第54話・病を得て、思い煩う
風邪をひきました。
ベルに続いてアプロが帰ってから、どーも風邪の前兆である悪寒にとらわれてしまい、ちょっと口にしたお酒がわるかったのかなー、と反省したときにはもう既に遅く。
「アプロ、お見舞い来れないですかねー…」
「申し訳ありません、カナギ様のご容態によってはうつる可能性もありまして、控えて頂きました。主は何度も来たいと仰っていたのですが…」
翌朝、どうにか体を起こして、たまたま通りがかったファルルスおばさんに窓から助けを求めると、アプロの屋敷に知らせにていってくれて。
そしたらフェネルさんが急いで駆けつけてくれた、という次第です。
まあこの世界の医療が、平安時代のよーに祈祷してお終い、とかでなかっただけ助かりものとゆーものです…。一応お薬もいただきましたからね…。
「お口に入れるものも用意いたしましたが…食欲はありそうですか?」
「まー、なんとか…食べて寝て起きればよくなると思いますので…」
「主もひどく心配しておりました。早く元気になって欲しいとのことです」
「心配かけますねー…あとすみません、マリスのとこに連絡してほしーんですが…」
「なんでしょう?」
「えと、モトレさんとこに行ってくれー、って言われてたんですけど、無理っぽいです…また今度ということで…」
「かしこまりました。しばらく外しますが、よろしいですか?」
「あー、はい…てゆーか、夜までだいじょーぶですよぅ…じっとしてますから」
「はい。ですが助けが要るようでしたら人を使わしてください。すぐ参りますので」
「ありがとーございますねー…ちょっと休みますぅ…」
ひとの気配が絶えるのはさみしいものですけど、いつまでもフェネルさん束縛しとくわけにもいきませんからね…。おやすみなさい…。
久しぶりに…多分、この世界に来てから初めて、夢をみています。
わたしは日本で、いつもそうしていたように独りで学校に行き、あんまり会話もない時間を過ごし、やっぱり独りで帰ってきてました。
なんでこんな意味のない夢みるのかなー、と思いましたけど、いーんです。わたしの性格が悪いんですから。
子供のころからわたしは、思ったことを口にすると、そんなつもりはないのに誰彼無しに怒らせてしまうことが多かったです。
なんで怒るの?と逆ギレしても、それに倍する勢いと数倍の人数で叱られてばかりいたので、そのうちわたしは喋るのをやめてしまいました。
わたしは見た目はそんなに悪くなかったらしく、外面に興味を持った男の子が近付いてくることもありましたけど、やっぱり話をしていると顔を引きつらせていつの間にかわたしの周りから、姿を消していくのでした。
勉強?
まー、他にやることもなかったですし、そっちはそこそこでしたよ。問題ある行動もしなかったので、先生には嫌われない生徒でしたね。といって、ティーチャーズペットにするには扱いづらかったみたいで、なんとなく距離は置かれてましたけど。
それで、おばーちゃんと二人きりのことが多かったので、コンピューターとかスマホとか弄って遊ぶようなこともなくて、おばーちゃんの真似してお裁縫を少し嗜むくらいが趣味と呼べるものでした。
ま、それで今は身を助けてるよーなものなので、人間何が幸いするか分からないものですねー。
ていうか、わたしどうして夢のなかで自分語りとかしてるんでしょう。意味が分かりません。
こんなことしてても落ち込むばかりで、何もいいこと無いんですけど…。
早く元気になりたいなあ…元気になって、アプロとかベルとかマイネルとかゴゥリンさんとか、マリスにフェネルさん、わたしには時々辛辣だけど、グレンスさんでもいいし、もちろんファルルスおばさんが時々差し入れてくれるお料理も食べたくて、食べるといえばフルザンテさん、あー見えてお料理上手なんですよね…何度か教わって、わたしの腕も上がりました。
ペンネットさん、今王都のはずですがお願いしたことやってくれてるかなあ…。マウリッツァ陛下は相変わらず大変なんだろうなあ。ヴルルスカさん、アプロに変な懐かれ方して困ってるところ、一度見てみたいですねー…。
王都でお手紙くれた貴族のひとたち、実はあんまり悪い印象無かったのでお話してみたいとも思いますけど…わたし、こんなんですからやっぱり嫌われるんでしょうかねー…。
なんか、会いたいひといっぱいいるなあ、わたし…。
はやく元気になって、会いたいなあ…。
アプロ…会いたいなあ。
ベル…今何してるのかなあ…。
二人に、会いたいなあ……。
・・・・・
カチャ…。
扉の開く音がしました。
フェネルさんなら、わたしが中から開けないと入って来られないので、アプロでしょうか。
もしかしてお見舞いに来てくれたんでしょうか?
でもわたしは、まだ熱の下がらない体で頭がうまくはたらきません。
半分以上寝たままの状態で様子をうかがっていると、部屋の中に足音を忍ばせて入ってくる気配がします。
風邪をひいて寝込んでいると、おばーちゃんがそうしてわたしの様子を見に来てくれたことを思い出します。それでわたしは、日本じゃない世界にいることも忘れて、そのひとが来てくれたことに安心してしまいました。
おばーちゃんは…違います、おばーちゃんはここにはいません。
だからおばーちゃんと違う誰かは、わたしの枕元に立つと、熱い呼吸をしているわたしの額に手をあてて、熱をはかってくれてくれているようです。手が冷たくて、とても気持ちよかったです。
「アコ…」
わたしの名前を呼ぶ声がしました。
返事をしようと思ったんですけど、体が言うことを聞いてくれなくって、それどころか頭もやっぱりうまく働いてくれなくて、されるがままでいました。
「アコは…やっぱり……」
やっぱり?やっぱりなんでしょうか。やっぱりヤバいやつ?…って、それは自覚あるだけに辛い…。
そろそろ目を開けてそれが誰か確かめようとしました。
けれど、額にあてられていた手がそのまま目元を覆い、それで何も見られなくなってしまいます。
なのでそのままじっとしてたのですけれど…。
「アコ、だいじょうぶ。すぐに元気になる…とりあえず、だけど」
…なんだか不穏なことを言われたよーな気がしました。
でも、冷たい手が気持ち良くてなんだかどうでもよくなり、わたしはなぜかその手の主に全てを預けてしまおーか、って気になります。
「………」
そのひとは何かを込めるように、わたしの顔にのせた手に力をいれます。
そうするとわたしの体の中にあった悪寒が、そうでないものに入れ替わっていくようにすうっと引いていくのでした。
そんな心地よさに、どれほどの間身を委ねていたのでしょうか。
悪い気分は去っていきつつありましたけど、その分眠気が体と頭を浸していきます。
それがそのひとにも伝わったのでしょうか。ふふっ、と微笑んだような気配がして、そのひとは言います。
「おやすみ、アコ…。もう少し、いい夢をみていてほしい」
そうして手は離れていきました。
目を開いてその後ろ姿だけでも、と思ったのですが、目蓋はわたしの意思に逆らってひらこうとせず、のしかかる眠気にとうとう屈して、わたしは心地よい眠りに身を沈めていくのでした。
・・・・・
「具合はどうだい?アコ」
目が覚めると、朝ご飯のお腹具合でした。
外は…雨みたいですが、それほどひどい天気でもなさそうですね。
「ん…まあ、悪くないですね…って、なんでマイネルがいるんです?乙女の部屋に無断侵入ですか?これ訴えたらわたしが勝つとこですよ?」
「あのね、僕ひとりでこの部屋に入れるわけないだろ?アプロも一緒だよ」
「アプロ?どこです?!」
思わずガバッと起き上がります。
汗で寝間着が透けてることもお構いなしです。
「ちょっとちょっとアコ…いくら日頃から慎みないといってもそれはさすがに…。アプロなら今お茶をいれてるよ。アコが起きたら喉が渇いているだろうから、ってさ」
「そうですか…。アプロー?わたし目が覚めましたよー」
ドドドド、と慌ただしく廊下を駆ける音がしました。
「アコっ?!目が覚めたのかっ!よかった、なんともないか?!」
「だいじょうぶですよ。ごめんなさい、心配かけましたね」
部屋に飛び込んでくるなりわたしの額に手をあてて心配してくれるアプロがとてもかわいく見えます。ていうか、アプロ。あなた体温高めなのか知りませんけど、暑苦しいです、その手。
「なんだよー、すっかり本調子じゃん。心配して損した」
「そーいう言い方がありますか、こら。こちとら病み上がりですよ?」
「まーいいよ。とりあえず喉渇いただろ?お茶冷やしてあるぞ。それともお腹空いてるか?今おかゆ煮てるから…」
「アプロ、ほらアコもまだ回復したわけじゃないんだから…」
「そーかあ?なんかすっかり元通りって顔なんだけど」
…言われてみればそーですね。
風邪はいっぱい寝て起きれば…とは思いますけど、それにしても気分良すぎです。とてもいい夢を見た後のよーに、爽快です、ってそういえば。
「アプロ?あなた昨夜この部屋に来ましたか?」
「昨夜?いんや。ずっと屋敷にいたし」
「まるで大人しくしてたみたいに言わない。きみが飛び出していかないように、フェネルと僕が見張ってたこと、忘れたとは言わせないよ?」
「うるさいな。アコのところに行こうとしてただけだろ?邪魔することないじゃないか」
なるほど、昨夜のはアプロじゃなかった…となると、あとひとりしかいませんよね。この部屋に入れる子。
ただ、気になるのは、あの時言ってた言葉なんですよね…なんか、わたしが風邪ひいた原因知ってるみたいな口振りでしたし。それと、なんだか手を当ててただけで風邪が治った、というのも不思議としか言い様がないわけで。
もっとも、わたしが寝ぼけてただけ、という可能性もありますけど。なんだか人恋しくて愚図ってたような覚えがありますし…。
「だからきみはもう少し立場というものをだね…」
「わかったわかった、わーかーりーまーしーたー。もう二度と夜中に飛び出していったりしーまーせーんー。ったく、マリスの寝言を聞かせてやりてーよ、マイネルにはさー」
「…ちょっと、めちゃくちゃ気になる捨て台詞なんだけどそれっ!口から出任せじゃないだろうね?!」
「さーなー。マリスに聞いてみれば?いつもどんな寝言を言ってるんだい?とか」
「怖いこと言わないでくれるかなっ?!そんなこと聞いたら…」
「『ではお兄さま。実際に聞いてみますか?わたくしの隣で…』…なんちって」
「…アプロ、それ本当に言いだしそうだから勘弁してくれる……?」
そんな風にわたしがひとりであーだこーだ考えてる間、アプロとマイネル漫才を繰り広げてたよーです。
「お見舞い代わりにわたしを笑わせてくれるのも結構ですけどね、二人とも」
「今日のマイネルはどう見ても道化」
「ここに来るまでのアプロの慌てっぷりも
「………ケッ!」
「………ふんっ!」
あー、はいはい。ケンカはそれくらいにしておいてください。わたしまだ寝て起きたところなんですから。
「ともかく、今日はゆっくり休ませてください。でもお見舞いは感謝しますね。お陰で元気でました。あとマイネル、モルトさんにはもう二、三日待ってくれるよう、伝えてもらえますか?」
「承ったよ。っていうか、マリスの方から連絡行ってると思うから、完全に治ってからでいいよ」
いぇい。期せずして執行猶予ゲット。
そしてこのまま
「このままなぁなぁにして行かずに済まそう、とか考えないようにね、アコ」
「……はぁい」
見透かされてやんの。わたしもまだまだ修行が足りません。
「ま、とりあえず私はアコの元気な顔見れたから、帰るよ。フェネルがそろそろ目を覚ます頃だろーし」
「…あなた何やったんですか?」
「………アコ、また来るからなっ!」
これはそーとー後ろめたい真似しましたね、多分。
まあともかく、です。
なんだか思い出したら顔が赤くなるよーな記憶も無くは無いですけど、気分だけはすっかり元通りです。
気になることはありますが我ながらなかなか忙しい身で、立ち止まっている場合じゃなさそうな、病の癒えた朝でした。
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