第63話・野心の名はKONAMON その2
「だからなんであなたがいるんですか」
「んー?なんかアコがまたヘンな料理作るっていうから」
「また、ってなんですか、また、って。いつもちゃんと美味しいもの作ってるじゃないですか」
「そうなんだけど、やっぱりアコの料理ってさ、発想の出発点がどっかビミョーにずれてるっていうか。最終的にはちゃんと美味しいモノになるのが不思議だけど」
そんなものですかね?味覚に大差ないので、問題は無いと思うんですが。
「まあまあ。ほら、ベクテ。ちゃんとあいさつなさいな」
「は、はい…。その、今日はよろしくおねがいします。あっ、ぼ、ぼくはベクテといいます」
「はい、神梛吾子です。こちらこそよろしくです」
「まー失敗しても悪く思うなよー」
「い、いえ…あの、おばさん?領主さままでいるとは聞いてなかったんだけど…」
そりゃそうでしょうねえ…。
紹介されたファルルスおばさんの甥っ子ってひとは、予想に反してアプロとそう大差無い年頃の少年でした。荷運びのお仕事、っていうからいかついおじさんを想像してたんですが、まあ流石にファルルスおばさんの甥御さんでは、そういうこともないのでしょうけど。恰幅のいいおばさんですが、実際のトコまだ若々しいですしね、ファルルスさん。
「で、場所をお借りしての屋台料理の研究、ということになりますけど…とりあえず、こーいうのはどうですか?って考えてきたものを作ってみますので、よく見ててください」
「は、はい…」
なんでそんなに緊張してるのかよく分かりませんけど、アプロが気になるんですかね。まあ男の子ですし、アプロのよーなきれいな女の子が一緒だと気が散るのも無理はないんでしょうか。
「……では始めますね」
なんかちょっとイラッとしつつ、わたしはファルルスおばさんのお店のお宅の台所を借りて、調理を開始します。
まずはだし汁の準備です。
昆布だの鰹節だのはもちろんありません。お肉のスープでもいいんですが、お好み焼きですので海のものを使いたいところですよね。
ただ、海のものはこの街では手に入りにくいので、川魚の干物を戻した時にでるお水を使います。煮汁でもいいんですが、ちょっと魚臭くなりすぎるんですよね。
で、そのだし汁で小麦粉を溶いて、山芋は似たものがあるので、おろし金を使ってねばりがちょうどよく出たところで、これもぶちこみます。
実はこのおろし金、という調理器具がこの世界になかったので、こーいうものが欲しい、と特注したんですよね。
何に使うんだ?とさんざん聞かれたので、根野菜をこーするんです、と実際にやってみせたらヘンな顔をされたものです。
まあそれはともかく、続いてキャベツ代わりに刻んだ葉野菜をぶちこみ、その他の具はまあ、お好み焼きなので、羊肉とか薬味代わりの香草なんかを。
「で、こういう感じになったら、あとは丸い形にして焼くだけです。簡単でしょう?あとアプロは材料を勝手に味見しないよーに」
「…だって味しないじゃん、これじゃ」
「お出汁に薄く塩味つけてますよ。焼けばちゃんと塩味しますって」
焼き上がるにつれて香りも出てきます。
一同、興味津々、という感じでぷくぷくと泡のたつ生地を眺めているうちに、わたしはフライパンを持ち上げてひっくり返しました。
「わぁ!」
うふふ、いい反応ですねー。
お好み焼きをひっくり返した時の焼き色は、何よりも食欲をそそるものですからね。
そして二度、三度ほどひっくりかえし、生焼けの部分がなくなった頃を見計らって、お皿に移しました。
「はい、これで完成です。今切り分けますから……って、あ」
「ん?どした、アコー」
「ああ、いえ…味付けをどーするか忘れてました…」
お好み焼きといえばソースあんどマヨネーズですが、マヨネーズはともかくソースはどうにもならなくて、昨日のお昼にマイネルに出した時も、部屋にあった調味料をてきとーに使っただけでした。
「まーいーじゃん。とりあえず食べてみよ。なんかあり合わせでやってみよーぜ」
「それもそうですね。じゃああちらで…」
狭い台所ではありますが、普段ファルルスおばさんのお家はここで食事をとるとのことなので、四人分の卓と椅子はあります。そちらにお皿を持っていき、四等分に切り分けました。
「はい、一応うちにある調味料は一通り持ってきたけど」
「ありがとうございます」
おばさんの用意してくれたものを確認してみます。
魚醤は発酵の進んでいない分味に深みはありませんが、その分クセもなくて食べやすいものです。
お酢はお酒のを作る時に一緒に仕込むもののよーで、日本人に馴染んだ米酢とはちょっと違いますが、ワイン酢のような感じのものです。
そのお酢に唐辛子を漬け込んだものもありました。わたしもよく使いますが、酸っぱ辛いは基本ですよね。
香辛料…はやっぱり高価らしく、草原の真ん中の街で庶民に手の出るものではありません。
発酵食品の概念はあるので、魚から作ったもの…ええと、アンチョビのようなものも無くは無いんですが、やっぱり日本のようにはいきませんね。
その他、わたしが自分の部屋から持ち込んできた、麦のお味噌…のようなもの。
まあこういったものを並べて、いろいろつけて食べてみることにしました。
「…んー、どれも悪くはないんだけど、いまいち、これだ!ってものが無いっつーか…」
「ですねえ…。ベクテくんは気に入った組み合わせとかありました?」
「ええと…ちょっとどれもあっさりし過ぎてて、満足感はいまひとつ…」
「毎日食べて飽きは来ないと思うけど、屋台に並んで食べたい、ってものとはちょっと違うかもねえ。あ、ごめんなさい、美味しいとは思うのよ」
「いえ、わたしもおばさんと同じよーな感想なので。食事にはいいですけど、なんかあまりお客さんを惹きつける、ってものが足りないと思います」
うーん…と、四人揃って腕組みして考え込みます。
やっぱりソースが無いとお好み焼きって華がないですよね、って、そういえばマヨネーズならなんとかなるかもですね。
「おばさん、もし卵があったら分けてもらえませんか?」
「そりゃ構わないけど。何か作るのかい?」
「ええ。ちょっと思いつきですけど」
卵とお酢があればとりあえず形にはなりますしね。
早速台所の隅で、油とお酢と卵を必死にかき回して、ドロッとしたものを作りました。
「これをつけてみて…って、もう食べてしまったんでしたっけ。まあいいです、ほらアプロ、味見してください」
「ええっ…?!な、なんか口に入れるのに抵抗がある見てくれなんだけど……ん。ん…んんん………。ナニコレ?」
「どうです?」
なんだか納得のいかない、という顔つきのアプロをよそに、おばさんとベクテくんにも差し出して味見してもらいます。
「…んー、なんかにゅろっとした食感」
「んなこと聞いてませんよ。味がどうか、って聞いてるんです」
「悪くない。さっきのヤツに合わせるとどーかは分かんないけど」
いまいちパッとしない反応でした。
おばさんたちの方はどうかといいますと。
「なんとも優しい味だけどねえ」
「パンに合いそうですね」
ううむ…やっぱりマヨネーズだけだとパンチが足りないのでしょうか。
「仕方ないです。合わせる調味料を作ってみますので、ベクテくんはお好み焼きを自分で作ってみてください。おばさん、監督お願いしますね」
「はいよ。じゃあベクテ?言われた通りに作ってみようか」
「はい、おばさん」
広いとは言えない台所で、それぞれに作業再開です。
「アコー、私は?」
「あー…じゃあアプロは材料切るのを手伝ってください」
「あの…領主さまにそんなことをして頂いては…」
「いーんです。働かざる者食うべからず、って言いますからね」
「昨日散々仕事してたんだけどなー」
あなたの場合、ある程度はじごーじとくでしょーが。
・・・・・
「…いまいち、かなあ」
「…ですねえ」
「あら、美味しいと思うんだけれどねえ」
「うん。ぼくもそう思います」
そうは言いましても、屋台の味じゃないんですよね、結局。
お好み焼きソースの作り方なんか知らない、というかベースになるウスターソースとかとんかつソースの作り方が分からないので、どーしようもなかったのでして。
野菜を煮込んでスープにし、くたくたになった野菜をよーく潰して小麦粉と合わせてとろみを出し、あとは酢漬けの唐辛子や魚醤なんかで味をつけてはみましたけど。
なんか、お好み焼きに必要な、通りすがりも惹きつける要素にはいまいち物足りなさがありまして。
「別に悪くないと思うんだけどなあ。アコは妙なところで完璧主義なんだよー」
「そうは言いましてもね、引き受けた以上はちゃんとした仕事したいんですよ、わたしは」
まあ妥協したくないのは事実としても、付き合わされる方にしたらたまったものじゃないんでしょうけど、ってアプロは勝手に首突っこんできただけじゃないですか。
「あと、ベクテももうちょっと上手にならないとねえ…」
「うん、ごめん…」
普段料理というものをしないベクテくんですから、そちらの方も修行が必要ですしね。
仕方ありません。商品開発先行はひとまず置いて、市場調査の方から攻めてみますか。
「とりあえず、今日のところはこれくらいにしておきましょう。おばさん、材料使わせていただいてありがとうございました」
「あらあら、お願いしたのはこちらの方なのだからそんな遠慮しなくてもいいのよ。それよりベクテはもっと料理を作る方をなんとかしないとね」
「うん。勉強するよ」
ですね。最終的に何を売るお店にするかはともかく、それは磨いておかないと何も出来ませんから。
「じゃあ、マイネルの調査の結果を待ちましょうか。アプロ?そろそろお暇しましょう」
「んー…なんかもう今日は何も食べたくなーい…」
結構試食させてしまいましたからね。
わたしはお腹がいっぱいになって眠そうなアプロを引っ張って、ファルルスおばさんのお家から失礼したのでした。
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