第38話・祭りに散るアプロの涙 その4

 ひょいとハシゴを登り、天井の出入り口から首を出しましたら、そこにいました。


 広い窓枠に横に腰掛け、左足を部屋の内側におろして顔の右側に見える街を見下ろしてます。片手には多分お酒の入ってるだろうカップを持ち、街灯りにうつる顔はなんとも物憂げでした。

 どんな格好をしてるのかと思って目を凝らすと、これまた肌着のよーな緩い一枚布の貫頭衣です。わたしの部屋では何度か見たことありますが、この屋敷でもそんな格好するんですね、この子も。

 とにかく、絵になる姿なのでした。


 「…題名をつけるなら、祭りを見下ろす少女、ってとこですかね」


 まあわたしのことなど気付いてそのままでいるのでしょうから、驚いて向こう側に落っこちるよーなことも無いでしょうし、多分向こうから見たら床から頭が生えてる状態で、素直な感想を述べます。


 「なんだよ、そりゃー」


 案の定こちらを振り向きもせず、この屋敷の中では唯一アプロしか出入りしないという屋根裏部屋の主は、カップに口を付けて中身を少し、呑み込んでいました。


 「…お酒ばかりだと体によくないですよ。屋台でいろいろ買ってきましたから、一緒に食べませんか?」

 「んー、いらない。アコが食べて」

 「わたしひとりで食べきれる量じゃないんですよ…捨てるのも勿体ないですから。それとも屋台とは一切関わりたくないくらいに嫌いなんですか?」


 わたしの見当外れな指摘に、アプロの動きが止まりました。それからゆっくりとこちらを向いて、言うのです。


 「そう見えるのか?アコには」

 「まさか。何があるのかは知りませんけど、近付きたいのにガマンしてるよーにしか見えませんよ。誰が見たってそうでしょうね。バレバレなんですよ、アプロのことは」

 「………」


 プイとわたしから顔を逸らしてしまいました。でも、悪くない反応ですよ、アプロ。


 「アプロ、上がってもいいですか?そろそろ腕が耐えきれないので」

 「…いいよ」

 「ありがとうございます。よいしょ、と」


 わたしは差し入れを先に屋根裏部屋の床に置くと、アプロと同じ高さに登りました。といって見える風景が同じとは限らないんですけどね。


 「…何が見えます?」

 「祭りを見下ろす少女、じゃなかったのか?」

 「祭りを見てるのは分かってますよ。ただ、アプロの見てるものと同じものを見たいと思っただけですから。そっち行きますよ」

 「うん」


 思ったよりも天上は低いですね。狭いですし。

 わたしは頭をぶつけないように、四つん這いでアプロの側に行くとちょっと酒くさい…どんだけ呑んでるんですか、この子。


 「はい。ゴゥリンさんが屋台で売り子やってた鶏の香草焼きです。美味しいですよ」

 「あいつも何やってんだか…まあいいや。もらう」

 「どうぞ」


 特に抵抗なくわたしの手から包みを受け取ると、アプロは大きくお腹を一度鳴らしてからパクつき始めます。やっぱりお腹空いてたんじゃないですか。ダメですよ、お腹空いたままだと、人間どんどん考えが後ろ向きになりますから。


 「あとは教会の出店で売ってたブドウのジュースです。わたしは行けなかったんですけど、マリスが看板娘やってたみたいで、大人気だったそうです。アプロのために打ち上げ用に残してあったものを奪ってきたんですから」

 「んー」

 「…張りあいが無いですねえ」


 陶器の水筒に入れてもらったジュースをそのままグビグビと飲んでます。手に入れるのにちょっと苦労したんですから、もう少しありがたがって欲しいんですけど。


 「…もう無いのか?」

 「一人じゃ食べきれないって言ったでしょう?まだいっぱいありますから、たーんと召し上がれ」

 「…ん」


 相変わらず窓の外に顔を向けたままですけど、わたしは自分が食べることも忘れて、これは珍しい川魚の干物、こっちは羊肉の挽肉のハンバーグ、と解説つきでアプロにぽいぽい渡すのでした。

 もともとそんなに食べる子じゃないですけど、今日はやけ食いのよーに断りません。それがなんだか嬉しくて、わたしは次々と料理を押しつけます。


 「で、こっちがサボテンのジュースです。わたしも少しいただきましたけど、苦みが案外さわやかでいいんですよ。それから…あー、馬肉はイヤですかね?わたしは美味しいと思うんですけど、やっぱり普段馬にのったり馬車にしてたりすると抵抗あるみたいで、商人さんたちにはいまいち…」

 「ア、アコ…もうお腹いっぱいだから…」

 「あれ、もう十分なんですか。ベルは同じ量食べてけろっとしてましたけど…」

 「…ベルニーザと一緒だったのか?」

 「そりゃそうですよ。アプロだって言ったじゃないですか。ベルが顔出しそうだから行きたくない、って」

 「そりゃ言ったけどさ…」


 明らかに面白くなさそうです。でも…。


 「なんだよ」

 「ふふ、やっとこっち向いてくれましたね、って思って」

 「…うるさいなぁ、アコはもー」


 怒ったような照れたような、でも、ようやくいつものアプロが帰ってきたように思います。




 それからアプロは、お腹も一杯になったのか窓から祭りの様子を眺めていました。

 一番賑やかなところはここからは結構離れてるはずですが、この辺りではこの部屋が一番高い場所のためでしょう、時にケンカのよーな騒ぎとそれを止めようとする衛兵さんたちの怒号なんかが、よく聞こえます。

 アプロは時折、「あいつらケガとかしてないだろーな…」とか「こんな時間まで子供が遊んでる場合じゃないだろー…」とか、わたしを気にせず呟いてます。

 そしてわたしは、そんなアプロの横顔を飽きもせずずぅっと見つめているのでした。


 そしてどれくらい時間が経ったときのことでしょうか。

 思い出したように、ではなく、わたしがずっと隣にいたような調子で言います。


 「…アコ、もうすぐ花火があがる」

 「花火?」

 「うん。今年から始めたんだけどさ、あいつらいつまで経っても騒いでるから、『いい加減お前らお終いにして家に帰れっ!!』…っていう合図に。まあ急に思いついたから、そんなに何発も用意出来なかったんだけどさ」

 「それは…楽しそうですね。でもわたしそんなの聞かされてませんでしたよ?実行委員長なのに」

 「お飾りだって言ったじゃんか。だからそれはアコが真面目にお飾りになってた証拠」

 「なんですか、それは…」


 わけの分からない理屈でわたしを労うアプロです。それくらいのこと、わたしには分かるのです。


 「………ぷっ」

 「………ふふっ」


 そして特にどーということもない理由で、お互いに笑います。


 それからわたし達は、花火があがるのを待つのでした。時計もないのでどれくらい待てばいいのかは分かりませんが、なんともくすぐったい時間が過ぎていきます。

 そしてアプロはそれに耐えかねてなのか、こんなことを言いました。


 「…アコは、何も聞いてこないのな」

 「何をです?」

 「何って…どーせアコのことだろうからさ、いろいろ聞いたり調べたりしたんだろ?この祭りのこととか。あと………」

 「自分とマリスとわたしをネタにした馬鹿騒ぎを仕掛けたこととか、ですか?」

 「……ごめん」

 「別に謝る必要はないですよ。怒ったのだとしたら…そーですね、アプロはもう少し自分を大事にした方がいいかも、ってことですかね」


 マイネルにはどういう理由でわたしが怒ったのか、もっとハッキリしろ…みたいなことを言われましたけど、今ならわたしはそう思うのです。

 なんともお人好し揃いのこの街を、アプロがそうまでして大事にしようという気持ちは分からないこともないのですけど、アプロだってこの街の一部なんですから、アプロがアプロ自身を大事にしないと意味が無いんですよ。


 わたしの言うこと、間違っていますか?アプロ。


 「……………」


 まあ、答えは期待してませんから、ゆっくり考えるといいです。

 その間、わたしもいろいろ考えないといけませんからね。


 再び窓の外に顔を向けたアプロが何を考えているのか、わたしにはもう分かりません。

 ですけど、こうして頑張っている女の子がきちんと報われるように、それだけを祈るように思いました。


 「……アコ、花火」

 「…あら」


 気がつくと、打ち上げ花火の火線が空を登っていきます。

 それは最頂点に辿り着くと静かになって、次の瞬間。


 「………きれいだな」

 「………ですねー」


 わたしが生まれてから見たなかで、最もきれいな大輪を咲かせたのでした。


 「全部で十発…無かったかな。来年はもっと盛大にやりたいな」

 「いーですね…」


 来年のことなんか分からない世界で、誓うようにアプロとわたしは言葉を交わしました。


 「二発目…三発、四発。あとは続けて打ち上げるハズだし、もっときれいだぞ、アコ」

 「アプロ」


 子供のような…いえ、実際わたしから見れば子供みたいなものですけど、いとけない顔で花火を見上げるアプロを見ているうちに、わたしの中に芽生えつつあるものに、わたしは気がつきます。


 「うん?」

 「一つ聞いても、いいですかね」

 「いーよ。一つと言わず幾つでも。あ、でも花火終わってからな?」

 「はいはい」


 苦笑しながら、すっかり調子を取り戻したアプロに付き合って最後の花火を待ちました。

 そして一際大きな火輪が収まり、「おお~~~っ」という街中の歓声も止んだあとの静けさの中、わたしはアプロに訊きました。


 「…わたし、ここに来た時アプロは泣いているのかも、って思ったんですけど、そんなことなかったですね。聞かせてもらえますか?どんな気持ちで祭りを見下ろしていたのか」


 「………」


 アプロは無言でわたしを見つめます。

 その顔は最初、呆気にとられていて、そしてわたしの言葉の意味を再考するよーに難しいものになり、そして最後には「こいつ何を言ってるんだ?」みたいな呆れ顔になるのでした。

 それから口を開いて言うことには。


 「…アコってさ、時々アホだよな」

 「自覚はありますけど正面切って言われると面白くはないんですよ、そーいうことは」

 「だってさ。祭りを見て思うことなんか、決まってるじゃないか。楽しいんだ。それだけだよ。泣いてる場合じゃないし、泣いてる子供がいたら手を引いて、見せてやるんだ。これがお前の住んでる街なんだぞ、楽しくなけりゃ、一緒に中に入って楽しもーぜ、ってな」


 ………アプロ。

 あなたは気付いていないのでしょうけど、その、泣いている子供の中にはあなたが入っているんじゃないんですか。

 泣いてる子供の手を引いてあげるのがあなたの役割なのだとしたら、泣いているあなたの手を引いて祭りの輪の中に入れてくれるのは、誰なんですか?


 …それをわたしが、やってもいいのですか?アプロ。

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