第7話・幼女とロリコン(誤解に基づく表記)

 で、別にマイネルのことをお出迎えしてくれたのがちっさい女の子、とゆーのはまあ別に不思議でもなんでもないんですけど。だってこーいうお話なんかでは割とありがちな展開じゃないですか、ねえ?

 ただ気になったといいますか、おかしーなー、妙だなー、と思うのはですね。


 「無事のご帰還、お祝い申し上げますわ、お兄さま!」


 …と、教区長、と言われたお嬢ちゃまがあいさつもそこそこにマイネルに駆け寄ると、これがまた実に嬉しそうに抱きついてきたことでして。


 「…あ、はい。教区長様…ええと、此度の務めに際してのお力添えに感謝します。これも全て神の御心と区長様の…」

 「そんな!区長さま、だなんて他人行儀です!もっと気易く、マリスと呼び捨てになさってください!」

 「あの、それは人目もありますので………ええっと…ああもう、マリス、まずは挨拶と紹介を先にだね!」


 なんなんでしょうねえ、この光景。

 どーみても幼女です。それに抱きつかれてあまつさえ顔すりすりまでされてるマイネルってば…。


 「アコ!その、君の言いたいことは分からないでもないけど…これは違うから!」

 「違うってナニがです?別に弁解するよーなことは何一つやってないと思いますけど。このロリコン」

 「だったら後ずさりしながら冷たい目で見るの止めてくれるかな?!あとその『ろりこん』って言葉の意味は分からないけど、なんかすごく侮辱と悪意を感じるんだけど!」


 うーん、そんなつもりは無かったんですけどね。ただ見たままをあるがままに受け入れようとしただけで。


 「とにかく!…教区長様、彼女がお話しておりました針の使い手です。ご挨拶頂けますでしょうか?」


 ともあれ、欠けた威厳を取り繕うように言うマイネルなのでした。

 もともと威厳とかそーゆーものの乏しい人ですから、取り繕いようもないのですけどね。ええ。




 「…お見苦しいところをお見せしましたわ。わたくしは、マゥロ・リリス・ブルーネル・コルネテリス…」


 それはもうええっちゅーねん。


 「…えっと、なんとお呼びすればいいかだけお聞かせくださいな」


 いちいち初対面であんな長い名乗り受けてたら眠たくなります。この世界の宗教関係者こんなんばっかですか。まったくもう。


 「それもそうですね。では、マリスとお呼びください」


 ただまあ、彼女自身も苦笑しながらそう名乗りを変えたところを見ると、わたしのこーいう感想はそれほどズレてるものでもないようです。助かりますね。


 「ありがとうございます、マリスさま。わたしは神梛吾子と申します。アコ、とお呼びくださいな」

 「はい、カナギ・アコさまですね」

 「アコでいいですよ。わたしよりえらそーな人に様づけで呼ばれると勘違いしちゃいそうですから」


 まあ、そんな…とくすくす笑うマリスは、そこのとこだけ見れば年相応の表情で、わたしにも好感が持てるのでした。


 あの後、最初にお出迎えしてくれたお爺さんの、「まあまあ」という至極真っ当ながらも生温かい応対にあてられてマイネルはバツの悪そうな顔をしていましたが、我に返ったマリスに奥に招き入れられて、わたしたちは落ち着いた感じの応接間みたいな部屋で改めてあいさつを交わしているのでした。


 アプロに引きずり込まれて初めて聖精石の針を使うことになったあと、この街には一度訪れていたわたしですが、その時はもー、何も分からず混乱しっぱなしでしたので、こうして落ち着いてあれこれ見て回れるのは今回が初めてです。

 宗教の施設というととにかく虚仮威し…じゃなくて、なんかいろいろ威圧的な印象の仕掛けみたいなものが目に付きそうなものです。でも、聖堂?の場所なんかはともかくとして、この部屋に関しては随分とお客を迎えるのに心砕いている様子がうかがえます。

 特に、カーペット状の敷物や、カーテンのような織物で飾られているのは、石造りの建物の冷たい印象を和らげようとしているかのようです。それらの繊維品も、華美でなく日常での使用に適していそうな、目に優しい色合いなせいもあるんでしょうね。お裁縫が趣味の身としては興味が沸きます。あとでじっくり見せてもらうことにしましょう。


 「…さてお兄さま。報告の方を頂けますか?」

 「はい、教区長様…その前にアコ、そのいやらしい笑い方は止めてくれるかな?」


 わたしそんな顔してますかね?おにいさま、とか言われてるマイネルが面白くて仕方ないだけなんですけど。


 「…ふふふ、そういえばわたくしたちの関係について、アコには教えておいた方が良いかもしれませんね」

 「……ですねえ。放っておいたらどんどん誤解が広がりそうで。あのさ、アコ。僕とマリスは、いわゆる許婚、ってやつでね?」


 わぁお。ロリコン疑惑は疑惑じゃなかったわけですか。


 「だから違うって。僕の意志じゃなくて…ああいやマリスもそんな悲しそうな顔しないで!」


 見てる分には楽しいのですけど、この辺マイネルに説明続けさせておくと自爆に自爆を重ねて話がさっぱり進みませんので、聞いた話を掻い摘まんでしまいますと…。


 マリスはこの世界においては産まれながら教義を会得していたという、聖女と呼ばれる存在なのだそーです。あんまりありがたみがないいうか、わたしの前でマイネルにじゃれついてるところを見ると、ふつーの無邪気な女の子としか思えませんけれど、産まれて言葉を話すころになると、もうえらい人とも神の教えとやらについて丁々発止のやりとりをしていたらしいので、まあそういうことなのでしょう。あんまりその場に居たいとは思いませんけどね。


 で、この街で教会の一番えらい立場にあるのもそれがためで、まあわたしが同じ年頃だった時には近所の男の子と秘密基地ごっこなんかやってたわけで、平凡に産まれて良かったなー、と久しぶりに両親に感謝したり。


 …そーいえばうちの家族って今どうしてるんでしょうね。親はどーでもいいんですが、せめておばあちゃんには無事を知らせたくもあります。孫は異世界で元気に勇者さまのお手伝いしてますよー、って…やっぱ無しです。おばあちゃんはわたしに輪をかけて神経太いですけど、いくらなんでも荒唐無稽に過ぎます。せめて異世界で王子さまに見初められて幸せに暮らしてますとか。いやどっちにしても異世界うんぬんが前提になってる時点でお話にならないですね。はい。


 「アコ?」


 ああごめんなさい、盛大に話がずれました。

 えっと、マイネルのロリコン疑惑の件でしたね。


 「だから違うって」


 ええい、うるさい。勝手に回想に口をはさまないでください。

 続けますよ。


 マイネルはマイネルで、学識豊かな将来を嘱望された学僧でしたから、才識あふれる男女を娶せるのが当然のこと、ってことのようで、三年くらい前に、そーいうことになったとのことでした。まる。


 …なーんていい話のように語られちゃってましたけど。

 どーもですね、わたしのよーにひねこびたものの見方をする人間からすると、マリスのように子供ながらかしこい存在って、三度の食事より権威とかが大好きな大人からすると、すんごい扱いづらいんじゃないかなー、って思うわけなんですよ。

 で、マイネルもどっちかってゆーと、そーいうエラい人の言うことを素直に聞く性格でもないので(最初の頃は従順な良い子ちゃんだと思ってましたけどね)、なんかこう、巧いこと厄介者を押しつけたっていうか、扱いにくい子供をまとめて遠くにポイしちゃえ、みたいな対応なんじゃないかなー、って。


 そう思うのも、アプロと結構よろしくやってられるからなんですよね。

 その辺の事情についてはまたそのうちに。

 ゴゥリンさんもそういう立場であるらしく、まあはみ出し者がうまいこと集まったというか、集められたというか。


 なんでそう思うのかですって?

 だってわたしみたいなひねくれ者とウマが合うんですから、間違いのないところですって…って、あー、自分で言ってて落ち込んできた。わたしをこんな風にした両親を恨みますよ本当に、もー。


 「アコ、終わったかい?」

 「ええ、何ごともなく。っていうか、マイネルも結構なものですよね」

 「アコの中で何がどういう展開になってそういう発言が出てきたのかは考えないでおくよ。で、マリスには報告した通りなんだけど…」


 わたしがあっちの世界に旅立っていた間に話は済んでいたよーです。まあわたし自身が見聞きしたことばかりですから、改めて聞く話でもないですしね。


 「はい。アプロニアさまのお力は話をうかがうごとに凄まじくなっていきますわね。そろそろ本格的に討伐の声がかかるものと思います」

 「それは……困るんだよなあ。マリスの方でなんとかならないのかい?」

 「いくらお兄様の願いでもこればかりは…もともとアプロニアさまがこの街の領主として赴任されたのは、力を磨いてそのようにすべく、という理由からでしたし…」


 うーん、ここら辺はわたしもちゃんと聞いておいた方が良さそうですね。アプロの立場とか、結構わたしの立ち位置にも関わってきますし。


 「あのー、アプロってお姫さまだって聞いてたんですけど。今のお話だとなんか武闘派の鉄砲玉みたいな扱いですよね?」

 「アコ…その、君の出自を思えば仕方ないんだけどさ、僕らに分からない例えする時は、もう少しかみ砕いてもらえないかな?」


 あー、鉄砲玉っていうのが分かりづらかったみたいですね。そもそもこの世界にありませんし。鉄砲。


 「いえ、おおよそ仰りたいことは分かりますわ。確かにアコの言った通り、アプロニアさまは姫御子というお立場でありながら、対魔王の最前線に送られるべく養成されているようなものですもの」


 そうそう、そういうことをわたしは言いたかったわけで。


 「…そういう意味なら僕だって似たようなものさ。だからアプロのことを思うとどうもね…」

 「んー、でもそこはアプロがどう思うか、ですよね」


 嘆き節のよーなマイネルのぼやきに口を挟むわたしですが、二人はそれがちょっと意外だったようにこちらを見ています。


 「今のところ、って言ってもマイネルやゴゥリンさんより付き合いの短いわたしが言うのもなんですけど、アプロって結構能天気で先のことなんか『まだ』見えていないと思うんですよ。考える材料が少ないうちに周囲があれやこれや世話焼いても仕方ないんじゃないかなあ、って、わたしは考えますけどね」

 「なるほど…アコの言うとおりだとしたら、アプロニアさまが世にどう働きかけるか、まだご自身が判断する時期ではない、と…」


 そんなややこしーものじゃなくて、どちらかと言えばあの天真爛漫というか考え無しが悩んだりするとこを見てみたい、だけなんですけどね。まあそれは正直に言わない方が華ってものでしょう。


 「うーん、ならばもう少し時間を稼いだ方がいいのかな。幸い今のところ、戦線は維持出来ているようだし」

 「あまりのんびりともしてはいられないのですけれどね。早速次の予言も届けられてしまっておりますし」


 マイネル、うんざり顔。そりゃーそうでしょうねえ。


 「…じゃあそれについては後で聞かせてもらうよ。とりあえず僕も師匠のところに顔出さないといけないし」

 「承りましたわ。それでお兄さま?それがお済みになりましたら…」

 「分かってるってば。一日、マリスのお休みに付き合わせてもらうよ」


 花の咲いたように顔をほころばせるマリスです。それを見守るマイネルも、ロリコンを返上するかのような優しい笑顔です。

 ロリコン返上したらシスコンだった、なんてことにならなければいーんですけど。


 「だから違うってば。意味分かんないけど」 

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