第53話・勇者さまと英雄さまのとある一日 その4
「まさかおめーがのこのこ顔出すとはな…良い度胸だ、この場で決着つけてあいたぁっ?!」
「だからいきなりケンカ売るんじゃありませんてば」
言い終える前にアプロの後ろ頭を一発ドヤかしときます。
ていうか、もうアプロのコレもいい加減ボケの領域ですよね。わたしに突っこまれるの分かっててやるんですから。
「せっかくベルの方はそこそこ友好的な態度を示すよーになってるんですから、ちょっとは自重してください。で、ベルもいきなり抱きついて匂い嗅がなーい」
嬉しそうなのはかわいいんですけど、わたしの腕をとって首筋くんかくんかするのは止めましょうよ、ほんと。
「…だってアコはずっとアプロと一緒にいた。だからわたしもアコに私の匂いをつける」
「だからそれを私の目の前でやるなつってんだ!」
「アプロのいないところでならいいのか?」
「いーわけあるかこのクソ猫。アコは私のものだ、つってんだろー」
ええい、ほんとに進歩のない子たちですね。
アプロもベルがいなければそこそこ分別あることを言うくせに、実際顔合わせるとこーなんですから。
「ほら、ベルも。そろそろ気が済んだでしょうから離れてください。歩きづらいです」
「むぅ…」
わたしに引き剥がされたベルは不満そうです。すぐ側で睨んでるアプロには目もくれない…と思いきや、なんだか珍しいものでも見たような顔で、アプロを見てます。
「アプロ、背伸びたか?」
「んあ?別におめーに関係ないだろー…と言いたいとこだけど、やっぱそーかな」
あら、珍しい。ベルがアプロに興味あるよーなことを言うとは。
「最近体のあちこちがいてーしさ、もしかしたらと思ったんだけど。まあベルニーザにまで言われるんなら間違いないな」
特に感慨もなさそーにアプロは言います。ていうか身長が伸びるのは子供にとってはそこそこ嬉しいものだと思うのですが、その辺拘りないんでしょうかね、アプロは。
「…私に追いつこうというのなら諦めた方がいい。アプロは永遠に私には追いつけない」
「おもしれーことを言うな。見てろ?こちとらまだ成長中なんだ。身長でも女らしさでも近いうちに追い抜いてやるからな」
「アプロ、お願いですから後者はあんまり頑張りすぎないでくださいね」
わたしの立場が無くなるんです。それ以上女らしくなられるとー。
…とまで言うわけにもいかず、「なんで?」みたく首を傾げるアプロから、悲しく視線を逸らすわたしでした。
ま、せっかくですから落ち着いた場所でお話をしたいですしね、と二人を連れ込んだのは、商業区によくある、夜は酒場、昼は喫茶店になるお店です。昼間は昼間で、荷運びが終わるのを待ったり、取り引きの話をする商人さんで賑わうのですけど、時期が時期なので人影もまばらなのです。とかく目立つアプロとベルを並べとくにはちょうどいい場所ですね。
「はい、ベル。これはお土産です」
最後に残っていた土産品をベルに渡しました。
まあこーなるんじゃないかと思って、今日一日持ち歩いてたんですよね。
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん。ベルは礼儀正しいいい子ですね」
「………」
アプロがテーブルにあごを乗せて、恨めしそーにわたしを睨んでます。
いえそりゃま、教育的にはこーいう時一方だけを褒めるのはよくないと分かってますけど、わたし別に二人の親でも保育士でもないですしー。
「…きれい。なに、これ?」
包装の包み袋から取り出したのは、地球で言うところの翡翠の首飾りです。翠がベルの黒い装いに似合うんじゃないかな、と思って買ってきたのですが、気に入ってくれたみたいですね。早速首から提げて、ご満悦です。
「似合いますよ、ベル」
「うん」
嬉しそうに笑うベルを見ると、買ってきて良かったなー、って思います。
「…なー、アコー。私には無いのかー?」
「あなたわたしとずっと一緒だったでしょーが。でもまあ、除け者にするつもりは無いので、後でアプロにも違うもの贈りますよ」
「え、ホントか?!」
「ええ。ほら、行く前にアプロの体に合わせてたのが縫い上がってますから。昨日のうちに仕上げておきました。後で持っていってください」
試作品のコート、わたしの分とは別にアプロのも作っていたのです。旅の間にちまちま縫ってたのがやっと、という感じですね。
「え、アコもしかして馬車の中とか城で作ってたやつか?何度聞いてもただの手慰みとしか言わないから何かと思ってた」
「ふふん、アプロにバレないよーに作るの大変だったんですからね。感謝してください」
「うんっ、アコ愛してるっ!」
…いー反応ですねー。物作りの醍醐味って感じです。こーやって喜んでくれる顔があるから、やる気がわいてくるってものですよ。
「…私にはないのか?」
そしてこちらも。期待通りの反応を予想して、わたしは荷物の中から最後の包みを取り出します。
「ベルにはお土産とは違いますけど…はい、約束してた下着です。わたしとアプロと、デザインはおそろいですからね」
「…アコ、ありがとう……」
アプロとおそろい、で微妙かなー、と思いましたけど、ベルはそんなことでヘソを曲げる子じゃないのでした。
喜びを抑えきれない、って顔で包みを受け取ってくれます…、って。
「…あのー、ベル?いちおー下着なのでひと目のあるところでは開かないでくださいね?あとつけ方は分かると思いますけど、体に合わないよーなら言ってください。手直ししますので」
「なー、アコー。わたしには?」
「あなたにはおっきいのをあげます、って言ったじゃないですか。あんまりわがまま言わないでください」
「けどなんか、ベルニーザに負けた気分だし…」
「しょーもないことで勝ち負けに持ち込まないで、ってだからベルも脱ぎ出そうとしないで!いくら嬉しいからってこんなところで下着を着替えるひとがありますか、もう…」
右に突っ込み、左に突っ込み。
まあなんともこの二人と一緒にいると忙しくなるわたしです。
でも、思い惑ったりすることの多かった最近ですので、こーいう罪のない賑やかさには落ち着かされるのでした。
・・・・・
「じゃあベル、おやすみなさい」
「二度と来るなよー、クソ猫」
「…アプロはツンデレ」
…どこで覚えたんですか、そんな単語。
喫茶店で賑やかな時間を過ごした後、わたしの部屋に場所を移してベルの下着を体に合わせてみました。
幸い、直しは必要ありませんでしたので、換えの二着と合わせて都合三着、ベルに贈り物として渡せたわけです。
アプロは部屋につくなり、新作のコートを寄越せー、と喚いたので仕方なく着せてやると、こちらは少し手直しが要るようでしたので、もうしばらく預かることになりそうです。
…測った時よりアプロが成長してたせいで、ちょっときつかったみたいなので。またばいんばいん度が上昇することも見込まないといけないというのが、わたしの涙を誘います。ちくしょー。
それから、王都で買ってきた食材を使って夕食を作りました。
二人とも喜んで食べてくれたので、わたしの気分としてはさながら手の掛かる姉妹を抱える母親のよーですね。悪くないです。
それが済むと、お茶をいただいてからベルは帰っていきました。
なんだか普通に、友だちの家に遊びに来て帰って行くだけのようで、ベルの姿が見えなくなって部屋に戻ると、ちょっとしんみりします。
「…なあ、アコ。マジメな話なんだけどさ」
「なんです?急に」
…けど、それに浸る間もなく、席に着いたアプロは真剣な表情で話しかけてきます。
「ベルニーザのことだよ。あいつ、自分でも言ってたし、間違い無く魔獣の穴の原因に関係ある奴だろ。どーするつもりなんだ?」
「どうって言われましても…魔王の娘、なんて話を本気にしようにも、実際魔王と会ったわけじゃないですし。別にベルがウソをついてる、とは言いませんけど、まだちょっと信じ切れないところはありますよね」
「アコ」
「はい?」
ちょっと茶化した風のわたしの言い回しを咎めるように、アプロは厳しい顔です。
「アコはさ、信じ切れないんじゃなくて信じたくないんじゃないのか?」
「………」
「アコがベルニーザのことを気に入ってるのは分かる。私だってさ、あいつに直接言う気なんかこれっぽっちもねーけど、悪い奴じゃないとは思ってる。でも、それだけにアイツは私たちにいい加減なことを言うはずがない。魔王の娘、ってのは確かだ」
「……そういうものですかね」
「だから、いつの日か、魔王って存在と対峙した時に、ベルニーザとどう向き合うのか。それは考えておかないといけないんじゃないのかな。アコがどんなにアイツのことを可愛がったって、魔王の娘という事実は変わんないんだし、私は魔王を退治しないといけない立場だから、今考えておかないと…いつかきっと後悔することになる」
「………」
アプロの言いたいことは分かります。
わたしは今のところ、こーしてアプロやベルと楽しく過ごす時間が好きで、いつまでも続いていて欲しいなー、って思ってますけど…でも、そう思うのはいけないことなんでしょうか。
ベルが魔王の娘だとして、あの子とわたしと、アプロの関係が変わることを望まないでいることが悪いとは、思いたくないんですよ。
「……あのー、今はこの話止めませんか?せっかく楽しい一日だったんですから、最後までこうしていたいですよ、わたしは」
「アコがそう言うんなら別にいいけど。でも、いつかアコは自分で考えて、決めないといけなくなるんだぞ。その時になって迷ったって、私が助けられるかどうかなんて分かんないんだからな」
自分は魔王討伐の尖兵たる勇者だから。
…とは口にしませんでしたけど、王都への旅でそのことはわたしも思い知っています。
でも、いいじゃないですか。
今日の一日を大切に思って、そのまま一日を終えられるように願うくらい、別にいいじゃないですか。
「…うん、そうだな。今日はもういいや。アコ、お酒出していいかー?」
わたしがむくれてしまったことを済まなく思ったのか、アプロは場の空気を変えようと
そうですね。お酒が欲しい気分、ってのはこういうものなのかもしれませんね。
酔って、いやなことを忘れて。
そしてまた明日に考えることを明日考える元気を作ろう、って。
うん、悪くないです。
…今日は、充実した一日でした。
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