第8話・酒くさいファーストキス
「そんな面白いことになってるなら私も呼んでくれればよかったのに」
テーブルを挟んだわたしの向かいの席で、ドレスワンピース姿のアプロが拗ねてます。ドレスといっても正装ではなくて、お姫さまの普段着にふさわしーラフな感じのものですけど。
いえ、呼べば大変面白いことになっただろーとは思いますが、ちょうどアプロに関してすこーしマジメな話にもなっちゃってましたからね。流石にそーいうわけにもいきません。
教会でのすったもんだのあと、わたしはこの街におけるわたしの住まいであるところの、アプロの別宅に帰ってきてました。
別宅というか隠れ家みたいなものらしいのですけど。領主のお仕事がイヤになったときに逃げてくるとかいう…って、隠れ家の意味違ってませんかね?
まあそれはいいんですけど、治安のよい静かな場所ということのようで、夜になっても酔っ払いの声とかそーいううるさいものも聞こえないし、日本の平和な生活に慣れた身には大変ありがたいのでした。気前よく使わせてくれるアプロに、ここは感謝です。
「面白いことっていいますけれど、アプロはマリス様と面識あるんですか?」
「そりゃああるに決まってる。こっちは領主やってるし、あっちはこの街の教区長だし。でもマイネルと許婚って話は初耳だったな。あいつ、私にそういうこと言わないとか水くさい」
水くさい、っていうより余計な気を遣わせたくないだけなんじゃないですかね。立場とか考えて。
ただ単に知られたくないだけ、って可能性もありますけど。
「結婚するときは精々派手に祝ってやろーぜー、アコ。あいつ、私に黙ってやがった分まで盛大におちょくってやるからな」
…知られたくないだけ、って可能性の方が高そうですねー、これは。
まあそれはさておくとして。
「…で、アプロは何しに来たんです?しばらく留守にしてたから、今頃仕事に埋もれてると思ってたんですけど」
「それだよ!そのし・ご・と!!仕事から逃げてきたんだ!」
「わっ」
いきなり立ち上がってテーブルをバンバン叩くアプロです。
振動で揺れてます。いえ、テーブルの上の酒瓶じゃなくって。アプロの。胸が。もう、たゆんたゆんのばいんばいん、です。
…そーなんですよねー。この子、十五にしてわたしの遥か上を行く巨乳の持ち主なんですよね…。
旅の間は鎧着込んでますし、鎧を脱いでもタイトな革のベスト着てるから、あんまり気がつかないんですけど、初対面で鎧じゃなくて普段着だったら、絶対男の子と間違ったりはしなかったでしょーに。
目測で、DからE…いえ、限りなくE寄りですかね。くそぅ。
…え、わたし?わたしのサイズとか聞きやがりますか、このやろう。
………Bですよ、B。それも限りなくA寄りの!
地球には「貧乳はステータスだ」とかいうふざけた宗教が昔あったらしーですけどね、特徴的なAとちょっぴり自慢も可能なCとの間の、なんんんんんの特徴も無いBですよっ!!何か文句ありますかっ?!Bカップのブラ買う時に「見栄張ってるとか思われたらどうしよう…」って恐怖する気持ちが分かりますっ?!
「…アコ、何を怒ってるんだ?」
「ほっといてください。どーせアプロにはこの気持ち分かんないんですから」
「いや、言わなけりゃ分からないだろ」
「持たざるものの気持ちなんか、持てるものは分かんないんです」
「?」
語気荒くふて腐れたわたしを、何を言ってるのか分からない、みたく首をひねりながら見つめるアプロなのでした。
まあいいです。こんな話題続けてたって誰も得をしませんから。
「…それで、仕事から逃げてきたって、そんなに大変なんです?」
「いや。仕事って言ったって、やることなんか右から来た書類に署名して左に流すだけだし」
おい、領主。それでいいのか。
「だってさ、基本的に私の仕事なんかおおまかに方針だけ指示して、実際に何をどうやるのかなんか部下任せだし。結果だけ確認してれば他にやることないよ」
「領主さまの仕事のことなんかわたしには分かりませんけどね、それでいいんですか?」
「いいに決まってる。どーせ普段いないことの方が多いんだから」
それもそうですね。
わたし、こちらに来てからそれなりに経ってますけど、確かにこの街にいない日の方が多いですから。
ただ、さっきマイネルの言ってたように、この街がどう成り立っていくべきか、そういうのをアプロが決めてるってことはあるみたいなので、何もしてないわけじゃないんでしょうね。
「じゃあ逃げてくる必要なんかないじゃないですか」
座り直してテーブルにあごをのせてるアプロにそう言うと、こちらに視線だけ向けて口を尖らせます。こーいう仕草はとてもかわいいアプロです。
「…それだけならいいんだけどさ。なんかもー、帰ってくると待ってましたとばかりに客が押し寄せてくるのが鬱陶しいんだよ」
「客?」
「街の商業組合のえらいさんとか、ギルドの役員とか、そーいうのがさ…」
ああ、なるほど。日本でもよくありますよね、代議士のセンセイへの陳情団とか、そーいう感じなのが。
納得してほんのちょっと同情するわたしです。
「まあでも、人気があるのは悪いことじゃないと思いますよ。アプロに人望が無かったらそんな来客だって無いでしょうに」
「おじさんやじいさんにばっかりモテたってなあ…」
あら、アプロにしては意外な発言。
「そりゃあそーいう立場の人たちならおじさんばかりでしょうけど。それとも若い男の子の方がいいですか?やっぱり」
「柔弱な男は嫌いだ」
「わがままですねー…」
とはいえ、腕っ節なら男勝りですし、普段の振る舞いの少年っぽいアプロに、男ぶりの良い男性が言い寄るかどーかというと…一般論で言えば難しいんじゃないでしょうか。
「………」
そんなことを考えてたら、だいぶ酔いのまわってきた目でアプロがわたしを見上げていました。
別にここは日本じゃないんですから、十五歳のアプロがお酒飲んでたって止める理由なんかないわけですけど、飲み過ぎは体には良くないでしょうし、と、アプロが持ち込んできた瓶をチラと見ます。半分くらいになってました。コレ、一人で飲んでるんですから、そろそろ止めさせた方が良さそうですね。
そう思って酒瓶に手を延ばすわたしを、アプロはまだ見上げていました。なんだかちょっと熱のこもった目つきで、これは大分酔っ払ってるんじゃないでしょうかね。
「…アコはさ、男と寝たことってあるか?」
……やっぱり酔っ払ってますね。いつものアプロを思うと、けっこーとんでもないことを言ってます。
いやまあ、あるかないかで言えば無いんですけど。なので、どーせ酔いに紛れたたわ言だと適当に答えます。
「ありませんよ。わたし、こーいう性格なので男の子に興味もっても向こうが相手してくれませんから」
でもこれは半分ウソです。わたし外面だけはいいので、告白されたりは、実はありまして。
もっとも、三日で被ったネコが剥がれてソッコーで振られたんですけどね。なんで向こうからコクってきたのに、わたしが振られたんでしょうか。あー、思い出したら腹が立ってきました。
「ふぅん…もったいないな。アコ、結構かわいいのに」
…不意打ちくらわしてくれますね。ヤなこと思い出してちょっと落ち込んだ瞬間に持ち上げるとか、アプロが男の子だったらそこそこのドンファンになれそうですよ。
「バカ言ってないで、深酒もそれくらいにしておきなさいってば」
ちょっと動揺したのを悟られないよーに、テーブルの上のマグカップを片付けようと手を延ばします。というか、こんなおっきなカップでお酒とか、美味しいんでしょうかね?
「別にお世辞じゃ無いよ。アコ」
「え?」
けど、わたしの腕はアプロに掴まれて、片付けの手は止まります。
「あのー、そろそろ片付けようと…アプロ?」
「アコは、とてもかわいい。私が会ったことのある女の子の中でも、とびきりだ」
「だっ、だから飲み過ぎですってば。明日もお仕事あるんでしょ?そろそろ寝た方が…」
「…アコー…私と、寝てくれるのか…?」
何をとんでもないこと言ってくれやがるんですかこのトーヘンボクはっ?!
大体わたしもあなたも女の子でしょーがっ!
慌ててアプロの腕を振りほどき、何か用事でも思いついたように席を立つわたしでしたが、アプロは逃がしてくれません。
少し頼りない足取りで立ち上がると、捉えどころの無い動作で、わたしを壁際に追い詰めてきます。
「…アコー、私さぁー……」
「アアアアプロっ?!…ひゃっ!」
壁ドンです。これが噂に名高い壁ドンです。ていうか、わたしより小柄な女の子にされるとかちょっと違わなくないですかコレ?!
「私さー…アコがさー……」
トロンとしたアプロの瞳。もうこれが酔いからくるのか、他の洒落にならない理由でそーなってるのかは分かりませんが、ともかくわたしはそこから目が離せません。
おとーさん、おかーさん、おばーちゃん。吾子は今日大人の階段を登りますっっっ!!…じゃなくてっ!
「アア、アプアプアプ、アプロっ?!そろそろ冗談じゃ済まなくなってきてるんですけどっ!!」
「…んー?」
アプロの顔が、近づいてきます。彼女の唇と、わたしの唇の間に目に見えて妨げるものはありません。見えない障壁なら山ほどあるんですけどっ!わたしのかっとーとか「あ、明日からアプロの顔見づらくなっちゃうなあ」って呑気な心配とかがっ!!
「アコ…」
間近でわたしの名前を呼ぶアプロの声が、ひどく蠱惑的に聞こえます。おかしいですね、アプロは女の子のはずなのに。わたしよりもおっぱい大きいくらいなのに…ってところで我に返りかけたわたしに、アプロがトドメを刺します。
「アコ…大好き…」
………あ、これはアカン。
覚悟を決めたわたしの唇とアプロの唇の距離が縮まります。十センチ、五センチ、三センチ。ちょっと酒臭いのが気になりますけど、わたしはそれがゼロになるのを心待ちに………。
「…すかー」
…寝てました。二センチをきったあたりで。
固まったままのわたしでしたが、アプロの寝息が顔にかかると急に電源が落ちたよーに、壁をせなかにしてずるずると崩れ落ちます。
それにつれてアプロの体もわたしにしなだれかかるよーに倒れ込み、結局わたしはアプロの頭を膝枕にするよーな態勢に落ち着きました。
「…くー」
だのにこいつは目を覚ましません。
…なんていうかですね。
「………ひとをこれだけドギマギさせといて一人で寝んなし!」
ぴしゃりとアプロのあたまを引っぱたくわたしなのでした。
※タイトルに一部正しくない表現があったことをお詫びします
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