第64話・野心の名はKONAMON その3

 「あなたには失望しました」

 「だな。まさかここまで使えないとは思わなかった」

 「それが朝から暗くなるまで街のいたる所で調べものしてた僕に対して言うことかなっ?!」


 だって調べものって言ったって、街角でアンケートして「あなたは今何を食べたいですか?」って聞き取りしてただけじゃないですか。

 小学生の自由研究じゃあるまいし、無意味とは言いませんけどもっと効率のいいやり方だってあるでしょーに。

 それになんですか、このアンケートの回答。

 特に無し、早く家に帰って女房のメシが食いたい、二日酔いで食い物の話なんか聞きたくない、教会が屋台を始めるとか財政はそんなに厳しいのですか?、マリス様の手料理が食べたいです、エトセトラエトセトラ…。

 なんか完全に勘違いされてると思うんですけど。


 「じゃ、じゃあさ!二人ならどう調べるっていうんだよ!」


 挙げ句の果てに逆ギレとか、どーなんです?


 「ウチで収税の資料見られるんだからさ、店の分布と何を売ってるかを地図に起こしてみればすぐに分かるじゃん。あと納税額で売り上げも判別つくだろーし」

 「ぐっ…」


 まあそーいうことです。

 腹黒い折衝には秀でていても、数字には弱いマイネルなのでした。


 「…だったら僕に任せた二人に見る目が無かったってことだろ?もういいよ、帰る」

 「ああ、ごめんなさい。言い過ぎましたってば。ほら、余り物もらってきましたから、これでも食べて機嫌直してください」

 「…まあもらえるものならもらうけど、ってまたいろいろ作ったもんだね…」


 お好み焼きは一種類ですが、調味料がやたらと多く並べられた様子を見て、マイネルはそう呆れました。

 けどお腹は空いていたよーで、わたしの部屋であれこれと付け合わせを試しながら黙って口を動かすマイネルです。っていうか、感想聞かせてもらえませんかね。


 「一応教会の関係としては清貧を誇らないとダメだからね。味の良し悪しなんか口にするつもりはないよ」

 「やっぱり役に立たないじゃないですか」


 とはいえ、他人様の生き方に口出しするのも大人げないので、三人分お茶を用意してマイネルのご機嫌はとっておきます。


 「……ん、ごちそうさま。二人は食べないのかい?」

 「散々試食させられたから、私はもーいーや」

 「食べきれなかったものを押しつけられたってことか。まあいいけど」

 「それより、今食べたものどうです?この際建前は横に置いといて、忌憚の無い意見、ってのを聞かせて欲しーとこですね」

 「え?うーん…昨日のお昼ごはんに頂いたのと同じで、最初は美味しそうには見えなかったけど、味はいいと思うよ」

 「ぶっちゃけた話、売れると思います?売れるとしたら、どこがいいと思います?」

 「僕にそんなこと言われてもなあ…」


 歯切れ悪くマイネルは口ごもります。まあ確かに普段買い食いなんかしそうにないですしね…その点はアプロも似たようなものですけど、こちらは事情を聞いているので答えを求めようとしないわたしでした。


 「……んー」


 そのアプロ、マイネルの調査資料を見て何か唸ってます。

 何か見るべき点でもあったんですかね。


 「あー、いや。そういうわけじゃないんだけど。これマイネルが調べたから回答がグダグダなだけであって、何を食べたいか直接調べるのが悪いわけじゃないと思う」

 「ふむん。それはそうかもしれませんね。じゃあ明日はわたしがやって…」

 「アコは明日はみっちり勉強するんだよ。僕、明後日から来られなくなるからね」


 げー…なんか今日の仕返しをきっちりやられそーな予感…。


 「アコがやったって一緒だろー。マイネルと知名度大して変わんないんだからさ。屋台祭りの時の投票結果もう一度調べてみるよ。何が好まれてるのかくらいは、分かると思う」

 「ああ、それがいいだろうね。僕も帰り道に居酒屋眺めながら帰るよ。屋台はまだ再開してない店が多そうだし」

 「あ、いーな、それ。じゃあ一緒に帰るか、マイネル」

 「アプロー?調査と偽ってお酒飲むんじゃないですよ?」

 「アコはまたそーいうことを言うー…」


 まあ一杯ひっかけて帰るのはともかく、領主として店の調子を見ていくくらいなら勘弁してあげますけど。


 …それにしても、二人とも結構協力的ですよね。ほとんどわたしの気まぐれでやってることなのに。

 憎まれ口みたいなものをたたいてはいますけど、わたしこれでも感謝はしてるんですよ。それが伝わらないのは…まあ、わたしの不徳の致すとこ、なんでしょうね…。



   ・・・・・



 流石に専門性が高くなると、簡単にはいかないもので。

 翌日、さんざんマイネルに叱られながら、商売向けの読み書きの手解きを受けているわたしです。

 とはいえ、マイネルだって商売関係の専門じゃないので教本に従ってやってるだけですけど。


 「でも今日は素直だったね、アコも。どういう風の吹き回しだい?」

 「わたしだって年がら年中反抗期ってわけじゃないですよ。必要なのは認めてるんですから、やるべき時はやるってもんです」

 「出来れば最初からそういう態度でいてくれれば助かったんだけどね…」


 いえいえ。大人しい態度を見せていれば、一昨日のマイネルの手厳しい教師っぷりにも後ろめたさが生じるだろーなー、という計算もありますから。


 「ま、それはともかくですね。今日のところはこれくらいにしておきません?残りはマイネルの留守中にやっておきますし」

 「そうだね。アコがいちいち逆らわなかったから、思ったよりも進んだし。それにここから先となると、ちょっと僕だと手に余りそうだしね」


 そう言って、テーブルの上の湯冷ましの水が入ったマグカップを、マイネルは一息であおって空にしました。

 流石にちょっと疲れた様子です。わたしが疲れる分には、自分のためだから構いませんけど、まーマイネルも自分の得になるわけでもないことに、よくもまあ熱心なものですよね。


 「…そういう言い方は無いんじゃない?これでも友人のためにやってるつもりなんだけど」

 「あら。マイネルがわたしをお友だちと思ってくれてたとは意外です。こないだと言ってること違いません?」

 「まあそうなんだけど。でもアコの口の悪いのが分かってしまえばさ、思ったよりも仲間思いだし、八百屋のおばさんが助けを求めてくれば手伝う義理堅さもあるし、勉強だって必要だと思えばこれだけ一生懸命になる真面目さはあるし」

 「褒めたって何も出やしませんよ。あとマイネルにそー言われると後が怖いですね」


 そういうところだよ、と苦笑しながらマイネルは帰り支度を始めます。そういえばもう夕方にさしかかってますね。


 「あら、帰るんですか?夕食くらいご馳走しようと思ってたんですけど」

 「流石に昼夜二度も、ってわけにはいかないしね。アプロに悪いよ」


 マイネルばっかりずりー、と不機嫌な顔のアプロを想像しながら、わたしたちは笑みを浮かべます。そーいう認識は共通のようなのでした。

 けど、それが収まった後の、マイネルの一言はわたしをひどくドキリとさせます。


 「…アコは、もっとそうやって自分の芯のところを他人に見せてもいいと思うんだけどね。口の悪さで自分を守る必要なんか無いんだよ」


 ………。


 わたし、一瞬反応が遅れました。

 これじゃ動揺してるのが丸わかりじゃないですか。


 「…えーと、マイネルが何を言ってるのかよく分かりませんね。わたし根っからこーいう娘ですし」

 「………アプロって凄いな、って本当に思うよ。それじゃアコ、おやすみ。戸締まりには注意するようにね」


 全然関係のないアプロの名前を出してわたしを黙らせると、マイネルはさっさと部屋を出て行き……


 「あ、そうそう。この先の勉強の方だけどさ。今やってる教本の進み具合の確認はグレンスに頼んでおくからね。僕よりよっぽど容赦ないから、気をつけなよ。じゃあね」


 …出て行き際に、とんでもないことを言い残していきます。


 「え?あ、はい…?あのマイネルっ?!それ割と洒落になってないっていうか……ちょっとーっ?!」


 …わたしのわめき声を背にして、なにやらしてやったりみたいな態度で帰って行くマイネルを。


 「えげつない真似するんじゃないですよこのばかーっ!!」


 と、罵ることしか出来ないわたしなのでした。

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