第52話・勇者さまと英雄さまのとある一日 その3

 「こーんにーちわー」

 「来てやったぞー」

 「おや、お二方。お揃いで教会に、とは珍しい」


 グレンスさんに出迎えられました。ていうか、マリスの相談役に側近役、ここのお財布も握ってる上になんかしょちゅう王都とも往き来してるみたいだし、その割にこーして教会前の掃き掃除してるとか、仕事の幅が無駄に広いひとですね…。


 「マリス、いますか?」

 「ええ、昨日よりずっとマイネル殿から離れず困っていたところで」

 「あー、絵面が容易にそーぞーつきますね…」


 きっとおはようから次のおはようまで片時たりともはなれず、マイネルもさぞや悶々としていることでしょう。


 「してないってば…アコは僕をなんだと思ってるんだよ」

 「えーと、節度のあるロリコン?」

 「アコ、今更なんだけどさー、その『ろりこん』って、どーいう意味なんだ?」

 「うふふ、アプロはこんな言葉の意味を知らぬ汚れ無きままでいてくださいね?」

 「その言い方だと僕がひどく汚れた身であるという解釈になるんだけど」


 身が汚れてるかどーかはともかく、腹黒さに関してはわたしの遙か上を行くと思いますけどね、マイネル。


 「ま、こんなところで立ち話もなんでしょう。中へどうぞ」

 「はい、ありがとうございます」

 「グレンスー、マイネルがいい茶葉買ってきてるからそれ出してくれなー」

 「ええっ?!なんでそれ知ってんのさ!」


 ほんとーにお茶に関しては容赦ないアプロなのでした。




 「…おあおーごじゃいましゅー……」

 

 寝起きのマリス、お持ち帰りしたいくらいかぁいいです。

 ていうか何してたんですか、マイネルは…。


 「王都の話をせがまれたから、話してやってたら夜遅くになっただけだよ…ほら、マリス、アプロたちが来てるんだから顔洗って、口ゆすいできて。レナ?ちょっと頼むよ…」

 「はい、かしこまりました」


 マリスのお世話係であるレナさんが、寝ぼけたままマイネルを探して応接間に来てたマリスを連れていきました。

 さ、お顔を洗って着替えてきましょうね、とマリスの手を引いていく光景がほほえましーです。レナさん、大きな街の大店に嫁いだけど子供が出来ずに出戻ってきた…って話ですが、子供の世話は根本的に好きなのでしょうね。


 「…で、教会の方は留守中なんかあったか?」

 「いや、特になにも。執言者から予言が来てたらしいから、近日中に出かけないといけないけど」

 「げー…帰って来るなり早速かー」


 この辺は別にマリスがいなくても話は進められます。マイネルいますしね。

 けど、アプロじゃないですけど、わたしもこの雨の中穴塞ぎに出かけるのはちょっと…ですねー。まあ買い込んできた布使ってコート作れば、おでかけも楽しくなるのでしょーけど。


 「他に変わったことといえば…アコ?君確か、モトレ・モルトに会ったことあったよね?」

 「ないです。そんなひと知りません」

 「あのね…」


 あんな見境無い変態は、強化服で身を守られたマリスにボコらせとけばいーんです。ストレス解消法として。っていうか、あのひとに会うとストレス溜まるのでは、逆効果…?


 「あー、あの男か。結構おもしろいやつだけどな」

 「アプロは知ってるんですか?」

 「いや、あれで身のこなしは目を見張るモンがあってさ。本気で斬るつもりで相手にするとかなりいい練習台になるんだよ。本気じゃないと全然避けないけど」


 あ、あのひとは…アプロにまで…。


 「…しょっちゅうそんなことやってるわけじゃないでしょうね」

 「私がやったのは一回だけだよ。衛兵のいい訓練になるから、たまーに呼んであいつらの練習相手になってもらってる。モトレに一発当てたら報奨金出すぞー、って。全然当てられないから報奨金が繰り越しを重ねてすげー金額になってるけど」

 「まるで賞金首みたいな扱いですね…いちおー執言者なんですから、無茶はさせないでくださいね」


 まーしかし、教会の主と領主の、この街のツートップにボコボコにされた人なんて、世界広しといえどあのどーしよーもないダメ人間くらいのものでしょうね。


 「…で、そのダメ人間がどーかしましたか?」

 「アコに会いたいから呼んでこい、だってさ」

 「アプロ。ものは相談なんですが、今度あのひとと練習してもらえません?ええとですね、途中まで本気じゃないフリして、斬りかかる時に本気出してください。さもなくば呪言のいちばんキッツいのを…」

 「アコー、気持ちはわかるけどすっげぇ悪い顔になってるぞー」


 む、いけません。顔に出るようではまだまだですね。

 わたしは悪事にかけても定評…あったらだめでしょーが、それは。


 「まあともかく、そういうことだから」


 ほっぺたからあご下をぐにぐに揉みまわすわたしに、マイネルが丸投げするよーに言います。


 「じょーだん言わないでください。どんな理由があるか分かりませんがあの変態のところに行けとかわたしの人生で最悪級の嫌がらせですよ。例えて言えば街を挙げてマイネルとマリスの婚約を盛大に祝うよーなものですよ?それ以上わたしに無理強いするなら、神梛吾子の名にかけて本っっっ気で実行しますからね?この国で独りで歩けなくなったって知りませんからね?」

 「そこはかとなく本気臭漂うから止めてよね。あとアプロも立ち上がらない。この状況で出て行かれると不穏で仕方ないから」

 「ちっ」

 「なんで舌打ちするかなっ?!」

 「だってさー、雨期で景気悪いから祝い事があるなら盛大にやったほーがいいじゃんか」

 「僕にとっては葬式になりかねなからやめようね」


 まーこんなこと言ってますけど、別にマイネルだってそこそこ知名度あるんですから、いいとこ体中にもみじこさえる程度で済むと思うんですけどね。


 「教会関係は、一部では蛇蝎の如く嫌われておりますからね。あまりお兄さまを追い詰めるような真似は差し控えていただけると助かります。アプロニア様、アコ」


 応接間で飛び交う冗談が次第にエスカレートし、アプロとマイネルのじゃれ合いに進展する中、珍しくマジトーンの声のマリスが入ってきました。

 着替えと身支度を済ませ、いつもの有能でキャリアウーマンな幼女の姿です。


 「…そうなんですか?」

 「マリスやマイネルにはあんま関係ない話だけどな。教義の解釈違いで一方的に異端扱いして、暗殺を執行する部署があったりなかったりとか。ま、噂だけど」

 「えげつねー話ですねぇ…」


 思わず顔をしかめるわたしです。

 ただ、マリスとマイネルが訂正も入れずに気まずそうにしているトコを見ると、根も葉もない噂ってわけじゃないのでしょうね。


 「で、お土産の話に戻りますけど」

 「戻ってないでしょ、アコ。一度たりともそんな話してないから」

 「ちっ」

 「そーいうとこ、ほんとアプロに似てきたよね、アコも」

 「むしろアプロニア様の方がアコの悪いとこを真似してるように見受けられますが…」


 しつれーなことをいうバカップルですね。わたしは品行方正にかけても定評…はないのでした。はい。


 「話戻すのならモトレのところだよ。別に今じゃなくていいから、顔出してやって。そこそこ深刻な話らしいし」

 「はあ。来年までにはなんとか」

 「あ・す・に・は、行ってくださいね。アコ」

 「…えーと、わかりました」


 冗談言える雰囲気でなかったので、渋々承諾します。

 やですねぇ…あの変態の顔拝みに行かなければならないとか。誰か身代わ…巻き添……護衛が欲しいとこですけど、この場合アプロじゃ護衛どころかエサにしかなりませんし。

 …あ、ゴゥリンさん連れてくって手がありますね。わたしのおもったい荷物運んでもらった礼もしないと行けませんし、それにかこつけて付き合わせちゃいましょう、そーしましょう。


 まーそんなわたしのちゃっかりした計画なんぞお見通し、みたいな顔の三人にとっては、誰を巻き込もうが自分でないのならどーでも良かったのでしょう。

 ほんと、しっかりした人たちです。




 「これでお土産配る場所は終わり?」

 「マリスには持っていきませんでしたけどね。ええ、もう行く場所は全部済みました」

 「じゃーどっかでパーッと一杯…」

 「いきませんて」


 教会を出るなりこの有様です。別に遊興娯楽に口を差し挟むつもりはないですけど、シモの方と酒だけは身を持ち崩すもとですからね。一般論ですけど。


 「アコは堅物だ」

 「わたしが堅物だったらヴルルスカさんなんかどーなるんですか。アプロはわたしにああなって欲しいんですか?」

 「アコに『おねーちゃんっ!』って言うと際限なく甘やかしてくれるなら、別にそれでもいいけど」


 あなたあれから殿下と何やってたんですか。

 陛下に代わってわたしたちをお見送りに来てくれたヴルルスカさんの、妙に疲れた顔を思い出して、そっとその苦労を偲ぶのでした。


 「まーそれに、もう行く場所はありませんけど会っておくひとは居ますから、まだ帰りませんよ。日も高いですしね」

 「えー…って、あのさ、アコ。会っておくひとって、まさか…」


 「アコ。久しぶり」


 もちろん、そのまさかです。


 教会を出るや否や、アプロなどいないよーに、いつもの調子でわたしに声をかけてきたのは、ベルなのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る