第74話・魔王さまの影 その6

 マクロットさんは離れて自分の部隊を指揮しに行きました。交代でマイネルが合流してますけど、バギスカリなる名前の牛頭の魔獣に追いまくられる展開であることに、違いはありません。牛に追われるとかいうスペインの祭りの参加者はこんな気持ちなのでしょうか。


 「………」

 「あー、そうですね、自分の足で走ってないんですから、頭くらいは使います。はい」


 わたしを抱えて疾走するゴゥリンさんに胡乱な目で見下ろされます。鈍くさいわたしは持ち運びされてるんですが、その状態でアプロやマイネルと併走出来るとか、見かけによらず足速いんですよね、ゴゥリンさん。


 「アプローっ!呪言は?!」

 「足止めた途端に吹っ飛ばされるだろーがっ!」

 「走りながらでも…ああもう、鋲牙閃!」


 多少の足止めにでもなれば、とマイネルの放った反撃は、衆寡敵せずなんの効果も無かったのでした。ええい、わたし並に役に立たない男ですねっ!


 「だったらアコが何か考えてくれよ!」


 走りながら怒鳴ると余計に疲れますよー、って自分の足で走ってないわたしの言うこっちゃないですけどね。

 ただその分考えがまわるのも事実です。

 はい、わたし考えます。

 

 まず、二回目の牛の群れを引きずり出したのは、あのバギスカリとかゆーいけ好かないヤツです。なので、あれを先に倒せば全部解決…って話なんですが、この状況でそれが出来るんですかね?

 それと、バギスカリの目的、ってのがよく分かんないんです。

 わたしたちのお命頂戴、ってノリのわりには…。

 ちら、と後ろを振り返ってみます。バギスカリは再出現した牛の一頭の背中にのり、カウボーイよろしく周囲の牛を煽ってますけども、そもそも牛が本気で走ったとして、こうも長時間(いうてもまだ三分くらいですけど)走って逃げられるものなんでしょうか?

 うーん。


 「オラオラどうしたてめらぁっ!逃げるしか能がねえのかよぉっ!」


 勝手言ってくれますねー…とはいえ、確かにこのままじゃ足が止まってお陀仏です。アプロ以外を危険に晒すことになりますけど、対抗出来るのがアプロだけ、ってのも事実ですし。


 「うん、これしかないですね。アプローっ!一人だけ空飛んで呪言撃ち込んでくださーい!」


 ゴゥリンさんに抱えられたまま呼びかけます。

 するとアプロの方も、それしかないか、と少し走る速度を緩めて、呪言を唱え始め、これは意外と時間がかからないのはわたしも知ってますので、ほどなく、「しゅばっ!」という効果音のしそうな様子でカッ飛んでいきます。


 「おお?おい仲間ほっといて一人で逃げるのかぁっ?!」


 わかりやすぅい煽りかましてくれるアホが一人いますが、かまうこたーありません。手出し出来ない場所に行ってしまえばアプロの独壇場ってものです。

 問題は、アプロが殲滅してくれるまでの間、わたしたちが耐えきれるかどーかですけど、まあいつものパターンになっただけですしねー…わたしっていうお荷物がいるのを除けば、ですけど。


 「…ゴゥリンさん、マイネル。アプロがやっちゃうまでの間、よろしくです」

 「………無茶だな」

 「簡単に言われてもねえ…」


 二人は顔を見合わせて頷くと、二手に分かれます。

 アプロにしてみれば全部集まっていた方がいいと思うのですけど、何か考えがあるんでしょう。付き合い長いんですし。

 わたしはやっぱりゴゥリンさんの脇に抱えられたまま、状況を確認します。

 ヴルルスカさんとマクロットさんの指揮する衛兵さんたちはとっくに見えなくなってますし、援護を期待するわけにもいきません。

 無理矢理首を回して上空のアプロを見上げましたが、けっこー高いところまで昇ったのか、すぐには姿を確認出来そうにはありません。

 なら、もうわたしに出来ることありませんね、と数が半分になった追っ手を見ると、どうもバギスカリはこっちを追いかけることにしたのか、距離を保ったままついてきてました。

 そして、アプロまだ?と祈るようにしていると、上空から一際凜々しく響く、「顕現せよ!!」という声。

 何が起こるのか、と身構えた次の瞬間、天空から槍が降ってきました。

 それは一本一本過たず、わたしたちとマイネルをそれぞれに追いかけていた牛に直撃し、爆風に煽られてつんのめったゴゥリンさんもろとも転倒したのですけれど、ちゃんと受け身をとってから起き上がるとそこには、牛の屍が死屍累々…。あ、相変わらず派手ですねー…。


 「……ぐ、いろいろとやってくれるガキだぁな…おおっ?!」

 「くたばれこのヤローっ!!」


 間髪入れず上空から吶喊してくるアプロが、起き上がったバギスカリを襲撃します。

 ちゃんと分かってました。牛の群れを殲滅してしまえばアプロの出番は無い。だから、わたしが自分の仕事をしているうちにバギスカリの相手をしていれば、あわよくば倒してしまえばいい、って。

 だから、わたしがこれからやることなんか決まってます。

 こちらに向かってくるマイネルも、わたしの身を案じてくれたゴゥリンさんも無視してわたしはあらわれた布に手を伸ばします。

 大きさ、同じ。穴のサイズも位置も変化なし!

 まち針の仮止め…省略!もはやわたしの縫製速度をもってすれば、これくらいの穴ならまち針は不要です。さっき確信しました!

 わたしの頼もしい相棒、聖精石の縫い針をもった手指を高速で運びます。

 そして、先程の勢いを完全に上回る速度で、自分の務めを果たしたのでした。人間ミシン、神梛吾子と呼ぶがいいです!………いや、それはそれでちょっとびみょーな気分。

 ともかく、凱歌を上げるためにわたしは両手を高々とかかげ、そろそろあっちも片付いているといーなー…って、振り向き宣言します。


 「終わりましたっ!あとはアプロが勝てばおしま……いいいぃぃぃっ?!」


 …そんな、ばかなっ!

 だってアプロですよ?!聖精石使わなくたってあんなに強いアプロなのに、それにゴゥリンさんだってマイネルだって助太刀しにいったのに、なんで三人とも倒れてしまってるんですかぁっ?!


 「……あー、弱ぇ弱ぇ。なあんでこんな手応えのねえ奴らをガルベルグは気にしてんだ?まったく、あいつの考えるこたぁよくわかんねぇわ」


 ぼーぜんとするわたし。そして、その場に立っていたのは、少しくたびれた様子ながらも余裕たっぷりの、牛頭。

 それを前にしてわたしは一歩も動けず、震える唇からは、なんで?なんで?と子供のような呟きしか洩らせません。


 「………あ、アコ…逃げ……」


 聞き慣れたアプロの声。ですがそれはとても弱々しく、無理繰りに体を起こしてわたしを気遣う様子に、わたしはもう絶望しか持てないのです。


 「……死に損ないが」


 バギスカリはそう吐き捨て、アプロにとどめを刺そうとでもいうのかそちらに顔を向けたのですが。


 「…待って!もう勝負ついたんでしょう?!…あーもう、わたしはどうなってもいいからみんなは見逃して…」


 そんなことさせられるかと、わたしはガタガタ震える体を両の腕で抱きながら、精一杯の強がりを叫びます。

 けどその甲斐あってか、バギスカリの動きは止まり、改めてわたしに向き直ります。


 「…そんな真似させるわけねえだろうが、この甘ちゃんがよ。石の剣を使うこのガキ、それからその周りにいるてめぇら鬱陶しい三人。まとめてなんとかしてこい、ってのがガルベルグの指示だ。流石に一対三になったときは少し焦ったがよ、こんな好機を逃すわけがねえだろうが、ばぁか」


 アプロたちはそれでも抵抗したのでしょう。口ほどに余裕のある様子ではありません。わたしの仕事にかかったのは時間にして数分程度。その間に三人が倒されたのなら、もしかして簡単ではなかったのかも…!


 …そうわたしが思ったのは、バギスカリの胸元にあった、何かの影のためです。

 ついさっきまではそんなものは無かったように思います。

 アプロたちを倒すためにそれなりに苦闘して、それから顕れたというのなら、もしかして。


 「…覚悟は決まったかい、お嬢ちゃんよ。ま、これ以上時間かけるとあっちの数だけは揃ってる連中がやって来るんでな。悪いとは全く思わんので、精々恨んでくれや」


 冷や汗だか脂汗だか分からないものが、わたしのこめかみをつつーっと滑り落ちていきます。

 けど、時間を稼げば、もしかして…と、わたしはこんな場合ですけど疑問に思ったことを口にしました。


 「わっ、わたしに何かしたらベルが黙ってませんよっ?!あな、あなた魔王の手下だってゆーんなら、ベルを怒らせると拙いんじゃないですかぁっ?!」


 …あー、我ながら情けなーい。この場にいないベルの名前を借りて抵抗しようとか、も、後でベルに謝ったほうがいいんでしょうか。


 けど、なりふり構ってられません。

 じりじりと後ろに下がりながら、わたしはそっと腕を下ろして腰に手をやります。そこにあるはずのものの存在を確認していると、バギスカリはせせら笑うように言い返してきました。


 「はっ、ベルニーザのことか?あれがどう思おうが知ったこっちゃねえよ、俺はな。つぅかよ、ガルベルクの手下、なんつう言われ方だって不本意なんだぜ?」


 どういうことなんでしょうか。

 魔王軍は一致団結して人類を滅ぼそうとしてる、なんて図式でずっと考えてきましたけど、そんな単純な話じゃないんですかね?

 ベルにこんな話聞くわけにもいかない…ことはないんですけど、あの子子の手の話はけっこーはぐらかしたり煙に巻いたりしますから、もうなんかこお、逃れられない事態に追い込んで知ってること全部吐かせた方がいーんじゃないでしょうか、などと考えつつ機をうかがいます。時間を稼ぐ必要があるのは分かってます。あと少し、きっとあともう少し。


 「そういうわけだ。黙って俺に殺されてくれや……ん?」


 きた。

 私が心待ちにしていたものが、来ました。

 バギスカリは目の前のわたしのことなんか、全く脅威にも思っていないのでしょう、剣を肩に担いでそれが来る方向に顔を向けます。


 「アプロニアーッ!無事であるかーっ?!」

 「ガキども今行くッ!!」


 もちろんヴルルスカさんと、マクロットさんです。

 牛に追いまくられていたわたしたちを追いかけて、ようやく追いついたのでしたが…。


 「…へっ、牛より足の遅い連中だ。ま、あとは大して手間もかからねぇんだ、ガキどもの死体四つこさえれば終いだっつぅのよ」


 …いまだっ!!


 わたしから完全に目を逸らし油断している牛頭に向け、わたしは静かに駆け寄ります。手に持ったのは聖精石の縫い針。糸も繰り出して、準備万端。

 そして。


 「…おいなんだ、俺は人間の女になんか興味はねぇぞ?人間基準でも色気のねぇガキがシナ作ったすり寄ってきたところで……………なぁっ?!」

 「…へへーん、やってやりましたよーっ!ふふっ、その慌てようだと正解だったみたいですねっ!!あと色気ないってのは取り消しなさい、失礼な!」


 バギスカリの胸元に飛び込み、頭で影を作っている間に、その胸にあった「魔獣の穴」を縫い合わせてやりました。

 そう、これはもう、賭けどころかなーんにも根拠なんか無かったんですが、力押しされて現れた穴、となると魔獣の穴なんじゃないか、って。ほんともう、ただそれだけです。

 だってどうせこのまましてたって、また牛の大群を呼び寄せて同じことの繰り返し。アプロたちが倒れてしまっている以上、ヴルルスカさんやマクロットさんたちが駆けつけたって、勝ち目は薄いんでしょう。

 だったら、目の前にある、わたしが塞ぐことの出来る穴が、決まり手だって信じてやってみたならばっ!


 「わたし大正解!勝利!」

 「言ってんじゃねえぞ?!まだ、まだ終わったわけじ…ぎ、ぐ……あ…」

 「ここで勝ち誇ってよけーなことを言ってフラグ立てるほどアホじゃねーんです、わたしは!その有様だとそう保たないでしょーし、聞かせなさい!」

 「あ…ぎぃ……、な、なにをだ……」

 「魔王の目的ですよ、魔王の。あなた別に魔王の手下なんかじゃないって言ってたじゃないですか。なのにどーして言いなり?えーと指示に従うよーな真似するんですか」

 「……それをてめえに、言う義理は、……ねえ…」


 …まあそーでしょうね。わたしだって期待してたわけじゃないですし。

 しゃーないです。たぶんこの牛頭はこのまんま消えてしまうのだと思います。趣味じゃないですけど、最後まで見届けてやるくらいは…。


 「……くくっ、けど…な、おめえが、これから…どんなツラするか、楽しみはできたしよ……いいぜ、礼の前払いだ……」


 へ?

 あ、あのー…なんか、交渉成立?ていうかわたしがどんな顔をこれからするってんですか。アプロだってケガはしてそーですけど、生きてはいるみたいで……あれ?


 「……未世の間、だ…てめぇに関わりのあるあの場所……ガルベルグ、の……」


 何か言ってるのは聞こえます。

 聞こえはしますけど……わたしの耳には入りません。

 仰向けの胸元を上下させているアプロの向こうに倒れてる人は、マイネルで。

 だって、だって……あの、マイネル…。マイネル?


 「くくっ、てめぇの……生まれた世界とやら、は、な……?全部、妄想らしい…のだ、ぜ………」


 牛頭は何か言っていましたが、いつの間にかその姿は消えて、子牛がそこに残されてます。

 けど、そんなことはどうでもよくって。


 マイネル…?


 なんであなた、血まみれで、胸に穴が空いて…目を覚まさないんです…?

 マリスが…泣いてしまいます、よ……?


 マイネル…?

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