第5話・バトルオブ何とか的なアレ
「しかしこんな時なんだけどさ、私は結構この瞬間が楽しくもあるんだ」
わたしの隣のアプロが聞き捨てならないことを言います。まあ気持ちも分からなくはなんですけど。あの子たち、見かけだけは可愛いですからね。
もっとも油断したらこちらの命が危ないので、アイスクリーム売ってるヤクザみたいなものです。
「…見えた、ってまた今回のは一際、なんというかその…」
「アプロ!見かけに惑わされないで!」
「分かってるよ!マイネルこそ、こないだみたいに鼻の下伸ばしてケガするんじゃないぞ!」
「あれは不意を突かれただけって言ってるじゃないか!大体アプロこそ…」
あー、これはいけません。二人とも本来のおしごとそっちのけで言い争い始めちゃいました。
どっちも強いことは強いんですが、基本的にガキですからねぇ。仕方ないです。ここはおねえさんが一肌脱いで…。
「……………ッ!!」
…と思ったんですが、ゴゥリンさんが先手を打って、斧槍を地面に叩き付けていました。
叩き下ろされたところの地面が砕けて、小岩がこちらにまで飛ばされてきます。
「…ゴゥリン!何するんだ!」
わたしの顔の前に飛んできた小石を剣でたたき落としたアプロが文句を言ってました。
ていうか何するんだ、じゃないでしょうが、あなた。あれ、見えてないんですか?
と、わたしはアプロの鎧の肩のトコをゲンコツで叩いて知らせます。
「アプロ、割と洒落にならなさそうですよー?」
「え?…って、おいおいおい…」
あんぐりお口を開けて呆れるアプロ。
そりゃあそうでしょう、一人仁王立ちで迎え撃つ構えのゴゥリンさんの前にあった、黒い穴から出てきたのは…。
「わぁっ?!ちょっと、ゴゥリン…僕今回は遠慮していい……」
「………(むんず)」
マイネルが思わず後ずさりしてようとするのも無理はありません。そしてゴゥリンさんがその襟首ひっつかまえて逃がさないでいるのも当然です。
そこに現れていたのは…えーと例えて言えば、ちょうどウサギのような形と大きさで、色も白の、こちらで言う所の魔獣、というやつです。見た目、とっても愛くるしくなくもない。まあ、ウサギですからね、見たところは。
で、それが、急に開いた空間の穴、というやつから出てきたのです。…ざっと、数百匹。
「マイネルいいから先制!お前が撃たなくちゃ始まらないだろうが!」
「わかったよ!ええい、もう!」
今さらですが、マイネルの得物は杖です。その先に聖精石が据え付けられ、適切な呪言を唱えることによって、いろいろな攻撃が出来るとゆー、日本に持ち帰ったらしーあいえーとかかーげーべーに付け狙われること間違い無し、な逸品です。めちゃくちゃ高価らしーですが。
「…かっ、数が多すぎない?今回は…」
「ごちゃごちゃ言ってないでほら、次だ次!」
「次って言ったって…」
マイネルの杖から放たれる光の矢状もものは、連射も利きますし一発の威力も大きいのですけどいかんせん広範囲に散らばる相手には使いにくそうです。
穴から出てきたばかりの頃はウサギ?モドキも固まっていたのですけれど、しばらくするとマイネルの攻撃を逃れた個体が、襲いかかってきます。
え?所詮ウサギじゃないか、ですって?
じょーだん言っちゃイケません。例えウサギといっても、それが歯をカチカチ鳴らしながら、マイネルの討ち洩らした百匹オーバーがこちらに一斉に襲いかかってくるんですよ?ヒッチコックの映画とか見たことあります?わたし一時カラスの群れが怖くて夕方外に出られなくなりましたからね。子供の頃の話ですけど。
「…………フッ!」
こんな時にしか声を聞けないゴゥリンさんの気合いと共に、その斧槍が振るわれます。そしてその度に、ウサギみたいな形をした魔獣が肉片に変わります。ハッキリ言ってグロいです。グロいのですけど、まあ救いはあの子たちはやられちゃうとすぐに姿が消えてしまうので、死体とゆーものが視界に留まるのはほんの一瞬なんです。なんかえらく都合のいい設定ですね。
「…ちぇっ、ゴゥリンでも全部は無理か」
「そりゃあいくら武器が長くてもあの数は無理ですよ。で、アプロ?あなたの出番なんですから、いいところ見せてくださいね」
「任せな!」
斧槍を振り回すゴゥリンさんの足下では、マイネルが伏せて頭を抱えています。
あれは怯えて隠れてるわけじゃなくって、単にマイネルの攻撃はすぐにガス欠になるからです。ぶっちゃけ、第一波第二波くらいばらまいたらお終いです。あとは役立たずです。困った子です。その分回復は早いみたいですが。
「アコ、そっちも準備を頼む!…で、こっちは、と…」
準備と言っても、わたしの方は向こうから出てきてくれないとやることないんですけどね。
それはともかく、アプロが抜いた剣が輝き始めるのを見ると、わたしは二歩ほど下がります。後ろから襲われないようにだけ注意はしますが。
「……我乞う、この輝きをもたらせし遠祖の言祝ぎを」
アプロの呪言が始まります。それと同時に、両手で持つ剣の輝きが増していきます。
そしてわたしは………ウサギに襲われました。
っていうか、この状態のアプロって無防備なんですよ!何故か魔獣には襲われなくなるんですけどっ!
「マイネル!マイネルそろそろ回復したーっ?!早くたすけてーっ!!」
眼前に迫る悪い白ウサギ。心なしか目の輝きとかも凶暴になっているよーな気がします。
そんなウサギのよーな猛獣が、忘我の領域にいるアプロを無視してわたしに迫るのです。毎度思いますが、なんでアプロじゃなくて、わたしにっ?!
「きゃーっ!」
「鋲牙の閃!」
思わず頭を押さえてしゃがみ込んだわたし。そしてつむった目では見て取れませんでしたが、すぐ側に迫っていたナマモノが、何か鋭い音と共に吹っ飛んでいったくらいは分かりました。
「アコ、立ってアプロを盾にして!」
「そっ、そんなこと言ってもっ!」
そりゃまあ、今の状態のアプロなら、ウサギが襲ってこないのを利用して盾代わりに出来ますけどねっ!問題はわたしそこまで立ち回り上手くないことなんですようっ!
「マイネルマイネルっ、お願いだからこっちに来て助けてくださいっ!」
「無理!こっちはこっちで手一杯」
ええいこの薄情者ーっ。
とはいっても仕方ないんですけどね。開きっぱなしの穴からは相変わらずウサギがもさもさと出続けてますし、辛うじて回復したマイネルの力では、ゴゥリンさんの討ち洩らしを丁寧に処理するしか出来ないのですし。
って、よく考えれば最初の一発を我慢して、最初からこーいうやり方してた方が効率が良いのでは?あとで三人と相談してみましょう…わたしの命があればの話ですけどねっ!
ああもうアプロ、アプローっ!早く呪言終わらないんですかーっ?!あなたはそうしてても襲われないから平気でしょうけど、こっちはそろそろ限界も近いんですけどーっ!!
なんだか聖女さまのように神々しさが増してくるアプロを、どーにかこーにかウサギの群れとの間に置くように立ち回るのも難しくなってきました。
ゴゥリンさんとマイネルは頑張ってくれてますが、それでも一匹や二匹がこっちに来るのは避けられません。こんな時わたしに秘められた力が目覚めてなんかすんげぇことになったり…はしないんです。何度もこんな目に遭ったので間違いありませんっ!
「……神々しく交合す。烈と閃の狹間に在りし光を以て、我が願いに応えたまえ」
…あー、そろそろ終わりそう。わたしの体力も終わりそう。はやく、アプロはやくーっ!!
「……顕現せよ!」
いい加減泣き言代わりにそのおすまし顔のほっぺでもつねってやろーかと思ったら、ちょうど終わりました。
目を見開いたアプロの両手に相変わらず握られていた剣は、もう見ていられないくらいに眩い光をその刀身の全体から余すところなく放ち、天にそれを掲げたアプロの両手はひどく重そうでもあります。
けどそれは、重さが故ではなくて抑えの利かない剣の動勢を、必死で制御しようとしているからこそ。
そして空に突き出され、ちょうどアプロが掲げたように見えた光刃の煌めきは。
「……征くぞ─────」
アプロの呟きと共に一斉に散り、一つ一つの光弾となってウサギの魔獣に襲いかかるのでした。
が。
「アプローっ!ちょっとは加減してーっ!!」
「無理!」
わたしは悲鳴をあげて逃げ惑います。
当たり前です。発射された弾は残るウサギの数よりはるかに多く、アプロが操ることもなしにウサギを追い回す光弾は、一匹につき少なくても十を越えてます。
当然、ウサギの滅した後も空振りのように飛び交うそれらは、時折わたしの耳元で、ゴルフクラブでもフルスイングしたよーな物騒な音を立ています。
今のところわたしには当たったことは無いのですけど、今回も問題無いとは限りません。最初の一回が最後ってことだってあるじゃないですか。命的に。
「アコ、大丈夫だ。全部撃ち終えた。もう頭を上げてもいいぞ」
でもいつの間にかアプロの足下に駆け寄って伏せていたわたしに、ようやく安堵したような響きの声がかけられました。
そりゃまあ、撃ち尽くすまでは自分ですら制御しきれてるとは言えないんですから、撃ってしまえばあとは弾任せ、っていう傍迷惑な状態ではあっても、ホッとするのも無理はないんですけどね。
ともあれ、わたしの身の回りからウサギたちも消え、あとは見守るだけです。
わたしはへたれ込んだままではありましたが、まだウサギが出てこようとする穴に光弾が殺到する、という光景をぼけーっと眺めるのでした。
「…アコ、そろそろじゃないか」
「…あ、そうですね…って、来ました」
こちらの攻撃力が向こうの戦力を上回ってしまい、魔獣が送り込まれてくる穴がその役割を果たせなくなると、わたしの出番です。
逃げ回っていた間も離さなかったポーチと縫い針を確認します。
アプロの剣は、刀身がまるごと聖精石で出来ています。あのバカみたいな威力の無数の光弾はその賜物ですが、わたしが預けられているこの縫い針も、同じく聖精石そのものなのです。
そんな貴重なものでわたしが何をするかといーますと…。
「…今回はまたなんとも細かい
ふつー、縫い針に糸を通すのは少し手間なのですが、この縫い針は必要な時に勝手に糸が出てきてくれます。ほんと、これだけでも日本に持って帰れないものでしょうか?
「アコ、出来るかい?」
「………」
ことの終わったとみたマイネルとゴゥリンさんも寄ってきます。まったく、見世物じゃ無いんですからね、とはいってもこちらの人たちにとっても、これからわたしのやることは物珍しいようなのです。
わたしは、ウサギの出てきてた穴のよーに唐突に、掲げた手の平のすぐ上に現れた黒い布を一枚、手にとりました。ふつうはこんなもの、不気味でしょーがないのでしょうけど、三回目ともなれば慣れたものですね。
「…………いきます」
我ながら真剣な顔と声で宣言し、わたしはちっちゃな端布の中央に開いていた穴を、縫って塞ぎにかかります。
裁縫が趣味の娘としてはもー少し丁寧にしたいところなんですけど、とりあえず塞げればいい、ってことなので、てきとーにはしご縫いで済ませます。
「…相変わらず手際がいいなあ」
そんな大げさな。この世界でだってお裁縫くらい出来るひといくらでもいるでしょうに。
わたしのそんな謙遜は、歯で糸を切るために口が利けなかったので言葉になることはありませんでしたけれども、アプロに褒めてもらうのはなんだかとても気分が良いので、そのまま賛辞を受け入れます。
「はい、おしまいです」
「おつかさま、アコ。穴も塞がったみたいだよ」
「…………」
ウサギの穴を見張っていたマイネルからも、そう声がかかります。
そちらの方をわたしも見ると、ちょうど穴の痕跡がスゥッと掻き消えるところでした。
その後には何も無し。ほんとーに、さっきの光景が冗談のようです。というか悪夢の方ですか。
…そう、この魔獣が出てくる穴を塞ぐというのが、わたしにしか出来ないコト。
この世界を危険にしてる、魔王とかいうひとが時々する、人類の敵である魔獣を送り込むのに使う穴を塞ぐのが、わたしの異世界でのお仕事なのでした。
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