第37話・祭りに散るアプロの涙 その3
「あれ、アコ?あわ食った様子でどうしたのさ」
「どーしたもこーしたも、マイネル!あなたこれのこと知ってたんですか?!」
天幕に入るとマイネルがまだお茶してました。この事態に何を呑気な…。
「なんだいこれ?ええと…『その少年のような言葉と英雄的行動。そして隠された豊満な肢体の完璧なる美少女、我らが領主、アプロニア・メイルン・グァバンティン』。またべた褒めだね。間違っちゃいないけどさ」
「…そー落ち着いていられるのもそこまでですよ。次読んで、次」
「そう急かさないで欲しいんだけど。僕、まだお昼ご飯も食べてないんだしさ。どれどれ…『光の教義をその身に宿す、我が街の聖女、マゥロ・リリス・ブルーネル。賢く気高く、しかしその実態は誰もが守ってあげたい超越的、妹!この少女を見て保護欲を抱かぬ男は男を止めちまえ!あ、でも汚すのは勘弁な。幼女は遠くから愛で守るもの』………はあっ?!」
「よーやく事態の変態的であることを理解しましたかこの唐変木。あなた自分の許婚がこんな風に書かれてること知ってて落ち着いてご飯とか食べてるんですかっ?!」
「知らないよ僕だって初耳だよこんなの!…アコ、これどうしたのさ」
「どーしたもこーしたも」
と、ベルと一緒に屋台巡りしてる時に、ベルがもらったチラシであることを説明しました。
それを聞いてマイネルは、呆れた様子でもう一度チラシに目を落とします。
「…あ、アコについても書いてあるんだね。なになに、『得物は世界にただ一つの聖なる針。そしてその舌鋒は針の如し。だがそれに似合わぬ慎ましい姿態にそそられるものも数多し。鋭き毒舌も慣れればご褒美。針の英雄、カナギ・アコ』……また微妙な評価だね、アコは」
「うるさいです。別にわたしだけマニアックな評価されてるから怒ってるわけじゃないですよ!」
「…本当かなあ。で、これって要は…要はも何もないか。『アウロ・ペルニカ三大美少女の最終勝負!もっとも美しく住民に愛されるのは誰か?』。…うん、アコも高評価じゃないのかい?一応『三大』に入ってるんだからさ」
「わたしなんか数合わせに決まってますよ。アプロと一緒にいて目立ってるからそう見えるだけです」
「そうかなあ。僕に言われたって嬉しくはないだろうけど、アコも充分きれいな女の子だと思うけど」
「………そりゃどーも」
わたしはムスッとした顔のままマイネルの正面に腰掛けます。
それはまあ、マイネルに言われたからといって嬉しいわけではないですけど、なんといいますか…わたし今までそんなこと言われたことないですし、自己評価もそれほど高くないので、実感わかないんですよね、って今はそんなことどうでもいいです。
「それよりマイネル、アプロはともかくマリスまでこんなことに巻き込まれてるんですが、ほっといていいんですか?」
要するにこれは、ミスコンです。アウロ・ペルニカで何かと目立つ女の子を俎上に上げて、あっちがいいこっちがいいだのと下品な盛り上がりをする、許しがたい所業です。
何よりも許せないのは、本人を無視してコソコソやってることです。やるなら堂々とやりなさいっての。
「…そうかなあ。アコが怒ってるのってそことはちょっと違う気もするんだけど」
「どーいう意味です」
「それは自分で気付いてもらわないと。でも僕はこの件は見なかったことにするよ。別にマリスやアプロに危害を加えようって企みでもないみたいだし」
「……いいんですか?」
「いいよ。あんまりほめられたことじゃないとは思うけどさ、それで楽しんでるなら構わないんじゃないかな」
「マリス、人気ありますよね…」
やけに物わかりのいいマイネルですけど、一つ大事なことを忘れてるようです。
「…マイネルがマリスと許婚の関係である、なんて事実がこの馬鹿騒ぎに賛同してるひとたちにバレたら…どうなるんでしょうねえ……」
「……………マズいかな?」
「マズいでしょうねぇ…確実に、マイネルは夜道を歩けなくなると思いますよ?」
「………止めよう。犠牲が予想されるなら止めないといけない」
計画通り。
我ながら邪悪な笑顔を浮かべるわたしです。もちろん、マイネルからは見えないように。
マイネル、焦って一つ勘違いしてますけど、マリスの人気がここまで高まってる以上、マイネルの身の安全はこのイベントが行われるか行われないかとは関係ないんですけどね。
「とりあえず実行委員を集めてどこまで関与してるか調べよう。フェネル、いるかい?!」
ま、わたしとしてはこのどーしよーもない乱痴気騒ぎを止められれば、それでいいので。
・・・・・
実行委員のひとたちの取り調べは芳しくありませんでした。
本当かどうかは別として、こんな企画は立ててない、企画の存在自体今知らされたところだ、アプロニア様にもマリス様にも大変失礼なことだ(目の前のわたしにはいいんかい)、こちらでも調査を進める云々と、責任回避に終始しておりました。
ま、あの慌てっぷりからして、主導こそしてなくても一枚噛んでたのは間違いないところだと思いますが。
「でもさ、ベルニーザがどうしてこんなものもらったんだい?」
「さあ。わたしと一緒にいることが多いのは有名みたいですから、ベルならわたしに投票するだろう、とでも思われたんじゃないんですかね」
本人に意味が通じてなかったのは想定外でしょーし、ベルを通じてわたしに嗅ぎ付けられることを予想もしてなかったのは間抜けの極みですけど。
ちなみにベルは、わたしがマイネルに話つけにいくと知った時点で「じゃあ、また」と退散していきました。やっぱり教会関係には近付きたくないのでしょうかね。
「ふうん。それならその屋台のひとはアコ推しだったってことか。はは、アコも結構人気者じゃないか」
「混ぜっ返すんじゃねーですよ、この能天気。いいからあなたは自分の身の安全のためにキリキリ働きなさい」
「なんか僕の身のため、ってのも怪しくなってきたなあ。乗りかかった何とやらだから付き合うけどさ。あ、そこの屋台か。ちょっとすみませんが」
「ひぃっ?!あっ、あの……ワシゃ知ってることは全部話したはずで…」
やってきたのは最初に脅し上げたおじさんのところです。
だってこのひと、話引き出しやすいんですもの。
「ああ、別に弾劾しようってわけじゃないですから。ただ、マリス様が絡んでいる以上、教会としては安全のために話をつけないといけないだけで。そこのところ分かってもらえるとおもいますが」
ただ、交渉はマイネルに任せました。わたしじゃ迫力が今ひとつですから。
「いやその…たっ、多分ですけどね?マリス様に危害とかそういうことは一切全く完璧に考えてなどいないとは……そ、そう睨まないでくださいよぉ…」
そしてその判断は正解だったようで、なんだかんだ言ってマイネルもマリスのことになると本気出しますね。にこやかに睨むとゆー器用な真似は、わたしにはとても出来そーにないです。
「いえいえ、あなたが首謀者だ、などとは思っていませんとも。今のところは。ですが、調べが進まないようであれば、ただ一つの手がかりとしてご協力頂く必要は出てくるかもしれませんね」
「あ、あ、あ、あのあのあの…」
おじさん、すっかり怯えてしまいました。
マイネルの物言いも大概ですけど、そんなに教会関係って怖れられてるんですかね?わたしには結構呑気な団体に見えてるんですが。
「大丈夫。我々が知りたいのは、この企画を仕切っているのが誰か、ということです。教えて、もらえますね?」
「は、はい…ですけど、どうかワシたくしが言ったことは…」
「もちろん、秘密は守りますとも。では、教えてください」
陥落。まあ見事なお手並みでした。
「………なに考えてんですか、あの子は」
「だねえ。まあ気持ちは分からなくもないけど」
犯人…という言い方がおかしければ、首謀者は、アプロでした。
正確には企画を管理してるグループを突き止めて問い詰めたならば、アプロ、マリスにわたしと、何かと目立つこの街でも人気のある存在で盛り上がれないかと計画してアプロに相談に行ったところ、こーいうおバカな話にしてはどーかとアプロに逆に提案されたのだとか。ただし、マリスやわたしには秘密にすることを条件として。
多分、マリスはともかくわたしの反応が予想出来たからでしょーね。実際こーしてるわけですから。
「それで住民の皆が楽しめるならば、ってところはアプロらしいよ。アコには悪いことをした、って思ってはいるだろうからさ、叱るなら程々にした方がいいよ」
「分かってます。けどマイネル、アプロの気持ちは分かる、ってどういう意味です?何か動機に心当たりとか?」
「心当たり…かあ。いや、アプロはさ、この街の住民が心底楽しめるのであれば手間を惜しんだりしないからさ。場合によっては自分がイヤなことでも笑って頷くよ。今度のコレも、その一つなんだろうな、って思ったんだ」
「…そういうものなんですか?」
日も暮れて祭りはたけなわです。今日一日で終わってしまうお祭りですから、誰も彼もが今日の一日を惜しむように、騒いでいます。
そんな喧噪の中をわたしはアプロに会うために、マイネルは教会に戻るために、しばしの間、道を同じくしているのでした。
「この祭りだってアプロが始めたものだよ。ちょうど二年と少し前にアプロが赴任してきた時にさ。雨期が始まる前の鬱陶しい空気を少しでも和らげて、明るい雰囲気の中で雨期を迎えられれば、って言ってたよ」
「……そのくせ本人は屋台はいやだと言って、祭りの先頭に立つようなこともわたしに押しつけるんですか。本当に、何考えてるんですか、もう」
「それはアコが自分で聞いてみるしかないだろうね。じゃあ、僕はここで。マリスがそろそろお
「そうですね。それは間違い無く、わたしがやるべきことでわたしのやりたいことですから」
住宅街も奥に入り、人通りも減って静かになったところでマイネルと別れます。
彼は言った通り、教会に向かうのでしょう。ただ、だいぶ遠回りしてる辺り、わたしを気遣っていたのが丸わかりで少しムカつきます。
「…とは言いましてもねー」
そうやって背中を押されないと、アプロの本心を聞きに行こうなんて出来やしなかったでしょうし。
わたしは、ここからでも見えるアプロの屋敷を見据え、そこに何が待ち受けているのやらと小さく気合いを入れて、歩き出すのでした。
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