第35話・祭りに散るアプロの涙 その1
「やたいむら?って、あの屋台村のことですか?」
「アコがどの屋台村のことを言ってるのか知らないけど、屋台が一杯集まって売り上げを競う祭り。雨期に入る前のこの時期に毎年やってるんだけどさー」
「なるほど」
珍しくアプロに仕事場に呼びだされたかと思うと、なんとも楽しげな単語が飛び出してきました。
ただ、でっかい仕事机に上半身をだらけさせてるアプロの姿からは、楽しげというにはほど遠い雰囲気しかうかがえません。ぶっちゃけいやな予感しかしてないわたしです。
「…で、わたしを呼びだして何をしろと」
「んー、私に代わって実行委員長やって欲しい」
「はあ…アプロに代わって、というのがちょっと引っかかりますけど、別に構いませんよ。いっぱい食べて採点すればいいんですね?」
「…アコ、何か勘違いしてない?審査するんじゃなくて、実行委員。簡単に言えば、祭りだということではっちゃける住民を静かにさせる仕事」
「できるわけないでしょーが」
いやな予感、的中。
「頼むよー…私屋台にあんまり顔出したくないし」
そーいえばこの間そんなこと言ってましたね。
「あと屋台が賑やかとかいうと、ベルニーザが顔出しそうだし」
「まあ確かに。でもベルと顔を合わせるくらいはもう大丈夫なんじゃないですか?」
「ばったり顔を合わせた時くらいはガマンはするけどさー、わざわざ出てきそーな場所に行きたくない」
徹底してますねー。まあケンカを避けよう、ってつもりがあるのは進歩と言えば進歩なんでしょうけど。
それにしたって、いきなりそんなこと言われましてもね。今からやるにしたって、雨期前の祭りというのならもうすぐなんじゃないですか?
「で、その祭りっていつやるんですか」
「えーと、あさって」
「アホですかあなた。二日前に実行委員長の拝命を要請するとか泥縄にも程がありますよ」
「どうせ実行委員長なんてお飾りだし。あとここしばらく準備で賑やかだったはずなんだけどさ、気がつかなかったのか?」
むーん、とここ最近の街の様子を思い起こします。
言われてみれば確かに…試食をしてくれとあちらこちらから声をかけられたりとか、なんか見慣れないオブジェがそこかしこで組み立てられたりとか、「針の英雄さまは何かだしものはなさらないのですか?」と近所の子供に聞かれたりとか。
…言われてみれば確かにいつもと様子が違ったよーな。
「最近すっかり針仕事で出不精だもんなー、アコも。ま、補佐にフェネルつけるからさ、引き受けて欲しい」
「お飾り、っていうのが本当なら、まあ構いませんけど。確かにアプロの言う通り最近外にも出てませんでしたし」
実は穴の予言もここしばらくはご無沙汰なので、街の外に出ることはなかったのでした。ついでに部屋の外にも出てなかったんですけど。
ともかく、そういうことになりました。
・・・・・
翌々日。
…って、いきなり本番当日じゃないですか。わたし、アプロに言われてから何一つやってないんですけど、それでいいんですか?
「ご心配なく。私が補佐として何一つやる必要がございませんでしたので、必然的にカナギ様の務めも何一つ無いことになります」
わー頼もしい言葉ですねー。
…って、いくらなんでも実際にお仕事する人と顔合わせすることもないまま本番て、それはそれで不安しかないよーな…いえ、暇に越したことはないんですけど。
「針のアコ様でいらっしゃいますな?アプロニア様のご名代としてのお勤め、ご苦労様です」
「いえ、その…はあ、どーも」
実際に運営をとりしきってる、商業組合のナントカいう精力的なおじさんが、労いの言葉らしきものをかけてくれます。
ていうか、針のアコ様、てなんですか。なんかわたしにつけられたあだ名もえらい豊富になってきてますね。いずれも「針」がついてるのには、もーちょっとひねれや、と当人としては強く求めたい。
雨期の直前は異常なくらいに乾燥した晴れが続く、と聞いてましたが、話に違わず砂ぼこりすら舞いそうな街の広場です。まあ水を撒いているためかそんなことはありませんけど。
で、その広場に集った…まあこれが、ひと、ひと、ひと。この街ってこんなに人がいたんですねえ、ってどこかズレた感慨の沸くわたしです。
そしてそんな人たちを見下ろすよーにしつらえられた壇上に、わたしは上げられてしまいました。
何をやるのかって?
「それではこれより、アウロ・ペルニカ雨期祭の開催を祝し、実行委員長よりひとことご挨拶させていただきます」
…だ、そーです。
ぶっちゃけアプロはこれがイヤでわたしに押しつけたんじゃないでしょーね?と思うくらいです。アプロがイヤならわたしだってイヤですよこんな役!
さっきフェネルさんに「わたしは何をすればいいんですか?」って訊いて答えが帰ってきた時、全力で逃げようとしましたからねっ?!…見事に失敗しましたけど。わたしの性格読み切ったフェネルさんの勝ちでしたよ、もー。
ま、こうなったら仕方ありません。神梛吾子は腹をくくることでも定評があるのです。
壇上のわたし、当然マイクなんかありませんので、高いとこから声を出さなければならないのですが…なんで、どうして、皆さんそんなにシーンとしてわたしに注目してるんですか?こういう場合って、だーれも聞いてないガヤガヤした状況でただ長いだけの内容のない演説とかかますものなのでは?
…と、わたしの困惑なんか知ったことかと、衆の耳目が集中します。ううっ、やだなぁ…。
「…こほん」
わざとらしい咳払いも、帰って聴衆が前のめりになる結果しか生み出しませんでした。
ええいもう、あとでお酒飲んでアプロに絡んでやる!と決意して、わたしはこう話しました。
「えー、みなさん。楽しくやってください。以上です」
ぺこり。
かつてないくらいてきとーなお辞儀も添えて、さっさと壇上を降りようとしました…が、壇の下にいたフェネルさんに制止されます。
「カナギ様、短すぎますっ!」
え、こういう場合短いほどいいんじゃないですか?と思って、ある小説で感銘を受けたスピーチを丸パクリしたんですけど。
「…街の皆がカナギ様の挨拶に期待してたんですから、もう少し長めに。なんとか」
仕方なしに壇上で四つん這いになり、フェネルさんの口元に耳を寄せると異な事を聞かされます。
「あのー、わたしのあいさつなんか聞いて喜ぶんですか?」
「それはもう。今をときめく針の英雄ですから」
またそれですか。わたしの人気なんかアプロのついでみたいなものなんですから、あんまりこーいうことさせないで欲しいんですけど。
しかし今にしてアプロがわたしにコレを押しつけた理由を改めて痛感します。といってわたしに押しつけていい理由にはなりませんけど。
「………」
「……」
「…………」
少し顔を上げると、壇の下に控えた他の実行委員だか知りませんが、おじさん達の視線がえらく熱を帯びてます。おいおい、世間知らずの小娘に向けていいものじゃないでしょーが、それ。
…といって無視も出来ませんよねー、この場面じゃ。
仕方ありません。アプロの顔を潰さないため、アプロの顔を潰さないため、アプロの顔を潰さないため…と唱えつつ、壇上の所定の位置に戻りました。
わたしのさっきの一言で皆さんあっけにとられていたのでしょーけど、再度わたしが立ったことで余計に期待は盛り上がっているようです。
「………」
「……」
「…………」
固唾を呑む音が聞こえそーです。
いやもう、ホントにこれどーしろってんですか。
「…えー、みなさん」
こうなりゃもうヤケです。ふと思いついたフレーズをてきとーに改編して口にするわたしです。さっきもそうですけど、どーせパクったってバレやしないんですから。
「大きな事を言うよーですが」
ふむふむ、と頷く聴衆。
わたしは調子に乗りました。
「聖精石の針の使い手神梛吾子といえば…アウロ・ペルニカではわたしただ一人です」
一瞬の静けさ。
やってしまった…と思った次の瞬間。
どっ。
沸きました。それも実に楽しそうな笑い声で。
ここから見える八百屋のおばさんも教会の掃除をいつもむっつりやってる庭番のおじいさんもいつもわたしに迷惑なちょっかいかけてくる生意気な近所の子供も、みんな笑ってました。
つまるところ、ウケました。
ありがとう、昭和落語全集全十巻のCDっ!
わたしは心の中で、そっと故・春風亭柳昇師匠に思いを馳せるのでした。
「なかなか見事な演説だったよ、アコ。教会の講義に招いてはどうか、とマリスも言っていたくらいだ」
ふふん、わたしが本気出せばこんなものですよ。国語の成績ならクラスでは上から数えた方が早かったんですからね。
「…皮肉のつもり…だったんだけどね…?」
知ってますよ。パクるのやめた後はグダグダもいいとこでしたから。大体国語の成績と演説の上手下手が関係あるわけないでしょーが。
開会式が終わって関係者の控えの間として用意されていたおっきな天幕に入ると、マイネルが待ってて余計な一言をくれるのでした。
「…まーいいです。どうせ実行委員長の仕事なんてこれでお終いでしょう?アプロは今日は引きこもってるみたいですし、いろいろ見繕って差し入れしてあげたいですからね」
…ちょっと気になるんですよね。こないだのベルとの追いかけっこで、頭に血が上ったせいもあって街の損害省みず追いかけっこしたことで、少し落ち込んでたみたいですし。
その事についてはどこに謝りに行っても快く許して貰えた、とフェネルさんが言ってましたけど、領主さまとしては後ろめたいところもあるんでしょうね。
でもわたしのそんな殊勝な心がけは、フェネルさんの一言であっさり覆されました。
「…カナギ様。お言葉ですが委員長の仕事としてはこれからが本番です」
「は?」
「アプロニア様の名代、という務めを忘れていただいては困ります。祭りの祝いを述べにくる各界の実力者の目通りと面会を受けて頂きます」
「………はあ?」
我ながら間の抜けたため息がもれます。ていうかそんな話聞いてませんよっ?!
「『アコが聞いたら絶対引き受けないだろーから、直前まで黙っておいて』との、我が主の御諚によります。正に慧眼と言うべきでしょう」
「…あー、アコ?今日は僕も付き添ってあげるから、頑張ろうか?」
わざとらしいくらい同情的なマイネルの声も今は虚しく響きます。
つまりわたしが何を言いたいかというと。
…覚えてなさいアプロぉぉぉぉぉっっっ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます