第4話・ウソから出たのは真ならぬ自業自得っていう

 「アプロニア・メイルン・グァバンティンだ。よろしくな、アコ」


 目が覚めたら見知らぬ場所で、ぼーぜんとしていたわたしにそう名乗ったのは、ついさっきわたしの手をとったはずの男の子でした。


 「…えーと、ここどこです?」


 とりあえず名乗ってはもらいましたので、あなたはだぁれ?と間の抜けた質問はせずに済みました。あんまり解決にはなってませんでしたけど。


 「テラリア・アムソニア。手紙でも何度か書いたと思うんだけどなあ」

 「手紙?手紙、手紙………手紙、っていうと、あなたがもしかしてペンネーム、アプロニア、その人?」

 「だからそう名乗っているじゃないか。私はお前の名前の意味だって知っているぞ?カナギ・アコ。神木の名を冠した、神の子。そう自分で手紙に書いていただろう?」


 ………えーと、わたしそんな大それたこと書いてましたっけ?

 わたしが首をひねっていると、へたり込んでいたわたしを見下ろす男の子は、少し苛立った風にこんなことを言うのです。


 「…私がグァバルティルの姫御子だと教えたら、だったら自分だって神の子だ、聖地の神木にちなんだ名を持つ、神の子だ、って手紙に書いていたじゃないか」

 「………ああ」


 ぽん、と手を打って納得するわたしなのでした。

 いえね、アプロニア、と名乗る文通相手が、えらく子供っぽい自慢話をしてきたものですから、いっちょのってやろー、って思って自分の名前の解釈をてきとーにでっち上げて教えたんですよ。まさか本気にするとは思いませんでしたけど。


 「…あのー、もしかして、それを真に受けて、わたしをこーゆーわけの分かんないところに連れ込んだ、ということです?」

 「真に受けて?だって、神の名を冠した神木に由来する、力ある者だと言ったのはアコの方じゃないか…まさか、神の名を騙ったというのか…?」


 お腰のちょいと物騒なものに手をかけるほどではないにしても、すこーしばかり不穏な気配。なるほど、この手の冗談の通じない相手だということは理解しました。

 …というかですね。

 相手が本気で言ってたのを冗談ととって、ホラで対抗したらこの有様ってことですか。

 はあ。


 …えーと。


 ………わたしの、あほ───────っ!!




 まあそんなこんなで、落ち着いてみると愛称をアプロという彼女は、男の子っぽい風体と言葉づかいではありますが、気っぷの良いさばさばした女の子だったわけです。

 すぐに同行のマイネルとゴゥリンさんにも引き合わせてもらい、特にゴゥリンさんがあの姿だったものですから、なんか地球じゃない場所にやってきて、とんでもないことに巻き込まれつつある、ということをまず納得させられたのです。実体験ってほんと、大事ですね。


 アプロたちは旅の途中ということで、近くに町も無い中放り出されても困りますし、わたしもなんか難しいことは後回しにして同行したというかさせられたんですけどね。

 その中で、アプロたちの境遇というのもいろいろ教えてもらったわけなんです。


 曰く、今この世界は魔王を名乗る厄介な敵との戦争中で?アプロはこの国の王族の一人で、貴族の義務として魔王討伐のための旅をしているとか。

 マイネルもゴゥリンさんも、それを助けるために教会だかそんな感じのところから派遣されて、旅に同行しているとかなんとか。

 まあ、ゲームなんかではお馴染みのパターンでしたし。わたしも特に不思議には思わなかったんですが。

 …よくよく考えたらおかしいじゃないですか。アプロが本当に王族だかお姫さまだったとして、そんな大事なひとを助さん角さんつけておっぽり出すよーに魔王退治とかに出します?ゲームじゃないんですから。


 わたしも一時は、「あれ、これもしかしてわたし、ゲームの中に入っちゃったんじゃ…」とかバカなことを考えたこともあったんですけど、そんなことをアプロに確認しようと、すこし正気を取り戻したときにですね。わたし自身についても大転換迎えちゃいまして。それどころじゃなくなった、というわけなんです。はい。



   ・・・・・



 「ようし。じゃあ、出発しよう!」


 朝食が終わり、手分けをして洗濯なんかも済ますと、出発です。アプロはきょうも元気いっぱいです。


 ところで。洗濯といいますが、ここは草原のど真ん中。水源なんかあるわけがありません。

 それでも水に困らず、洗った洗濯物を乾かす熱源にも困らないのには、わけがあります。


 「アコ、そろそろ石の使い方も板についてきたようだね」


 マイネルがわたしにそう話ながら片付けていたのは、聖精石、という手の平にのってしまうくらいの大きさの石です。

 何をするためのものかといいますとですね。

 もともとこの世界の鉱物には、特定の条件で熱を出したり光を放ったりする性質をもつ、励精石というものがあるそうで、一つ一つの効果は小さいのですが大量に集めて精製することでサイズあたりの効果を高め、それから複数の励精石をうまいこと組み合わせるとそれぞれの性質を一度に発揮してまた違う使い方が出来るものを作れるそうなのです。そうして出来たものを聖精石といい、ものすっごく高価なものらしいです。

 で、わたしが今マイネルに返したものも聖精石の一つで、これは旅の役に立つよう、夜のうちに夜露を集めておく効果があるのです。夜営を始めた頃に、おっきな樽(ゴゥリンさんの私物で、持ち運びに便利な、折りたたみも出来る逸品です。日本に帰る時はお土産にもらっていきたいくらいです)にその聖精石を入れて然るべき手順を踏んでおくと、夜が明ける頃にはあらびっくり、樽いっぱいのお水がそこに、ってな具合です。


 まあマイネルも言った通り、誰にでもすぐに使えるというものでもないんですけどね。然るべき手順、というのがまた結構めんどうでして。

 そちらについては実際に使うときにお話することもあると思います。


 「アコ、今日は結構歩くけど大丈夫か?」

 「大丈夫ですよ。いい加減歩きも慣れましたし。それよりマイネルが時々調子悪そうなのが気になりますね」

 「僕はこれでも男だよ。アプロやアコより先にへばってられるもんかい」

 「よく言うよ。前はアコがすぐ疲れるのを見てよくバカにしてたくせに、今じゃ喋れなくなるのはマイネルの方が先じゃないか」


 こっちにきた頃はそりゃあもう、ひどかったものです。わたしは都会っ子なのです。あーばんがーるなのです。何も無い荒野を丸一日歩いて平気な顔してられるよーな、健脚おばけなんかじゃないのです。

 ただ、慣れというのは恐ろしいものですね。半月もしたら結構平気な顔で三人についていけるようにもなりました。

 そりゃまあ、アプロたちも気を遣ってくれて、長歩きに適した靴とか用意してくれて、最初は(って今でもですけど)わたしにペース合わせて歩いてくれてましたしね。


 「…うるさいな。僕はアプロと違って栄養が頭にいくんだ。一緒にしないで欲しいな」


 えーと、その言い方だとわたしは栄養が丸きり頭に行ってないみたいじゃないですか。

 と、文句を言いたいところですけれど、ここは堪えてあげます。

 わたしがこの世界の常識に疎いのと、アプロが頭より先に手足が動く性格なのをざっぴいても、確かにマイネルがいろいろ考えてくれるので助かっているのは事実ですしね。ゴゥリンさんは何考えているのかさっぱり分かりませんし。


 「だいじょーぶです。マイネルがヘタレじゃないのは、ちゃんと分かってます」


 なので、少し肩を落としてたマイネルの背中をぽんぽんと叩いて、励ましてあげます。わたしはこう見えても、かっこいい男の子の得点稼ぐのには余念が無いのです。努力が実ったことはありませんけど。


 「…うん。ありがと、アコ」


 …なんですけど、やっぱりうかない顔ですね。人には向き不向きというものがあるんですから、アプロみたいな脳マッチョ目指す必要は無いと思うんですが。やっぱり男の子ってそうありたいものなんでしょうかね。


 「………」


 首をひねるわたしの頭を、今度はゴゥリンさんが軽くくしゃっと撫でていきました。見上げてみると、なんとなく「あまり気にするな」みたいな顔に見えたので、わたしの思惑とマイネルの本心はすれ違っていたのかもしれません。

 覚えておきましょう。わたしはこう見えて学習能力にも定評があるのです。




 歩き始めて二度ほど休憩を挟みましたが、お腹もなんとなく空いてきた頃です。

 交代で先頭を歩いてたゴゥリンさんが立ち止まります。そのまま周囲を見回しながら、鼻をヒクヒクさせています。なんだかネコのよーですが、アプロはそれに気がつくと緊張した様子で隣をぼけーっと歩いてたマイネルを肘でつつきます。


 「…ゴゥリン、来たか?」


 そのまま担いでた荷物をドサッと肩から下ろし、腰の剣に手をやりました。歩いてた時は静かだったアプロの鎧がガシャガシャと鳴り、否が応でも空気が張り詰めていくのが分かります。

 えー…今日は平和に一日過ごせると思ってたんですけど…。


 「マイネル、アコに渡してやってくれ」

 「ああ。アコ、気をつけて」


 マイネルが肩から提げていたバッグを開き、わたしにちっちゃなポーチを手渡してくれます。

 と同時にゴゥリンさんの側に寄っていって何事かを相談し始めます。

 アプロは地面に置いた荷物を気にすることもなく、剣を抜いてわたしの近くにやってきました。


 「アコ、頼むぞ」

 「仕方ないですねー。ちゃんと守ってくださいよ」

 「任せろ。アコは私たちの切り札だからな」


 三銃士のダルタニアンみたいな気分にさせてくれるアプロです。いやまあ、わたし彼ほどガツガツしてないとは思うんですけど。


 「来たぞ、みんな」


 愛用の斧槍を一振りするゴゥリンさんを見れば分かりきったことでしたが、マイネルの声で警告を発されるとやっぱり心構えは違ってきます。

 わたしが渡されたポーチの中から道具を取りだして待ち構えていると、ゴゥリンさんの真正面…よりやや遠方の、何も無いと思われた場所に黒い穴が現れ、気温が急に下がったように感じます。


 こんな状況だというのに、わたしの隣、少し前めで不敵に笑っているアプロを見て思います。

 やれやれ。今日も世界はへーわからはほど遠いようなのでした。

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