第6話・旅のあか落としもままならなくって

 ただいま、って言える場所があるのはとても素敵なことだと思うんですよね。

 例えそれがー、右も左も分からない街だとしても、です。そういえばわたしこちらに来て何日経ってるのか、そろそろ分からなくなってきたんですが。


 「素直にホッとしました、とか言えばいいんじゃないか?」


 アプロがわたしの複雑な心境を、一言でバッサリです。傷つきました。謝罪と賠償を請求します。


 「アコがアプロに謝罪を請求するならそこじゃなくてさ、僕らの旅に巻き込まれたことの方だと思うんだけどな」

 「それもそーですね。アプロ、責任とってください」

 「私はちゃんとアコに選択肢は与えたぞ?アコの方からついてきてくれるって、私の手をとったんじゃないか」


 そりゃあ形だけ見れば事実ではあるんですけど、そーやってわたしの本心まで決めつけられるのも面白くはないわけでして。


 「だからあれは足が滑っただけって言ってるでしょーが」


 この点、実は何度も強調してはいるんですけどね。アプロの方はというと、その度に「けど助かっている。ありがとう、アコ」とかほんわか言うものですから、それ以上はわたしも言えなくて。ほんっと、こーいうとこズルい子だと思います。




 今回の穴ふさぎの後、わたしたちは拠点にしてる街に戻ってきました。

 わたしにとっては三回目のお仕事でしたが、ちゃんと予言通りでしたのでノートラブルだったと言えます。


 「さてどうする、みんな。僕は教区長に報告に行って来るけど」

 「私も報告が要るな。ゴゥリンは…まあこっちもいつも通りか」

 「………(こく)」


 てんで勝手に行動するまとまりの無いパーティです。わたしは…というと、どうしましょう?


 「…じゃあアコは僕についてくるかい?教区長には会ったことないだろう?」

 「それも悪くないですけどね。アプロは…ってもう行っちゃいましたか。いつも何やってるんでしょうね、あの子」

 「あんまり知られたくないんじゃないかな。ゴゥリンは宿で寝酒を決め込むみたいだから、アコ、行こうか」

 「そうですね」


 とてもそうは見えないのですけれど、アプロは一応この国ではお姫さまな立場のはずです。となればいろいろややこしいお仕事があってもおかしくないだろうなあ、とぼんやりとは思っていますが、あんまりそういうところ、わたしたちに匂わせるのが好きじゃないみたいでして。

 …まあ本人、それほど辛そうでもないので放っておこうか、というのがマイネルとゴゥリンさんとわたしの、一致した見解なのです。今のところは、ですが。




 草原を渡る交易路の重要な拠点としてこの街、アウロ・ペルニカは存在します。

 実は名目上、アプロが領主さまを務めていることになってるらしーんですけど、本人は人任せで何もしてないようなので、あんまり関係無いんでしょうね。


 それとこの街で大事なことは、この世界の宗教…っていうんでしょうかね?何せ地球みたいにキリスト教だとか仏教だとか、いくつも宗教があるわけじゃないみたいなので。

 まあその宗教的なアレの、おっきな支部があることです。マイネルが僧侶みたいなことやってる、アレですね。


 「みたいっていうか、間違い無く僧侶なんだけど。いい加減アコも僕の立場というものを理解して欲しいよ」

 「そうは言いましてもね、マイネルわたしと大して歳違わないじゃないですか。それなのにえらい坊さまって言われても納得いかないんですよ」

 「だったらこれから分かってもらうことになるよ。別に偉ぶるわけじゃないけどさ」


 別に偉ぶってるとは思ってないんですけどね。ただ、普段の飄々とした姿と、戦いの時になると見せる少しドジっ子なところのギャップが激しくて。


 首をひねるわたしと、ぼやきっぱなしのマイネル。

 連れだってやってきたのは、街の中心部にある、尖塔のおっきな石造りの建物でした。

 草原の真ん中の街だというのに、石造りというのが贅沢さを思わせます。近くに石を切り出せるような山なんか無いはずなんですけど。基本この街の住居って、土を焼いたレンガ状の建材を積み重ねて作られてるみたいですし。


 で、この教会…他に表現も思い浮かばないのでそーいう呼び方にしておきますが、塀などもないので入り口は通りに面しています。

 その門にも見張りみたいな人もいなくて、ただ通りは人の往来も多いのに、みんなこの門の前を通る時だけは、口をそっと閉ざして静かに過ぎていきます。

 なので、よっぽど大事にされているか、あるいは怖がられているかの、どちらかであることはわたしにも分かるのです。


 「さて行こうか、アコ」

 「結構あっさりしたものなんですね。なんか取り次ぎとか仰々しいやりとりがあると思ったんですけれど」

 「僕たちは神の教えを地上に広める役割を担っているのに、敷居を高くしてどうするんだよ。訪れる人々に対して厳しく当たることなんかしないよ」


 それはまた健全な発想で。わたしひねくれ者なので、宗教というと権威とかそーいうものを笠に着て威張り散らすものだと思ってました。


 「…そういう不埒な者も少なくは無いけどね。でもこの街においてはそんな心配は不要だよ。そこのところはアプロの意向もあるかな」


 あら、意外なところでアプロの高評価。ちゃんとお仕事してるんですね。少し見直しました。

 そんなわたしを従えて、マイネルは門を開きます。木製の扉なのにギシリ、ともいわない、見事な仕事の扉です。


 「ミアル・ネレクレティルス、ただいま戻りました。区長さまに取り次ぎを願います」


 そして、マイネルは名乗りを上げました。

 あの長ったらしいフルネームですが、どうもマイネルの固有名としては一番前のトコだけみたいです。まあ聞いたところによると後ろのところはいろいろ過去の人の名前を継いでるだとかで、誰それの弟子の弟子の弟子の…とかなんとか、そーいう系図みたいなものを示しているとかなんとか。だから何なんだ、って話ですが。


 「ネレクレティルス卿、無事のご帰還で何よりです。区長さまはただいま湯浴みの最中で…」


 門に入るといきなりどっかの大聖堂みたいな広い場所になってます。

 仏教なんかもそうですけど、こーいう施設の造りって古今東西どころか世界が違っても似通っているのは面白いものですね。


 そしてマイネルとわたしを出迎えてくれたのは、身なりこそ質素ですが物腰と立ち居振る舞いは卑しくない、おじいさんです。白いあごひげが特徴です。ていうか、そんな人が敬語で話しかけてくるって、マイネルも何者なんですか、もう。


 「あの方はいつもそれですね…構いません、待たせてもらいま…」

 「それには及びません」


 湯浴み、というとお風呂のことですか。

 あー、何日お風呂入ってないんでしょう、わたし。そろそろ日本の湯船が恋しくなってきました……なんてことを考えていたら、奥の方から聞こえる声。

 ただ、その方を見たわたしは、現れた人影に少しぎょっとするのでした。


 「無事のご帰還、お祝い申し上げますわ、お兄さま!」


 …だって、にこやかにマイネルを迎えてくれたのは、どー見たって幼い女の子の姿だったのですから。

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