじゃないか?」


 そもそもお風呂自体そう入ることない生活してますからねえ…考えてみたら、わたしよくガマンしてたものです。いえまあ、水に不自由はそれほどしてないので、清潔にはしてますけど。


 まだぶつぶつ言ってるわたしの腕を取って、アプロはなんだか空でも駆けていくよーな調子で、大きくはあっても華美ではない建物の中に入っていきます。


 中に入ると…うーん、そのなんというか、日本のスーパー銭湯とそう変わりない光景が。

 いえもちろん、石造りでしっかりしたものなので基本的な建物の造りは違いますし、体重計だとか自動販売機とかそーいうあからさまなものも無いのですが、なんとゆーか「脱衣所!」って雰囲気は共通してるといいますか。

 アプロの貸し切り、ってことなので他に人もおらず、従業員…のような人が?ぴしっと並んでいました。


 「アコー、使い方とか分かるかー?」

 「まあなんとなくは。脱いだものはどうするんです?」

 「近くにいる仕丁しちょうに渡しとけばいーよ。入ってる間に整えてくれるから」

 「なるほど」


 そういえば、中に入ると付かず離れず人がついてきてました。

 ていうか、わたし自分のことは自分でするようにしてましたので、あんまりこーいうのは慣れないというか落ち着かないんですが…。


 「…えーと、その。よ、よろしくおねがいします…?」


 なので、つい声をかけてしまいました。

 ちなみにわたしについてくれてる人は、ちょうどおかーさんくらいの年頃の女性です。日本にいる時にそんな年上のひとを使うよーな真似はもちろんしたことがないので、なんかすごく恐縮です。


 いえ、もちろん前回来た時もこーいう機会はあったんですが、あの時はこうもぴったりくっついてなかったですし………そういえば前回は、お城の中でずっと過ごしていたんですよね。となると、王族と貴族で、人の使い方に違いがあるのかもしれません。なるほど、ひとつ勉強になりました。


 そうと分かれば気にするこたーありません。横柄にならない程度にずーずーしくやらせて頂きましょう、と着てるものを脱ぎ…はじ………め…。


 「…じー」

 「…あの、そんなに見てられるとすんごい脱ぎづらいんですけど」

 「あー、いいよいいよ。気にしないで」

 「気にしないでって…無茶言いますね。ていうかわたしの裸なんか何度も見てるでしょーに」

 「まあそうなんだけど、なんかアコが自分で脱いでるのを見てると…興奮する」

 「………付き合い方考え直した方がいいかも、って思うようなこと言わないでください」


 あははー、とアプロは笑って男らしくすっぽんぽんになり、脱衣所から浴場へ向かう廊下に向かいました。冗談だと分かってあからさまにホッとするわたしです。

 それにしても、脱衣所と浴場が隣り合ってないで少し離れてる、というのはなかなか面白い構造ですね。

 わたしは、下ろした髪を簡単にまとめ、タオルを体に巻いて「はやくー」とか言ってるアプロの後を追います。


 「アコ、こっちこっち。ここの浴場ってさ、最初のかけ湯のところがおもしろくて…」

 「はいはい」


 子供みたいにはしゃぐアプロに手をとられ、わたしは苦笑しながら浴場の入り口をくぐります。西部劇の酒場みたいな開き戸を押し開き中に入ると。


 「……二人とも。遅い」


 …腰に手を当て仁王立ちで裸の、ベルがいました。


 ………なんで?

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