第140話・確たる絆 その5
語り終えて気がつくと、隣に座っていたはずのアプロの姿がありませんでした。おや?
「メイルンでしたらそこにいますよ」
「え?」
フィルクァベロさんの指さす方向を見ると、部屋の隅でアプロが
「アプロ?どうかしましたか?」
「………」
声をかけて見ても返事なし。気のせいか、その肩が震えているよーにも見えます。ぷるぷる、って。アプロかわいー。
「メイルンの具合を事細かに熱弁してましたからねえ…途中でいたたまれなくなったのか、あの有様ですよ」
「え?………えーと、その」
指摘されて、今し方自分の語った内容をよーく思い出します。
……あー、もしかしてわたし、またやってしまいましたか?
「またってなんだよまたって!まさか他でもやらかしたんじゃないだろーなアコっ!!」
「ちょーちょー、アプロ落ち着いてどうどう。いえね、いつぞやグランデアにアプロとの関係を揶揄されたので、アプロはこんなにかわいいんですよっ!…って説明してあげただけですから」
「よっ、よりにもよってあのバカにって……あああああもうアコのばかぁー……」
わたしの側に駆け寄って文句を言って、また崩れ落ちてしまうアプロでした。やっぱりかわいー。
「かわいー、じゃねーよアコ…今まであいつらにどんな風に見られてたかと思うとー…」
別に大丈夫じゃないですかね。その時のグランデアの態度を思い出すと、動転してたわたしを落ち着かせるために煽っただけみたいですし。きっと誰にも言ってないと思いますよ?ていうか本人も忘れてそーです。
「くそー…こーなったらアコの善がる様子もあいつらに説いてやるっ!」
「ちょっ、アプロそれ洒落になってませんて!わたしに惚れてる…惚れてた?グランデアにそんなこと言ったら点いたらいけない火が点いちゃいますってばっ!」
「うるせー!アコが悪いんだから死なば諸共だっ!!」
「やめいっちゅーてるじゃないですかっ!」
わたしとアプロは、しょーもないことでさして広くもない会議室をぎゃーぎゃーと賑やかします。
そんなアホな騒ぎを黙って見つめてたフィルクァベロさんでしたが、わたしたちが息を切らして静かになったのを見ると、食後のお茶の入れられていたカップを静かに置いて、こう言いました。
「まあメイルンも。体はしっかり大人になっていたようですし、悪い話ではないでしょう」
「………うー」
うん、やっぱりアプロにとってフィルクァベロさんは身内みたいなものなんですね。とても恥ずかしそうに真っ赤になって、えらい愛らしいです。
「それからアコも。メイルンの良き伴侶となってくれて感謝していますよ」
「え、ええ…その、ど、どういたしまして?」
…なんか気のせいか、わたしを見るフィルクァベロさんの目付きが少し剣呑なよーな、そうでもないよーな…。
「二人とも、仲睦まじくこれからもお過ごしなさい。私も見守っておりますからね」
「ばばぁ…」
「フィルクァベロさん…」
…よかった、やっぱり気のせいみたいですね。
直立不動の姿勢で居並ぶわたしたちを、フィルクァベロさんは慈愛に満ちた、青筋立てた笑顔で見つめてました。
ふふ、こうして見ると、普段は厳しいけど心根は優しいおばあちゃんとやんちゃな孫、って感じで微笑ましいです。少し妬けますけどね。
まあでも、これでわたしとアプロの間の諍いもなあなあに。隣のアプロがまだちょっと不満ありそーにわたしを睨んでいますけど、わたしがにこっと笑ったら、少し困ったように、でもすぐに笑ってくれましたから。うんうん、これで万事解決…
「などと……」
…したと思った次の瞬間。
「言うと思っているのですかこの
「うわっ?!」
「ひぃっ?!」
…ですよねー。うーん、誤魔化すの失敗っ。
思わずアプロと抱き合って、フィルクァベロさんの剣幕にただただコクコク頷くしか出来ないわたしたちです。
「いいからそこに直りなさい馬鹿者たち!あなたがたが深い仲になるのはまだしも互いの痴態を公言しようだのしただのと、立場というものを考えなさい立場というものを!いいですかメイルン、あなたは昔から…」
「…ひーん……」
子どもの頃を知られてるというのは不利とゆーかなんとゆーか。
わたしのまだ知らないアプロの失態やらなにやらを論い、どこで聞いたか調べたか、この街に来てからのアプロのあれやこれやを一つ一つ取り上げて細かく説教して。
「あなたも他人事のような顔をしてる場合ですかアコ!第三魔獣だかなんだか知りませんが、この国の姫であるメイルンと佳い仲になったからにはあなたも公人です!」
えっ?
「若い娘なのですから多少のふしだらな振る舞いも時にはあるでしょう、ですが己が言葉と態度がこの街のみならず国中の民草に与える影響というものも意識なさい!」
あの、フィルクァベロさん…いま、なんて……?
「いい機会です。このまま二人とも自分たちの立ち居振る舞いというものを根本から見直すことにしましょう。そのままお聞きなさい」
「あの、ばばぁ…?」
「『ばばぁ』?」
「ひぃっ?!…え、えとその、バルバネラ師…」
「今、なんと?」
「あ、あわわわ……フィ、フィルカばーちゃん……」
よろしい、とご満悦のフィルクァベロさんと、がたがた震えてるアプロ。
でもわたしは、その二人の様子になんかちっとも意識が行かず、
『第三魔獣だかなんだか知りませんが』
と、事も無げに言われた言葉を何度も何度も反芻して、時折フィルクァベロさんから怒鳴られてもやっぱりなんだかぼーっとした頭のまま、お小言を右から左へと聞き流すしか出来なかったのです。
・・・・・
「…まあこれくらいにしておきましょう。分かりましたか、二人とも」
「………ふわぁい」
「……はぁい」
…もう何時間こーしてたんでしょうね。
いつの間にか正座してましたから、お説教が終わって椅子に腰掛け直すように言われても立ち上がることも出来ません。
「ア、アコっ…いた、いたたた……」
「う、アプロぅ…お願いですからこっちに寄りかからないで…きゃっ?!」
こうなると名だたる勇者も針の英雄とやらも形無しです。
わたしたちはじたばたしつつもどうにかこうにか椅子に座り、ずっとそのままだった朝食の食器をうらめしく睨みました。
「…さて、少しは理解したでしょうから、本題に入りましょうか」
本題ぃ…?
…って感じで痺れの切れたアプロが涙目でフィルクァベロさんを力なく睨んでました。気持ちは分かります。ええ。わたしだって今足に触られたら悶絶間違い無しですもの…。
「…えい」
「ひゃぇぅあわぁっ?!」
椅子の位置を直すフリして机の下のアプロの足に軽く触ったら、素っ頓狂な声をあげてアプロが悶えてました。
「なにすんだよアコっ?!」
「え、なんか触って欲しそうだったから。あ、わたしは結構ですからねきゃぅぇぉわっ?!……なにすんですかアプロっ!」
「…だってアコが触って欲しそうだったから」
「んなこと一言も言ってませんっ!」
「私だって言ってねーっ!!」
「じゃあわたしは触りたいから触ってあげます!」
「だったら私だって触りてーから…いでっ?!」
「きゃふっ!」
フィルクァベロさんの杖が、わたしとアプロのドタマを順番に一喝していきました。
「芸人気質も結構ですがね、二人とも。痺れを切らしたのはこちらの方なのですからそれくらいにしておきなさい」
うう、ツッコミ待ちと思われてたら不本意もいーとこです…。
わたしとアプロは、足の痺れと頭の痛み、上下に苛まれながらも互いを涙目で睨み付け、一先ず矛を収めました。きっと考えていることは一緒だったことでしょう。「あとでおぼえてろ」って。
「さて、アコの話を聞かせてもらって私にもいくつか疑問が浮かびました。こちらから訊ねても構いませんか?」
えー、構いませんとも。でもその前にわたしの至近距離で横顔をやぶにらみしてるアプロをなんとかしてもらえません?
「…メイルン、少し控えなさい。真面目な話をするのですから」
「……ん」
聞き分けのいーことです。というか、マジメな雰囲気になって空気も読まずふざけるよーな真似、アプロはしませんし。むしろそれはわたしの方が、ってはい、真面目に聞きますってば。
「なんだかメイルンの、この街に来てからの無軌道な性格形成はアコのせいではないか、という気になってきましたよ。後でマリスにでも詳しい話を聞いておくことにしましょうか。で、ガルベルグのことですが。あなたは彼を何者だと思いますか?」
「………」
あい。ごめんなさい。真面目に答えますね。
それにしてもいきなりガルベルグのこと訊いてきますか。容赦のないひとです。
「ええと確信は持てませんけど、ブルークさんが夢中になったような、神託っていうものは、多分ガルベルグの仕業だと思います」
「………」
「………」
そしてそんな容赦のなさにわたしも遠慮せず、思ったことをそのまま口にすると、アプロとフィルクァベロさん、硬直。
そんなに驚くようなことですかね?わたしとしてはある程度「やっぱりね」って思ったんですけど。
「…数多くの神託を教義の根本としている教会の人間としては、そんなにあっさりと受け入れられる話ではありませんよ」
「ばばぁがびっくりしたのは正直胸のすく思いだけど、あんまりおどかさないでやってくれる?この街でぽっくり逝かれたらめんどー…あいたっ?!」
またもや杖の出番だったんですけど、アプロも懲りませんね。そーなるの分かってて憎まれ口叩くんですから。
「ててて…って言っても私にこーもぽこぽこ当てられるばばぁも半端な…いてっ」
「そろそろババァ呼ばわりも許しがたいところですよ、メイルン」
「だったらそっちもメイルンは止めろってのー。じじぃもそうだけどさ」
「あの、アプロってやっぱりそっちの名前嫌いなんですか?昔のことを思い出すからイヤなのかと思ってはいたんですが」
「んー…そういうのとはちょっと違うけど…あー、うんでもまあ、大筋ではアコの言う通りかも。でもなあ…」
腕を組んで思案の構えです。
けどアプロにしては珍しいですよね、こーいう煮え切らない悩み方。いつもなら悩むにしても本当に心の底から分からない、って風に頭抱えるのに。
「私とマクロットが呼ぶのはただ単に半人前だと思っているからですよ、メイルン。嫌なら早く私たちを見返すようにおなりなさい」
「ちえー。結局ばばぁはそればっかだよ」
「ふふ」
…なんですかね。やっぱりこの二人はしおらしくしてるよりも、こーしてる方がなんか周りから見ていー感じですよね……あ、そーだ。
「フィルクァベロさん、実はフィルクァベロさんへのアプロの態度を表現するいー言葉がありまして」
「おや。それはなかなか興味深いことですね。なんと?」
「えとですね、」
「あ───っ!アコ言わせねーぞっ!」
「ツン…むぐふぅっ?!」
アプロの両手がわたしの口と鼻を塞ぎます。そこまで知られたくないとは思いませんでしたけど、アプロとしてはきっと、「ツン」の方じゃなくて「デレ」の方の存在を知られたくはなかったんでしょうね。
でも多分、フィルクァベロさんにはお見通しだと思いますよ。後でこっそり教えてあげたら、とても穏やかな、滋味に溢れた笑顔で「そう」って嬉しそうにしてましたもの。
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