第57話・わたしが居たい場所 その3

 「きゃーっ!きゃーっ!きゃーっ!アプロアプロアプロあれだめわたしあれはずぇったいダメぇぇぇぇぇっ!グロいのいやーっ!!」


 実はわたし、ミミズが大の苦手で。

 ええ、ミミズ腫れを見ただけで、皮膚の下にアレが這い回るところを想像…させんじゃねーです!…もう。

 で、ですね。その、ただでさえ苦手なミミズが電柱サイズでだったんですよ。一目で気絶しなかっただけでわたしは自分で自分をほめてあげたひ。


 「落ち着けって、アコ。大したことないから」

 「え?」


 パニック中のわたしでしたが、わたしについてくれてるアプロはえらく冷静で、鋲牙閃の二発とゴゥリンさんの斧槍の一閃で、巨大ミミズは刺身のよーになってました。いやあの肌色の抱えるサイズの輪切りが、切り取られた後もグニグニ動いているのを見ると…う、吐きそう…。


 「…あー、まあ確かに気持ちのいい光景じゃあないな。どーせすぐ消えるだろうから、アコも目をつむってていーよ」

 「……あい、ありがたくそほさせてもらいまふ……」


 ろれつの回らない口調で、そのよーにアプロに感謝しました。

 お見せできないのが残念ですが、こりはビジュアル的にホントつらい。

 まあアプロの言うとおり、すぐに消えて無くなるのが救いです。


 「あの、アプロー。消えました?」

 「消えたぞー。アコ、もうい……いんや、もーちょい目つむってた方がいーかも…」

 「え、どゆことで……す……う~ん……」


 好奇心と言うより不安にかられて目を開けたわたし、あっさり気絶しました。

 薄れ行く意識の中、ゴゥリンさんが言ってたことを思い出します。

 囲まれている、って。


 そこそこおっきな音を立て、屹立する電柱サイズのミミズは、ぱっと見で五本、六本、七本、八本…ええと、やめましょう。

 つまるところ。

 一匹どころか、群れを成してたんですね……ぐっばい、わたしの正気度。



   ・・・・・



 「はっ、ここはどこです?」


 どれくらい気を失ってたのか分かりませんが、まあお腹の具合からしてそれほど時間は経ってなかったと思います。

 起き上がってアプロの姿を探しますと、すぐ隣におりました。


 「なんかわざとらしーけど、おはよう、アコ」

 「寝たふりしてたみたいな言われ様は心外ですけど。でも、逃げられたみたいですね」

 「あれ見てもそう言える?」


 え?

 あれ?

 と、わたしは首を伸ばして今自分がどこにいるのか、確かめます。

 地面についた手の下は、固い石のよーです。というか、岩の上ですね。

 ただ、視点はえらく高く感じるので岩の上というより岩山の上、ってとこでしょうか。

 そしてそこから見下ろす風景は、といえば。


 「………う~~~ん…」

 「だから起きるなりまた気絶するなって」

 「そうは言いますけどね」


 今度は気絶のフリでしたので、後頭部が地面に激突する寸前から起き上がります。端的に言ってわたしの腹筋はんぱない。


 「逃げるの失敗したんですか?」

 「難を逃れるのに成功した、と言って欲しい」

 「それどー違うんです」

 「対策を練る時間を作れるかどーか、かな?」


 なるほど。

 まあ小高い岩山…というか、デッカい岩石が丘のようになってる場所、ってとこですかね。その周りをうねうねしてるミミズって図は、安心は出来ませんけど確かに休めはします。


 つまり、一匹倒してなんとかなったー、と思ってたらまだ他にもおりました、逃げました、高いところに登ったら追いかけてこなくなりました、ってとこですか。


 「まあ大体それで合ってる。ちなみにゴゥリンとマイネルは…」


 「戻ったよ。ああ、アコも目が覚めたんだね」

 「………」

 「あ、ご心配どーも。なんとか無事です」


 坂を登ってきた二人です。ゴゥリンさんがこちらを心配そうに見てましたので、ガッツポーズで元気をアピールします。


 「おかえり。どーだった?」

 「見立て通りだね。あいつら地面の中を掘り進んでるから、この岩山の上には出現出来なさそう。なんで登ってこないのかは知らないけどさ」

 「あの動き見るとこっちを探し回ってるっぽいけどな」

 「別に隠れてるわけじゃないのに、どういうことだろ?」

 「さあね。目が見えないのかもしれない」


 ミミズですしねぇ…。目が見えなくても不思議じゃないですね。


 「その割にこっちの場所は分かって襲ってきたのは不思議だけどな。ゴゥリン、やつら現れる前、臭いしなかったか?」

 「………(ふるふる)」

 「だよなあ…」


 ていうか、ミミズってことは…。


 「あのー、もしかして振動で場所が分かったんじゃないんですかね」

 「振動?そんなに揺れたっけ?」

 「いえ、そーいうことじゃなくて」


 わたしは、人が歩く時の微細な振動を敏感に感じ取って、こちらの位置を感知しているんじゃないか、ってことを説明します。

 三人とも、そんなまさか、みたいな顔をしてましたけど、地面の中で振動が伝わる様子とか、あと例えばアリジゴクが蟻の振動で罠を張るみたいな話を聞かせてやると納得した様子でした。


 「…なるほど。言われてみればさー、あの動き方は説明つくな。あと、あれが穴の魔獣なのかどうか、ってとこが気になるけど。マイネル、穴の場所ってまだ離れてるよな?」

 「歩きでほぼ一日、ってとこだね。けどこの状態じゃ近付くのも無理っぽいし」

 「聞いたことないくらい遠出するヤツだなー…その分一匹一匹はえらい弱いけど」

 「遠くまで行くことに特化した魔獣なのかもしれないね。ゴゥリン、なんかそんな事例聞いたこと…ないか」


 マイネルの問いを全て聞く前にゴゥリンさんは首を振ってました。


 「そーかー。けどどうする?これ、穴に近付くどころかここから逃げ出すのも苦労しそうだぞ?」

 「逃げ出すわけにはいかないよ。こないだの一件もあるし、そんな話が王都に流れたら、アプロや陛下の立場が悪くなる」

 「私の評判なんかどーでもいいけど、陛下のお立場はちょっとなあ…アコ、なんか良い考えない?」


 わたしに言われましてもねー。戦うのなんか専門じゃないんですし。

 けど、思いつきを口にするだけでもアプロたちの助けになるのであれば、それを話すのもやぶさかじゃーございません。


 「そうですねー…ここから穴の位置って大体分かります?」

 「大凡の距離と方角だけならね」

 「方角はどれくらい正確ですかね?距離は大体でいいんですけど」

 「方向はそんな間違いはないよ。あと穴が近くなれば気配がするし」

 「ふむん。じゃあアプロ。飛んで行けません?」

 「あのさ、アコ。いくらアプロでもそんな無茶…」

 「いや、それは良い考えだ、アコ」

 「…はい?」


 そーいうことです。


 いつぞやベルと追いかけっこした時に、アプロは聖精石の剣を使って空を飛んでました。

 地面を歩いていくのでなければ、あの巨大ミミズに感知されずに穴に近づけます。近付いてしまえば、あとはいつも通りに、やれます。

 やれますけどねえ…。


 「問題は、穴に近付くまでアプロが飛び続けられるか、あるいは一度着地して再度飛べるのか。それと、呪言を何発も使えるのか、って問題がありますし。穴の規模、分からないんですよね?」

 「飛び続けるのはそれほど問題ないよ。一度発動させてしまえば、私が降りるまでは飛んでられるし。呪言の詠唱を続ける必要は無いから」

 「…なんていうか、アプロもなんでもアリになってきたね、本格的に…」


 まあそれは同感ですけど、この際やれることは知っておかないと作戦も立てられません。続けましょう。


 「穴に近付いて着地した時、またミミズに襲われる心配もありますしね。アプロ、空を飛びながら呪言の詠唱って出来ます?」

 「やったことはないけど、多分問題無いんじゃないかな。あ、そうか。空飛びながらぶちかませば安全ではあるもんな。けど降りた時に詠唱しても問題無いんじゃないか?詠唱中は襲ってこられないんだし」

 「そうですけど、危険を減らせるならその方がいいじゃないですか。地面の下にアレがしこたま蠢いてるとこで詠唱してるアプロにしがみついてるなんて、わたしはなるべくしたくないですよ」


 精神衛生的にキツイです。

 で、あと残る心配は…。


 「それで行くとしてさ、四人で飛んで行けるのかな?」


 ですよねー。そこなんです、問題は…。


 「アコを抱えて飛ぶくらいが限界かなー。それに加えてマイネルは…あんま自信ないし、ゴゥリンは論外」

 「ちょ、わたしが同行するの前提なんですかっ?!」

 「当たり前だろー。穴を塞げるのアコしかいないんだから」

 「あ…」


 我ながら迂闊でした。

 となるとこの手は使えませんね。何か他の手を考え…。


 「じゃ、それでいこうか。マイネル、ゴゥリン。わりーけど帰って来るまでここで待ってて」

 「ええっ?!…って、あの本気ですか?穴の布が出てくるまでわたし足手まといもいーとこなんですけど…」

 「アコは僕らの切り札なんだから、当然でしょ。じゃあアプロ、アコ。頼むよ。今回僕とゴゥリンは役に立てそうにないしね」


 …言い出しておいてなんですけど、無茶なことする羽目になりました……。


 「無茶はいつものことだろー。ほらアコ、荷物は最小限にしといて準備、準備」

 「はあ…そーいう開き直りはキライじゃないですけど、我が身に降りかかる危険を思うとワクワクするってわけにもいきませんねー…」

 「だいじょうぶ。アコは、私が守るからさ」


 …なんとも惚れそーなことを言うものです。

 そりゃまあ、女の子冥利には尽きますけど、わたしにそー言ってくれるの、わたしより年下の女の子なんですよね。別にいーですけど。


 「よし、やるぞ。下の魔獣どもは姿消したな。こっちがいなくなったと思って地面に潜ったな」


 …しゃーないですね。あんなの放置しといたら、街道の安全が守れません。ってか、街にまで行ってしまったらえらいことになります。

 頑張り時なことに違いはなさそーですから、わたしも腹を括りましょう。

 わたしは腹を括ることでも定評があるのです。


 「アコ。僕が言えた義理じゃないけど、気をつけて」

 「………(なでなで)」


 ありがとうございます。

 わたしの頭を撫でてくれるゴゥリンさんの肉球のくすぐったさを堪能しながら、帰ってきたらまた撫でてくださいね、と言うわたしでした。なんか死亡フラグみたいで一瞬焦りましたけど。


 「アコ、こっちは準備出来た。呪言始めるから、掴まって」


 はいはい、と荷物を確認します。といって持っていくものなんて、すっかりお馴染みになったわたしの相棒、聖精石の針とまち針を山のよーに刺した針山くらいのものですけどね。

 わたしはそのどちらも、肩から提げたポーチに収まっているのを確認して、アプロの胴にしがみつきます。

 アプロは剣を中段に構えて口の中で呪言を唱えていて、次第に剣の輝きが増してきます。

 そろそろかな、と思ったところでアプロは目を見開き、呪言を締めました。


 「顕現せよ!」


 アプロの体に回した腕に一層の力を込めます。振り落とされたらコトですから。

 そして、剣先を下に向けたアプロは、片手でわたしの腕の下に手を回し、わたしをしっかり抱きかかえるような格好になると。


 「じゃあ行ってきまぁぁぁぁぁぁぁぁすぅぅぅっ?!」


 ドップラー効果で変な高さになったわたしの声を地上に残し、空高く舞い上がったのでした。

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