第145話・ベルの翻心 その4
後ろは後ろで何か揉めてるのか、はたまた逆に会話も発生しないのか。
ともあれわたしとゴゥリンさんは、一行の先頭で、マイネルの語る話に耳を傾けるのでした。
「シャキュヤ・ルンデリカ、東方の出身だけど家名がルンデリカの方だから、来歴は割と追いやすかったようだね。ただ、実際に分かったこととなると、幼い頃に両親を失って、以後は教会に保護されて育てられた孤児だったこと。それから石使いとしての素質は教会にいるときに見出されたもので、本人も適正に合った道を選んだ、ってことのようだよ。この街を選んだのも…」
と、わたしを見て一瞬気の毒そうな顔をします。ていうか、マイネルのこーいう失礼なところがわたしは気に食わないのですけど。
「…アコの名声に惹かれて、ってとこだろうね。東方でのアコの名前の知られ方は僕らが想像するよりも大げさなのかもしれない」
「ウンザリする話ですねぇ…マギナ・ラギさん何の役にも立ってないじゃないですか」
わたしは一別以来、特にやりとりもないマギナ・ラギさんの豪快な笑顔を思い出しつつ言います。
まー、あのひとに個人的に悪感情なんかもう抱いてはいませんけど、わたしを過剰に持ち上げるあのひとの派閥はなんとかして欲しいものです。
「アコに本気で恋慕してるのかどうかは分からないとこだけどね。あの年頃の少女のことだから、熱に浮かされたようなものかもしれないし」
「またマイネルのくせに分かったよーなことを言いますね。いつも一緒にいるマリスの気持ちだって読み違えてるくせして、一般論で女の子の気持ちを語ろうとか図々しいにも程があります」
「アコがシャキュヤに本気で入れ込まれてもいいんなら、そういうことにしてもいいけど」
「それは勘弁願います。ああ、マイネルはいつも正しい。その正しさでいつか身を滅ぼすことでしょー」
「なんかもう、好き勝手言われすぎて腹も立たないよね。アコのそれは人徳と言ってもいいかもしれないよ、最早」
「そんなに褒めないでくださいよー。わたし調子に乗りますよ?」
「褒めたわけじゃないし言うまでもなく既に増長してるよね、それ。別にいいけど。アコらしくて」
くっくっく、と先をいくゴゥリンさんが笑ってました。
「…ゴゥリン、それ僕とアコのどっちを笑ったんだい?まあいいけど」
多分どっちもじゃないですかね。でもゴゥリンさんに面白がられるのは嬉しいので、わたしは何も言いません。
「で、ここまでがブラッガの調べた内容。主に彼女が便乗してきた東方からの商隊に聞き込みしたらしい」
「え?どゆことです?」
「衛兵として雇うのなら多少の背景調査は必要ってことだよ。特にこの街のように国境に近い場所だと特にね」
世知辛い話ですねぇ…わたしなんかじゃ想像もできない心配してるものですね、ブラッガさんも。
「それで、続きは?」
「うん。実はルンデリカ、という家名に心当たりがあってさ、マリスに聞いてみたんだけど……」
と、マイネルはここで眉と声をひそめます。ろくでもない話をし始める時の、マイネルのクセです。
「…彼女の両親は、東方三派の抗争に巻き込まれて殺されていた。ミネタ派の影もあるらしい。三派は教義の解釈について直接争うことは今は少ないけど、長年の抗争に加えて、ミネタ派の思惑や三派の利害も絡んで、血なまぐさい話も時にはあるから、巻き込まれたのか、それとも当事者だったのか…そこまではは分からなかったけど、彼女が教会を恨む理由にはなると思う」
…そうですか、とわたしが呟くとマイネルは肩を落として小さくため息をつきました。
心なしか前を歩くゴゥリンさんの足取りも重そうです。
そんな空気がなんとなくイヤになり、わたしは努めて明るい声で言います。
「なるほど…それでマイネルも睨まれてたんですね。でもシャキュヤも見る目ないですねぇ…大ボケなマイネルを、そんなひとたちと同じに見るなんてね」
「ありがと。アコに言われてここまで嬉しいのは初めてだよ」
わたしも皮肉のつもりはなかったですし、マイネルも本気でそう思っていそうなのでした。うんうん、理解のある友人を持ててわたしはしあわせです。
「そういうわけだからさ…アコ?あまり彼女に感情移入しないことだね」
「………そう見えます?」
「見えるよ。孤児だった身で聖精石と繋がりを持って、今はそれで身を立てている。アプロと重なるところがあるんじゃないかな?」
……あんまり理解あるってゆーのも考えものですね。
でも大丈夫ですよ。わたし、アプロのことが一番大事で、アプロのことを最初に考えるんですから。
確かにシャキュヤも同情したくなる身の上ですけど、彼女の方から訴え出るものでもない限りほっときますってば。
「だといいけど。まあ、あまり深入りしないようにね。街の衛兵ってことで何かと顔を合わせることはあるだろうけどさ」
「あい。心得ます」
「………」
なんかいまいちゴゥリンさんには信用されてないっぽい空気が漂ってますけど。
あ、でも…。
「ちょっといいです?」
「なんだい?」
気になることはあったので、確認はしておきます。
「わたしをやたらと神聖視するのって、東方三派とかミネタ派の影響だと思うんですけど、彼女自身に、教会から影響うけることだとか、そーいうのに抵抗ってないんですかね」
「さあ…アコの言う通り、僕に女の子のそんな細かい心象なんか分かるわけないし。でもさ、もうアコの名声っていうか謂れの無い持ち上げられ方って、教義とはもう関係無いくらいになってるのかも……な、なんで殴るんだいっ?!」
「うるせーです!そういう怖い話聞きたくないから確認したのに一番わたしの聞きたくないこと喋ってどーするんですかっ!!」
まったく。マイネルはどこまでいってもやっぱりマイネルなのでした。
・・・・・
「アプロ、機嫌は直りましたか?」
「別に機嫌なんか悪くない」
行軍中はちょっと機会に恵まれず、結局その日の夜営になった時にようやく、アプロに声をかけられました。
一人で焚き火にあたっているアプロの隣にわたしも座り、行軍の訓練としての成果を講評してたりするフィングリィさんの声を聞きながら、わたしはアプロとの距離をちょっと縮めて、肩が触れるくらいの距離になります。
「…昼間はごめんなさい。アプロの気持ちも考えないといけないのに、わたし自分のことでいっぱいいっぱいでした」
「アコが謝る必要ない。私が勝手に拗ねてただけだ」
その言い方自体拗ねてる証しじゃないですか、とは思っただけで何も言いませんが、それでもアプロは何もかも分かってる、とでも言いたげに、隣のわたしの肩に頭を預けてきました。
「…私こそごめん。シャキュヤだって自分の好きを言葉と態度に示しただけなのに、大人げなかった」
「……彼女のこと、聞きました?」
「うん。マイネルが教えてくれた」
「そうですか。良い仕事しますね、マイネルも」
なんだよそりゃ、とアプロはようやく笑ってくれて、わたしはホッとします。苦笑みたいなものでしたけど、それでもわたしはアプロには笑顔でいて欲しいんですから。
「…んー」
そんな気持ちが伝わったのか、アプロがわたしの肩に頬をすりつけて気持ちよさそうな声をあげています。
こんな状況でもなければ顔の位置を変えて、唇を重ねたくなるような声でした。
「…アプロ、背が高くなりましたよね。わたしよりも高くなったです」
けど、まあ、人目もあるでしょうし、そんな真似も出来ないので。
「座ってるとアコの方が頭高いけどなー」
「てい」
「あいた」
まあ、せいぜいこーして頭突きでツッコむくらいですね。出来るのは。
というかあなたの方が頭の位置低いのは、背を丸めてるからじゃないですか。人聞きのわるい。
…たぶん。
「…うー、アコの石頭ー」
「うっさいですね。それより、明日からどうするんです?わたし、何も予定とか聞いてないんですけど」
「そうだっけ?…えーと、明日の夕方には予言で指定された場所の近くには着くから、そこで夜営して次の朝かな。まあ今回は、」
と、アプロはわたしから離れて、手元にあった枯れ木を焚き火に放りこみます。
先に燃えてた木切れが弾けて、火の粉があがりました。
「フィングリィの指揮者としての訓練みてーなもんだし、出番がない方がいいんだけど」
「アプロはどうなんです?」
「え?」
何を言われたのか分からず、こちらを見るアプロの横顔を、火が照らしてます。
花火のときも思いましたけど、夜と灯りが映える子ですよね。
「アプロって、衛兵さんたちを直接指揮することってあまりないですよね。その…アウロ・ペルニカの時とか……ごめんなさい、今のはなしで」
「ん、気にしなくてもいーよ。ミアマ・ポルテの話だろ?こないだもあの時も、私は自分で指揮とかはしなかったなー。ブラッガに大体指示だけして、あとは任せっぱなし。あいつはそういうのの方がやりやすいし、私もあんまり背中気にしながら戦うのは上手くないから」
「それは…まあ、アプロらしいですよね」
くすくすと思わず笑いのこみ上げるわたし、なんだよー、と肩で小突くアプロです。
いいですね。こんなつまんないやりとりが、今のわたしたちにはとても貴重なものに思えます。願わくば余計な邪魔が入らないように…。
「あ────っ!?」
…言った側からこれですよ、もう。
「アプロニア様ずるいっ!おねえさまを独占するのは許しませんっ!」
衛兵隊は解散したのか、きっと真っ先にわたしを探しにでもきたのでしょう、シャキュヤがわたしではなくアプロに食ってかかります。割と怖いものしらずですよね、この子。グランデアだってアプロの目は気にしてたっていうのに。
「ずるいもへったくれもあるか、バカ。アコは私の恋人。おめーは私の部下。ちっとは立場をわきまえろ」
「恋愛は自由なんですっ!おねえさまの世界ではそういうことになってるんです!」
「…そうなの?アコ」
どこで聞いたか知りませんが、地球だってんなもの場所によりますよ。
それにですね。
「ちゃんと恋人のいるひとに色目使うのは不倫とか略奪愛とか言って、あんまり褒められたことじゃないですよ。決まった相手がいるのに他のひとにフラフラするのも、です」
「おねえさまのいけずっ!」
そんなこと言われましても。
「いいじゃないですかぁ、アプロニア様とはずっと一緒にいるんですから、この旅の間くらいあたしに譲ってくださいよ」
「へー、この旅の間だけでいいのか?」
「う……で、出来ればその、末永くおねえさまと身も心も親しくすることをお許しいただければ…なんて」
「論外。おめーアウロ・ペルニカに帰ったらブラッガに言ってクビにしてやるからな」
「アプロニア様それって職権乱用ってやつですよっ!」
「うるせー。くやしかったらアコを心変わりさせてみろってんだ。そんな真似ぜってぇさせねーけどなっ」
「あたしにも機会くらい与えてくれたっていいじゃないですかっ!!」
なんだかなあ、と呆れかえってるわたしです。
アプロの方はなんとも余裕綽々でシャキュヤをいなしてますし、昼間のふくれっ面してたアプロとはえらい違いなのでした。
それに、こんな諍いを見てるとアプロにはなんだかケンカ友達が新しくできたみたいで、わたしはなんとなくベルのことを思い出してしまいます。あの子、今なにやってんでしょうね。
「あーもう、うるせえ!とりあえず今だけはこーしてやるからそれでガマンしとけ!」
「えっ?…きゃあっ!」
アプロはシャキュヤの腕をとると、強引にわたしとの間に押し込み、それから彼女の頭をぽんぽんと叩いて、「な?」と、なんとも豪胆というか豪快な笑みを向けたのでした。
「…あ、は、はい……ども…」
それに気圧されたのかもしれません。
シャキュヤは思いのほか大人しくなってしまい、わたしは手元にあった空のカップに、焚き火にかけてあったポットからお茶を入れると彼女に渡してやります。
「夜は冷えますよ。じっとしてるなら、これでも飲んでてください」
「はい…おねえさま、ありがとうございます」
どうしたしまして、と声をかけつつ、シャキュヤの頭の向こうにあったアプロの横顔に目を向けます。
その顔は空を見上げ、そしてなんとも楽しそうではありました。
なんだか聞き分けのない妹を大人しくさせてホッとしている、みたいな感じですね。
アプロにご両親以外の家族がいたかどうか、なんて話は聞いたことありませんけど、もし妹がいたとしたらこんな感じだったのかもなあ、と思うと不意に哀しくなるわたしでした。
「おねえさま?」
「あーいえ、別に。なんでもないです。はい」
「そ、ですか…なんだかとっても……ムカつくお顔をしていたので」
「む、ムカつく…それはなんというか…」
「シャキュヤ」
返す言葉に困ったわたしへの援護のように、アプロがシャキュヤの肩を抱いて揺さぶり、口を挟んできました。
つーかその位置は普段わたしの場所なんですけどぉ。
「おめーの来歴は聞かせてもらったけどな。領主として命令する。マイネルとはうまくやれ。あんまり突っ掛かんな。あいつは頼りになるから」
「………でも」
「教会の、というか三派の連中にどんな仕打ちをされたか知らねーけど、あいつらとマイネルやマリスは違うんだ。いや、アウロ・ペルニカの連中全部、おめーに悪いことをしようなんて思うやつはいねえ。だからあまり角立てんな。私の部下になった以上、おめーはあの街に住む私たちの家族だ。そういうことにしとけ」
「でもぉ……」
アプロにそう諭されて簡単に言うことを聞ける人生でもなかったんでしょう。言われてることは分かるけど納得は出来ない。そんな顔でいたシャキュヤにわたしも声をかけようとしたら…。
「言うことをきいてくれるなら一つだけ褒美をやる。今日はアコと一緒に寝てもいーぞ。どうせ衛兵の連中と同じ天幕に寝かせるわけにいかねーしな」
「ええっ?!…あの、アプロニア様、本当に、いいんですか?」
「いいけど、アコに手を出したら叩っ斬る」
「…せめて手を繋ぐくらいはー」
アプロ、わたしをチラと見て首を傾げます。
まー、しゃーないですね。アプロがこうまで心を配ってくれたんなら、わたしが台無しにするわけにもいきませんし。
「…いいですよ。それくらいなら。でもそれ以上のコトに及んだら…天幕から蹴り出しますからね」
「はいっ!もちろんですっ!!」
…素直過ぎていまいち信用できないなー、とか思ったのですけど、言ったことを撤回するわけにもいきませんし。
で。満面の笑みを浮かべてたシャキュヤが「話が違いますっ!」と文句を言うまでにそれほど時間はかかりませんでした。
だって、ねえ?
わたしとアプロの天幕で一緒に寝るんですから、二人きりなわけないですしー、ね。
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