第48話・彼女を辿る旅 その9
本日のやる気は終了しました…。
わたしとアプロとマイネルはウンザリした顔で先頭を歩き続けます。
一番後ろのゴゥリンさんがうまいこと壁になってくれてますので、直接的に害が及ぶことはないのですけど。
「…アプロー、あれなんとかならないんですか?」
「…兄師が頑張ってくれてるんだから、ガマンしよーぜー……」
「…魔獣見つけたらあっちに誘導してもいいかな?」
わたしたちのやる気奪った原因は明白です。
苛ついてるゴゥリンさんの後ろの、馬車です。結婚式とでも勘違いしてるんじゃねーですか?とツッコミの一つもいれたいよーな、実用的要素皆無な、四頭立ての馬車です。
そこにはいかにも身分「だけ」は高そうなひとたちが六人ばかり。
…ああ違いますね。高いのは身分だけじゃありませんでした。根拠のない気位とか何の役にも立たないプライドとかも間違い無く高いです。
わたしの針仕事はともかく、アプロの剣についてもいちゃもん付けてる時点で想像はつきましたが、とにかく穴塞ぎの力を目の前で証明しろ、とか言ってきたのは、確かに大貴族と呼ばれるやんごとなき病んでるひとたちでした。主に成人病とかを。
だってどう見ても自分で歩くのも難儀しそうなくらいの体型だったんですから。というか、実際付き人の手を借りないとまともに歩けてませんでした。
で、まあ、マウリッツァ陛下もヴルルスカさんも大層困り果ててる様子でして、アプロが助けてやりたい、ということでしたので、まあそれならとわたしやマイネルも、アプロのためだと思って、こーして後ろからついてくることについては同意したんですけど、ね…。
「…ヴルルスカ殿下もよく我慢なさるよ。僕だったらもう鋲牙閃一人一発は当ててるね」
「あなたもー少し自分のキャラ考えて喋ってください。わたしやアプロより先にキレてどーすんですか」
「だってさあ…アレ、本格的に物見遊山と勘違いしてるよ?で、多分小石の一つにでも当たったら僕らが悪いみたく言うに決まってるんだ」
「その想像には同意しますけど、アプロが何も言わない以上、わたしたちが怒っても仕方ないですよ」
「まさかアコに行状を諭されることになるとはね…」
失礼な。わたしは品行方正であることにかけても定評あるんですよ?
「とはいってもさ、ここでガキっぽい鬱憤晴らししても陛下や兄師に迷惑かけるだけだし。マイネルも堪えてくれよなー。後で酒でもおごってやるからさ」
アプロにまでなんやかや言われるマイネルでした。
まあゴゥリンさん含めて三人ともアプロのためにやっていることですから、是非もありません。
「それより、穴の現場はどーいう具合になってるんですか?わたし、アウロ・ペルニカの側でしかやったことないから、地形的にどーいう問題あるのか、とかよく分からないんですけど」
アウロ・ペルニカは草原の真ん中の街ですから、魔獣の穴も見通しのいい広い場所にあります。ですので、魔獣からこちらを察知出来ない距離からでも様子はうかがえますけれど、ここいらは木々や灌木の立ち並ぶ、森とまでは言えませんがこちらから一方的に状況を把握する、ってわけにはいかないと思うんですよね。
「聞いた話によれば、昔放棄された砦の跡にあるらしい。一応開けた広場みたいになってるらしーから、先に見つけることは出来るだろうな。ただ…魔獣の行動範囲が分かんないから、木の陰からひょっこり姿を現すくらいのことは、気をつけた方がいいと思う」
「そうなった時に後ろの足手まといがどう動くか考えるとゾッとするよ…とにかく、ある程度近付いたら距離を置こう。どうせ静かにするように、と言ったって聞きやしないだろうからね」
ゴゥリンさんの背中の向こうの車上で、ぎゃーぎゃー騒いでいるアホたちをマイネルは忌々しそうに見やります。
提案は妥当でしょうけど、こちらの指示に従うとはとても思えない、という顔のマイネルを見ると、不安しか覚えませんね。
「…なるべくご機嫌損ねないよーにして、いざって時に言うことを聞いて貰うしかないだろうな。そこはもー、兄師頼みだよ。一緒に来てくれたことを感謝したいなー」
「ふふふ、アプロやっぱりお兄さんのことはアテにしてるんですね。ちゃんとそーいうの伝えれば可愛い妹になれますよ」
「…アコ、呑気なこと言ってないでちゃんと前見て歩けってば。予知にない魔獣がいたって不思議じゃ無いんだから」
照れ隠しにわたしに偉ぶるアプロでした。
まあこれくらいの気分転換は…許されて欲しいものですよね。天気も悪くなくて、ちょっとしたハイキングみたいなんですから。
「はっはっは、プーベル公爵夫人の財力にものを言わせた収集品の豊富さには本当に恐れ入る」
「あらあら、ゴマース伯爵閣下の見事な美食家ぶりも夙にうかがっておりますわ?それよりご存じです?ミラマーシュ侯爵のご内儀の噂。なんでも出入りの商家の奉公人にひどく見目麗しい少年がいたそうで…内々で囲っているとかなんとか…」
「ま、羨ましい…年端もいかぬ美しい少年と禁断の愛に身をやつすとか…あやかりたいものですわね~…」
………。
「ねえ、アプロ?あいつらここに置いて帰ったら王都の空気も多少マシになるんじゃないか?」
「言うなマイネル…本気でそーしたいと思ってたとこなんだから…」
…なんというか、精神的には前途多難な時間が続きそうですね……。
・・・・・
「………(クンクン)」
「…近いか?ゴゥリン」
穴の気配…というよりこれは魔獣の気配ですかね。
わたしも何度かやってるうちに、こう、魔獣のいる時のピリピリした空気はなんとなく察知出来るようになってきてます。
「…アプロ、殿下に伝えてくる。君は呪言の用意を」
「いや、穴の存在を確認するまでは私よりマイネルの方が忙しい。遺跡はもーちょい先のハズだし、アコ、後ろに知らせてきてくれるか?」
「わかりました。遠ざけてもらえればいいんですね?」
「そういうこと」
荷物を下ろしてアプロはいつでも剣を抜けるよう、仕度を始めました。
わたしは三人から離れてちょっと距離を置いてついてくる馬車に近付きます。
代わり映えのしない景色に飽きてたのか、うるせーひとたちは高いびきで寝転けてました。
「どうした、針の娘。アプロニアたちが慌ただしいようだが」
馬上のヴルルスカさんが、わたしが寄ってくるのを見て潜めた声で聞いてきます。
「穴まではまだもー少しありますけど、魔獣の気配がします。危ないですからヴルルスカさんたちは離れてください。もしわたしたちが討ち洩らしたらコトですので」
「分かった。こちらは任せろ…とは言い難いのが残念だが、まあ大人しくしているのが幸いだ。ここに留まっているから、存分にやるがいい」
「ありがとうございます。お
何を言いやがる、と苦笑しつつも、振り返るわたしに「気をつけろ」と気遣ってくれました。
「言ってきました」
「ありがと。魔獣によっては馬を標的にすることがあるからなー…もう少し進んで先に姿を確認したいとこだけど…」
「それなら僕とゴゥリンが行こう。アプロは一応呪言の用意を。あまり派手なのは勘弁して欲しいけどね」
「言ってろ。まあでも前回みてーなのはこんな状況じゃ使えない。もう少し穏やかにやってみる」
爆発系は無理でしょーね、流石に。
といって例の筋肉カンガルーが相手となると接近戦も勘弁して欲しいのですけど。
「………(ポンポン)」
「あら?…ああ、ありがとうございます。わたしも気をつけます」
ゴゥリンさんが、わたしの肩を叩いてマイネルに続いていきます。なんだか気を遣われたよーですね。ふふ、まあ悪い気分じゃありません。
二人の背中を少しゆっくりめに追いながら、隣のアプロを見ます。抜剣は済ませて剣を両手で持ち、既に呪言の詠唱を初めていました。
こうしているうちは、魔獣もアプロとすぐ側にいるわたしに直接襲いかかってくることはありません。安心、して…ってのもちょっと違いますけど、四頭立ての馬車が余裕をもって通れるくらいの、林の中の小街道を進みます。
そして、木の陰からも後方の馬車が見えなくなった頃。
「………っ!!」
同じく姿の見えなくなっていたマイネルの叫び声のようなものが聞こえました。
「アプロっ!」
あれは間違い無く、マイネルが鋲牙閃を放った時の声。
つまり、魔獣が現れて争い始めたのです。
「請う、請う、請う。命ず、命ず、命ず…」
アプロの呪言は続きます。
ゴゥリンさんの怒号と、マイネルの焦った声が続けて聞こえます…あのひと、また何かやべー失敗したんじゃないでしょうね、と思っていたら案の定、いつぞやの筋肉カンガルーが、こちらに向かってくるのが見えました…って、アプロ狙いならまだしも、こっち素通りして馬車の方に行ったら拙くないですかっ?!
「光輝を得て闇に従う、無垢の身に受くるは悍馬の足、四鬼の
ちょーっ?!アプロの呪言まだ終わってませんけどっ!…と思って慌ててるわたしの前に、筋肉カンガルーが立ち止まります。
こちらを睨んでいるところをみると、馬車の方に行く気配はありませんが、といって前方ではまだマイネルとゴゥリンさんの争っている様子ですので、応援も期待できません。
「アプローっ!まだ……ええっ?!」
…うかつでした。
今まで魔獣は詠唱中のアプロを攻撃出来ないものだと思っていましたが、直接手出し出来ないだけで、攻撃の意図は全然挫かれてなかったのです。
即ち…。
「きゃーっ!!」
みっともなくわめき叫ぶわたしをよそに、筋肉カンガルーは立ち木の一本を尻尾の一撃で叩き折り、支えを失った木は、まっすぐこちらに倒れてきたのです。道具を使うとは進歩したものよ…って感心してる場合ですかわたしこのままだとアプロともども押しつぶされてぺっしゃんこに…。
「…この身に宿る力として降り、其の
同時でした。
アプロが呪言を完成させるのと、わたしたちの頭に木が倒れ落ちたのが。
ですが、思わず目をつむってしゃがみ込んだわたしの隣で、アプロの裂帛の気合いが響き渡ります。
そして、轟音。
恐る恐る目を開いたわたしの前には…五つくらいに輪切りにされた丸太があるのみでした。
「…え、なに?何です?」
「アコ、動くなそこにいろ!」
何が起きたのか、事態の把握もままならないわたしを置き、アプロは駆けます。筋肉カンガルーに向かって。
ただし、その速度は文字通り、わたしの目では捉えきれるものじゃなかったのです。
わたしにはただ突風が吹いたとしか思えなかった一瞬のあと、木を薙ぎ払った魔獣は…。
「まっぷたつーっ?!」
…に、されてました。なんかイケイケ状態のアプロによって。
そのゴーゴーなアプロは、早くも姿が薄くなり始めた魔獣を見向きもせず、先のマイネルたちの方へ向かいます。
なぁーっ?!…とかいうマイネルの素っ頓狂な悲鳴が聞こえましたから、多分あっちでも同じよーな光景が繰り広げられたのでしょう。
「アプロー、終わったー?」
彼女の向かった先が静かになったのを確認してわたしも、そちらへ向かいます。
そこではマイネルがへたり込んで、ゴゥリンさんがやれやれ、といった具合のため息をついてました。
「…えーと、結局何があったんです?」
足を投げ出して座り込んでいたアプロに近づき、事情を問うと、
「あー、なんか飛び道具はヤバそうだったから、私の身体に力を降ろして格闘戦した。大人しいやり方だったろー?」
「いや確かに被害は少なかったですけど…そんなことしてアプロの体は大丈夫なんですか?」
「力を降ろすとこまでは確認したけど、この状態で全力で動いたのは初めてだったしなー。まあどっか痛いわけじゃないから、問題ないんじゃない?」
無茶しますねー…後で筋肉痛とかにならなければいーんですけど。
「きんにくつう?」
「明日になれば分かりますよ。それより魔獣はもう…いないみたいですね。ヴルルスカさんのところに戻りましょうか?」
「だなー。マイネル、ゴゥリン、そっちは問題ないか?」
「…あんなやり方するなら先に言っておいてくれよ、もう…」
「………」
二人とも大丈夫みたいですね。
でもまあ、今のを穏やかなやり方と言い切る辺りは、ほんとアプロらしいですね。
わたしのそんな感慨を、マイネルはもとよりゴゥリンさんまで、苦笑しつつ同意するのでした。
「一体何が起きているのですか、殿下!」
「まあ落ち着きましょう。もうすぐアプロニアたちが戻ってまいります」
「何が起きているのかを確かめるためにわたくし達はこんなケモノくさい場所まで来たのでしょう?!いいから早く参りましょう、殿下!」
…引き返していーですかね?
と、振り返ってアプロの顔を見ましたが、さすがにそこは承諾せずにわたしを追い越し、大騒ぎしてるご一行様のもとへ向かいます。
「みなさん、お騒がせしました。この先に待ち受けておりました魔獣は、既に討ち果たしております」
「おお、王女殿下ではありませんか。さぞや名にし負うご活躍をされたと思いますが、首尾の方は如何でしたか?」
せんでもいーのに、恭しく頭を垂れたアプロに向けられたのは、なんとかいう公爵だか伯爵だかの夫人がどーとかいうおばはんの、嫌みったらしい言葉でした。
「…アコ。こらえて」
「…分かってますよ、もう」
踏み出しかけたわたしを制して、マイネルが囁きます。
「ええ、このまま進めば待ち伏せを受けて窮地に陥るところでしたが、幸い皆の力もありまして、不肖アプロニア、退けることができました」
「…ほう、それは見事なお働きでしたな。ところで…我らを納得させるだけの力を証してみせる、と豪語するに相応しき成果とのことだと思いますが…魔獣の首なり遺骸なり、見せて頂けるのでしょうな」
…このひとら、魔獣のことなーんにも知らないのですね。討ち取られた魔獣はすぐに姿が掻き消えてしまう…そんな基本すら分かってないなんて。
「分かっててアプロに嫌味を言ってるんだよ。あとで覚えてろよ…」
…らしいです。マイネルの押し殺した悔しそうな声です。
「いえ、皆さんにお見せ出来るほどのものはございませんでした。それより…」
「ふむ?」
アプロは穏やかに微笑みを浮かべた顔を上げ(わたしにはそれなりに物騒な笑顔に見えたのですけど)、一行の一番前にいた、態度と腹回りの一番大きなおっさんに向かって、慇懃無礼にこう言います。
「国家の柱石たる皆さんの身に危険を及ばせることの無かったこと、このアプロニアにとって無上の喜びです。どうかこの後も、旅の無事を祈られますよう、重ねてお願いを申し上げるのみです」
「………ほほほ、王女殿下にこう言われましては身共としても引き下がる他ありませんわね。ねえ、皆様?」
「左様ですな。しかし針の英雄などと持て囃されるそこの娘の力、我らに覧じて頂けること、期待しておりますぞ」
「はい。それは誓って」
…わたしのことですね。
まあ、アプロの力になるのはわたしにとっても嬉しいことですけど…こんなひとたちの期待に応えることになるのなら……。
「アコ。行こう」
「え…あ、はい」
唇を噛んでたわたしの様子で察したのでしょう、マイネルが感情のこもってない声でわたしを促し、先に歩き出していたゴゥリンさんの後に続きます。
「…獅子身族だかなんだか知らないが、ケダモノ臭い二本足めが……」
「!!なんだとこの…っ……」
「アコ!」
振り返って罵声を浴びせようとしたわたしの意図は、アプロの鋭い声で挫かれます。
「アコ、いいから。後で話そう」
「アプロ……」
彼らに背中を向けたアプロの顔は、涙を流さないで泣いているようでした。きっと、わたしよりもずうっと悔しいのだと思います。そしてそんな顔を見てしまえば、わたしは我慢するしか出来ないというのに。
でも、あの一言だけは聞き捨てならないじゃないですか。あんなこと言わせっぱなしでいたら、わたしゴゥリンさんのこと、お友だちだと言えなくなるじゃないですか。
今口を開いたら酷い言葉しか出てこないでしょうから、わたしはもう何も言わずに、先頭のゴゥリンさんの隣につきます。
「………ありがとう、アコ」
そんなわたしの頭に手をのせ、ゴゥリンさんが心の底から優しく思える言葉をかけてくれることが、今は何よりも慰めになるのでした。
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