第65話・野心の名はKONAMON その4

 次の日。

 わたしの頭の中はお好み焼きでいっぱいでした。


 …ってほどでないにしても、ですね。

 屋台で売る新商品の開発と展開、って命題に自分が思ってる以上にのめり込んでしまってるよーです。


 「だからって朝も早くから調べた結果聞きに来ても仕方ないと思うんだけどなー」


 朝食中にわたしに押しかけられたアプロ、若干ご機嫌斜めっぽいですね。わたしの顔を朝一で見られて嬉しくないですか?


 「…んー、今のアコの顔見てると…やっぱいいや」

 「何ですそれ。ひとの顔みて何か言いかけたこと止めるのって、感じ悪いですよ」

 「だってアコとケンカしたくねーもん」


 …それ答え言ってるも同然じゃないですか。別にいいですけど。

 わたしは寛大であることにかけても定評があるんです、ってそんなことはどうでもよくて。


 「…分かってるって。調べてあるよー」


 まだ若干眠そうですね。もしかして夜なべさせてしまったのでしょうか。だとしたら申し訳ないことをしてしまいましたね。まだ育ち盛りのアプロに夜更かしなんかさせてはいけません。寝る子は育つ。寝る子はそだ……。


 「アコー?」

 「…いえ、なんでもありません。アプロ、これ以上はあんまり育たないでくださいね」

 「朝も早くから来てわけの分かんないことを…まあいーけど。で、屋台祭りの票を確認したんだけどさー」

 「ふむふむ」


 執務机を間にして、アプロが差し出した資料を覗き込みます、って書き損じたものの裏紙みたいですけど、びっしり計算した後がありますね。またえらい気合い入れてくれたみたいで。

 そして、ここ数日の特訓が功を奏して、ふふふ…これくらいならバッチリ読めますよ。えらい、わたし!


 「…で、これどう解釈すればいーんです?」


 字が読めるだけで数字の解釈は人任せなのでした。だめな、わたし。


 「どうって…うーん、一緒にやってたフェネルが言うにはさ、売り上げの多い少ないと、評価の高い低いがあまり関係ない、だってさ」

 「ええと、つまり買いはしたけど高く評価したとは限らない、ってことですかね?」

 「らしいなー。そもそも買われなけりゃ評価もされないんだから、全く関係無いってこたーないと思うんだけど」


 なんだか統計の授業でもやってるみたいですね。数学が得意でなかったわたしですけど、商売の話となれば無視も出来ません。


 「…アプロ、これどんなものが評価高かったか、分かります?」

 「私も気になったからそれは調べた。ほら」

 「あ、ども。……うーん、これだけ見ても分かりませんねえ…」


 まあ何せ、お祭りですし酔っ払いがてきとーに投票したものも多いでしょうから、傾向も何もありません。

 焼いたお肉の串ものが多いのはもともとですから分かりますけど、甘いものが圧倒的人気でないにしても、そこそこ票が入っていたり、普段見かけない…ええと、焼きトマト?なんですか、これ?みたいなものも意外と人気があったり。

 わけ分かりませんね。


 「まあでも、最初に手に取ってもらわなければあんまり意味がない、ってことは分かりました」

 「そーだなー。まあそこから先は、屋台に詳しい専門家にでも聞いてみればいーんじゃないか?」

 「何ですか屋台の専門家って…本職に聞いて教えてもらえるわけないでしょーに、って、あー」


 …いましたね、屋台の専門家。

 けど、いーんですか?


 「…会わせたくはないけど。でもアコが困ってるんなら仕方無いんじゃないか」

 「うーん…」


 まあお友だちに相談する、ってことに遠慮する必要なんか無いんですけど。


 でもですねー…アプロが手伝ってくれたことでベルに会う必要が出てきたのだとしたら、やっぱりアプロがいいって言ってくれないことをやる気にはなりませんよ、わたしは。


 「いえ、もー少し自分ひとりで考えてみますね。ここですぐベルに話を聞きに言ったらなんだかアプロに悪い気がしますし」

 「え?…や、そのー…アコがそういうんなら別に私も………あー!やっぱりなんかヤダ!私のいないところでアコとベルニーザが会ってるって思ったらもやもやするっ!」


 あはは。そーいう風にはっきり言っちゃうところなんかは、アプロの可愛いとこです。

 だからここはアプロの意を汲んで、って、なんで出かける仕度し始めるんですか。


 「え?だから私も行く。アコとベルニーザを二人きりにさせたくねーし」


 …えーと、いえまあ、わたしとしては大歓迎な展開なんですが。可愛い二人とでーとだでーとだわーい、ってアホみたいなこと考えてしまうくらいには。

 ですのでわたしもそそくさとアプロの執務室を出る用意はしますけど、一応釘は打っておきましょーか。


 「あのー、アプロがそのつもりなら別に構いませんけど、けんかだけはしないでくださいね?」

 「それはあいつ次第。ほら、行くぞアコ。フェネルが来る前に出かけねーと」


 ベル次第て、いつも大体あなたの方から突っ掛かってるじゃないですか。


 そうしてわたしたちは、アプロの消えた執務室から聞こえるフェネルさんの悲しげな叫びを背に、街に出たのでした。



   ・・・・・



 「…で、こーいう時に限っていないんですよね」

 「あいつ…私がいると思って顔出さないつもりかー」


 んー、ベルも最近アプロと会っても楽しそうには見えるんですけどね、わたしには。

 ただまあ、せっかくアプロと街に出たんですから、もうしばらくぶらぶらしてみますか。


 「さんせー。もうすぐ雨期も明けるし、ぼちぼち荷物も入ってきてるから、視察の名目もあるしなー」

 「フェネルさんに言い訳もたちますからね」

 「そーいうこと」


 一向に悪びれる様子もなく、アプロはくすくすと笑います。アプロのこういうところ、わたしは大好きです。


 「…なんだよー、それじゃ好きじゃないところがあるみたいじゃないか」


 口をとがらせてます。

 別にそーいうわけじゃないんですけどね、と商業区に向かって歩きながら答えます。


 「好きじゃないところなんてありませんよ。困ったところは結構ありますけど」

 「…アコに迫ってるところとか、か?」

 「あー…まあそれはちょっとありますね。困ったっていうか、なんでわたしなんだろう、って。だってもともと身分が違いますし、そもそも…ええと、女の子同士ですし」


 なるほど確かに、何日か前の晴れた日に出歩いた時に比べて、人通りが多いようです。あまり見かけたことのない人も少なくないので、街の外からの出入りが増えてる、というのは本当みたいですね。なんだか春が近いような、心持ちです。


 「…っていってもなー。アコがアコだから私は好きなだけだし。あんまりそーいうの考えたことないや」

 「大雑把とゆーかテキトーとゆーか…でもそうなると、ますます分かりませんよ。その、女の子同士とかいうのは置いといて、わたし性格悪いですよ?」


 「アコはさ、自分が嫌いなのか?」


 ………。


 なんでしょう、一瞬ですけど音が一切聞こえなくなったような気がします。

 ていうか、昨日のマイネルといい、わたし変な誤解されてるんじゃないですかね。


 「私が好きなアコがさ、自分を嫌いって思うの、なんかイヤだ。私の好きを否定されてるみたいで」

 「……ええと、そのー、別にそんなことはないですよ?ほら、わたし性格は悪くても結構楽しくやってますし。最近はちゃんと前向きに生きてるー、って実感して…」

 「じゃあ私を好きになってくれるか?」

 「それとこれとは話が別…」

 「別じゃ無い。自分のことを好きになれないヤツは、誰かを好きになることなんか出来やしない。アコは、自分のことを好きになれないと、私のことも好きになってくれない」


 ……こういうところですよ、アプロの困ったところって。

 わたしのこと、そうじゃないって決めつけて、わたしが踏み出せない場所に追い込もうとするんですもの。


 「…あの、こんな話止めません?街中で歩きながらする話じゃないですよ」

 「じゃあどこか落ち着いたところに行こう?そこで話、しよう?」

 「だから…ああもう、そう急かさないでくださいよ。アプロの気持ちは分かりますけど、わたしにだってこお、もにょっとしたものがいろいろあるんですから…」


 …なんとなくですけど、これはわたしの正直な気持ちなんだ、って朧気には思います。

 わたしの今覚えている感情。それはきっと戸惑いで。

 それを指摘されて面白くないって思って、なんだか落ち着かないんです。


 そんなことをたどたどしく告げると、アプロは納得こそしない風でしたけど、それでも「わかった」と聞き分けよく、矛を収めてくれました。

 それでほっとしたのは確かなんです。そして自分のことを情けないなあ、って思います。もちろん、そんなことを告げるわけにはいかないんですけど。


 「…まあそういうことですから。今はですね、ベクテくんの商売の話、しましょう?アウロ・ペルニカに名物の屋台が出来ればアプロだって嬉しいんじゃないですか」

 「まあなー。アコがいろいろやってみたい、っていうなら、とりあえず待つよ」

 「すみませんね」

 「いいって」


 なので、話を変えるふりして気取られたくないことを隠してはみます。

 そうしたら、やっぱり少し呆れ顔ではありましたけど、わたしを困らせるアプロから、わたしが素直に好きって言えるアプロに戻ってくれました。




 「で、お好み焼き、だっけ?小麦粉を使った料理ってそんなに見たことなかったけど、それにしても変な料理思いつくよなー、アコも」

 「思いついたわけじゃないですよ。日本では割と一般的です。だし汁で溶いた小麦粉にいろいろ混ぜて焼くのって。粉モン、って言って、平たい円状に焼くだけじゃなくて、タコ…魚みたいなものを入れて、こぉ、まぁるくコロコロした形に焼いたものもあるんですよ」


 気分も落ち着き、営業を再開した顔見知りの屋台で飲み物なんかを買いつつ散策を続けます。

 目的もなく、って雰囲気になってますね、もう。フェネルさんにどー言い訳するのやら。


 「ふーん。アコの好物だったの?」

 「そうですね。自分のお家で真似して作るくらいには。何度かやったから作り方覚えてたんですね、って里心ついたみたいでアレですけど」

 「…アコの方からそんな話出てくるとはびっくりする」

 「え?そ、そうですか…ね?」


 日本の話のこと、かもですけど、そんなにわたしあっちの生活の話とかってしませんでしたっけ?

 頻繁に、ってほどじゃなくてもたまーにして…あれ?アプロの前では…あー、なんかアプロが気に病むといけない、って思って避けてたのかもしれません。


 「…ごめんなさい、つまんない話してしまいましたね。そうですね、お好み焼きにこだわる必要は…」

 「いやー、この際だからその、粉モン?ってやつ。てってー的に極めてみねー?」


 はい?


 なんだか妙なスイッチの入った顔つきで、アプロがわたしを見上げておりました。

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