第55話・わたしが居たい場所 その1
伸び伸びになってましたが、モトレさんのところに足を運んでいます。
目論見通りにゴゥリンさんにも同行をお願いし(もちろん事情はちゃんと明らかにした上で、です)、一度訪れた石関係のお店や工場の建ち並ぶ一画にある、建物の間に出来た隙間のよーな空き地です。
小雨の降る中、どーしているのかと思いましたが、問題のひとは天幕を張って雨よけにしたところにおりました。
「………」
ただ、椅子に腰掛けて難しい顔をしているところは前回来た時のような軽薄な様相ではなく、そのままじっとしてれば創作について思い悩む芸術家のようでもあります。
「モトレさん?来ましたけど。どーかしました?」
「…あ、ああ。針の英雄殿か。それにそちらは…確かギルドによく顔を出す獅子身族の…」
「ゴゥリンさんです。わたしの仲間です」
「………(ペコリ)」
わたしの紹介を受けて軽く会釈をするゴゥリンさんでした。このひとにそーいうアイサツ必要なのかな、とも思いましたが、モトレさんも気後れ無くにこやかに握手を求めてきたので、わたしの中で好感度が若干上がります。何せ、王都でひどいこと言われてましたから、余計にですね。
「ま、座ってほしい。少し込み入った話になるかもしれないのでね」
「はあ」
「………」
そして、用意されていた木製の椅子に腰掛けて、話は始まりました。
「魔獣の穴に三つの種類がある、ということはご存じですな?」
「まあ、マリスに教えてもらいましたので。知ってますけど」
一つ目が、動物みたいな魔獣がぽいぽい出てくるもので、時には脅威になるけど基本的には自然現象みたいなもの、ですね。
二つ目が、最近多くなってきている、人間に害をなすもの。魔王のような存在がいるのではないか、と思われる原因になっていて、わたしたちが塞いでまわってるものです。
で、三つ目がマリスの報告だとか前回モトレさんが降ろした予言にあった、それとは違うもの、ってことですけど。
「その通り。そしてその二つ目のものに関して、あまり嬉しくない予言が降りてくるようになっているのでしてね」
存在自体嬉しくないよーな気もしますけど。
これ以上悪くなるんですかね。
「ま、先日マリス様にも届けた予言に付随していた内容なのですが。出現の数は減っていくものの、より巧妙に…ううん、表現が難しいものだね。なんというか、出現する魔獣の知能とでもいうか、今までのように力任せでは対処しきれないものになっていくかもしれない、というものでね」
「………」
「………」
…またなんとも物騒な話ですねー。
そういえば、とゴゥリンさんの顔を見ると、同じように思い当たることでもあるのかゴゥリンさんもわたしの顔を見ていました。
「ふむ。心当たりがあるようで」
「…こないだ王都で一件穴塞ぎしてきたんですけどね。その時の魔獣が、なんといいますか、こちらが予想してなかった行動をしたもので。今までなら手出し出来なかった状況で、周りにあったものを利用してたんですけど。それが何か関係あるのかな、って思ったので」
「まさにそういうこと。魔獣の穴を現出せしめる者の意図に、何か変化が現れた
ふむん。
魔王っていう存在が、何か目的があってそれを遂げるためのやり方を変えてきた、ってことなんですかね。
ただまあ、ベルの話になりますけど…ベルの父親の魔王は、ひとの世界に存在を知らしめることが目的だ、って言ってたらしーですが、実際魔王の目的ってみんな知ってるんでしょうか?
「モトレさん、一般的な話で結構なんですけど。魔王の目的って何だと思います?」
「人の世界に害をなし、その支配や滅亡を望むもの。多くはそのように思われていますが。針の英雄殿には何か異なる所見でも?」
「そーいうわけじゃないですけど。ただまあ、本人が出てきて『我が野望は何々であるー』って宣言してるわけでもないんですし、あんまりはっきりしないことを根拠にしてあれこれ考えても仕方無いんじゃないですかー、とは思います」
実際、専門家でもないわたしが言えることなんてそれくらいですしね。
ベルの正体明かしてその話を披露するわけにもいきませんし。
「…ふむ、針の英雄殿は理知的である。こと魔王に関して本人に会ったことのある人間はいないというのに、ただそうあると怖れられているのだから、確かに英雄殿の仰りようは正鵠を射ているのやもしれませぬな」
あんま褒めないでください。わたし、なるべく聞いた話だけで判断しないよーにしてるだけなので。
「…さて、そうあるのであれば、話は早い」
「あれ?今までのが本題でなかったんですか?」
「なに、覚悟の程を確認しておこうと思ってのことでしてね。あなたの身に関わることなので、教えるべきか知らせぬべきか、慎重に判断すべきなのですよ」
真剣な顔してそーゆーこと言わないで欲しいなー。わたし、ただの何も出来ない女の子なんですから。
「降った予言、というのは他でもなく、あなたについて、でしてな。あなたは恐らく、その身を削ってこの世界に在る。その甲斐があるのかどうか、自身で見極める機会が近く訪れる。心するよう、申し伝えるのものですよ。執言者として」
「…もーちょい具体的に」
「それが分かるのであれば執言者、などという曖昧な役割を負わされてはおりませんよ。神にでもなっているでしょうな」
そりゃごもっとも。
でもですねー、そんな曖昧なことを言われてあーだこーだと思い悩むの、わたしのキャラじゃないんですよ。
わたしはですね、わたしの好きなひとが困ったり傷ついたりしなければ、それでいいんです。わたしの知らないひとは、そこで自分なりに頑張ってください。わたしの「好き」を壊さなければ構いませんし、そうでないならそれなりのことをしておきたいだけなんです。
「…それはなんとも欲の無いことですな。あなたの力であれば、
「無茶苦茶言わないでくださいっ!そんな立場ご免こうむりますよ…まったく。わたしは成り行きで英雄とか言われてますけどね、そんな大層な存在じゃないんですから」
「勇者に並び立つ者であっても?」
「アプロがそれを喜んで背負うというなら、わたしはあの子の助けになりたいと思います。けど、アプロが嫌だっていうなら、わたしは抗うアプロの手伝いをします。全力で。それだけですよ」
「………」
我ながら言い切るなー、と思いましたけど、まあ正直なとこですね。
アプロだけじゃなくて、ベルやゴゥリンさん、マリスにマイネル。それからご近所でよくしてくださるみんな。お世話になってる商人さんや、王都で会ったひとたち。
わたしの「好き」は時間とともに広がっていってますけど、わたしの手はそんなに遠くまで届くのでもないんですから、限界ってもんがありますよね。
「お話はそれだけですか?」
「左様ですな。ただ願わくば…」
「願わくば?」
「あなたの手の届くなかに、私も在ることを許して頂きたいものです」
「…ま、最初の時ほどイヤではないですけどねー。でもそんなことに拘って自分を変えるよーなひとは、お断りします」
「心しましょう。針の使い手よ」
心の底から楽しそうに、モトレさんはそう言いました。自分を試して欲しい、みたいなことを言った割に、試されたのはわたしの方のような、なんとももにゅもにゅした気分でした。
「ゴゥリンさん、ありがとうございました。何だか面倒な話に付き合わせてしまってごめんなさい」
「………(コクリ)」
それにしても、前に会ったときとはえらい印象違いましたね、あのひと。
キモい言動でこちらの忍耐力をゲシゲシ削ってくるよーなひとかと思ってたんですが。
…そういえば削るといえば、なんか妙なことも言ってましたよね。なんか、わたしが身を削るとかなんとか。なんのこっちゃ、ですけど。
「………」
「あ、ゴゥリンさん、済みません。ちょっと考え事してました。ところでこのあとお暇です?マリスのとこに報告に行こうと思うんですけど、ついでにお昼ご飯とかどうです?」
「………」
「…そうですか。ちょっと残念です、って別にこないだみたいな変な相談事なんかありませんて」
アプロに押し倒されたのでどーしましょう?なんて相談すれば、そりゃ警戒もされますよね。
と、思ったんですが、どうもそーいうことを気にされてたよーじゃなく。
ゴゥリンさんはわたしの頭にゴツイ肉球の手をのせて、かるく撫で回してこう言いました。
「………あまり、無理をするな」
「?…いえ、別に無理とかは、特には」
実際してないんですけど、そう心配そうに見られると、うーん。
まあでも、他でも無いゴゥリンさんにそう見えるというのなら、わたしが気付いてないだけでそんなところもあるのかも、です。折角の気遣いですから、気をつけておくことにしましょう。
「じゃあ、これで。今日は付き合って頂いてありがとうございました」
ぺこり。
頭を下げるわたしの上で、体を揺するよーに笑う気配がします。
なんていうか、うちのおとーさんがこういう感じだったらなあ、って思いますよね。実の父といえば娘ほったらかしで、どこでくたばっても不思議のないひとですし。
さて、と。
立ち去るゴゥリンさんを見送ってから、教会に向かいます。
別に擁護しよーとかそんなことはありませんけど、今日のモトレさんの態度はなかなか…マリスにも意外な姿だったんじゃないでしょーか。
教えてやったらどんな顔するかなー、とか思いつつ、わたしは手土産に何持っていこうか、とか割と呑気なことを考えているのでした。
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