第36話・祭りに散るアプロの涙 その2

 「ベルナドル商会のミュレ・クァマティンと申します。針の英雄さまにはご尊顔を拝し、まことに光栄の極み…」

 「はあ。まあ楽しんでってください」


 「クードレ商会で事務方を務めておりますアーパム・ネトカです。アウロ・ペルニカへの商館設立についてどうかアプロニア様にお取りはからいを…」

 「えーと、そのように伝えておきますねー?」


 「両替商を営んでおりますマイロー・ケタームといいます。最近両替商に納品される天秤棒の材質に不正が見受けられることがありまして…」

 「前から思ってたんですが両替だけで商売やっていけるんですか?」


 「励精石の精錬工員組合のベッツ・ボトムニカだ。精錬に関わる危険手当について取引の案分の再考を商業組合に求めて頂きたい」

 「…あのー、何を食べればそんなに体がおっきくなるんですか…」


 「マリス様はまこと教義の光となられるお方、であるのにあの愛らしさ…お持ち帰りしたい程にございます。ところで針の英雄さまはマリス様と個人的に親しいとか。日頃のマリス様のご様子について述べられることはございませぬかな?」

 「マイネルー?このひとアブナイから逮捕しといてくださいー」




 …天幕の奥にしつらえられた面談室で、わたしは次から次へとやってくる来客をちぎっては投げ、ちぎっては投げしてました。

 いえ、言い過ぎですね。ただ単に嵐が通り過ぎるのを首を竦めて待っていただけというところでしょーか。


 「…カナギ様。先程からずっとお顔が同じようですが」


 ほっといてください。この顔面に貼り付けた愛想笑い今崩したら、二度と戻せそうにないので。

 とはいえそろそろ限界も近いのです。お祭り開始からわたしはずぅぅぅっとこの天幕にいるのでお腹がぺこぺこです。そのくせ外からはいい匂いが漂ってくるものですから、これほどの拷問を受けるよーな真似、わたしこの世界でやってましたっけ?


 「アコも慣れない仕事だし疲れるのも無理ないよ。僕が何か買ってこよう。アコ、何が食べたい?」

 「マイネル、わたしお腹が空いてるのは間違いないんですが、ことの本質はそこじゃなくてなんでわたしがこんなことしているのか、ってことなんですけど」

 「にこにこしながら怒気をまき散らさないでくれる?不気味だからさ。まあでも面会の要請はあと二組で終わりだし、もう少し頑張ろうか」


 あと二組…?なんか最初聞いてたより大分減ってませんか?


 「アプロニア様とのご面会でないと知った方々が面会を取り下げておりまして。大凡半分程になっておりますね」


 なるほど。それはそれでムカつきますけど、意に沿わないお仕事が減るなら悪い話ではないですね。その分アプロのお屋敷での仕事が増えそーですが。

 まあいいです。あとちょっとで解放されるなら、多大な負担を顔の筋肉に強いる作業もガマン出来るというものです。


 「…じゃあとっとと片付けてしまいましょう。次の人呼んでください」


 声をかけるより前にフェネルさんが次の面会者を連れてきました、が、それがゴゥリンさんだったことに面食らうわたしです。


 「あれ、ゴゥリンさん?なんでまた」

 「励精石加工ギルドより、組合長代理のゴゥリン殿です」


 マイネルに「どゆこと?」と目で問うと、来客の身分を事務的な口調で述べました。あー、そういえばそちら関係に居候してるってお話でしたね。でもなんで代理で?


 「………」

 「え?」


 そのゴゥリンさんは、椅子に座るとテーブルの上になにかいい匂いのする包みをポンッと放り出したのでした。


 「…ゴクリ……じゃなくて、あのこれ、わたしに?」


 この空腹のわたしには分かります。これは…この街で一番多い羊肉ではなく、鶏肉…っ!それも香草も香ばしい逸品じゃないですか。


 「………腹が減ってるだろう。食え」

 「…ありがとうございます」


 なんかわたしが難儀してると思って差し入れをしてくれたのでしょう。ゴゥリンさんマジ神です。

 わたしは遠慮なく包みを開いてご馳走になります。鶏肉の香草焼きを挟んだパンでした。それはもう、お行儀とか今の立場とか知ったことかという勢いで噛んではのみ込み、噛んではのみ込みします。うめー。

 しかしその勢いが災いして喉が詰まりました。慌ててテーブルの上を見ると、冷えたお茶の入ったマグカップが。フェネルさんが気を利かせて用意してくれたよーです。流石です。こちらも気配りの神でした。

 わたしは喉に詰まったものをお茶で流し込み、懲りずにお肉を挟んだパンを掻き込むよーに平らげてしまいました。ごちそうさまでした。


 「…ふー、人心地つきました。けどゴゥリンさんこのために来られたのですか?」

 「………(スッ)」

 「……なんです?これ」


 ご満悦のわたしの前に、何やら差し出されます。土を強く固めて焼かれた札でした。荷札とかによく使われてる、陶器みたいなものです。上質な紙が高価なので、この街ではよく見かけるものですね。セラミック…ほどじゃないですけど、見かけよりも結構固いんですよ。


 「……読めません」


 そして何か書かれているのですが、当然ながらわたしには読めないのでした。いい加減マジメに字の勉強もしないとなー…と困っていたら、マイネルがわたしの肩越しに解説してくれました。


 「ああ、屋台の投票札だね。加工ギルドの出店のか。ゴゥリンもしかして営業?」

 「………(コク)」


 なるほどー、そういうことでしたか。確かにこの状況ではわたしも一票投じないといけないですね。ゴゥリンさん、なかなか策士です。

 まあわたしの一票くらいで結果が左右されるわけじゃないですけれど、差し入れのお礼として投票するくらいは別に構いませんから、マイネルにわたしの名前を書いてもらいました。あとで投票所にもっていくことにしましょう。


 「あれ?もう帰るのかい?」

 「あー、大したお構いも出来ませんで。ゴゥリンさん、本当にごちそうさまでした。すごく美味しかったですよ」

 「………」


 わたしの名前が書かれるのを確認すると、ゴゥリンさんはさっさと立ち上がって行ってしまいました。でも、わたしのお礼を聞いて少し嬉しそうだったのには、わたしも和まされたものでした。



   ・・・・・



 「ん~~~~~~っ………とー」


 天幕を出て大きく伸びをします。

 面会は終わりました。これでわたしの仕事は終わりです。

 本当にこれで終わりですよね?!…とフェネルさんに何度も確認して呆れられたので、間違いないです。晴れて自由の身です。最後の面会のひとがすげー面倒くさかったことなんかもう忘れました。アプロのだらしない私生活なんかわたしの責任じゃないですってば、もう。

 …あのひと、結局誰だったんでしょーね?フェネルさんはおろかマイネルまでなんか恐縮してましたけど、わたしにはえらいフランクとゆーかぞんざいな態度でしたし。


 まあいいです。とりあえずゴゥリンさんの差し入れでお腹も落ち着きましたが、育ち盛りの身にはまだ足りないのです。わたしはこれでも食べても太らない体質らしいのです。さあ、いざ買い食いの旅にレッツ・ゴー!


 「アコ」

 「……やっぱり来てましたか」


 ですよねー。屋台が山盛り出てるのに来てないわけないですよねー。アプロの予見はまこと正しかったです。


 「もしかしてわたしが終わるの待ってました?」


 こくん、とほんのり嬉しそうに頷くベルです。アプロには悪いと思いますけど、こーいうとこかわいいですよね、この子は。

 そして。


 「…また今日はえらいおめかしですね。とても似合ってますよ」

 「うん。ありがとう」


 黒のローブに金の装飾といういつものベルの格好と違い、今日はどこにでもいそうな町娘が、お祭りということで着飾った、というコンセプトのよーな、色とりどりの飾りも微笑ましい、胴衣とスカートが一体になった衣装なのでした。ワンピース、とも違うのは布の差ですね。ちょっとゴワっとしてて、体の動きには追従しにくい、麻のような固い糸を丁寧に織った、とても頑丈な布です。わたしも結構使います。


 「けどその服はどうしたんですか?一揃えするとそこそこするハズですけど」


 古着だとは思いますが、屋台の支払いも滞るベルで買えるものでもないと思うんですが。


 「買った」

 「もしかしてまたお小遣いもらったとか?」

 「うん」


 …なんてゆーか、人類世界の経済に真正面から関わる魔王ってなんなんでしょーね。

 でも人に言えない入手方法でないのなら、わたしに言えることありません。

 ということなら。


 「ベル、わたしこれでお終いなので一緒にまわりましょうか?」

 「うん。でも、アプロはいいのか?」

 「アプロはまあ、お祭りにいろいろ含むところがありそうなので。今日は気にしなくていいですよ」

 「そうか」


 別にアプロを気遣ったのとは違うのでしょうけれど、互いに無視出来ない存在であるのは確かみたいです。そんなことでもなんとなく、嬉しくなるわたしです。




 「…これはいまいち」

 「そうですねぇ…ちょっと味が濃すぎます。あ、このパンはいいですよ。バターが利いてて良い香りです」

 「ん…いい」

 「でしょう?…んー、でも一緒に食べると悪くないですねえ…挟んでみますか」


 わたしとベルは仲良く屋台巡りです。

 普段わたしのツケで街中の屋台を食べ歩いてるベルはそこそこ有名なハズですが、格好のせいもあってか今日はどこへ言っても微笑ましく見守られています。

 そんな雰囲気にわたしも気分がよくなります。


 「あ、そーいえば屋台で買うと投票札もらえるんですよね。ベルはどこかに投票したりしましたか?」

 「……投票…?そういえばさっきもらった、これのことか?」

 「そうそう…って、違いますね。なんです?これ」


 天幕の中で見たものとは大分違います。違うどころか、あまり日常生活では見かけない「紙」です。それも、そこそこ上等のもののようでした。

 相変わらず何が書いてあるのかわたしには読めませんでしたので、ベルに読んでもらおうとしたのですけど。


 「…私も分からない」

 「あれ、ベルって字は読めないんです?」

 「この街の人間が使うものは、無理」


 まるで人間のつかうもの以外の文字があるみたいな話ですけど、それはまあそうなのかもですね。そのうちにどんな字なのか、教えてもらうことにしましょう。

 それはさておき、ベルの見せてくれた…チラシ?ですかね。そんな感じのものを見てわたしは、ふと気付いたことがありました。

 気付いたこと…というか、違和感というか。なんだか見たことがあるよーな、ないような。それもつい今し方、と思い出してわたしはまだポケットに入っていた、ゴゥリンさんの差し入れ品の投票札を取りだし、見比べます。


 「同じですね」

 「何が?」

 「この紙にわたしの名前が書いてあるんですよ。ほら」


 そう、投票札には誰が投票したのか分かるように自分の名前を書くのですが、さっきマイネルに書いてもらったわたしの名前の文字と、だいたい同じものがチラシにも書かれてあるんです。

 なんで私の名前なんかが、屋台でもらうチラシに?


 「…どーいうことでしょう?」

 「聞いてみればいい。おい、そこの」

 「判断が早いですね…」


 わたしの取りだした投票札とチラシを見比べていたベルは、すぐ側の屋台で焼きもろこしみたいなものを売ってるおじさんに声をかけます。何度かベルのツケを払いにいったおじさんです。


 「おや、いつもの黒ずくめの嬢ちゃんじゃないか。それに針の娘さんか。今日は二人揃って買い食いかい?悪くないねえ、べっぴんさんが連れ添ってる姿ってぇのは」

 「お世辞はいい。これは何が書いてある?」

 「ん?………さ、さぁなあ…?なんだろ、ワシは知らんが」


 知らん、って顔じゃないですね。このおじさん、商売人にしてはウソが下手過ぎです。


 「そうか、知らないか」


 がくっ。

 …ベルがそれを鵜呑みにして、見せたチラシを引っ込めてました。あんまり素直過ぎるのも考えものですよね…。

 仕方ないので、ここはわたしが引き継ぎます。


 「おじさん?しらを切るよーならこちらにも考えがありますよ…?」

 「ひっ?!…あ、い、いや、しらを切るも何も、知らんものは知らんというか…」

 「ベルー?今後このおじさんのお店からものを買ってはダメですからね?」

 「分かった。アコがそう言うなら」

 「それは困るっ!…あ、や、そのー…まあお得意さんには違いないので、なんというか…今後もごひいきに願えればなんとか…」


 …このおじさんのお店、ベルのツケでわたしが払ってる額がけっこーなものなんですよね。どんだけ食べてるのか知りませんけど、ベルの食べてる量からすると、大分サバ読んでるハズです。

 まあ迷惑料というか手間賃だと思ってわたしも黙って払ってたんですが、それにしてもこーまで慌てるほどぼったくられてるとは思いませんでした。これからはきっちり台帳つけた方が良さそうですねぇ…。


 「…でしたら知ってることを吐いてもらいましょーか。ああいえいえ、おじさんが喋ったことは誰にも言いませんから、安心してくださいね」

 「うっ…」


 我ながら胡散臭い笑顔で懐柔に掛かります。ちなみにベルはもう興味が失せたのか、他の屋台に目移りしてました。ほんっとにこの子はもう…。


 「それともアプロか飲食組合にきっちり報告入れといたほうがいいですか?おじさんに払ってる金額が適正価格かどーか、調べてもらうという手も…ありますよ?」

 「…あ、いやー、その、それは……」


 うーん…ここまで狼狽えるほどわたしふんだくられてたんでしょうか。アプロやマリスのとこにもらってるお金って、実は結構な金額だったんじゃ…。

 表情に出ないように自分の金銭感覚を反省しているうちに、おじさんは観念したのかチラシの中身について、周囲に聞こえないようにか小声で話し始めました。

 そしてそれを聞いてわたしのしたことというと。


 「……関係者全員集合────っ!!」


 チラシをひったくると同時に、さっきまであれほど逃げ出したがっていた天幕に引き返すことなのでした。

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