第75話・魔王さまの影 その7
「…あの、そろそろ機嫌直してくれるかな?アコ」
「うるさいです。いーからそのまんま死んでてください」
…まったくもう。死んでいるかと思ってわんわん泣いたわたしの恥ずかしい姿の記憶をその場にいた全員から消し去ってやりたいッッッ!!…って、いえまあ、死んでいたのは本当なんですけど。
「まーでもさ、アコがあんだけマイネルのことで感情的になるとは思わなかったし、いーもん見させてもらったよな」
顔は見えませんが、わたしの後ろでアプロがニヤニヤしてるのはよーく、分かります。きっと当分はこのネタでからかわれるんでしょう、わたし。
「………(ぽむぽむ)」
「あ、どもです」
黙ってわたしの頭を撫でてくれるゴゥリンさんだけが和みポイントなのでした。
わたしの機転のお陰で(えへん!)バギスカリを退けはしたものの、マイネルという犠牲を払ってしまった…と思ったのはわたしだけでした。
遺体にとりすがって取り乱してたわたしと違い、立ち上がれるようになったアプロは「しゃーないなー」とマイネルの身体をひょいと担ぎ、泣きながら後をついてくるわたしに声もかけず(今思うと既に面白がってたよーな気がします…肩がぷるぷるしてましたし)、ヴルルスカさんたちと合流し、野営地に戻ってきて最初にやったことってば、マイネルの荷物の中からなんだか見たことのない聖精石を取りだし、ぽっかりと物理的に穴が空いてたマイネルの胸元に置いて何か唱えることだけでした。ほんと、それだけ。
…そしてそれだけでマイネルはぱかりと目を開いて、「ああ、ごめんアプロ。手間かけたね」「まったくだ。帰ったら酒でもおごれよー」とか、泣きはらした目を晒してるわたしを前になーんにもなかったように会話を始めていました。
「………あの、これどーいうこと…です?」
「……おお!」
そして、納得いかず泣き顔のまんまでいたわたしに、アプロは手をポンと打ってこんなことを言います。
「アコには言ってなかったっけ。洗礼名を受けた教会の者は、魔獣に受けた傷に限って完全に復活出来るんだよー。ま、私みてーな立場からすればインチキもいいとこなんだけどさ」
「ちょ、インチキってそれはないだろ?!傷が無かったことになるだけで、死ぬときは痛いし苦しいし、おまけに血も失ったままだからまだ頭がクラクラするよ…ちゃんとケガ人なみには扱って欲しいんだけど」
えーと。
つまり。
マイネルが死んでしまったと思って本っ気で泣いてたわたしってば………間抜けの極み?
「いや悪い悪い。んなこたねーだろ、って高を括ってたからさ、アコに言うの忘れてたよ。あはは」
「あはは、じゃねーですよ!だったらここに戻って来る前に一言説明してくれればいーじゃないですかっ!わたし皆がいる前であ、あんなに、あんなに……ああああああああぁぁぁぁっっっ!!」
「ちょっ、だからアコなんで僕に八つ当たりするのさっ!アプロが悪いんだろぉ?!」
「うるせーです!あらかじめ言っておいてくれなかったマイネルが悪いんですっ!死にますか?もう一回死んでおきますかっ?!」
「あ、やめ…アコに殺されたら復活出来ないからっ!」
「もぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
そして今に至ります。
わたしも大分落ちき、ようやくお茶など煎れて先ほどまでの出来事を考える余裕も生まれているのでした。
「だから悪かったって。マイネルはともかく私までそー睨まないでほしーな、アコ」
「僕だけが悪者扱いっ?!」
「………(コクコク)」
…ま、いーですけどね。いつも通りといえばいつも通りに戻ってますし。
「お、復活したかマイネル。どうだ?」
「ああ殿下。ご心配おかけしました。そちらの方は?」
「一番酷くて骨を折った者が二人ばかりだ。お前たちのお陰で犠牲もなく任務完遂というところだな。アプロニア、よくやってくれた……ぷぷ」
「いえ、おに…兄上のお役に立てたならこの上無い喜びです……ぷっ、ぷくく」
「アコもよくやってくれたな。勲功第一はお前に間違い無い。礼を言うぞ………く、くくっく…」
「ヴルルスカさんも笑いたいなら笑えばいーじゃないですかぁ…もう」
さっきからわたしの顔見るひと見るひと、揃って笑いを堪えてるかすんげー生温かい視線を投げかけてくるかのどっちかなんです。居づらいったら、もう。
「まあそう腐るな。仲間思いの素晴らしい心根を持った英雄だ、と兵どもの間でも評判だ。気の早い連中なぞ聖女扱いだぞ?」
「ほんとーに感心してるのならそっとしといてください。わたしはへーおんぶじな生活が望みなんですから」
「ふ、事実に即して高く評価されるのは悪い話ではあるまい。さて…」
高評価じゃなくて買いかぶり、ってもんですよそれは…とぼやくわたしを気にせず、ヴルルスカさんは天幕の中のわたしたちを一度見回して、どっかと座り込みます。
「…あったことを聞かせてもらおうか。あの魔獣は何だったのだ?」
「何と言われましても…ただ、アプロたちが追い詰めてくれたお陰で、わたしが縫い合わせることの出来る穴が現れて、それを縫い止めたら姿を消した、という意味では他の魔獣と変わりは無いと思います…そういえばあの子牛、どーしたんですか?」
バギスカリが消えたあとに現れていた子牛です。
見たところ、他の穴の魔獣のように角もなく、普通の牛だったよーですけど。
「あれか?兵たちがさっそく屠殺して解体しておったぞ。喜べマイネル、今晩はきっと豪勢な食事になるぞ。栄養をつけておくがいい」
あ、あれを食べるんですか…わたしは遠慮しておきます…。
「そーかあ?魔獣の穴を塞いだ後も消えてなかったってんなら、ただの牛だと思うけどなー」
「気分の問題ですよ。でもただの子牛だっていうんなら、あの牛を通してバギスカリを顕してたとか、そーいうものかもですね」
「…どゆこと?」
「いえその、アプロにそんなに食いつかれても細かい説明する自信なんか無いですけど…」
バギスカリが消えたあとにあの子牛がいたというなら、全く無関係ってことは無いんだと思います。
で、魔獣の穴が現出する条件みたいなものが分かんないので断言は出来ませんけど、魔王だって好き勝手にぽこぽこ穴を出現させられるとは限らないと思うんですよね。なんていうか、ゲームのルール的に。
穴の種類についてはあれこれ言われてましたから、一本角の牛の魔獣とバギスカリが別の種類の穴から出てきたものだとして、出現に必要な条件が違うとすれば、あるいはあの子牛が第三の魔獣の穴のための何か、って可能性は低くはないんじゃないでしょうかね?
「…む、だとすればあの子牛を屠ったのは間違いだったか?」
「さあ、それはなんとも…。ゲームのルールが分からないんですから、実はただの牛でしかないのかもしれませんし。けど、皆さんから見てただの牛だっていうんなら、問題はないと思いますよ」
「そうか…」
「一定以上、この世界に及ぼせる力を減じたら穴が顕れた、それを塞いだら姿を消した、ということなんですから、わたしが塞いだ穴がバギスカリという人格?とか力を現出せしめてた原因、あの子牛はそれを繋ぎ止めておくだけの存在…ってわたしは思います。根拠ないですけど」
「だがそれを否定する要因も無いわけだ。であれば、今はそう考えておく他あるまい。ま、それに縛られるのも巧い話ではないがな」
そーいうことですね。
「で、これからのことだが…我々は王都に戻るが、お前たちはどうする?このままアウロ・ペルニカに帰るか?」
「うーん…どうします?」
「私は別にどっちでもいいぞ。マイネルの療養をすんなら王都の方がいーだろうし。それともマリスの顔を早く見たいか?」
「それこそどちらでもいいよ。けど先触れを出すにしても、僕が一度死んだことは知らせないでおいてくれるかな?また大変なことになりそうだし」
そーですね。どんな顔するか容易にそーぞーつきますし。
…まあそれにしてもマイネルの素直じゃ無いこと。マリスに心配かけたくないって言えばいいのに。
「………体は
「だな。マイネル、一度王都に行くぞ。血が戻るまでは休んだほうがいい」
結局、ゴゥリンさんの一言でそういうことに、なりました。
・・・・・
その晩は宴会になりました。騒がしいのはあんまり得意ではないのでわたしは早々に退散させていただいて、一人で星空を眺めてます。
…別に弄られるのから逃げてきたわけじゃないですよ?
にしても、いろいろ考えないといけないことはありますよね…。
あの、バギスカリという名の魔獣の存在は、魔王ってものがわたしにとってどういうものなのか、まだハッキリしていないってことを教えるものでしたし。
マイネルのことも…教会って一体何なんでしょうね。マリスとマイネル見てると、割と緩い団体に思えますけど、ちょっと認識改めないといけない気がします。二人ともわたしの大事なお友だちでいることに違いは無いとしても。
そういえば最近ベルにも会ってないですね。屋台の手伝いして以来顔を見せてませんし、今何してるんでしょうか、あの子。
「アコ」
…それと、とわたしにとって捨て置けないことに考えが至ろうとした時、アプロの声がしました。
「はい、起きてますよー。アプロはいいんですか?主役みたいなものじゃないですか、あなた」
「本当の主役が姿消したから代役勤めてただけだっての、私は」
他称本当の主役としてはちょっと申し訳ないですね、とわたしは笑って隣にアプロを誘います。
言われるまでも無い、みたいな顔で腰を下ろしたアプロは、ちょっと思案顔でわたしにお酒を渡してきました。
「…何か考え事ですか?」
「まー、ちょっと。それよりほら、祝い事なんだからアコも呑みな。全然呑んでないだろ?」
「どーも。じゃあ一杯だけ………ちょっとキツくないですか?コレ」
口をつけただけでむせそうな強いアルコールに、わたしは顔をしかめてカップを口から離します。
「気付け代わりに携行してる酒だからなー。男ばっかで強ければ強いほどいい、みたいな空気だし」
「厄介な風習ですねぇ…」
気付け代わり、というのがどういう意味か分かってわたしは少し気が重くなります。多分、末期の酒…っていうか、酷いケガをしてもう助からない、って人に呑ませるものでもあるのでしょう。
…まったく、誰ひとり欠けることなく帰れることになって良かったですよ。この世界、そーいうシビアなところをわたしに見せてなかったですからね。
「…やっぱり帰りたいとか思う?」
「まさか。もうそんなこと考えていませんよ。アプロや、他の皆が大事ですからね」
「そか」
わたしの横顔を見つめてたアプロは、少し酔いの残る顔を夜空に向けます。
「夜空って、わたしの故郷と同じなんですね。時々見てはいましたけど、初めてそう思いました」
「んー、そういう話を手紙ではしなかったっけ…」
「した覚えはないですけど。あ、そーだアプロ。帰ったら一つお願いがあるんですが」
「うん?抱いてくれ、っていうんなら今からでも…ほら、そこの物陰なら誰にも気づかれな……」
…道化に徹するならわたしに睨まれたくらいで黙らない方がいいですよ。
冗談言うつもりのないわたしの視線にあてられてか、気まずく目を逸らすアプロでした。
「大したことじゃないです。わたしの書いたという手紙を見せて欲しいんです」
「え?そりゃとってあるから見せることは出来るけど。でもなんで今さら?」
「わたしからの手紙はこの国の字で書かれてた、って言ってたじゃないですか。わたし、やっと字が読めるようになったので、それがどういうことなのか自分の目で確かめてみようと思いまして」
「ん、分かった。まあ少し先のことにはなるけどなー。マイネル何日か休ませないといけないし」
「別に急ぎませんから大丈夫ですよ」
そんな話をしたせいか、アプロはまた何かを考えるように空を見上げてます。
わたしも、こうして静かにしている時間がなんだか好ましくて、同じようにしてましたが。
「…アコ。あのさ」
考えがまとまったのか、それとも一人で考えているのが辛くなったのかは分かりません。そんな感じのアプロの声でした。
「バギスカリが最後に言ってたこと、覚えてるか?」
「…さあ。わたし、マイネルの姿が目に入ってそれどころじゃなかったですし。何か言ってたんですか?」
「んー…まあアコが覚えてないならいーよ。それより魔王って一体何なんだろうな。私はそれを倒せという使命を与えられて、そのつもりで自分を鍛えてきた。けど、魔王の手下たちを潰して魔王を見つけて倒してそれで終わり、って単純にはいかないんじゃないか、って気がしてきてる」
「そーですね。ベルの存在がなければわたしももっと簡単に考えていられたんですけど、そろそろわたしも腹括ってベルとは話しないといけないかもしれませんね」
「いい雰囲気なんだからベルニーザのことなんか思い出させないで欲しいんだけど」
「どこがいい雰囲気なんですか。ぶっそー極まり無い話してるとわたしは思ってたんですが」
「そこはほら、アコと二人きりならいついかなるどんなときでも…私にはいい雰囲気、ってことで」
「…かわいーような迷惑なよーなことを言いますね」
鎧を脱いで革のベスト姿のアプロが、わたしの肩に頭を預けてきます。
ちょっと汗くさいなー、と思いましたけど、アプロのにおいだと思えば芳しき香りと言えなくも、って何考えてんですか、わたし。
「…アコ、なにしてんの?」
「え?ああいえ、わたし汗くさくないかなー、って思いまして」
反対側の腕を上げて自分の匂いを嗅いでたわたしを、アプロがきょとんと見てました。
それから、良いことを思いついたみたいな顔でこう言います。
「アコ、王都に行ったら浴場にいこーか」
「浴場?銭湯みたいなものですか?」
「セントウってのが分かんないけど。ええと、つまりおっきな風呂があるんだ。お金だして誰でも入れる。一緒にはいろ?」
なんだ、やっぱり銭湯じゃないですか。
聖精石のお陰で水に不足する、ってことはそれほどないので体は清潔に保ててますけど、おっきなお風呂ってのは惹かれますね。
「いーですよ。そういえばお湯につかるってこと最近してませんでしたからね。水浴びなら結構してましたけど」
「よっしゃ。うふふふふふ、楽しみだなー…」
すんごく悪い顔で笑うアプロでした。なんか身の危険を覚える…。
そんな感じで、あとはアプロの言う「いい雰囲気」で少しお話しをしたところで、マクロットさんが乱入してきたために二人きりの時間は終わりました。
あからさまにアプロはイヤな顔してましたが、酔ったマクロットさんはおかまいなしにヒゲのたっぷりした顔をすりつけてたものです。わたしはその隙にさっさと退散しましたけど。
ぎにゃぁーっ!とかいうアプロの悲鳴を背中に聞きながらわたしは考えます。
バギスカリの最後の言葉。わたしのもといた世界がただの妄想だ、っていう。
アプロには誤魔化しておきましたけど、ちゃんと覚えてます。その言葉の意味が、わたしの足下を危うくしていることも、分かります。
…そして理由も分からず、アプロや皆にそれを知られたら拙いんじゃないか、ってことも。
魔王の打つ手の一つだった今回の事件。
それが、わたしのこの世界での居場所に影を落としたことだけは、どうしても認めないといけないのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます